第三十六話 鬼酒と煙草とクリームソーダ
「こちら四です……はい。わかっています……必ず首は取って帰りますので」
刀を持った少女、四と名乗ったその少女は奏と戦った後、一人、ビルの屋上に立っていた。通話を終えた四は手にしたスマートフォンを懐にしまう。
「不思議なものだ。遠隔で話せるとは……しかし吸血鬼とあの子供は何のために鬼に協力しているのか……」
しばらく風に吹かれながら眼下に広がる町を眺める。
「朝日奈奏……まさか、な」
~~~~~
朝ご飯を食べ終わった頃を見計らって啓は雄飛のもとにやってきていた。
「どう?おいしかった?」
「ごちそうさまでした。おいしかったよ」
「えへへ、そう言ってくれて嬉しいよ」
啓は照れながら雄飛の使った食器を片付ける。
「それで、あの、朝日奈くん、これからのことなんだけど……」
「おっと、その話はこっちでしようか茨木くん」
欠伸を嚙み殺しながらはかせが顔を出していた。
「あ、はかせ起きたんだ」
「おはようございます……」
雄飛は居間まで啓とはかせについて行った。そこではちゃぶ台を囲んで奏とソルテが朝ご飯を食べていた。奏が部屋に入ってきた啓、はかせ、雄飛を見てボソッと呟く。
「なんか人増えたな……この家狭いんだからこれ以上増えるのは勘弁してほしいわ……」
「おーい奏、聞こえてるぞー。誰の家がおんぼろ極狭ハウスだって?」
「いやそこまで言ってねーし。で、頼みってなんだよ」
奏は土曜日だから家でだらだらしていようと考えていたのに、何やら頼みがあるとはかせに言われてちょっぴり不機嫌そうだった。はかせは奏の隣に座ると麦茶を注ぎながら話し始めた。
「奏には刀の女の子を探してほしくってね」
「あいつとまた会ったら絶対また戦うことになるだろ」
はかせに言われて露骨に嫌そうな顔をする奏。
「まぁ話を聞いた感じそうなるだろうね。でもその子とも話がしたい。だから連れてきて欲しいんだよ」
「……」
「なんと!今なら、お小遣いもついてくる!」
黙りこくった奏を見てはかせはまるでどこかの広告みたいにおまけをつけ足した。それを聞いた奏はちらりと啓の方を見る。啓は今月の出費をどうするか少し考えた後、しょうがないなぁといった顔で頷いた。
「……しゃーないな。ただ、悪いやつじゃなさそうとは言ったけど、話が通じるタイプでもなさそうなんだよなぁ。おとなしくついてきてくれるかねぇ」
懐が寂しかった奏ははかせの頼みを了承した。
「兄ちゃん怪我は大丈夫なの?」
「まだ痕は残ってるけど、痛みも無いし動かすにも問題ないから大丈夫だ」
奏は腕をくるくる回して何ともないことをアピールする。
「ならいいけど……気を付けてね」
「わかってる。心配してくれてありがとな」
「無理しないでよ……」
奏は無言で立ち上がると啓の後ろに座った。そして啓を抱き上げて膝の上に乗せる。
「ちょ、に、兄ちゃん」
「はぁー。こんな優しくて可愛い弟と休日を過ごせない兄の気持ちを考えて欲しいよ全く」
奏は啓をぎゅーっと抱きしめて肩に顔を埋める。啓は抜け出そうともぞもぞするが奏の力には敵わなかった。結局そのまま大人しく奏の腕の中に収まった。
「もーーー痛いってば」
「はいそこー、朝からいちゃつくのはそれくらいにしろー」
「いいだろこれくらい」
はかせに言われても奏は啓を抱いたまま離そうとしない。
「そこの弟大好きバカは置いといて。茨木くん、君には僕と一緒に来てもらうよ」
「それはいいけど、凜姉は……」
「啓が見ててくれるから、大丈夫。ソルテやルナメルもいるから」
またいつ凜姫が狙われるかもわからない状況に雄飛は焦っていた。それにこれ以上啓たちに迷惑をかけたくないという気持ちが強かった。
「茨木くんの腕、治るかもしれないんだって。お姉ちゃんのことは僕が見てるから、安心して行ってきて」
奏の膝の上に座ったままの啓に言われて雄飛は左手で右肩を押さえる。
「俺の腕……本当に治るのか?」
「絶対とは言えないけど、恐らくね。そのあたりは向こうで見てもらおう」
「……わかった。凜姉のこと、よろしく頼む」
雄飛が頭を下げると啓は両手をぶんぶん振った。
「色々大変だったんでしょ?そんなにかしこまらなくていいよ」
「だけど……」
「啓はただの世話焼きなんだよ。あんま気にすんなって」
奏は啓の頭を撫でると啓は頬を膨らませた。
「僕もう五年生なんだけど」
「俺にとってはいつまでもちっちゃい弟だからなー」
「むーーー」
雄飛はそんな二人を見て凜姫のことを考える。自分も凜姉とあんな風に過ごせたら……と思ったところで恥ずかしさが勝って顔が赤くなってしまった。
「あの二人、いつもあんな感じなのか?」
頭を冷やした雄飛は隣でのんびりご飯を食べていたソルテに小声で聞く。
「んーあんなにべったりしてるのは珍しいけど……でも啓は啓で嬉しそうだからいいんじゃないかなぁ」
ソルテは別に気にするほどでもないでしょと言った様子で一人ご飯を頬張っていた。
~~~~~
はかせに連れられて、雄飛は商店街へとやってきていた。雄飛はフード付きのパーカーを羽織って角と右腕が無いことを隠したうえで人目を避けながらひたすらはかせについて行く。一つ角を曲がったところではかせが立ち止まった。
「さて、ここだよ」
「ここは……?」
「見ての通り、喫茶店さ。とりあえず中に入ろうか」
商店街の大通りから一つ脇道に入った場所、壁からぶら下がる木製の看板には『Café Amethyst』と書かれていた。ドアを開けるとカランカランと入店を知らせるベルが鳴った。中に入ると煙草と珈琲の臭いが鼻につく。そして店主のこだわりが伺えるアンティークな家具で統一されていた。
「らっしゃいませー……なんだお前か」
「一応お客なんだけどなぁ。それで、マスター、お願いしてたアレのことなんだけど」
喫茶店のマスターははかせの顔を見るなりめんどくさそうな顔をしてカウンター席に案内する。
「はいはい、一旦そこ座りな。なんか飲むか?」
はかせは雄飛をひょいっと軽く持ち上げて少し高いカウンターの椅子に座らせた。マスターはメニューを雄飛に手渡す。
「僕はコーヒー。あ、茨木くん何頼んでもいいよ」
メニューをもらった雄飛はペラペラとめくって確認していく。コーヒー、紅茶、ジュースといった飲み物からケーキやサンドイッチまで、豊富なメニューに雄飛はうーんと頭を悩ませる。
「おめーいい加減ツケ払ってけよ」
「そうだなぁ、今回の依頼代と一緒に払うよ」
「さてはまとめて経費で落とすつもりだな」
「そういうわけで依頼料にツケ上乗せしといてよ」
「こういうの経費で落とすの教えたのは俺なんだがいざやられると複雑な気持ちになるな。後、いきなり電話で呼び出して血だのなんだの処理させるな。ウチも大概忙しいんだぞ」
「……あの、よくわからないからオススメください」
メニューをぺら、ぺら、と捲りながら雄飛は言った。
「じゃ、クリームソーダでもどうだ?啓がいつも飲んでるやつだ」
「あ、じゃあ、それお願いします……」
「ヒメちゃーん、コーヒーとクリームソーダよろしくー」
マスターがキッチンの奥に向けて大声で注文を通す。
「コーヒーとクリームソーダっすね。りょーかいでーす」
キッチンからは女性の声が聞こえてきた。マスターは雄飛のフードをさっと取り外して話しかける。
「で、君が例の鬼っ子か。刀でスパッとやられたんだって?痛かっただろ」
「それなりに、痛かった、かも」
(痛すぎて気絶してたからあんま覚えてないけど……)
「おーおー強がらなくてもいいぞ。そんで、その腕なんだけどな、元に戻すことはできる……」
「本当か⁉」
ガタン!と大きな音を立てて立ち上がった雄飛をマスターはまぁまぁと宥めて座らせる。
「まぁ落ち着け。鬼の再生力なら腕を肩にくっつければ勝手に再生できるはずなんだ。まぁ綺麗さっぱり元通りって訳じゃないからオススメはできないがね。ただ今回の君の切り口には修復阻害、まぁ要するに腕と体がつくのを阻害する魔法がかかっててこれを解除しないとダメなんだが……こいつの解除がまぁ難しくってね」
「じゃあやっぱり……」
雄飛が落ち込んで下を向いたその時、
ゴン
と音を立ててヒメと呼ばれていた女性がコーヒーとクリームソーダをテーブルに置いた。
「はい、コーヒーとクリームソーダお待たせしましたー。少年、これでも飲んで元気出せ」
「あ、どうも……すごい色……」
ヒメは雄飛にウインクするとキッチンへと戻っていった。クリームソーダの鮮やかな緑色に雄飛が少し引いているのを横目にはかせはコーヒーに砂糖を入れて一口飲む。
「やっぱコーヒーだけはここのが一番うめぇな。茨木くん、確かにヤバそうな色してるけど体に害はないから安心してくれ」
「いただきます……」
雄飛は意を決してストローを吸う。
「っ!」
口の中を襲うシュワシュワに驚いて固まる雄飛。それを見てはかせは声を上げて笑う。
「あっはは、炭酸初めてかな。上のアイスと一緒に口に入れたらちょっと和らぐと思うよ」
「初めてだからビックリしただけ!」
「いくつになってもクリームソーダってうめぇよな」
クリームソーダを夢中になって飲み続ける雄飛を見てにこっと笑ったマスターは話を続ける。
「んで、まぁその修復阻害の魔法は本人の魔力が魔法をかけたやつより強ければ打ち消すこともできるんだが……赤城から受け取った腕を調べた所、今回は魔法が強すぎる。打ち消すのは無理だ。啓くらい魔力が強ければいけるだろうけどな。これは鬼の再生力を分かったやつのやり口だな。普通は傷口に追い討ちする感じで使う魔法なんだが斬ったときに同時付与とは手練だねぇ」
煙草に火をつけながらマスターは話を続ける。
「じゃあ結局どうすれば?」
「おまえさん、鬼ってことは鬼酒は知ってるよな。そんなかでも最高級のヤツ知ってるか?」
「ごめん、わからない。父ちゃんなら知ってたかもしれないけど……」
雄飛は自分の鬼酒に関する記憶を思い返してみるがそんな話は聞いたことが無かった。
「そうか、まぁ最高級の鬼酒、“百鬼酒”は普通の鬼酒よりも含まれてる魔力の質も量も違う。飲めば魔力回復どころかどんな怪我も病気も治しちまうとんでもねぇ代物だ。それがあれば腕の一本や二本、治せるってことだ」
「でもそんなのどこに……」
ぴんと来ていない雄飛にマスターはさらに付け加える。
「鬼の秘宝に酒吞童子の瓢箪ってのがあってな。それに酒を入れるとどんな酒でも百鬼酒になるんだとか。で、それを探してほしいんだな。鬼酒はこっちで用意できるから」
「わかった……ただ何でそんなに詳しいんだ?鬼の俺だって知らないことをそんなに……」
雄飛の質問にマスターはふーと煙を吐きながら答えた。
「ま、年の功ってやつかね。色々やってきたからな。そのうち教えてやるよ」




