第四十六話 表裏一体
「月砕き・漣っ」
凜姫の金棒と雄飛の魔力を纏った拳による乱打が四霧を挟み込むように襲い掛かる。
(今までとは気迫が違う。覚悟を決めたというのは間違いなさそうだ)
四霧は刀を抜くと左右を同時に斬り裂いた。凜姫は金棒で受け止め、雄飛は寸でのところで躱して懐に潜り込む。
「ぐっ」
「どりゃあっ!爆ぜろ!」
雄飛は乱打と共に一発一発を爆発させる。一瞬で振り向いた四霧は刀で受け流そうとするが、打撃は食らわずとも、爆発は避けようがない。
「ッッ!」
吹き飛んだ四霧に追撃をするために雄飛は走り出す。凜姫は追撃を雄飛に任せると自分は一人、足を止めた。
「これで、どこまでやれるか……!」
凜姫は瓢箪を開け、中の鬼酒を全て飲み干した。全身の血液が熱く煮えたぎるような感覚に襲われ、それと同時に魔力を解放する。
「何度飲んでも、好きにはなれないな!」
湖に落ちる前に踏みとどまった四霧は、刀に改めて魔力を浸透させて、襲いかかる雄飛をまっすぐと見つめていた。
「はっ!」
横一文字に刀が風切り音を立てて振り抜かれた。
雄飛は身体強化魔法をさらに強化してすれすれで斬撃を躱す。
「飛ぶ斬撃は、もう慣れた!」
「これでもか?」
四霧がそう言うと、雄飛を無数の斬撃が全方位から襲う。
「っ、多すぎる!」
唯一、斬撃のない真後ろへと跳躍して雄飛は四霧と距離をとった。
「こんなんじゃ駄目だ……!」
あの斬撃の嵐を真正面から打ち破るか捌けるようにならなければ、勝てない。そう悟った雄飛は歯噛みする。
「海裂き・藍」
鬼酒で力を解放した凜姫が二人の間に割って入ると怒涛の勢いで四霧に攻撃を仕掛けた。
ガキン!
金属同士がぶつかる音がだだっ広い空き地に響き渡る。
撃ち合いはほとんど互角だった。力、速度、手数、どちらも譲らない。湖畔で水飛沫を上げながらぶつかり合う。
「もっと強く、速く、多く撃ち込めるはず……っ!!!」
凜姫の中の魔力はさらに膨れ上がっていき、それと共に金棒による連撃もより鋭くなっていく。
「七天流……肆・乱舞」
凜姫に負けじと四霧も刀を振るう速度を上げていく。まともに当たれば致命傷、そんな攻防が刹那の間に繰り返されていた。お互いに相手の攻撃を受け流し、返しの一撃を狙っていく。互いに僅かに当たってしまってできた傷が全身にできていく。
凜姫と四霧が互角の攻防を繰り広げていたその時だった。
バリバリバリッッッ
辺り一帯の空気が震えた。それに加えて少し地面が揺れ、一瞬、凜姫の動きが止まる。
「その首、貰い受ける」
「危ないっ」
四霧が首を斬り落とそうとしたところに雄飛が割って入ろうとする。しかし間に合わない。
「ぐああああああっ!!」
凜姫は首に当たるギリギリのところで斬撃を弾き返していた。
首を落とされることはなかったが、バランスを崩した状態で四霧の一撃をまともに受けた凜姫は大きく吹き飛ばされてしまう。
倉庫まで吹き飛び、壁にぶつかり破壊して項垂れる凜姫。
「よくも……」
雄飛の怒りは魔法の出力を上げ、身体能力がさらに向上する。
地面に大きなヒビを入れて踏み込んだ雄飛は四霧に向けて駆け出した。
「ゆう、ひ……」
崩れた倉庫の瓦礫の中から凜姫はなんとか起き上がる。
「これは……」
凜姫は瓦礫の中から一本のビンを手に取った。それは雄飛が倉庫の中から探して持ってきていたビンだった。
『超高級品 鬼酒』
倉庫の中は薄暗くて読めなかったが、満月の照らす外に出た今、ラベルに書かれた文字を読むことができた。
「なんで、こんなものがここに……」
超高級品と書いてある鬼酒。これは製法が限られている百鬼酒を除き、通常作られる鬼酒の中で最も魔力が濃いものだ。この超高級品と呼ばれている鬼酒は年月をかけて熟成され、味も度数も魔力も一級品である。
しかし、この鬼酒は飲めば体中を超高濃度の魔力が巡り、体が弱ければ耐えきれずに細胞が壊れてしまう、ほとんど毒のようなもの。そのため一般には流通させず、基本的には鬼の集落で保管されているはずなのだ。
「この倉庫は一体……?」
考えようとして凜姫は思考をやめた。今は目の前の仇を倒すことに集中しなくてはならない。
「一か八かっ」
凜姫はそのビンの上部をへし折って中身を全て飲み干した。
ドクンッッッ
心臓が大きく、波打った。
さっき飲んだ鬼酒とは違う。全身を巡る血は燃え盛り、加速していく。それと同時に全身を激痛が走った。熱いを通り越して全身を走る痛みと共に、魔力は更に際限なく膨れ上がっていく。
「あああああぁぁぁぁぁっ」
熱い、痛い、苦しい。
それでも、やらねばならぬことがある。
「剛天・凜」
溢れ出す魔力を金棒へと変化させる。今までとは比べ物にならない魔力量で顕現した金棒は淡く光り輝いていた。
「はあっ!」
上空へと跳躍して体内の魔力の流れに精神を集中させる。あの時は倒しきれなかったが、今度こそ。必殺の思いを込めて金棒を天に掲げた。
「凜姉っ!?」
「なんだ、アレは……?」
凜姫の変化に驚いた二人は戦いをやめ、飛び上がった凜姫に目が釘付けになっていた。
「鬼の力、見せてやる」
凜姫は全身の魔力をただひたすらに右手に持つ金棒へと集束させる。金棒を軽く一振りするごとに大きくなり、輝きを増していく。
あれをまともに食らってはさすがにまずいと考えた四霧は雄飛には目もくれず、凜姫の方へ駆け出した。
「はあっ!」
「させるかっ!」
凜姫に向けて飛んで行く斬撃を雄飛が両腕を交差させて受ける。無数の切り傷から血が流れ出る。
雄飛は腕に力を込めて無理矢理血を止めた。着地した雄飛は駆けだして四霧の前に立ちはだかった。
「っ!雄飛……」
「俺に構うな、凜姉は集中してそのでっかいやつを完成させろ!」
「すまない、時間稼ぎを頼む」
凜姫の魔力がどんどん消耗していくのがわかった。もう既に凜姫の元々持っていた魔力の総量を上回る量が金棒に注ぎ込まれていた。今、体内を巡っているのは鬼酒の魔力。体中を駆け巡り加速する血流で魔力はその純度を上げ、煌めく粒子となっていく。
(ただ大きくするだけじゃダメだ。密度と魔力の純度を上げて、一撃で屠れるようにしなくては……!)
「剛天・荊!」
雄飛は手に纏う魔力の形を変化させ四霧の後を追いかける。右腕全体に魔力でできた鋭い棘の生えた蔦が巻き付いていた。
凜姫の覚悟は絶対に無駄にしない。昂る感情はさらに魔法の出力を上昇させ、雄飛の身体能力を向上させる。
(あの拳、一撃も食らいたくはないな。刀で受けるのも危険だ。一撃で切り落とすか)
走りながら刀を一度鞘に戻した四霧。
「七天流……抜刀」
四霧は突然振り向いて抜刀、斬り裂いた。
「負けねえ!」
雄飛は右の拳に魔力を集めて繰り出す。右腕の筋肉は一瞬で膨れ上がり、破壊力を増加させる。
刀と拳。強大な魔力が衝突して目に見えるほど空気を震わせ、衝撃で周囲の木は倒れていく。
(そうか、この右手、茨木童子……!しかも鬼姫は以前よりも別次元の魔力を手にしている。早急に阻止しなくては辺り一帯が更地になりかねん)
四霧は目を閉じて精神を統一し、凜姫と同じように刀に魔力を籠めていく。
「アイツも、凜姉と同じことを!」
雄飛が四霧を止めようと殴りかかる。しかし、目を閉じたはずの四霧には雄飛の攻撃は一撃も当たらなかった。
「なんで、当たらねえんだ!」
魔力を纏った拳は見えずともその動きは察知できる。その上雄飛の右腕は大きくなったせいで動きは遅くなっていた。
最小限の動きで乱打を躱しながら四霧は刀に魔力を籠め続ける。
「まだ、足りないのかよ!」
最初に四霧と戦った頃よりは格段に強くなっているはずだ。それこそ鬼酒がなければまともに戦えなかった頃と比べれば、今は鬼酒を飲まなくとも、動きについていくことができる。
この短期間で身体強化の魔法はずっとうまく使えるようになったし、その出力も上昇した。それでも、足りないのだ。
刻一刻と変化する状況を把握し、その瞬間における最適な行動をする。いくら鬼の身体能力と魔力による強化があったとて、それは経験を積むことによってしか身につくことのない能力だ。
雄飛には経験が足りなかった。姫の護衛として、父から指導は受けていても、実戦はこの一ヶ月の四霧との戦闘のみ。急激な成長を遂げたとはいえ、四霧に追いつくにはまだ未熟と言わざるを得ない。
「ふっ!」
四霧が大きく跳躍する。凜姫に向かって飛ぶ四霧を追うように雄飛も跳び上がった。
凜姫の頭上には満月を覆い隠すほどにまで巨大化した金棒が高純度の魔力で燦々と輝いていた。
「凜姉!!!」
「はあっ、雄飛、ありがとうな……」
凜姫は巨大化した金棒を圧縮してどんどん小さくしていく。超純粋な魔力の塊となった金棒、これを食らえば、文字通り跡形もなく消え去るだろう。凜姫の顔を見た雄飛は四霧を追いかけるのをやめ、地面に降り立った。
四霧が刀を抜くとその刀身はまばゆい極光を放ち、辺りを明るく照らす。こちらも四霧の持つ魔力のほとんどを纏い、ありとあらゆるものを一刀両断してしまう力を秘めていた。
「月砕き・朧 真打!!!」
「七天流・奥義っ!破龍一閃!!!」
元の大きさである人間一人分程度まで小さくなった凜姫の金棒と四霧の光輝く刀、その二つがぶつかった。
「だああああああああっっっ!私たちの家族の、仲間の痛みを、思い知れえっ!」
「人間から略奪をして生きてきた妖が、何を!」
怒り、悲しみ、恨み、溢れ出る感情が凜姫にさらなる力を与える。
「すごい、力だ……」
雄飛は衝撃から身を守るために倉庫の陰に隠れていた。しかしその衝撃波でレンガ造りの倉庫は破壊されていく。
ピシッピシピシ
ぶつかり合う両者は絶えず魔力を全力で放出し続ける。そこに、乾いた、ガラスにヒビが入ったような音がした。
「はああああああああああ!!!」
凜姫と四霧はその音に気がつくはずもなく、魔力を放出し続ける。人の体には身に余る圧倒的な力の奔流、それは世界に裂け目を作り出した。
パリンッ!
「くっ!」
四霧は吹き飛ばされ、湖に大きな水柱を立てた。
力を使い果たした凜姫は、気を失い倒れていく。
「危ない……!」
瓦礫で小さな傷が大量にできた雄飛が凜姫を抱えようと飛び上がった時、凜姫の体は空にできた裂け目に吸い込まれるように消えてしまった。
「凜、姉……⁉」
一瞬何が起きたかわからなかったが、考えている暇はない。雄飛は自分も裂け目へと飛び込んだ。
〜〜〜〜〜
「とまぁ、こんな感じだ。気がついたらこちらの世界にいたんだ」
「なるほど、だからこっちに来てしまったんだね……」
はかせはメモを取りながら一人納得していた。
「はかせ一人で納得するなよ。わかるように説明しろ」
「あーちょっと待って、改めて確認しておくけど、向こうの世界は満月で、湖の近くで戦ってたんだよね?そして途中で謎の振動に襲われている」
奏に説明するため、はかせは凜姫に確認を取る。
「そうだが……それがどうかしたのか?」
「僕たちも満月の夜に、湖の近くで戦っていたんだよ。そしてその時、啓が魔法を使った。ソルテの屋敷を半分消し飛ばしたやつだね。そしてソルテ、君の屋敷は元々どこにあった?」
満月の夜、それはクラミルと戦った日。ソルテは元いた世界のことを思い返す。あまり外に出ることはなかったが、時々湖で水遊びをしていた記憶があった。
「山の中、今ある場所とよく似た場所……あっ、もしかしてその空き地って」
「おそらくソルテの屋敷があった場所だろうね。そして方法はわからないが、吸血鬼たちは屋敷ごとこちらの世界にやってきている。あの辺りは世界の裂け目ができやすくなっているはずだ」
「そこで啓の魔法で世界に歪みができて、さらに二人の戦いで裂け目ができた……ってこと?」
ソルテもはかせの言いたいことを理解していた。
「正解。この世界と向こうの世界は表裏一体だからね。状況証拠でしかないけど、間違ってはいないと思うよ」
世界の裂け目ができやすい場所となっていた、ソルテの屋敷周辺。
こちらの世界では啓の使った魔法で歪みが生じた。それは向こうの世界では空気の振動と地鳴りとして現れた。
その直後に凜姫と四霧が超高純度の魔力をぶつけ合った。
これによって生まれた裂け目に凜姫と雄飛は入り、この世界へとやってきてしまったのだ。
「……僕が魔法を使ったせいで、茨木くんは腕を……」
この話を聞いた啓は一人、俯いて小さく呟いた。
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作るだけ作って放置していたX(Twitter)と活動報告にへたくそながら、啓くんのイメージイラストを投稿したので「しゃーねぇな、見てやってもいいぜ」という方はどうぞ。




