第三十九話 吸血鬼と鬼の居候
第三章「月兎の章」の始まりです。
(はぁ、なんで凜姉は目を覚まさないんだ。あの魔力の薬飲めば自然に治るって……)
ソルテが吸血鬼の屋敷に帰っていた日の夜、雄飛は風呂に入って一人、考え続けていた。どうすれば凜姫が目を覚ますのか、自分の右と左で変わってしまった手を見て、もう何度目かもわからないため息を吐く。
(凜姉のこと、俺の右腕と百鬼酒のこと……だあぁーっ!考えても考えてもキリがないっ!)
ばしゃんっ
まとまらない考えにいらだった雄飛は水面を叩いた。
「ただいまー」
その時、玄関の扉が開く音とソルテの声がした。今日は自分の屋敷に出かけていたはず、そこから戻ってきたのだろう、ばたばたと音がしていた。
「おかえりソルテ。お母さんどうだった?」
「啓!聞いて聞いて!お母さん目を覚ましたんだ!」
「ホントに⁉よかったね」
嬉しそうなソルテとまるで自分のことのようにはしゃいで喜ぶ啓の声は風呂にまで聞こえてきた。
ぽちゃんと音を立てて湯舟に口まで浸かった雄飛はぶくぶくと呟く。
(凜姉……父ちゃん、母ちゃん……まずはなんとかして向こうに戻る方法を見つけないと……)
「魔力をお母さんに少し流してみたら……やっと、本当のお母さんと……」
ずっと意識の無かったソルテの母親が意識を取り戻した。それを聞いた雄飛は風呂を飛び出した。
(凜姉は魔力が枯渇してるんだよな……)
「その話、本当か⁉」
濡れた体で服も着ないでいきなり飛び出してきた雄飛に、啓もソルテも口を開けたまましばらくかたまってしまった。
「魔力流したら起きたって本当か⁉」
「い、茨木くん落ち着いて、そんな裸で出てこなくても」
「その……服着なよ……傷痕結構痛々しいし……」
濡れた髪から雫をぽたぽた垂らす雄飛を窘める啓とソルテ。雄飛の体には四霧に斬られてついた傷痕がいくつも残っていた。
「まずは体拭いて、服着てからね」
「……ごめん、悪かった」
雄飛は体を拭き、借りた啓のパジャマに袖を通しながら脱衣所から出てきた。
「それで、どうやったんだ?」
「はやっ……じゃあまぁお姉さん寝てる部屋で……」
ソルテはあまりの早さで出てきた雄飛に若干引いた様子で歩いていく。
凜姫の眠る部屋に入った雄飛、ソルテ、啓は凜姫の隣にしゃがんだ。
「手を握って、少し魔力を流しただけだから。ボクのお母さんは目を覚ましたけど、君のお姉さんが目を覚ますとは限らないと思うよ……ってもうやってるし……」
ソルテが喋っている間に雄飛はもう凜姫の手を握っていた。
(魔力……これ流れてるのか?)
義手は魔力を通して動かしているため、指先まで魔力が通っている感覚はある。ただそれを凜姫に伝えられているかというと雄飛には自信がなかった。
なんで、なんで目を覚まさないんだと雄飛は震えていた。
「茨木くん、気長に待とうよ。大丈夫だよ、きっと目を覚ますから」
必死の形相で魔力を送り続ける雄飛を見た啓が心配そうに声をかけるが、その声が聞こえないくらい雄飛は一心不乱に魔力を送る。
(凜、姉ぇ……)
「大丈夫⁉」
「魔力使いすぎだよ、もっとゆっくりでいいと思う」
フラっと倒れそうになった雄飛を啓が慌てて抱き留める。
みるみる魔力を減らしていく雄飛を見たソルテはそれだけ言うと部屋を出ていった。
「一回落ち着こ?ね?」
「はぁっ、はぁっ」
「髪も濡れたままだし、魔力も使っちゃったんでしょ。風邪ひいちゃうから」
手を床につけて肩で息をする雄飛を、啓は居間へと連れていく。
雄飛を座らせた啓はドライヤーとバスタオルを持って戻ってきた。雄飛の髪をドライヤーで乾かしながら話しかける。
「焦らないで、って言っても無理かもしれないけど……」
僕だって兄ちゃんがあんな風になったらどうにかなっちゃうもん、と心の中で付け加えた啓。雄飛はおとなしくされるがまま、啓の話に耳を傾ける。
「茨木くんが元気じゃないと、ダメだと思うんだ。だから、無茶しないで」
「わかってる……つもりだけど、考えるより先に体が動く」
「お姉さん、魔力が足りないんだよね。だから分けてあげるのはいいと思うんだけど、もうちょっとゆっくりでいいんじゃないかな」
「……そう、だよな」
しばらく、ドライヤーの音だけが部屋に響いていた。そんな中、ちゃぶ台を挟んだ向かい側で頬杖をついてスマホをいじっていた奏が口を開いた。
「なぁ、啓、お前の服、貸しすぎじゃね?しかもそれ、サイズ合ってないし」
「うーん確かに、ソルテも茨木くんも僕の服使ってるから……そうだ、明日みんなで買い物行こうよ。袖ちょっとぶかぶかだよねそのパジャマ」
雄飛は角を含めなかったら啓やソルテよりも少し背が低かった。角の分だけ大きく見え、啓と変わらない身長に見えたが、実際のところ啓の服はサイズがあっていなかった。
「いや、別に、新しい服なんて、買わなくても……」
「僕の服貸すだけじゃ足りないし、ソルテのも買いたいし、お姉さんのも買わなきゃだし、とにかく、行こうよ」
「そうそう、俺の服、いろんなやつにボロボロにされたから、俺のも買わなきゃなんだよなぁ」
奏は吸血鬼や四霧と戦った時のことを思い返す。あんなことが続いたらいくら服があっても足りやしない、と奏は一人考えていた。
「兄ちゃんは今日買いに行けばよかったのに」
「日曜日は混んでるからな。今日は一日ゴロゴロしてるって決めてたし」
「あ、そう……んーーー、これでよしっと。髪の毛、乾いたよ」
奏に呆れた様子の啓は雄飛の髪を軽く手で整えて立ち上がった。
「相変わらず、世話好きだねぇ」
自分の部屋に戻って荷物を片付けてきたソルテが啓と雄飛を見て言った。
「あ、ソルテー、明日一緒に買い物行こーよ」
「行くー、啓はお風呂まだだよね?入っていい?」
「うん、先入っていいよー」
「ありがとう。ボクもお風呂上がったら啓に乾かしてもらおっかなー」
「いいよー」
「そ、それじゃあ俺はこれで……」
雄飛は気まずそうに立ち上がって凜姫のいる部屋に戻ってしまった。その後ろ姿を見た啓は少し寂しそうな顔をしていた。
「うーん……茨木くんはどうしたら打ち解けてくれるのかなぁ」
「そんなこと、本人次第なんだから、啓がどうこうする話じゃないだろ」
「そんなこと、って……だって昨日一緒にカレー作ったときも、今日も、ずっと緊張してるから……家にいるときくらいもっとリラックスしてて欲しいんだ」
啓は奏の向かいに座って後ろに手をついて天井を見上げながら言った。
「そりゃあ、事情が事情なんだから、しゃーねぇって」
真剣に考えている啓とは裏腹に、奏は楽観的に見ていた。昨日雄飛に聞いたこの世界に来るまでの経緯、それを聞いた啓は他人事とは思えなかった。
もし、自分が故郷を追われて、兄ちゃんと二人だけで知らない世界に来て、命を狙われて、兄ちゃんの意識が戻らなかったら。啓は雄飛と自分を重ねて、考えていた。
「兄ちゃんは茨木くんと同じ状況で僕が眠ったままだったらどうする?」
「……考えたくもない」
「僕だってそうだよ。だから、茨木くんには元気出して欲しいの」
「辛気臭い顔でずっとうちに居られるのもなんだしなぁ、ある程度は協力してやる」
「ありがと、兄ちゃん。頼りにしてるから」
「その代わり、俺の髪もさっきみたいに乾かしてくれ、啓のは俺がやる」
「いいけど……今までめんどくさがってドライヤーやってなかったくせにぃ」
さっきの光景を見た奏は内心羨ましかったのだろう、啓の方を見てお願いしてきた。雄飛をやって、ソルテもやってほしいと言っていた、兄ちゃんなんて髪を拭くだけでドライヤー使ってなかったのに、なんでそこまで僕にやってもらいたいんだろうと啓は首を傾げた。
「居候の二人が乾かしてもらえるのに、兄の俺が乾かしてもらえないのはおかしい」
「そうなの、かなぁ……?」
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「ふう、ここが地上……」
もうほとんどの人が眠りにつき、幽かな月明かりと街灯が照らす夜の町。月から地上まで伸びた一筋の光から少女が姿を現した。少女はピョコン!と大きな兎の耳を頭から生やしていた。少女はきょろきょろと辺りを見渡した。
「ここらで吸血鬼がなにかやろうとしていたと聞いたけど……ま、いっか」
少女は自分の通ってきた光の道を見上げて目を凝らした。
「さーて、追手が来る前に、ちょっくら地上見物でもしますかね」
誰かに追われているらしいうさ耳少女は尻尾を揺らしながらその場を立ち去った。文字通り脱兎の如く駆け出したうさ耳少女は、夜の町へ消えていった。
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