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第四十一話 少年と兎さん

 



 啓たちがコロッケを買うのとほぼ同時刻、俊太は一人町を歩いていた。


(あーもうマヨネーズがないくらいでおつかいさせるなよなぁ)


 俊太は心の中でおつかいを頼んできた母親への愚痴を吐く。

 手にぶら下げたエコバッグをゆらゆらと揺らしながらコンビニへと向かっていると、通りがかった公園のベンチで、一人の少女が座っているのが見えた。


「あつっ、だけどうまー」


 少女は一人、買ったコロッケを食べていた。自分と同じか少し年上くらいの年齢に見える少女は街灯の明かりで長い黒髪を照らされておいしそうにコロッケを頬張っていく。


「なんだあの子、変なカチューシャして……一人であの量食うのかよ、すげー」


 俊太は少女の膝上のいっぱいに詰め込まれた袋を見て思わず声を出してしまう。


「よぉ、そこのお嬢ちゃん」


 夢中でコロッケを頬張っている少女は背後から突然声をかけられた。


「……誰?」


 少女が振り返ると、そこには制服を着崩した不良と思しき高校生が三人いた。少女はあからさまに不機嫌そうな顔で不良を見た。


「こんなとこ一人で何してんの、俺たちとあそばね?」

「んーーー、ごめんなさい」


 質問に答えず一方的に話を進める不良たちを、少女は一通り三人の不良たちを観察する。そして断言した。


「なんで?」


 少し怒気を含ませた声で不良の一人が聞くと少女は背後の三人の方を向くこともなく、コロッケを食べるのを再開して言い放つ。


「んぐ、あなたたちと遊んでも面白くなさそうだから」


 少女と不良たちのやりとりを見ていた俊太は足早に公園の前を通り過ぎた。


(うわーやなもん見ちゃったな。さっさとコンビニ行って帰ろ……)




 ~~~~~




(流石にもういなくなってる……よな?)


 帰り道、おそるおそる俊太は再び公園の前を通る。一度は別の道にしようかとも考えたが、結局この道が一番近道だから、という理由で同じ道で帰ることにした。


「だからやめとけって言ったでしょ」


 呆れたような少女の声が俊太の耳に入ってきた。少女は何やら周囲に淡く発光する玉をふわふわと浮遊させ、三人の不良を見下していた。


「ぐはっ……この……」

「邪魔しないでよね。せっかくおいしく食べてたのに台無し」


 不良たちは砂や草にまみれた制服で、何やら恨み言を言いながら走り去っていった。


「マジか……」


 俊太は自分が立ち去った後、何が起きたのかを悟った。おそらくあの少女は不良たちに喧嘩を売られ、そのまま返り討ちにしてしまったのだろう。


「あ、ねぇそこの君ー!」

「げ、しかもバレた」


 少女は俊太を見つけると手を振って駆け寄って来た。それに気がついた俊太は脱兎の如く逃げ出す。あの様子だと自分もボコボコにされるかも、啓に連絡したら助けてくれるかな、と頭をよぎるがそんな考えは一瞬で吹き飛んでしまった。


「別に悪いことしないから、さっ!」


 少女はもう既に俊太の目の前にいた。


「はっやあ……」


 それなりに逃げ足の速さには自信のあった俊太だったが、人間離れした速さの少女に敵うはずがなかった。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


 目の前で手を広げて足止めする少女はちょうど街灯の下で明かりに照らされていた。少女の姿を見た俊太はポカンと口を開けて動きを止めた。


「うさ耳コスプレ……?」

「え?うそ……」


 少女の方も俊太の言葉に動きを止める。お互いに目をパチパチさせてしばらくの間見つめ合う。


「な、なんで見えるの!?魔法かけてるのに!」

「一応聞くけど……もしかしなくても妖ってやつか?」

「ま、まぁね!そんなとこ!」


 内心どうしようか焦っている少女とは裏腹に、俊太は落ち着きを取り戻してきていた。あの強さとこのうさ耳、ほぼほぼ人間ではないことは確定している。が、それでも聞かずにはいられなかった。


(面倒なことになってきた……)


 少女はじーっと俊太の顔を見ていた。


「君は……」


 少女が月の兎、妖だと聞いても、俊太は顔色を変えず、そのまま少女の隣を歩いて通りすぎた。


(絶対関わらない方がいいだろこれ……!)


「って、えー、ちょっとちょっと、せっかくなんだからお喋りしようよー」


 すたすたと速足で歩く俊太に少女はついてきた。


「ねぇってばー」


 俊太は無視を決め込んで家の方へと歩く。そんな中、頬を膨らませた少女は俊太の手をとって引き止めた。


「っ、な、なんで俺につきまとうんだよ」

「最初はちょっと道を聞こうと思っただけなんだけど、君に興味が湧いて来たから」


 ぐいぐい来て自分のペースに持って行くこのタイプ、やっぱり苦手なんだよな、などと思っている俊太のことなどつゆ知らず。少女は俊太の前でくるりと回って俊太に顔を近づける。


「近いってば……」

「ねぇ、今晩泊めてくれない?」

「は、はぁ⁉」


 なんでこんなことに、と内心で頭を抱える俊太。


「いやー昨日野宿してみたんだけど、体中が痛くって痛くって。君のことも知りたいし」

「……マジで言ってんの?」


 いきなり見ず知らずの人間に泊めてって頼むのかよ、とかこういうのは啓やはかせの仕事じゃないのかよ、と言いたくなった俊太だったが、ぐっとこらえる。


「一晩だけでも……ダメかな?」


 上目遣いでお願いされたらもう俊太に断る選択肢はなかった。


「しょうがない……ここで会ったのも何かの縁、か」


 なんだかんだで押しに弱い俊太だった。




 ~~~~~




「いいか、家に入ったら、速攻で二階に上がって、正面の部屋が俺の部屋だから、そこで待ってろ」

「おっけー、おとなしく待ってます!」


 玄関前、俊太は少女にそう伝えて家の中に入った。そのとき、少女はふと、『月谷』と書かれた表札が目に入った。


「……これは運命(ぐうぜん)なのかな」


 少女は言われた通り、家に入ると足音を立てないよう、なおかつすばやく階段を上る。持ってきたコロッケの袋が擦れる音に慌てたが、この程度の音なら聞こえていないだろう。

 すると階下から声が聞こえてきた。俊太の母親の声と思われるその声は少し怒っているように聞こえた。


「ちょっと、マヨネーズ買ってくるだけなのに遅くない?」

「いやー探すのに手間取っちゃって……」


 適当な嘘をついてごまかす俊太。道すがら、あんなことがあったとは言えなかった。言っても信じてもらえなかったかもしれないが。


「ほら、もうすぐできるから待ってなさい」

「はーい」


 階段を上がって正面の扉を開けた少女は、部屋の中を見て一度足を止めた。


「これは中々……」


 部屋の中は脱いだ服、積み上げられた漫画、ゲームのコントローラーetc……モノが部屋の至る所に散乱していた。


「うーん、これが人間にとって普通……なのかな」


 正直に言って、俊太の部屋はかなり散らかっていた。とは言ってもこの年頃の男子なら珍しくもない程度のものだが、この少女にとっては初めて入った異種族の部屋だ。

 これが人間にとって普通だというなら自分がとやかく言うことではないと思い直し、部屋に一歩踏み入り、扉を閉める。

 少し待っていると、俊太が部屋にやってきた。


「悪い、待たせた」

「それは構わないのだけれど……この部屋は……」

「ごめんな、ちょっと散らかってるけど我慢してくれ」


(最近啓が来てないから散らかってるの忘れてた……どーしよこれ)


「ちょっと……?」


 ちょっと、と表現していいものなのか判断に迷う少女を横目に、俊太はベッドに腰掛ける。


「その椅子座ってくれよ、いろいろ話聞きたいし」


 俊太はものが散乱していて明らかに使われていなさそうな勉強机の前の椅子を指差した。

 少女は椅子に座って回転させると俊太の方を向いた。


「じゃあまずは自己紹介でも。耳を見てわかるように私は月の兎。名前は……今は言えない。けど、いつか知る時が来るかもしれないね」

「月谷俊太、()()()人間」


 俊太はあえて普通の部分を強調した。友達のことを悪く言うつもりはないが、手から火や水を出す友達に人外の身体能力を持つその兄、加えて吸血鬼、と自分の友達が普通じゃないのは間違っていない。


「……やっぱり」


 少女は俊太の名前を聞いて小さく呟いた。


「え、なんか言ったか?」

「あ、あぁ、ごめんごめん。じゃあさ、俊太って呼んでいい?私のことは好きに呼んでいいから」

「いいけど、えーっと月の兎……はなんか呼びにくいし……略してツキウサ、とか」

「ツキウサ、いいねいいね。それでいいよ」


 かなりフランクで距離感の近いタイプだ。俊太はこういうタイプが苦手だった。


「つ、ツキウサ」

「……なーに?」


 ツキウサは指を口に当てて、意味ありげに笑った。


「なんで、俺なんだ。面白くもなんともないし、何が聞きたいんだ」


(あ、でも最近吸血鬼だの神様に会ってるからなぁ、普通じゃねぇかも……)


「いやーさっき喧嘩ふっかけてきた人間よりずっと面白いよ。なんで妖のこと知ってるの?」

「俺の知り合いにその研究してる人がいるからな。一応その人にツキウサのこと、相談するつもりだけど、いいよな?」

「うーん、その人は信用できる?」

「ま、まぁできる……と思う」


 はかせのことを思い浮かべた俊太は苦い顔をする。どうにも得体の知れない人だとは思う。この前まではただのニートかと思っていたのだが、魔法や妖に関して詳しいその道の研究者だった。啓や奏の二人のことを昔から知っているらしいし信用されているようだから、悪い人ではない、というのが俊太のはかせに対する評価だった。


「……俊太がそう言うならいいよ」


 少し考えた後、ツキウサはそう言った。事情はわからないが、耳を隠していた以上、正体がバレたくないのは明らかだ。こうも無条件で信用されるとかえって怪しく見える。


「なんでそんなにあっさり信じちゃうんだよ」

「君が信用できるって言ったから。それだけ」


 おそらく、これは本心だ。俊太はそう直感した。そして、返答に困った俊太が言葉を詰まらせたとき、


「俊太ー、降りてきなさーい」


 母親が呼ぶ声が聞こえた。夜ご飯ができたのだろう。


「いってらっしゃーい、私はこれ食べて待ってるから!」


 ツキウサは袋からコロッケを取り出して食べ始める。

 マイペースに食べ始めるツキウサを見て、俊太は警戒するのをやめた。悪意は感じられないし多分大丈夫だ。啓ならその辺りの勘は鋭いからすぐ善悪を判断してくれそうだが、今は自分の直感を信じるしかない。


「悪いな、何も出せるものなくて。飲み物くらいは持ってくるから」

「はいはーい。ありがとー」


 笑顔で手を振るツキウサを見て、どこか既視感を感じる俊太だった。




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