第六話 対決!吸血鬼のメイド
~ショッピングモール3階~
お昼ご飯を食べ終えた啓たちは少年を探しているというメイドをショッピングモールの中を探して歩き回っていた。
「メイド服なんて着てたらすぐ見つかるもんかと思ってたが一周しても見つからねぇな」
「もうここにはいないのかもしれないねぇ。一旦休憩しようよ」
「ねぇあの人」
奏と啓が空いているベンチに腰掛けようとすると少年が啓の肩を叩いた。
「どうしたの?」
「あっち……」
少年は2階の通路を歩いているメイド服を着た人を指しながら言った。
「あ、メイドだ」
「ほんとにメイド服着てるやつがいるとは」
「よし、会いに行ってみよ」
善は急げと啓が会いに行こうとするとメイドもこちらに気が付いたのか視線が少年の方を向いた。少年は目が会った瞬間、背筋が凍り付いたような感覚に襲われた。
「ひっ、なに、あの人」
「あの人こっちに気づいたみたいだよ」
「よくわからないけど……とても嫌な感じ……」
少年が小さく呟いたその時だった。
「あら坊ちゃま、やっと見つけました」
「お前、いつの間にここまで……」
メイドは一瞬のうちに啓達のもとへやってきていた。驚いた少年は啓の後ろに隠れてしまった。
「坊ちゃま、ほら、帰りますよ」
メイドが少年に手を伸ばす。しかし少年は啓の後ろに隠れたままで、その手を取ることはなかった。
「せっかく会えたところにこんなこと言うのもなんだが、こいつ記憶喪失だから多分覚えてないぞ」
奏に記憶喪失であることを告げられるとメイドは目を丸くした。
「本当ですか?それは……ある意味好都合かもしれませんね……」
「ん?今なんて……」
「ああ、いえ、なんでもありません。私はシュトラフェルン家のメイド長、ルナメルと申します。坊ちゃまの名前はソルテ・シュトラフェルンといいます。この度は坊ちゃまがお世話になりました」
そう言うとルナメルは奏たちに頭を下げた。
「礼なら啓に言ってくれ、別に俺はなんもしてないしな」
「それはそれは、お優しいのですね。ありがとうございます」
ルナメルの言葉の裏にソルテの言う『嫌な感じ』を感じ取った啓は言葉に詰まってしまう。
「別に、この子……ソルテが困ってたから……」
「それで、坊ちゃまはいつまで隠れているおつもりですか?」
一切声色を変えないルナメルに対してソルテは啓の後ろに隠れたまま顔を出そうとせず、怯えているようだった。
「なんでお前隠れたままなんだ?」
「……わかんない、わかんないけど……怖いんだ……」
「あらあら、私のことを覚えていないというのになぜですか?」
ソルテに怖いと言われてもルナメルはニコニコしたまま表情を一切変えなかった。啓はソルテを守るようにルナメルとの間に立った。
「ねぇ、ソルテが吸血鬼ってことはあなたも吸血鬼なんでしょ?なんでこの世界にいるの?」
「あら、吸血鬼だと知ってなお、坊ちゃまを……不思議な人間も居るものですねぇ。あなたの言う通り私も吸血鬼です。人間とのハーフですが」
「え?きゅ、吸血鬼?」
さも当然のように進む会話を聞いたソルテは驚いていた。自分が吸血鬼だった、ソルテがその事実を受け入れる間もなく、ソルテに呆れかえったルナメルは先ほどよりも強い口調で帰宅することを促す。
「それすら忘れているんですか、全く……まぁお話はこれくらいにしておいて、そろそろ帰りますよ」
「いや……」
ソルテは啓の服をギュッと掴んで離そうとしない。
「いやお前なぁ……うちに居るつもりか?困るんだが……」
「待って、兄ちゃん。僕もソルテをこの人が連れてくのはダメな気がする。なんだか嫌な感じがするんだ……」
ルナメルから感じる気配に啓は、ソルテの前から動こうとしなかった。
「全く、仕方ありません。あまり目立つなと言われているのですが、そちらがその気なら無理矢理にでも連れていきますよ」
奏と啓がルナメルが発した言葉を聞いたときにはもうすでにルナメルはソルテの後ろに立ってソルテの首根っこを掴んでいた。
「「なっ……」」
「やだっ!離せ!」
持ち上げられたソルテは手足をぶんぶん振って暴れていた。それを見た周りの通行人が何の騒ぎかと集まってきていた。突如背後に移動してきたルナメルに啓が抗議する。
「ちょっと、嫌がってるでしょ、離してよ」
「うるさいですねぇ」ヒュンッ
ルナメルがソルテを掴んでいる手と反対の手を出した瞬間、風切り音と共に啓の頬に一筋の切り傷ができた。啓の後ろの床には鮮やかな紅色のナイフが突き刺さっていた。それを見た周囲の客がざわつき始める。
「いった……」
啓が自分の頬を触ると血が流れ、手が赤くなっていた。
「それ以上反抗するならもっと酷い怪我をすることになりますがよろしいですか?」
「う、啓……」
啓が傷つけられるのを見たソルテはおとなしくなってしまった。それに対して奏は拳を強く握りしめていた。
「……おいてめぇ、うちの弟を傷つけて、覚悟、できてんだろうな」
「おとなしく坊ちゃまを渡さないからそうなるのです」
常人なら足がすくみ、腰を抜かしてしまうような殺気を発する奏を前にしてもルナメルはその凛とした態度のまま奏を見据える。
「理由なんざどうでもいい。啓を傷つけたな、容赦はしない」
「に、兄ちゃん?僕は大丈夫だか……ら……」
ルナメルの視界からは奏が一瞬消えたように見えた。次の瞬間自分の手の中からソルテは消え奏の元にいた。
「あら、あなた人間のくせに中々やるのね」
ソルテを奪い返されてもルナメルは余裕の表情を崩さなかった。それどころか人間離れした動きをしてみせた奏に興味を示していた。奏の動きがあまりに速すぎて何が起きたかわからず困惑していたソルテを啓に預けて奏はルナメルを睨みつける。
「え?今何が……」
「まだ終わりじゃねぇぞ」
奏が呟いた瞬間、つい一瞬前までルナメルの居た位置には奏が立っていた。奏の蹴りをルナメルはとっさに両手で防御したが耐えきれず後方へと吹き飛んでいた。その光景を見た周囲の人々からは悲鳴が上がり散り散りに逃げていく。
「どうせこの程度じゃどうってことないんだろ、立てよ」
「うふふ、ここまで戦える人間がこっちにもいるとは、楽しめそうね」
ルナメルは立ち上がると両手にナイフを出現させた。先ほどまでの事務的な笑みから一転、スイッチが切り替わったように楽しそうな笑みを浮かべながらナイフを手にゆっくりと奏に近づいてくる。
「啓、そいつと一緒に離れてろ」
「兄ちゃんこんなとこでやりあうのは……」
啓の心配をよそに奏はルナメルへの怒りを抑えきれていなかった。
「後のことはそんとき考える。今はこいつをぶっ飛ばす。……ふぅ」
奏は大きく深呼吸をすると一歩踏み出した。
「はぁっ!」
ルナメルは奏が側頭部に繰り出した飛び蹴りを避けて距離をとるとナイフを連続で投げつける。奏は空中で飛んできたナイフを捌いていく。しかしそのうち一本のナイフが避けきれずに脚に刺さってしまう。
「ちっ、いってぇなおい」
奏が刺さったナイフを引き抜くとナイフが刺さったところから血が流れ出る。ソルテは血を見て目を覆ってしまった。
「兄ちゃん!」
「気にすんな、これくらいどうってことねぇよ、すぐ塞がる」
「あなた本当に人間?その傷が痛い程度で済むわけがないと思うのだけど」
「ああ、これでも純粋な人間だぜっ」
奏は力いっぱい踏み込むと間合いを詰める。ルナメルは再びナイフを投げてくるが奏は片手で払いのけるとそのまま突っ込んでいく。それを見たルナメルは飛びのいて周囲に大量のナイフを出現させ投擲してくる。
「もの投げるしかできねぇのかよっ」
奏は飛んできたナイフを全て避けるか叩き落とすと大きく跳躍して踵を落とす。
「ご所望なら見せてあげるわ、吸血鬼の力。紅血刀」
ルナメルは背中から黒い翼が出現させて飛び上がると自分の身長程の長さの剣を握った。空を飛び奏に向かって飛び掛かってくる。大きく横なぎされた剣を奏は飛び上がって回避するがすぐに追撃がやってくる。
「つっ……!」
奏は大きく身を捻ってかわすとルナメルの無防備になった体に拳を叩きこんだ。ルナメルは奏の拳を受けてなお、踏みとどまっていた。
「くっ、やるわね。効くわ」
「嘘つくなよ、ピンピンしてんじゃねぇか」
奏が言葉を返した直後、ルナメルの姿が視界から消える。
「っ!……後ろかっ!」
奏が繰り出した回し蹴りとルナメルの振り下ろした剣がぶつかり合い周囲の空気を震わせる。
「兄ちゃん!やりすぎだって!」
啓が制止するも奏はルナメルに攻撃を加えていく。ルナメルは剣をナイフに変えて奏の突きと蹴りを捌いていく。
啓の声が聞こえている様子もなく次第に激しくなっていく奏の連撃。
「ッ……!」
奏の攻撃の合間のコンマ一秒にも満たないその隙にルナメルの刺突が胸に繰り出される。それに反応した奏が突きを止めるその時にルナメルは大きく距離をとった。
「今これ以上やるのは……ちょっと都合が悪いわね」
「あん?」
ルナメルの元にはいつの間にかソルテと啓が赤く半透明な球状のバリアに包まれて拘束されていた。ルナメルは奏の手が届かないショッピングモールの吹き抜けに浮遊していた。
「啓を返せっ」
奏は飛び出すがその手は届くことなく反対側の通路に着地する。
「私の仕事は坊ちゃまを連れて帰ることなので、そろそろ帰らせてもらうわ。この子は坊ちゃまが信用していそうだしおまけに」
ルナメルはそう言い残す忽然と姿を消してしまった。
そして、誰も居なくなったショッピングモールには奏一人だけが残されていた。