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第四十三話 目覚め

 



(ツキウサどうすっかなぁ、母さんに話すとめんどくさそうだし……)


「俊太ー!!!」


(はかせんとこに泊めるのが一番いいんだろうけど……)


「危ない!」

「ん?」


 ごんっ


「ぐえっ……いってー」


 小学校の休み時間、校庭でサッカーをしていた俊太の顔にボールが直撃。完全に不意をつかれた俊太はどすんと尻もちをついた。


「俊太っ、大丈夫?」

「ごめんっ」

「わりぃ、ツキウサのこと考えててな。取り返すぞ」


 尻もちをついた俊太にパスを出したソルテと啓が駆け寄ってきた。啓が伸ばしたその手を取って俊太は立ち上がる。ボールは相手チームに取られ、もうゴール前まで持ちこまれていた。

 ソルテは俊太の言葉を聞いて走り出した。


「任せて、行かせないよっ」


 ゴール前で割り込んだソルテがボールを奪って走り出す。


「こんにゃろ!」


 奪い返そうとしてくるクラスメイトを颯爽と避けながら駆け上がっていくソルテ。


「ソルテのやつ、運動神経よすぎだろ!」

「止めらんねぇ!」

「ほいっ、よっと」


 ソルテは相手を寄せ付けず、もう既に相手ゴール前まで抜けていた。初めてサッカーをしてから一週間も経っていないというのに、持ち前の運動神経だけでなんとかしているのだ。


「ソルテ、ほんと上手だよねぇ」

「俺らよりよっぽど上手いもんな、もうあいつ一人でいいんじゃねぇの」


 最初は緊張していたソルテも啓と俊太以外のクラスメイトともすっかり打ち解けていた。それを見た二人は安心していた。


「そんなこと言ってないで、僕たちも……あ、俊太、鼻血出てる」


 ボールを追いかけていた啓が俊太の鼻から血が垂れていることに気が付く。


「まじ?」


 俊太が手の甲で鼻の下をぬぐうと赤い血がついていた。啓は俊太の手を取って話しかけた。


「保健室行こ」

「これくらい別に……」

「そんなこと言わないの。ごめーん、僕と俊太、保健室行ってくるー」


 啓が俊太を連れてコートを出ると、心配する声やからかってくる声が聞こえてくる。ソルテがボールを放り出して駆け寄ってきた。


「大丈夫?ボクのせいで……」

「大したことないから気にすんなって、ソルテはサッカーしててくれ」

「……ごめん」


 自分のせいで怪我をさせてしまったと落ち込むソルテ。


「いいから、負けんなよ」

「そんな大怪我じゃないからすぐ治るよ。行ってくるね」

「う、うん……」


 こつんとソルテの肩を叩いて俊太と啓は保健室へと向かった。


「失礼しまーす」

「しまーす」


 がららと音を立てて啓が保健室の扉を開ける。


「はーい、どうしたの?」

「鼻血出ちゃって」


 保健室の先生がカーテンの奥から出てきた。


「あらら、そこ座って」


 俊太が丸椅子に座ると先生はティッシュを持ってきた。


「下向いて、鼻の上の方つまんでしばらくしたら血は止まるから。ティッシュは詰めたりしないで拭くだけにしてね」

「ありがとうございます」

「何かあったの?」


 俊太の前に座った先生は優しく何があったか問いかける。


「サッカーしてたら顔面にボールが……」

「そう、喧嘩とかじゃないならよかった。もし止まらなかったら言ってね」


 先生はそれを聞くとカーテンの奥に引っ込んでしまった。

 啓も近くの椅子に座ると話しかける。


「なんであんなにぼーっとしてたの?」

「ツキウサのことどうすっか考えてたんだよ」


 関係のない人に聞かれたくないという意識からか俊太は小さな声で話す。


「それで、どうするの?」

「わからん。なんとかしてくれー」

「……もううちに居候増やす余裕ないよ?」


 既に吸血鬼と鬼が居候しているのだ。なんでもかんでも受け入れられるほどの余裕はなかった。そして俊太の考えていること、身も蓋もないことを言えばツキウサを啓やはかせに丸投げしたいというのは啓にはお見通しだった。


「げ、お見通しかよ」

「そりゃあ俊太の考えそうなことはわかるよ。そもそも俊太が知らない子を泊めたってのがびっくりだけど」

「いや、なんか断れなかったというか他人事とは思えなかったというか」


 あの時、いつもの自分だったらなにがなんでも知らない奴、しかも女の子、月の兎を親に内緒で泊めるようなことはしないと思う。なぜかと考えても“わからない”としか言えないのだ。ただ、他人事だと割り切ることもできない。


「めんどくさがりな癖に、そういうとこ、優しいんだから」

「めんどくさがりは余計だっての。あ、そうだ俺の部屋片付けに来てくんね?」

「ついに遊ぶ目的で誘うんじゃなくて掃除させるのが目的になってる……もーしょーがないなぁ」


 思い返せば最近は俊太が来るばっかりで家に行くことはなかった。つまり、定期的に遊びに行っては片づけていた俊太の部屋が散らかっているということは容易に想像できた。


「さんきゅーな」

「僕がいなくても自分でやってよ……って言っても無駄かぁ」

「よくお分かりで。まぁ実は、昨日ツキウサの布団敷くために自分でやったんだけど、やっぱ啓がやらねぇとダメってことがわかったわ」

「恥ずかしかったんだ?意外~」

「うっさいなぁ」


 からかわれた俊太はぷいっとそっぽを向いた。そのついでに軽く出血を確認するともうすでに血は止まっていた。


「ん、血ぃ止まったわ」

「それじゃあ教室戻ろっか」


 結局ツキウサをどうするか決まることなく教室に戻った二人だった。




 ~~~~~




「凜……姉……」


 雨の降る夜だった。雄飛は凜姫の手を握って、隣でくるまって眠っていた。寝言で何度も凜姫のことを呼び続ける。


「ぅ、ゆ……う……ひっっ!」


 がばっと勢いよく凜姫は起き上がった。はぁはぁと荒く息をして辺りを見渡す。隣にはすぅすぅと寝息を立てる弟分、そして雨と風の音がする窓の方を見た。


「吸血鬼に鬼の姫様、そして馬鹿げた魔力の啓くん。俊太の友達、ほんとすっごいねぇ」


 傘を差したツキウサは電柱の上に立って啓たちの住む研究所を見下ろしていた。


「誰だっ⁉」


 凜姫は窓を開けて窓枠に飛び乗ると屋根の上へ跳躍する。視線を感じた方を見ると傘を差したツキウサがいた。


「えっちょっ」

「貴様ら……何者だ」


(刀の少女の仲間か?いや、この魔力は妖……)


 凜姫は拳を握ると体を巡る魔力を確認する。


(なんとか戦えるくらいの魔力はある。いけるか……?)


剛天(ごうてん)・凜」

「いきなりすぎるでしょ!」


 魔法で金棒を出した凜姫は両手で握って正面に構える。困惑したツキウサは慌てて逃げ出す。


「待てっ!」

「り、凜姉っ!」


 雨音の中、凜姫を呼ぶ声が響く。凜姫が振り返ると雄飛が立っていた。


「よかったっ、目が覚めたんだな!」

「雄飛……」


 名前を呼んだ瞬間、ふらりと凜姫はバランスを崩した。

 それを見た雄飛は身体強化を全身にかけて踏み込む。その衝撃で家全体が揺れた。


「危ないっ!」


 屋根から落ちそうになった凜姫を抱えた雄飛はどんっと音を立てて着地する。


「大丈夫か?」


 凜姫が見上げると薄暗い街灯の光の陰に、見慣れた顔があった。ぽたぽたと凜姫の体に雫が落ちてくる。


「ゆう、ひ……?」

「……おはよ、凜姉」


 姫を抱える鬼の子は笑っていた。ただ、その顔は雨のせいかぐしゃぐしゃになっていた。




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