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第五十二話 共同戦線

 



「ん?あれって……月の兎?」


 一人歩くツキウサの目に映るもの。

 それは奏に蹴り飛ばされた兎だった。


「え、なんで吹っ飛んでんの!?やっぱりもう来てたの!?ってか誰か戦ったってこと!?」


 突然の出来事に脳の処理が追いつかない。吹き飛んだ兎のこと、他にもいるはずの兎のこと、その兎と戦った何者かのこと。そして、これからどうするか。

 ひとまず冷静になろうと大きく深呼吸をする。


(あの服からして多分吹っ飛んでったのは下級兵士、誰が戦ったんだ?強い魔力は感じなかったけど……確かあっちから来たよね。行ってみるか)


 ツキウサは月の兎が吹き飛んできた方向へと足を運ぶ。

 コンビニの前を通りがかった時だった。ツキウサの目に見覚えのあるものが入ってきた。


「これ、どーすんだ……その辺に捨てとく……のは流石に拾われたらまずいよなぁ。かと言って持ってるのも……」

「そ、その鍵……」

「ッッッ!また兎か!」


 金色に光る鍵を手にした奏を見て思わず声を上げるツキウサ。鍵を持っていた奏は後ろに跳躍して距離を取ると拳を握って臨戦体制に入る。


「違う!いや兎は合ってるけど!」


 両手をぶんぶん振って否定するツキウサ。さっきの兎とは違うと見た奏はじーっとツキウサを観察する。

 しばらく観察した奏は、啓から聞いた月の兎のことを思い出す。


「……お前が俊太の家に居候してるって兎か?」

「え?あ、そうだけど、なんでそれを……」


 会ったことがないのに自分のことを知っている少年。ツキウサは一瞬警戒するが、ツキウサもひとつ思い当たることがあった。四霧が去り際に言っていた朝日奈奏という人物。どことなく、この前会った啓に似ている気がする。


「弟から聞いた……あー待てよ、つまりこの鍵を持ってきた“裏切者”ってのはお前かよ」

「まぁ、そういうことになるね……別に裏切ったつもりはないんだけど」


(弟……やっぱこないだ会った俊太の友達のお兄ちゃんか。すごく強いって聞いたけど、本当かな)


 奏からは強い魔力は感じなければ、佇まいもまるで無防備、隙だらけに見える。これで月の兵士に勝てたというのだから不思議だ。


「何の鍵だ?さっきのやつは人間を滅ぼすとか言ってたが」

「言っていいのかな……」


 一応は兎たちの中でも機密情報にあたることだ。ただ、隠しても既に月の兎が地上にいることはバレているし、一人で抱え込むのも無理がある。一人や二人くらい協力者が欲しいのも事実。


「ま、いっか。月にある兵器の起動キーだよ」


 さらっと話してしまうツキウサ。それを聞いた奏もさらっと聞き流していた。


「ほー、んじゃ壊すか」

「いや、無理だと思うけど」


 あっさりと壊すと告げた奏に、ツキウサは無理だと告げる。


「これくらいどうってことな……」


 奏は鍵を折ろうと力を込める。その様子を見たツキウサは思わず声を上げてしまった。


「え、嘘ぉ……」

「ん?なんだこれ」


 奏の力で、あっさりと鍵は曲がっていた。だが、奏が手を放すと鍵はあっという間に元の形に戻ってしまった。


「あなた、馬鹿力すぎない?」

「力技に関しちゃ誰にも負けない自信がある」

「まぁいくら力が強くても、特殊な形状記憶合金で作られてるからね、戻っちゃうんだよ」


 そもそも人間一人の力で曲がったりするような素材ではないはずなのだが、奏にとっては針金一本曲げるのと大して変わらないらしい。


「んだそれ、ずりぃな」

「地上より科学も魔法も、ずっと進んでるからね。それもあって月の兎って人間のこと見下してるの」

「下等種族だのなんだの言ってきたな。大して変わらないだろ。そりゃこの技術は凄いけどさ」


 月の技術、科学と魔法が融合した技術の髄を集めて作られた鍵だ。奏は曲げたり引っ張ったり握りつぶしてみたり、色々とやってみるが、何をしても鍵は元の形へと戻っていく。


「私も、そう思うよ。でも大多数の兎はそう思ってない。本来は自分たちこそが地上に住むべき種族だって考えてる」

「で、地上の人間を滅ぼすって?メーワクにも程があるだろ」

「メーワクって、そんな話じゃ……」


 人類を滅ぼそうという兎の計画を知って、迷惑という程度にしか捉えていない奏に、ツキウサは呆れた顔をする。

 だが奏にとっては吸血鬼のような妖が現れたというだけの話、いざとなれば倒せばいいと考えていた。


「最悪月に乗り込んで全員ぶっ飛ばせばいい話だろ」

「それ、本気で言ってるの?」

「半分……いや八割くらいは本気だぞ。せっかく夏休み始まったって啓が楽しみにしてんだ、また妖のごたごたに巻き込まれてたまるかってんだ」


 面倒なことは嫌いな奏だが、啓に関係あるとなれば話は別だ。どうせまた巻き込まれるならさっさと終わらせたい、というのが奏の考えだった。


「そこまで言うなら、いざってときは協力してもらうよ?」

「殴って解決する話なら協力する。お前は裏切者って言われてたし、人間の味方ってことでいいんだな?」

「知らない人間の味方までするつもりはないよ。私は“友達”のために降りてきたんだから」


 奏が啓のこと最優先で行動するのと同様、ツキウサも俊太のことが最優先。何もなければ周りも守るつもりではいるが、いざというときは俊太のことだけ助けようと思っていた。


「そうかよ。で、これどうすんだ?」

「壊せないし、下手に捨てて見つけられるのもまずい……絶対に取られない場所に封印でもできればいいんだけど」

「なぁ、もし破壊できるならしちまって構わないんだよな?」


 奏の質問にツキウサは目を丸くする。さっきあれだけやって壊れなかった鍵をどうやって壊すというのか。


「できるならね。かなり難しいとは思うけど、当てはあるの?」

「どうだろうな。その辺詳しいやつがいるから、聞いてみる。預かっていいな?」

「どうぞ。私は今地上にいる兎のことなんとかしておくから」


 はかせに相談するために、奏は鍵を一度預かることにした。なにかいい案を考えてくれるかもしれないとわずかに期待して。


「俊太は啓の周りで数少ない普通の人間だと思ってたんだけどなぁ……まさかこんなのとくっついてたなんてな。言っとくけど、俊太は弟の大事な友達だ。なんかあったら、弟が悲しむ。そん時は覚悟しとけよ」

「もちろん。そっちの弟のためにも、俊太のためにも頑張ってもらうから」


 大事な人は、友達同士なのだ。地上が滅ぼされることになろうものなら、啓も俊太も無事ではすまない。

 互いの守りたいもののために、協力は惜しまない。奏とツキウサは、手を取り合った。


「言われなくても。お前、名前は?」

「普通自分が先に名乗るもんじゃない?今はツキウサって名乗ってる。好きに呼んでよ」

「俺は朝日奈奏。そっちも堂々と偽名ですって言うのもどうかと思うぞ」

「じゃ、何かあったら教えて」


 そう言ってツキウサはスマホを取り出して何やら操作する。


「ん?」


 奏のスマホが震えていた。スマホの画面には、知らない番号からの着信が一件。


「なんで俺の番号……」

「これも月の技術でーす。じゃあねっ奏!」


 驚く奏を横目に、ツキウサは朝日を背に颯爽と駆けていく。

 夏休み、奇妙な共同戦線ができた瞬間だった。




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