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第五十三話 兄弟ってそんなもの?

 



 闇夜の中、燦々と輝く高層ビル群。ここは静かの海に存在する月の都。そこには特殊な魔法結界によって地上からは観測、侵入ができない。

 そのビルからガラス越しに地球を見ている兎がいた。


「まだ見つからないのかっ。我が婚約者は!」

「申し訳ありませんソーマ様。どうやら地球へと逃げたらしく、捜索が難航しておりますゆえ……」

「……ちっ」

「範囲は絞れているとはいえ、地上は広く、かといって大規模に動く訳にも行きませぬ。どうかご理解を」


 ソーマと呼ばれた兎はドンッと窓ガラスを叩いて振り返った。


「もういい私が行く。兵たちに伝えろ」

「はっ、では転送準備をするよう伝えておきます。現地部隊からの情報をお渡ししますので、こちらに」


 カツカツと音を立てて、その場を去るソーマ。月の都と地上の戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。




 〜〜〜〜〜




「兄ちゃん、遅いなぁ」


 奏と別れて家まで戻ってきた啓は、言われた通りに朝ご飯を作って奏を待っていた。

 鍋がぐつぐつと沸騰したのを見て、火を止めて、味噌を溶かす。


「大丈夫かな……」


 ぼーっとひたすらに箸をくるくる回し続ける啓。

 あの頑丈でひたすらに強い兄が傷つくようなことはないだろう。むしろ何か大きなトラブルを起こしていないかどうかの方が心配だった。


「わっ、何この猫」

「にゃっ!」


 その時、居間の方からソルテとホイップの声が聞こえてきた。

 そういえばホイップのことを話していなかった気がする。啓は声のした居間へと向かう。


「ボク何もしないってば」

「しゃぁーっ!」


 ホイップはソルテに向かって威嚇をしていた。ソルテはどうすればいいのかわからず、しどろもどろになっていた。


「あっ、啓ー、この子なにー」


 あたふたしているソルテの横を通り抜けて啓はそっとホイップを抱き上げた。


「金村さんに探してほしいって頼まれてたホイップちゃん。さっき見つけてきたんだ」

「そ、そうなんだ……」

「よしよし、大丈夫だよ。ソルテは悪い人じゃないからねー」


 啓が撫でながらホイップに言い聞かせる。どことなく不服そうな顔をしているホイップだが、啓の言葉は理解しているらしく、威嚇するのをやめて、おとなしくなった。


「こんにちは、ソルテです。よろしくね?」


 ソルテがそーっと手を伸ばしてホイップの頭を撫でようとする。


「にゃっ」


 それでもソルテに触られたくはなかったのだろう、ホイップは啓の腕から抜け出して、部屋の隅へと逃げてしまった。


「ボク、なにも悪いことしてないのに、なんでこんなに嫌われてるんだろ」

「確かになんでだろ……あ、吸血鬼だから?さっきも妖っぽい人に向かって威嚇してたし」


 啓は奏と別れる直前のことを思い出していた。あの時、ホイップも自分と同じように何かよくないものを感じ取っていたのではないだろうか。


「吸血鬼だってわかるのかなぁ」

「猫からは人間と吸血鬼が違う見え方してるのかも」

「見た目はそんなに変わらないよね?鬼みたいに角が生えてるわけでもないのに……」


 ソルテはホイップに嫌われたのがよっぽどショックだったらしい。しゅんとした顔で座り込んだソルテのお腹がぐーっと音を立てた。


「あ……」

「ご飯もうすぐできるから、ちょっと待ってて」

「うん」


 そう言って啓は台所へと戻っていった。




 ~~~~~




 そして、その少し後に起きてきた雄飛、凜姫にも同じように威嚇をして、啓に宥められてを繰り返したホイップは、啓の膝の上で丸まっていた。


「兄ちゃんまだかなぁ」

「そんなに心配しなくてもいいんじゃない?あの奏だよ?」


 ソルテに言われたように、啓も奏がやられるとは思っていない。ただ、それにしても遅い。あれくらいさっさと終わらせられるはずなのに、と啓は思っていた。


「わかってるんだけど……」

「ねぇ、それ、なんか音してるよ?」


 凜姫に言われてちゃぶ台の上のスマホを見ると、奏からの着信があった。啓はすぐに電話に出る。


「もしもし?兄ちゃん、大丈夫?」

『大丈夫、全然大したことなかった。それよりはかせ何してる?全然電話に出ないんだ』

「まだ寝てるよ。なんか最近忙しそうだからもうちょっと寝かせてあげようかなって」

『わりぃ、ちょっと相談したいことがあるから起こしてきてくれねぇか』

「帰ってきてからじゃダメなの?」

『あ、いやまぁ大したことじゃ……ないんだが』


 奏は言い淀む。この件はできる限り啓には伝えずに自分とはかせだけで解決してしまいたかった。考え無しに啓に電話をかけてしまったが、これは悪手だったと内心反省する奏。


「待ってて、起こしてくる」


 言いたくなさそうな奏に気が付いた啓は素直にはかせを起こしに行くことにした。こういう何か隠そうとしているときの兄は大概啓のことを考えての行動だと直感でわかったからだ。


『悪い、あとでちゃんとお前にも説明する』

「早く帰ってきてね。ご飯できてるから」

『じゃ、切るぞ』


 ぷつり、と電話が切れる。


「なんだったの?」

「よくわかんない。はかせに相談したいって言ってたから何かあるんだろうけど……」

「啓には何も言わなかったんだ。過保護というか、巻き込みたくないっていうのが目に見えてるなぁ」


 今のやりとりを見て、ソルテもある程度察したのだろう。少し呆れた顔をしていた。啓はひざの上のホイップをそっと降ろして立ち上がった。


「まぁ、そんなもんじゃないか?何が起きたのかはわからないが、私だって一人で解決できることなら雄飛には余計な心配させたくないから黙ってると思うぞ」

「んぐっ、おい……俺はこれでも護衛なんだからな」


 そっと奏に対するフォローを凜姫が入れる。突然話を振られて驚いた雄飛が食べていたご飯を慌てて胸をどんどん叩いて飲み込む。


「ボクには兄弟いないからわかんないや」

「うーん、僕にも弟ができたらわかるのかなぁ……」


 心配をかけたくないのはわかるが、それにしたってもう少し話してくれてもいいのに、と思いながら啓ははかせを起こしに部屋を出て行った。




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