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第四十四話 雨の降る夜

 



「わっ、地震⁉」


 揺れで目を覚ました啓は飛び起きていた。


「んにゃ……zzz……」


 隣の奏は揺れに全く気がついていない。啓の右腕を抱きしめてぐっすりと眠り続けていた。

 最近暑くなってきたからやめて欲しいんだけどな、と思いつつ、啓は優しく奏の手を離した。言ったところで素直に聞いてくれるような兄ではないことは弟の自分が一番よくわかっている。

 揺れは一瞬だったし、見たところ家具が倒れたりもしていなさそうだ。そう思った啓はよこになった。外からは雨音が聞こえてくる。


「誰の声だろ?」


 雨音に混じって誰かの声が聞こえる。外から、しかもすぐ近くだ。

 起き上がった啓はカーテンを開け、窓の外を見る。


「い、茨木くん?それにお姉さんも!」


 夜の暗闇、そして雨のせいでよく見えないが、凜姫を抱えた雄飛が立っているのが見えた。

 それを見た啓は慌てて部屋を飛び出した。ちょうどその時、同じく揺れで目を覚ましたソルテが部屋から出てきていた。ソルテは眠そうに目をこすりながら啓に聞いた。


「啓……今の揺れ何?」

「ソルテ!お風呂の準備、しておいて!」


 しかし雄飛と凜姫のことで頭がいっぱいの啓はソルテに向かって指示を飛ばす。


「ふぇ?な、なに、いきなり……?」

「いいから!お願い!」


 寝ぼけているソルテは何が何だかわかっていない。啓は玄関へと走った。

 サンダルを履いて、玄関の鍵を開けると傘を掴んで飛び出す。

 裏側の物干し竿が置いてあるだけの庭と呼ぶにはなんとも寂しい場所に凜姫と雄飛はいた。


「ねぇ、茨木くん?」


 啓はそっと声をかける。啓の声に気がついた雄飛は振り返る。その後ろで凜姫が雄飛の肩を借りてなんとか立っていた。


「だい、じょうぶ……?」

「俺は大丈夫……凜姉?」


 凜姫はまだ周囲の気配を探っていた。自分だけでなく助けてくれた啓たちにまで危害を加えられるわけにはいかない。だがこの辺りにもう不審な気配や魔力は感じない。


「あぁ、すまない、もう大丈夫だ」


 雄飛と凜姫はゆっくりと歩いて啓の方へとやってきた。


「びしょ濡れだよ、とりあえず中入ろ?」

「あり、がとう……」


 雄飛は凜姫を連れて家の中へと入った。後ろから入ってきた啓が玄関を施錠した。

 ちょうどソルテが風呂場から出てきて声を上げる。


「啓ーお風呂の準備できたよー。もうちょっとで沸く、と、思う……」


 ソルテは入ってきた雄飛と凜姫を見て言葉を止めてしまった。雨に濡れ、髪からはぽたぽたと雫を垂らしている。


「ありがとソルテ。タオルも持ってきてもらっていいかな」

「う、うん……」


 まさか雄飛と凜姫絡みだとは思っていなかったソルテは慌ててタオルを取りに行く。


「茨木くん、お姉さんも連れて、お風呂入って。そんなに濡れてたら風邪ひいちゃうよ」

「啓、これ」

「ありがと」


 ソルテが持ってきたタオルで啓は二人の体を拭くと風呂場へ連れて行った。


「……どうやら、私も、雄飛も、君にはかなり世話になっているみたいだな」

「いいんです、気にしないでください。お腹空いてませんか?何か食べますか?」

「何から何まで申し訳ない。恥ずかしい話、さっきも空腹で倒れてしまった。何か食べさせてもらえるとありがたい」

「じゃあお風呂入ってる間に作っておきますね。茨木くん、お風呂の使い方教えてあげて。ごゆっくりー」


 ぺこりと頭を下げると啓は台所の方へと向かってしまった。


「ここが風呂場、自由に使ってくれって言ってた」


 脱衣場に入った雄飛と凜姫の二人は顔を見合わせる。


「彼はよくできた子だな。そして、雄飛にはたくさん苦労をかけた。すまなかった」

「俺はほとんど何もしてない。いろいろと助けてもらえたおかげだ。俺一人じゃどうにもならなかった」

「ふふ、彼らは命の恩人だな」

「あぁ……凜姉、ただでさえ弱ってるんだ。風邪をひく前に一度風呂に入ろう」


 凜姫は雄飛の手をとってなんとか立ち上がるのがやっとだった。


 一通り、風呂の使い方を説明して雄飛は脱衣場を出た。ぽろりと一筋、目から涙が零れ落ちる。


「よかった……」


 廊下を歩いていると台所から包丁の音が聞こえてきた。

 そっと後ろから覗くと啓が一人で何かを作っていた。扉を開いて台所に入るとこちらに気づいた啓が振り向いた。


「あれ、茨木くんはお風呂入らないの?」

「凜姉と一緒に入るのは、さすがに……」

「そういうことかぁ。ちょっと待っててね、今おうどん作ってるから」


 もうとっくに日付は変わった深夜だというのに、わざわざここまでやってくれるとは、啓の優しさ、お人好しなところが伝わってくる。


「ごめん、こんな時間に起こしちゃって……」

「いいのいいの、気にしないで。そこ座ってていいよ」


 とんとんとんと小気味いい音で包丁を動かしている啓と言われた通りそっと椅子に座る雄飛。


「なんで外にいたの?何かあった?」

「俺が気が付いたときは凜姉が屋根の上にいたんだ。誰かと戦おうとしてたみたいなんだけど、俺が出た時に逃げちゃって……」


 雄飛の目に映ったのは傘を差した人影だけ、しかもすぐにいなくなってしまった。


「あの四霧って刀の子?」

「いや、多分妖だと思う。凜姉もあれ以上何も言わないから多分大丈夫なはず……」

「そっか……でもちょっと心配だね」




 〜〜〜〜〜




 ツキウサは傘を差して、ぴょんぴょんと住宅地の屋根の上を移動していた。


「それで、私に何の用?さっきからずっとつけてきて、メーワクなんだけど」


 ツキウサは人目のつかない路地裏に降りると誰もいないはずの場所へ突然話しかけた。


「……」


 カチャリ、と音をさせて一人の少女が暗闇から現れた。刀を持つ少女の名は四霧、雄飛と凜姫の故郷を襲った人間だ。


「なんだ、気がついていたのか」

「そんな殺気バチバチにしなくてもいいじゃん。だって鬼が“貴様ら”って言ってたんだもん。あれってあの場に私以外にもいたってことでしょ?」


 月兎の耳は非常に感度が高い。いくら雨音があったとしても並の人間ならすぐに気が付けたはず。それにも関わらず凜姫の言葉を聞くまで四霧の存在に気が付かなかった。


「なるほど」

「で、何の用って聞いてるんだけど」

「……ふっ!」


 ツキウサの質問に答えることなく、四霧は抜刀していた。ほんの一瞬前まで自分の首があったところに刀が一閃、振り抜かれていた。


「あぶなっ!」

「避けるか、ならば」


 飛び退いたツキウサに向けて四霧が斬撃を飛ばす。魔力で強化された斬撃はツキウサの柔肌を切り裂く……はずだった。


餅月(もちつき)・鏡!」


 ツキウサが叫ぶと持っていた傘が光を放ち、鏡に変化して斬撃を防いでいた。さらに斬撃は反射されて四霧に向けて飛んでいく。


「やるな」


 四霧は反射された斬撃を全て斬り伏せ、ツキウサへと距離を詰める。


餅月(もちつき)・虫とり網!」


 ツキウサが叫ぶと今度は鏡が巨大な虫とり網に変形した。振り下ろされた虫とり網は四霧を完全に包囲、捕獲する。


「この程度っ」


 四霧は自分の周囲一帯を斬りつける。しかし網は光、切り裂いても一瞬で修復されてしまう。

 おそらく地面や周囲の建物のことを一切考慮しなければ脱出できるだろうが、ここでそれは避けたい。まだ近くに鬼姫や吸血鬼、そしてあの、朝日奈奏がいる。ここで大規模な戦いは避けるべきだろう。

 四霧は刀を握ったまま、真っすぐツキウサを見据える。


「私を殺しに来たの?」

「見たことのない種族、魔法だが、妖には違いないだろう。ならば斬るのみだ」

「それだけで斬られたら命が何個あっても足りないんですけど。これ以上はお互いただじゃすまないと思うし今日はこれくらいにしといてもらえると……」

「……いいだろう」


 少し考えた後、四霧は刀を鞘にしまった。あくまで目的は凜姫の監視であって月兎はたまたま見つけただけにすぎない。ここで戦うのは得策ではないだろう。

それを見たツキウサは恐る恐る網を傘へと変化させた。


「不意打ちはナシだよ?」

「約束は守る。少なくとも今は何もしない」


 警戒したままのツキウサが傘を四霧に向けたまま聞くと四霧は刀から手を離した。

 四霧が立ち去ろうとツキウサに背を向けるて一歩踏み出したところで一度足を止めた。


「そうだ、一つ聞きたい。朝日奈奏、朝日奈啓、の名前を聞いて何か思い当たることは」

「え……?知らないよそんな人」


(確か俊太のお友達とそのお兄さんだよね。なんでそんなこと聞くんだろ)


「そうか、ならいい」


 四霧はまた歩き出すと闇の中へと消えていった。

 ツキウサは四霧が自分のことをつけてこないことを確認すると俊太の家の方へと歩き始めた。


「はぁ、寄り道したらとんでもない目にあった。早く鍵を見つけないと……どこで落としたんだろう……」




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