ソルテの日記 その四
「坊ちゃま、準備はできましたか?」
「うん。できたよ」
ボクは帽子を目深に被って、靴を履いて、つま先をとんとん叩く。今日は日曜日、学校はお休みだし、一度ボクの屋敷に行ってみることにした。
クラミルとの戦いで半壊(と言っても啓の魔法なんだけど)していた屋敷を直していて、お母さんは一度はかせが知り合いの病院に連れて行って診てもらった。意識は戻っていないけど命に別条はないから、今は屋敷(の残った部分)にいるんだ。
はかせは屋敷の修理や、吸血鬼を診てくれるお医者さん、それに雄飛の魔法の義手まで用意して、一体何者なんだろう?家にいるはかせはだらしなくて、啓に怒られてばっかりなのになぁ。啓によると最近は外出が増えて、疲れてるみたい。ボクたちが来る前は一日中外に出ないこともよくあったんだって。
「兄ちゃん、行ってくるね」
「あぁ、気ぃつけろよ。特に血だけは絶ッッ対に吸われないようにしろよ」
「もー、心配しすぎだってば」
奥から啓と奏の話す声が聞こえた。パーカーの袖に腕を通しながら、啓も玄関までやってきた。
「お待たせ、それじゃあ行こっか」
啓も靴を履いて玄関を開ける。雲の隙間から日の光が差し込んでくる。吸血鬼にとっては眩しすぎないのでいい天気。あれ、でも昼間に外に出られるのはボクとルナメルくらいだからそうでもないか。
「ルナメル、その傘いる?」
ボクの後ろに立つルナメルはボクとルナメルが陰に入るよう日傘を差していた。今更そんなことしなくても……
「坊ちゃま、最近少し日焼けされましたよね?せっかくご主人様に会いに行くのに、これ以上坊ちゃまの綺麗なお肌が荒れるのは防ぐ必要があります」
「うーん……別に気にしてないんだけどなぁ」
そんなルナメルと一緒に、はかせの家を出たボクと啓は歩いて商店街の方へと向かった。
「啓が来るなら、てっきり奏もついてくるのかと思ったのに、来ないなんて意外だなぁ」
「めんどくさいーって言ってた」
「途中で飛んでもちょっと遠いからねぇ」
ボクの屋敷は町から離れた山の中、小さな湖の近くにある。歩いたら数時間か、半日以上はかかる距離だ。車っていうのならすぐに着くって聞いたけど、ボクはまだ乗ったことがない。昨日も外出してて疲れてるみたいだし家を出たくない奏の気持ちもわかる。
「でも僕のこと心配ならめんどくさくても、疲れてても兄ちゃんは絶対来ると思うんだよね」
啓はそう断言した。会ったばかりの時は、奏が一方的に啓のことを大事にしてるんじゃないかって思っていた。けど実際は啓の方が奏のこと大好きなんじゃないかってくらい、お互い大好きなんだなって最近は思う。奏のちょっと過剰なスキンシップも、啓が関わると過激になる発言も、啓はごく当たり前に受け入れている。奏は自分にとって悪いことは絶対にしないし、させない。啓は“兄ちゃん”への絶対的な信頼があるんだ。
「じゃあ心配してないってこと?」
「心配してないんじゃなくて、ソルテのこと、信頼してるんだよ」
「……そっか、えへへ」
ボクが聞くと啓はすぐに答えた。そっか、そうなんだ。奏がボクのことを信じて送り出してくれたんだって思うと少し誇らしいような気がする。奏と啓みたいに、とはいかないかもしれないけど、啓のことはボクだって大事だし、何かあった時は力になれるよう精いっぱい頑張らなくちゃ。
そんなこんなで話をしているうちに、最初の目的地、花屋さんに到着した。赤、黄、白、紫……と色とりどりの花が店の前には並べられている。まずはここでお母さんにお花を買っていくんだ。
「こんにちはー」
「あら啓じゃない、いらっしゃーい」
啓が店内に入るとカウンターから20歳くらいの女性が出てきた。ボクとルナメルも啓に続いて店内に入る。
「今日は奏と一緒じゃないんだ?お友達?」
「うん、この子のお母さんのお見舞いに行くから、お花買って行こうと思って」
啓と話した店主はそのままボクの元へやってきた。
「ほぉー君……メイドさんまで一緒とは、よほどのお坊ちゃまと見た」
「初めまして……ソルテといいます」
しゃがんで帽子の下のボクの顔を覗き込んだあと、店主は店内に並ぶ花を見せてくれた。
「よろしくねー。それで、お母さんのお見舞いねぇ、お母さんの好きな花とかあるかな?」
「薔薇が好きだった。庭でよく育てていたから」
「薔薇ね、OK。他に何かご要望は?」
ボクは店内を見渡したけど、そんなにお花には詳しくないからどれがいいとかわからない。だからあとはお任せしようかな。
「あとはお任せで。あっ、お手頃価格でお願いします」
「啓のお友達特別価格でご提供させてもらうよー、ちょーっと待ってて」
啓の人脈の広さには驚きだ。この前も買い物について行ったとき、いろんなお店でおまけしてもらってた。啓はお店の中の花を見て回って「これいいなぁ」とか「今度はこれにしようかな」とか呟いていた。結構な頻度で来てるんだな。
「はいお待たせー、こちらになりまーす。どうかな?」
渡された花束には、ボクの言った黄色とオレンジの薔薇に加えて、他の花がいくつか入っていた。うーん、花の名前はわからないけど、きっとお母さんにも気に入ってもらえるはず。
「きれい……ありがとう、お母さんも喜ぶと思う」
「喜んでもらえたら花屋冥利に尽きるよ」
「支払いは私が」
「はいはーいこちらでお願いしまーす」
ボクと啓は花束を持って外に出た。少し待っているとお金を払ったルナメルも出てきた。
「お待たせいたしました。それでは行きましょうか」
花屋を出たボクたちは路地裏の人目につかない所へと移動した。
「さて、啓様は私が連れて行きますので、坊ちゃまは花をお願いしますね」
そう言ってルナメルは翼を広げて、啓を赤いバリアで覆う。
「よーし行こう」
ボクも翼を出して、花が崩れないよう小さなバリアで覆って飛び上がった。
一度地上から見えないくらいの高さまで飛び上がってから、屋敷の方に向かう。
「二回目だけど……やっぱりちょっと怖いなぁ」
「啓と一緒に飛べるようになったら色々楽しくなりそうだなぁ」
学校行ったり、遊びに行ったり、想像しただけでも色々とできそうだ。あ、でも見られるわけにはいかないから意外と使う場面はないかも。
「うーん」
啓が真剣な顔で考えている。そういえば奏は魔力ないのにクラミルと戦った時飛んでたような。
「啓なら魔法でなんとかなりそうじゃない?奏がはかせのお札で飛んでたみたいにさ」
「うーん、そうかもしれないけど……兄ちゃんが危ないからやめろーって言いそう」
啓は頑固なとこもあるけど、こういうときは素直に奏の言うこと聞く、っていうのは一緒にいてわかってきた。
「あー確かに……言いそう」
奏なら絶対止めるだろうなぁ。簡単に想像できる。というかよく考えたら結構危ないんじゃ。
ボクとか奏なら多少の高さから落ちても何ともないだろうけど、体が普通の人間の啓はちょっとした高さでも怪我するかもしれない。すぐ治るといっても奏がそれを許すとは思えないし、ボクもそれは嫌だ。
「でも、いろんな魔法が使えるようになったら楽しそうだから。飛ぶ魔法も練習してみようかな」
「神様に教えてもらった魔法と一緒に今度やってみようよ」
「ソルテも、水泳の練習頑張ろうね」
そうだった、ボクも練習しなきゃいけないことあるんだった。あ、でも翼を出したら水の中でも今みたいに空を飛ぶのと同じ感じで動けるんじゃ……
「翼とか、魔法とかは使わないで泳げるようにならなきゃダメだからね」
こ、心を読まれた⁉いつの間にそんな魔法を……
「な、なんでわかったの」
「冗談のつもりだったんだけど、ホントに考えてたんだ……」
啓がちょっと呆れてる。なんだ冗談だったのかぁ、ビックリしたぁ。
「坊ちゃま、そろそろこの辺りで降りましょう」
「はーい」
下を見るともう町じゃなくて山だった。啓と喋っていたらいつの間にかこんなところまで来ていたみたい。ボクとルナメルはゆっくりと地上へ降りていく。
「あっ、お屋敷見えてきたね」
「もうほとんど修繕は終わってるみたい」
お母さん、大丈夫かな。まだ目を覚ましていないんだけど、本物のお母さんとはクラミルに乗っ取られた状態、“母様”になる前に話したっきりだから、ちょっと緊張してきたかも……
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○月●日
今日は啓とルナメルと、お母さんに会いにお屋敷に行った。行く前に、お花屋さんに寄ってお見舞いの花を買っていった。綺麗な花がたくさんあって、どれにすればいいのかわからなかったんだけど、啓の知り合いの店主さんがお母さんの好きな薔薇を入れて選んでくれた。啓の顔の広さには驚かされる。
お屋敷はもうほとんど直っていた。あんなに壊れていたのに、屋敷のみんなが頑張ってくれたんだな。でも、ボクだけ学校に通って、屋敷のことを任せっきりだったのは反省。
そして、ついにお母さんに会ったんだ。




