第四十九話 怖いものは怖い
まだ太陽が昇り切る前、町はうっすらと明るくなってきた頃のこと。
「何もこんな朝早くから探しに行かなくてもいいだろー」
奏は啓に連れられて、夕香の猫、ホイップを探しに来ていた。昨日の夕方、家の周りは探してみたものの、これといった収穫は無かったのだ。
「昨日は見つからなかったし、暑くなる前に見つけたいじゃん」
「ふぁぁぁ、いや朝でも十分暑いぞ」
奏はあくびをしながら答えた。直射日光が無いだけ幾分マシとはいえ、熱中症になるには十分すぎるほど暑かった。
「今日はみんなでたこ焼きするって約束もしてるから」
「あぁ、そんなことも言ってたっけか」
「それまでに見つけないと」
啓ははかせのお札を手に持って歩いていた。はかせによればこれで見つかるらしいのだが、昨日も今日も、特に反応したことはなかった。
「そのお札、ほんとに当てになるのか?」
「近づくように動くってはかせは言ってたんだけど……」
「動いてないな」
「……そうなんだよねぇ」
啓は立ち止まって奏の方を見る。
「兄ちゃん、どうしよう」
「はぁー、所々抜けてるなぁお前。ま、でも反応するまで歩き回ればいいんだろ?」
「そ、そうだよね……あれ、なんか動いてる……?」
奏の言葉に啓も元気を取り戻した、その時だった。お札が突然意思を持ったように動いていた。
ぴくぴくと動いてある一方へと向かおうとしているお札を見て二人もその方向へ向き直る。
「あっちに行こうとしてる?」
「みたいだな。んじゃ行ってみるか」
奏は啓の前にしゃがんで手を後ろに降ろす。
「に、兄ちゃん、僕別に疲れてないけど」
「おぶった方が速い。さっさと見つけて帰るぞ」
困惑する啓に奏は有無を言わせず強引に啓をおんぶする。
「……ねぇほんとにこれで行く、のっ!?」
啓を背負った奏は一足で近くの塀に跳び乗ると、さらに跳躍して電柱の上へと移動する。
「誰かに見られたら、どどど、どうするの?」
「この時間に出歩いてるやつなんていないだろ。こっちだよな?」
「えーっと、うん……そっち行こうとしてる」
啓はおんぶされたまま震えた声で指差した。この兄が落ちるようなことをするわけがないとはわかっているが、電柱の上に立ったままなのは流石に怖い。
「よし、行くぞ。しっかり捕まってろ」
「う、うんっ!」
奏は軽い足取りで電柱や屋根の上をぴょんぴょん飛び移っていく。啓は振り落とされないようにしがみつく。
啓の手に持ったお札がホイップの方へと近づこうとしていた。
「な、なんかどんどん強く引っ張られてる気がする」
奏は無言で速度を上げる。何度か立ち止まり、歩いて探していたら相当な時間を消費していただろう。一直線に移動したことで、変化はすぐに訪れた。
「兄ちゃん、お札が下に行こうとしてる」
「んじゃこのすぐ近くってことか。降りるぞ」
「わっ」
啓を背負った奏はマンションの屋上から飛び降りた。啓は目を閉じて奏の背中に強くしがみつく。すたっと大きな音を立てることなく奏は着地する。
突如襲ってきた浮遊感に啓は涙目になって奏の背中から降りた。
「い、いきなり飛び降りないでよ。ひゅんってなった……」
「ん?怖かったか?」
「怖いよ!死ぬかと思ったもん」
そういえばルナメルに連れ去られた時もこんな落下をした記憶がある。あの時はバリアがあったが今は生身の体がむき出しだ。そのせいか格段に怖かった。
「俺がこんなことで啓を死なせるわけないだろ。安心しろって」
「そ、それはそうかもだけど……怖いものは怖いの!」
「悪かったって」
奏は涙目になって怖がっている啓の背中をそっと撫でる。
「ほれ、落ち着いたか?」
「もう!こっち!早く行くよ!」
ぷいっとそっぽを向くと啓は速足で歩き始めた。
(そんなに怖かったか?んーでも結構マジっぽかったよなぁ)
奏は啓の後ろを歩きながらそんなことを考える。誰でも突然あんなことをされたら驚くなり怖がるなりするのは当然。ただ、この程度の高さからの落下は幾度となく経験してきた奏にはその気持ちはわからなかった。
それでも可愛い弟が本気で怖がっているのを見て、反省はしたらしい。
(悪いことしたかな。あとで抹茶アイスでも買ってやるかぁ)
結局好物でなんとか機嫌を取ろうとする兄だった。
「あ、いたー!」
奏と啓が降り立った場所は閑静な住宅街。二人がお札の導く方向へと歩くと、家と家の間に探していた白い猫、“ホイップ”が丸まっていた。
「俺が捕まえてくる」
「えっ、兄ちゃん?」
奏は目にも止まらぬ速さでホイップが逃げ出す間もなく、抱きかかえていた。啓の元に戻ってきた奏は驚いて腕の中で暴れるホイップのことなど気にせず、啓に話しかける。
「ほい、こいつだよな」
「うん、合ってると思う……僕がだっこする、嫌がってるじゃん」
見かねた啓がそっと抱きかかえようとしたその時、ホイップは奏の腕から飛び出した。
「「あっ」」
逃げ出したホイップは車道の方へと走っていく。
「危ないっ」
車道に出たホイップの元に、トラックが走ってくる。啓が助けようと手を伸ばすが、間に合わない。
奏は思いっきり地面を踏み込んだ。ホイップが轢かれそうになる直前、運転手の目の前から、突如、白猫は姿を消していた。
「ふぅ……おい、あぶねぇだろ。いきなり飛び出すな」
元居た車道の反対側で奏は抱えて着地していた。こうなった原因は自分がいきなり捕まえたせいなのだが、そんなことは棚に上げ、奏はホイップに説教する。
「ん?なんだこれ」
奏とホイップは光に包まれていた。奏は何事かと自分の体をあちこち見てみるが特に害はなさそうだった。
「兄ちゃーんっ……?あうっ」
駆け寄った啓が近づくと、光の壁にぶつかってしまう。奏とホイップは魔法によって干渉できなくなっていた。
「啓がやったのか?これ」
「多分……神様に教えてもらった魔法だと思う。咄嗟に使ってみたんだけど、うまくできた、のかな?」
啓はうーんと考えて右手をかざしてみる。咄嗟に使ったのは魔法“天護理”。神様が使っている防御用の魔法だ。
「これどうやってなくすんだろ。あれ?えーっと、こうかな?あ、できた」
右手をぎゅっと閉じると光は消えてしまった。魔法が解けた途端、ホイップは啓の方へピョンと飛び移ってきた。
啓の腕の中でしばらくもぞもぞと動いた後、大人しく啓に抱かれたままとなる。
「そんな魔法使えたのか」
「こないだ護身用にって教えてもらったんだけど、どうにもうまくできなかったんだよね」
「それが、この猫を守るために運よく発動したってことか」
「そうみたい。兄ちゃんがごめんね、驚かせちゃったね。すぐおうちに帰れるからね」
啓がそう言って撫でるとホイップは「ニャ」と鳴いた。
「お前そいつと会うの初めてなんだよな……懐かれすぎじゃね?」
「犬とか猫とか、結構懐かれるよ?」
散歩中の犬や、公園にいる野良猫、思い返せば吠えられたり逃げられたりしたことはない。学校帰りや買い物に行った時よく会う子たちには懐かれているなぁと啓が思っていると奏はじーっとホイップを見つめていた。
啓の腕の中でホイップはまるで勝ち誇ったかのような顔をして「ニャン」と鳴いた。
「くっ、俺は啓にだっこしてもらったことないのに、こいつ……」
「僕が兄ちゃんをだっこできるわけないでしょ。もー、猫に嫉妬しないの。帰るよ」
ぐぬぬと唸る奏を置いてすたすたと歩き始めた啓。その後を慌てて追いかける奏なのだった。
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