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第四十五話 湖上の満月

 



「啓くん。本当にありがとう」


 深夜、お風呂から上がった凜姫は啓に大きく頭を下げていた。うどんを作っていた啓はいきなりのことで驚いて手を止めてしまった。


「あ、頭上げてください。なにもそこまで……」

「感謝してもしきれない、本当に感謝している」

「いや、えっと、僕だけじゃなくて、兄ちゃんとかはかせとかソルテとかも……うわわわわ」


 目を離した隙にゆでていたうどんが吹きこぼれてしまっていた。啓は慌てて火を止めてうどんをざるに上げる。


「とりあえず、座っておうどん食べませんか?のびちゃいますし……」

「凜姉、お腹空いてるんだろ。いただこうぜ」

「そ、そうだな。いきなりすまない」


 心配する雄飛が凜姫を座らせる。啓はうどんを盛り付けて二人の前に置いた。


「はいどーぞ。熱いから気を付けてね」

「「いただきます」」


 凜姫と雄飛は手を合わせるとさっそく食べ始めた。


「……っ!」


 ぽろり、凜姫の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。出汁の効いたつゆに葱、鰹節、蒲鉾を乗せただけのシンプルなうどん。それは凜姫の心を動かすにはあまりあるおいしさだった。


「おいしい……」

「茨木くんと同じ反応。やっぱり似てますね」

「そ、そうか……」


 雄飛に朝ごはんを出したときのリアクションにそっくりだった。


「あの、聞きたいことが色々あるんですけど、ひとまずみんなが起きてからお願いできますか?」

「あぁ、なんでも聞いてほしい。答えられることならなんでも答える」




 〜〜〜〜〜




「流石に六人は狭いな」


 翌朝、奏と啓、はかせにソルテ、そして雄飛と目を覚ました凜姫はちゃぶ台を囲んでいた。

 元々三人でちょうどいいサイズだったちゃぶ台に倍の六人分の朝食を並べたせいでかなり手狭になっていた。


「さてと、この世界に来るとき、何があったのか教えてもらえるかな」


 はかせが聞くと凜姫が話し始めた。


「雄飛からどこまで聞いたかわからないが、ひとまず最初から」


 あの日、鬼たちの住む集落は、四霧によって斬られ、焼かれ、滅ぼされた。凜姫と雄飛は鬼酒の力で四霧と戦い、辛くも勝利した、はずだった。


「あの妖狩り、四霧と名乗ったそうだな。倒したと思っていたんだが、そうはいかなかったようでな」


 凜姫の技、“月砕き・(おぼろ)”でとどめを刺したと思っていたが、現に四霧は生きている。

 そして、故郷を失った凜姫と雄飛はそこから逃亡生活を送ることになった。


「まぁアイツ、俺に殴られても立ってられるってことは相当頑丈だよな。負ける気はないけど、面倒なのは違いねぇ」

「ボクも戦ったけど、強かった。1対1じゃ勝てる気がしない」


 奏とソルテは四霧と戦った時のことを思い出す。ソルテの攻撃はほとんどいなされていたし、奏の攻撃も当たりこそすれ、致命傷となる一撃は与えられなかった。


「その後も何度も襲われた。俺たちをかばってくれた人も……」


 雄飛が暗い声で呟く。逃げ込んだ先々で何度も襲われ、そのたびに戦った。一度目は鬼酒の力があったからこそ、なんとか勝利できた。しかし、鬼酒は無尽蔵ではない。戦うたびに消耗していく。そして、決着をつけることにした。


「だから、できるだけ人を巻き込まないように、山奥へと逃げて決着をつけることにした。行きついたのが、湖畔の小さな倉庫だった」




 ~~~~~




「凜姉、ここ」


 雄飛が指を指したのは古びたレンガの倉庫のような建物だった。

 凜姫も雄飛も、戦いの傷がまだところどころに残っていた。特に凜姫は魔力の消耗が激しく、傷の治りも遅い。

 誰も巻き込まぬよう、決着をつけるために山奥まで逃げてきたが、そろそろ体力が限界に近い。どこかで休まなければ一方的にやられるだけだ。


「ここは、一体?」


 そこは霧の立ち込める湖の近く、不自然に木や岩もなく、何かが突然消え去ってしまったかのように、平らな空き地が広がっていた。その隣の木々の中にレンガの倉庫は一人取り残されたかのように佇んでいた。


「わかんないけど、霧も深いし、一旦ここで休憩しよう」


 がしゃん


 倉庫の扉には錆びついた南京錠がかかっていたが、雄飛が少し力をこめただけで簡単に壊れてしまった。


「あとで持ち主には謝らなくちゃならんな」

「いいからほら、入って」


 扉を開けて中に入る。上部に小さな窓がついてはいるものの、霧のせいもあって中はかなり薄暗かった。


「けほっ、これはかなり長い間放置されていたみたいだな」


 壁にもたれかかって凜姫は中を見渡す。薄暗い上に埃っぽい。見るからに放置されていたことは明らかだ。

 倉庫には(くわ)、スコップなどの農具や剣や槍、弓などの武器などが雑多に放置されていた。


「俺が見張ってるから、凜姉は寝てろ」

「悪い……頼んだ……」


 疲れていた凜姫はすぐに目を閉じ、眠り始めた。その間に雄飛は倉庫の中を調べ始めた。

 奥の方まで歩いていくと、いくつかのビンが並べられていた。


「飲み物……だよな?」


 これだけ放置されている倉庫のものだ、腐っている可能性は十分ある。ただここまで逃げるのに持っていたお金も食べ物もほとんど使い切ってしまったのだ、しかたがない。自分に言い聞かせて雄飛は瓶を手に取った。


「これは……毛布か」


 雄飛が見つけたのは古びた毛布だった。いくつかある中で一番綺麗そうなものを手に取った。

 入口まで戻って凜姫に毛布をかける。


「こんなんじゃ、アイツには何の役にも立たないか」


 次々と武器を手に取ってはぽいぽいと投げ捨てる。ほとんどは錆びついていて使い物にならなさそうだが、それでも投げつけるくらいはできるだろう。

 雄飛は一度外に出た。木の上に登って辺りを見渡すが、特に怪しい気配や魔力は感じない。

 しばらくの間、木の上で見張りをしていると、次第に一帯を覆っていた霧は晴れていき、既に日は傾きかけていた。


「夕焼け……」


 ぽつりと呟く。いつだったか、凜姫と一緒に遊んだ帰り道に見た夕焼けも赤く綺麗だった。


「雄飛、毛布ありがとうな」

「あ、凜姉、起きたんだな。もう大丈夫なのか?」


 下から凜姫が話しかけてきた。休憩したことで魔力も戻り、怪我も治っていた。


「あぁ、全快ではないが、なんとかな。一晩ここで過ごして明日移動しよう」

「わかった。ご飯に、し、よ……」


 そこまで言ってくらりと倒れる雄飛。ここまでの無理が祟ったのだろう。木から落ちてきた雄飛を慌てて凜姫は抱きかかえる。


「雄飛の方こそ、大丈夫じゃないだろ。無理するな」

「ごめん……」

「いいから、一回寝てろ」


 凜姫は倉庫に戻って雄飛を横にして毛布をかけた。凜姫は雄飛の頭を一撫でする。それだけで雄飛の緊張は一気にほどけ、睡魔が襲ってきた。


「何か作ってやるから、少し待ってろ」

「うん……」


 凜姫に言われた通り、大人しく寝て待っていよう。そう思った雄飛は目を閉じた。


 外から何やらぱちぱちと焚き火の音がする。それに香ばしい匂いも漂ってくる。


「凜姉……」

「起きたか。ひとまずそこの湖で獲れた魚を焼いてみたんだ。あとは町で買ったおにぎりだ」


 焚き火の周りには串刺しになった魚が数本並んでいた。少し焦げているのもあるが、どれも美味しそうだ。霧も完全に晴れて、夜空には星空と大きな満月が、湖には綺麗に夜空が映し出されていた。


「いただきます」


 雄飛は思いっきりかぶりついた。一眠りして睡眠欲が満たされた今、空腹が一気に襲いかかってきたのだ。


「んまい」

「そうか、よかった」


 雄飛が食べるのを見て凜姫も豪快にかぶりつく。そのまま二人は一心不乱に食べ続け、魚もおにぎりもあっという間になくなってしまった。


「もう無くなっちまった」

「食べ過ぎなくらいだけどな。これなら明日も……」


 二人がひと息ついた、その時だった。


「ッ!雄飛!」


 凜姫が雄飛を突き飛ばした。その直後、雄飛の座っていた地面に切り裂いた跡がついた。


「避けるか」

「お前っ……!」


 刀を手にした少女、四霧が近くの木の上から飛び降りてきた。


「往生際の悪い姫だ。逃げ続けて早一ヶ月、こんな山奥まで来るとは」

「……ここで決着をつけよう」


 凜姫は回復した僅かな魔力を手の先に集中させる。


剛天(ごうてん)(りん)

「もう逃げるつもりはないと?」


 凜姫の名前を冠した“剛天(ごうてん)(りん)”は、魔力の金棒を作り出す魔法だ。強力な分、ごっそりと魔力を使うため、最初に四霧と戦った時に出して以来使っていなかった魔法だ。


「あぁ、この鬼ごっこはここで終わりだ」

「凜姉!ここでやるのか⁉」

「ここなら周りを気にせず思いっきり戦える。それに雄飛は今の体力なら完全に逃げ切れるだろ?」


 ここまで一緒に戦ってきたのに、雄飛に逃げろと言う凜姫。雄飛はその言葉を聞いてカチンときてしまった。


「なんだよ、俺を逃がす?ふざけんな。俺もやる」


 今更凜姫を置いて逃げるなんて選択肢があるはずがない。一緒に生きるか、死ぬかの二択だ。雄飛の目を見てその意志の固さをくみ取った凜姫はため息をついた。


「……はぁ、逃げろって言っても聞かない、か。鬼酒の残りは?」

「あと数口。剛天(ごうてん)(ゆう)


 雄飛も拳に魔力を纏って構えを取る。満月の照らす湖畔で二人の鬼と妖を狩る少女の戦いが始まった。




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