ソルテの日記 その五
ボクとルナメルは屋敷の門の前に着地して、啓のバリアを解除した。
屋敷の周りは生い茂る木と、日光を遮る結界で覆われていて、薄暗いけど、この中なら昼でも吸血鬼でも安心安全、外に出られる……らしい。詳しいことはわからないんだけど、元々クラミルが赤い霧で覆っていたのが無くなってしまったのを、はかせとアストさんが新しく結界を張ったんだって。そういえばアストさんは今何をしてるんだろう?
「あー!坊ちゃまにルナメル様!おかえりなさい!」
門の前に着地したボクたちを迎えてくれたのは門番をしていたアルコルだった。
ボクたちに向かって手を振って走ってくる。
「ただいまアルコル、元気だった?」
「ちゃんと働いていましたか?」
「え、あ、そう、ですね……あ!そちらはお客様ですか?」
慌てた様子でぎこちない動きをするアルコルをルナメルが冷ややかな目で見つめていた。アルコルはルナメルから視線をずらして啓の方を見る。
「こんにちは。朝日奈啓です。よろしくお願いします」
「啓様ですね。さささ、こちらへどうぞー」
「わわ、ちょ、ちょっと」
啓がお辞儀してあいさつするとアルコルは啓の手を取って屋敷の中へと入っていく。
「全く、少しは真面目に働いているのかと思ったのですが……」
「……操られてた時の方が真面目だったんじゃない?」
はぁ、とため息をついて頭を押さえるルナメルと一緒にボクも啓についていった。
庭の中を進んでいくと、まだ少し瓦礫や荒れた地面についた戦いの跡が残っていた。これでもかなり綺麗になった方だ。あの時は屋敷の半分が消し飛んで、庭もかなりボコボコになっていた。今は地面は平らに均されて、いくつかレンガや木材、石材が置かれていた。
屋敷も外観はほとんど前と変わらないくらいに直っていた。使用人の吸血鬼が飛んで直しているところもあるけど、半壊していたとは思えないくらいには元通りになっていた。
屋敷に向かって歩いていくと、庭の手入れをしたり、修繕途中の吸血鬼が「坊ちゃまー、おかえりなさーい」って手を振ってくれた。
「ソルテーこっちこっちー!」
玄関の前で啓が手を振ってボクたちを待っていた。アルコルはもういないってことは、ルナメルに怒られるのが怖くて逃げたんだな。
「アルコル……さっきの吸血鬼はどこ行ったの?」
「案内してくれた人?アルコルさんって言うんだ。ここで坊ちゃまたちをお待ちくださいってどこかに行っちゃった」
「まぁ彼女のことは置いておきましょう」
玄関扉を開いて中に入ると、中は外よりもさらに薄暗くて蝋燭の明かりだけが広間を照らしていた。
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
ボクと啓の声が広間に響き渡る。広間には二階へ上がる階段と勇者の鎧が飾ってあった台座が残されていた。
「中はもっと暗いねぇ……雰囲気はいい感じになってるけど……」
「外観はほとんど終わっていますが、内装はまだ途中とのことですので、ご容赦ください。坊ちゃま、ご主人様は二階の部屋で眠っていらっしゃいますので、どうぞ行ってきてください」
「うん……わかった行ってくる」
ルナメルに言われるがまま、ボクはお花を持ったまま、階段へと向かう。啓は小さく手を振ってくれていた。緊張してたのに気が付いて、応援してくれてるんだ。
お母さんの部屋の前について一度、深呼吸をする。
すーーーはーーー
「お母さん……入るよ?」
「……」
ノックをしてドア越しに話しかけるけどもちろん返事はない。そっとドアを開けて中に入った。
お母さんはベッドの上で静かに、眠っていた。
「お花、買って来たんだ。飾っておくね」
「……」
ボクは持ってきた花束を花瓶に入れてベッド横のテーブルに置いて近くの椅子に座った。
「お母さんの好きな薔薇だよ。一緒に庭で育てようよ」
「……」
やっぱり聞こえてないよね。話したいこと、聞いて欲しいこと、たくさんあるんだ。クラミルにみんなが操られてからは辛かったけど、今は楽しいんだ。
「ボクね、今、啓と奏と一緒に住んでるんだ。あ、啓はね、ボクに初めてできた友達だよ。優しくて、ボクのために色々手助けしてくれたんだ。奏は啓のお兄ちゃんで、啓のこと大好きなんだ。人間とは思えないくらい強くて、啓を助けるついでにってクラミルを倒しちゃった」
「……」
「すごいよね。ボクなんて何もできずに、逃げ出すことしかできなかったのに。本当はボクがお母さんを助けなきゃいけなかったのに。ボクが乗っ取られて、奏と戦う羽目になって……それで……」
お母さんがクラミルに乗っ取られてからのこと、ボクが屋敷から逃げ出した時のこと、啓や奏と出会ってからのこと。思い出したら、涙がぽろぽろ溢れてきた。こんなつもりじゃなかったのに。
「……」
「それでね、その後、ボク、啓と一緒の学校に通い始めたんだ。啓の友達の俊太とか、前の席の金村さんとか、みんな優しいんだ。まだまだボクは知らないことばっかりで、また啓に助けてもらってる」
袖で涙を拭う。ボクはお母さんの手を握った。手で触れた程度じゃほんの少しにしかけど、ボクの魔力を通してみる。最近は啓の血のおかげで以前よりずっと質のいい魔力になっていると思う。やっと、長いクラミルの支配から解放されて、元のお母さんと暮らせるんだ。だから、早く目を覚ましてよ……
「この間ね、水泳の授業があったんだ。でもボク、全然泳げなくってさ。そういえば海とか川とか行ったことなかったよね」
「……ェ」
「太陽の光浴びちゃいけないんだから、当然なんだけど、目が覚めたら一緒にお出かけしよう、ね……?」
あれ?今、ボクの手を一瞬握り返してきたような気がした。
「お母さん?」
「……テ」
「お母さん!」
「……ル、テ」
ボクが呼びかけるとか細い声だけど、返事をしてくれた。
ボクの声……それとも魔力に反応してる?じゃあもっと魔力を!
「お母さん!ボクだよ!」
手をぎゅーっと握って、最大限、魔力を流し込む。
「ぁ……ソ、ル、テ……」
「お母さん!」
お母さんの目がうっすらと開いていく。
「だ、大丈夫⁉」
「ソルテ……なの……?」
「そうだよ!ボク、ソルテだよ!」
お母さんはボクの方を見て小さな声を発した。やっと、やっと、元のお母さんに会えた……
「お母さんっ!」
ボクはベッドのお母さんに思いっきり抱きついた。
「ソルテ、ありがとう」
「うぅっ、ぁぁ」
上半身を起こしたお母さんが頭を撫でてくれる。ずっと、待ってたんだ。この時を。涙が止まらない。
「いい子いい子……」
どれくらいこうしていたのだろうか、ベッドのシーツがぐちょぐちょになっていた。ごめんなさい。
「落ち着いた?」
「……うん」
見上げると、長い間見ていなかった、お母さんの笑った顔。
「もう、一人にしないで……ね」
「約束する……ひとりぼっちにはしない。でもソルテ、お友達ができたんでしょ?」
「聞こえてたの?」
「なんとなーくね。だからそんなに心配しなくても一人にはならないわ」
「それでも……どっかに行っちゃやだ」
ボクはもう一度、お母さんに抱きついて、顔を埋める。
「変わってないわねぇ。お友達に見られてるよ?」
「え⁉うそ」
「どうぞー、入ってくださーい」
ボクが入り口の方を見ると、ほんの少しだけドアが開いて、そこから啓が覗いていた。
「お、お邪魔します」
「啓、見てたの?」
「ま、まぁ、ね」
啓はボクから目を逸らしてベッドの方までやってきた。
「うぅ、恥ずかしぃ……」
めちゃくちゃ恥ずかしい。顔から火が出そうってこういうことを言うのか。
「こんにちは。私、ソルテの母親でシュトラフェルン家の当主、エクルミア・シュトラフェルンです。あなたがソルテのお友達ね?お名前は?」
「こんにちは。朝日奈啓です。ソルテにはいつもお世話になってます」
ボクが顔を真っ赤にしている間に二人はぺこりとお辞儀して挨拶していた。
「こちらこそ、何とお礼をしたらよいか……我々一族、あなた達には頭が上がりませんわ」
「あ、や、僕なんてなんにもしてないですから。ほとんど兄ちゃんとはかせのおかげです」
「そう……私にはとてもそうは見えないけど、そのお二人にもお礼しなくちゃね」
お母さんは何か考えているみたいだった。まさか今日目を覚ますとは思ってなかったから奏もはかせも連れてこなかったけど、次は二人にも会わせてあげないと。
「啓くん、ソルテに血を分けてくれたんでしょ?」
「え?お母さんわかるの?」
「ソルテが私にくれた魔力と啓くんの魔力、似ているもの」
ボクが流したあの魔力に混じっていた啓の魔力を見ただけでわかるなんて、さすがだなぁ。
「どうも僕の血だけは美味しいみたいで……それで週に一度だけ」
「そうだったの。あのソルテが美味しく感じるなんて……」
昔からボクはとにかく血が嫌いで、本当に死なない最低限しか摂取していなかったから、お母さんがビックリするのも当然だ。啓の血だけは、本当に甘くて、美味しいんだよね。
「美味しいだけじゃなくて、啓の血を吸うと魔力が増えて、太陽の魔法が使えるんだよ」
「太陽の魔法?」
「うん、すごいでしょー」
この魔法のおかげでルナメルを元に戻せた。クラミルには、いいように使われちゃったけどね。この力がなかったら、啓がいなかったら、きっと今こんな風にお母さんとは話せていないと思う。
「すごい、というかあり得ないというか……体は何ともないのね?」
「大丈夫だよ?何でそんなこと聞くの?」
「そう、何もないならひとまずはよかった……これからもソルテをよろしくお願いします」
お母さんは啓に向けてそう言った。啓の血をもらって、いいことはあっても、何か悪いことは何もなかったけどなぁ。何を気にしているんだろう。
「ボクこそ、守ってもらったりしているのでお互い様です。あ、でも兄ちゃんがもの凄い怒るからあんまりがっつかれると困るけど……」
啓がボクの方をチラっと見てきた。し、仕方ないじゃん、啓の血、本当の本当に美味しいんだから。
「ソルテ、ほどほどにしておきなさいね」
「あぅ、わかってる」
お母さんに釘を刺されちゃった。いつも必要最低限にしているから、今後も変わらないと思うけど。
「あの、これ、うちで焼いたクッキーです。よかったらどうぞ」
啓がポシェットから袋に入ったクッキーを取り出して机の上に置いた。今日の朝ボクとルナメルと一緒に焼いたやつだ。味見した奏や雄飛からも好評だったし、味は大丈夫なはず。
「ありがとう。大事にいただくわ」
「ボクも一緒に作ったんだ。食べて食べて」
「そうねぇ、せっかくだし、紅茶が欲しいところだけど……」
「こちらにご用意してあります。ご主人様」
いつの間にかルナメルがティーセットを用意していた。え、本当にいつの間に?流石、うちのメイドってことでいいのかなぁ。
「流石ルナメルね」
「ご主人様がお目覚めになるのをお待ちしていました」
ルナメルが三人分の紅茶を淹れてくれた。相変わらずの手際だ。そして変わらずいい香りと味。
「クッキーも紅茶も、美味しい」
「えへへ、でしょー?」
また笑ってくれた。これからはお母さんと一緒に居られるんだって思ったら、頬が緩んできちゃった。
「ソルテ、これからどうするの?今は啓くんのおうちにいるんでしょう?こっちに戻ってくる?」
なんて、考えていたら、お母さんがボクに聞いてきた。
「あ、考えてなかった……」
「確かに、ここから学校通うのは空飛んでもちょっと時間かかるよね」
屋敷が壊れてたから啓のところにいたけど、その理由もなくなっちゃった。お母さんも目が覚めたし、帰った方がいい、のかな……?
「……ど、どうしよう」
「うちに居ても、ここに帰っても僕はどっちでも大丈夫だよ。ソルテはどうしたい?」
「ボクは……」
ボクはどうしたいんだろう。お母さんも、屋敷も元に戻って、お母さんと一緒に居たい気持ちはある。でもせっかく学校に行って、友達もできて、とっても楽しいんだ。ここから通えないわけじゃないけど、毎日往復するのは少し厳しい。でもでも、ずっと啓のところにいるのは迷惑だし……やっぱり屋敷に帰った方が……
「ねぇソルテ、うちにいても全然迷惑じゃないし、むしろ人が多い方が楽しいくらいだし。ソルテがお母さんと一緒に暮らしたい気持ちもわかるよ。だからさ、自分の気持ちに正直になって選んで欲しいな」
「啓くんもこう言ってくれているし、まずはあなたの気持ちを教えて。どうすればいいかはそれから考えましょ?」
ボクは、ボクは……
「お母さん……ボク、もうちょっと啓のところにいたい……」
「やっぱりね。そう言うと思った。ホントは私もソルテについて行きたいところなんだけど、私はソルテみたいに日光に耐性が無いから。啓くん、うちの子をよろしくお願いします」
お母さんが頭を下げた。目の前でそれされるとなんだか恥ずかしい、ってさっき泣いてたところ見られているから今更なんだけど……
「任せてください。ソルテは僕が責任もって預かります、なんて言えた立場じゃないですけど」
「何か問題があったらすぐに言ってね。私が叱るから」
「ソルテはいい子だから大丈夫だと思います……」
啓にそう言ってもらえて嬉しい。
「そう?でも、やっぱりソルテに会えないのは寂しいわねぇ……」
「週末は学校お休みだから、毎週帰ってくるよ。お母さんに話したいこといっぱいあるんだもん」
「そっか、うん、楽しみにしてる。じゃあもっと色々話してもらおっかな」
それから、ボクはお母さんと日記に書いたこと最近のことも書いてない昔のことも、たくさん喋った。数年まともに喋れなかった分、日が暮れるまで、と言ってもここはずっと薄暗いんだけど。そうして、ボクはお母さんと再会したんだ。
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眠っているお母さんに会った時、最初はどうすればいいかわからなくて、買ってきたお花を飾った。聞こえていないってわかっていても、どうしてもお母さんに聞いて欲しくて、いろいろ喋っていた。その時、お母さんと手をつないでボクの魔力を少し分けたんだ。そうしたら、お母さんの意識が戻ったんだ。
いきなりだったから、ビックリした。でもそれ以上に嬉しかった。その後もいっぱいお話ししたり、クッキーを一緒に食べたり。日記を書いてる今でも夢じゃないかって思ってる。
お母さんのところに帰るか、啓たちのところにまだいるか、どうするのか聞かれてかなり迷った。啓とお母さんがボクのやりたいようにしていいよって言ってくれたからまだ啓と一緒にいるって決めることができた。
お母さんの目が覚めた時のために書き始めた日記だけど、毎週会いに行く約束をしたから、これからも日記は書いておこう。
「アルコル、お前、またサボってたな?」
「げ、先輩こんなところで何を……」
「ルナメル様にお前を探せって頼まれたんだ。持ち場に戻れ」
「坊ちゃまと遊ぼうと思っていたのに……くっ」
「あっコラ、逃げるな!」
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