第三十五話 たった一人の
前話に引き続き、雄飛視点です。
「月砕き・漣!」
凜姉が音もなく少女に接近したかと思うと金棒を振り抜く。凜姉の腕力も金棒も魔力で強化されているんだ、あれくらい余裕で吹き飛ばせるはず……
「……流石、鬼姫。さっきまでのやつらとは違うな」
金棒よりも細く、ぶつかりあったら簡単に折れてしまいそうなのに、その刀は金棒と真っ向から撃ちあってもびくともしない。しかも少女は片手で飄々と受け止めていた。
「この化け物がっ!月砕き……」
跳躍した凜姉は両手で金棒を振り上げた。少女はそれを見て何かを呟いて一度刀を鞘にしまった。
「……流」
「暁ッ!!」
凜姉が一気に金棒を振り下ろす。
「抜刀……」
ガキィン!
金属同士がぶつかりあう甲高い音が響く。上から叩きつけた凜姉の方がパワーはあるはずなのに、その少女と凜姉は互角にぶつかり合っていた。
「凜姉!剛天・雄!」
俺の拳に魔力を乗せて少女の懐に飛び込む。やっぱりこの子は強い、二人がかりで何とかしなきゃ。
「ばかっ、来るな!」
「どおりゃあ!」
少女は刀の角度を変えて凜姉の金棒を流してさっと後ろに跳躍する。俺の拳は空を切った。身体強化をもっと強く!速く!
「来るなと言われていただろう」
少女は俺の目に見えない速度で斬りつけた。あ、これ、まずい、かもっ……!
「雄飛!」
ガキン!
間に割って入ってきた凜姉が斬撃を金棒で受け流した。さらに凜姉は魔力を増大させて金棒を横に大きく振り抜く。
「くぅ!海裂き・藍」
「っ、やはり侮れん」
少女は刀で金棒の軌道を逸らした後、大きく跳んで俺たちから距離を取った。
「雄飛、今ので力量の差はわかっただろう、いいから逃げろ」
「凜姉も一緒に……」
「あいつの目的は私だ。それにあいつはみんなを殺したんだ、私が仇を討つ」
もし凜姉が負けたら……俺がそんな反論をする暇はなかった。凜姉が俺を突き飛ばしたんだ。
「何すん……」
凜姉は俺に背を向けると腰に下げていた瓢箪の蓋を開ける。
「これでどこまでやれるか……」
そう言って凜姉は瓢箪に口をつけてその中身を一気に飲み干した。その瞬間、凜姉の魔力が爆発的に増加した。
凜姉が飲んだのはさっき俺たちが売りに行ったのと同じ鬼酒だ。鬼酒は鬼の魔力が使って作られているから、飲んだら鬼の魔力を体内に入れることになる。
ただ、人里に売る鬼酒は美味しくなるようきちんと味や魔力の調整がしてあって薄めてある。だから普通に美味しいお酒として売ってるし飲んでも魔力が増えたりすることはない。
でもあの瓢箪の鬼酒は原液そのもの、とても人間が飲めるようなものじゃない。それどころか俺たち鬼だって飲んだら魔力が過剰すぎて倒れるかもしれない。それを凜姉は一気に……
「魔力が増えたな。そんなことができたのか」
「あまり……使いたくはないんだけどな……!」
凜姉は少しおぼつかない足取りで少女に近づいていく。雰囲気が変わった?なんだかいつもと口調が違うような。凜姉は歩きながら瓢箪を捨て、金棒を取り出す。
「月砕き・朧!」
叫んだかと思うと少女は凜姉が振るった金棒を喰らって吹き飛んでいた。
「じゃあな、雄飛」
「待って、行かないで!」
凜姉はそれだけ言って少女の方へと走って行ってしまった。凜姉は確かに強くなった、もう負けることなんてないと思う。でも、嫌な予感がする。凜姉に、二度と会えなくなる気がしたんだ。
凜姉は逃げろって、言ってた。俺の力じゃアイツに敵わないのもわかってる。でも俺だけ生き延びたところで……父ちゃんも母ちゃんも、凜姉もいない世界で俺にどうしろっていうんだ。
っ!そうだ、父ちゃんと母ちゃんだけでもちゃんとお墓に入れてあげよう。それくらいしか、二人にできることはないから。
~~~~~
俺は、庭で倒れている父ちゃんと、燃え尽きた家の中から母ちゃんを探して、地面に埋めた。
二人を埋めて、残っていたうちの表札を立てただけの粗末なものだ。本当はもっとちゃんとしたお葬式をしたかった。ちゃんとお別れを言いたかった。作業しているときは無心でやっていたけれど、できあがって手を合わせていたらどんどん言葉にできない想いが溢れ出てくる。また、泣き虫って言われるかな。でも……
そこからしばらくの記憶はない。気が付いたら夜になっていて、俺の服はべっとり濡れていた。
ふと空を見上げる。もの静かになった集落を、月明かりが照らしていた。俺、ひとりぼっちになっちゃった。
凜姉……大丈夫かな。俺は目をごしごし擦って立ち上がった。そうだ、俺は凜姉の、姫様の護衛なんだ。護衛が姫に守られて、生き延びるなんてありえない。俺は死んでも凜姉は守るんだ。行かなきゃ。
凜姉も少女も二人とも俺なんか比にならないとんでもない魔力だった。だから集中して感じ取ればわかるはず。
「この音は……」
静かになったと思っていたけど、どこからか刀と金棒がぶつかり合う音が微かに聞こえるし、魔力も感じる。きっとそこで凜姉が戦ってる。
俺が凜姉を助けるためにはどうすれば……そうだ、鬼酒、あれを飲めば俺でも!凜姉が捨てていった瓢箪を拾って俺は鬼酒を作っていた蔵の方へと向かった。
俺は燃えた蔵の地下へ続く入り口を探す。あそこには調整前の鬼酒が保存されている。地下だから燃えずに残っているはずだ。
身体強化をかけて瓦礫をどかしていく。確かこのあたりに……
「……あった!」
見つけた入り口を開けて階段を下っていく。中は真っ暗だ。でも俺は火や光の魔法が使えない。もっと色々教えてもらえばよかった。
入り口から差し込むわずかな光を頼りに樽を探す。
ゴンッ
「いって」
俺の角が何かにぶつかった。あ、これが鬼酒を作っている樽だ。何個も積み重なっているうちの一つを取り出して蓋を開けた。お酒の臭いがあたりに広がる。
「これだ……うえっまず」
指につけてペロリとひとなめしてみたけどすっごいまずい。ただ少しだけ魔力が増えた感じがする。鬼酒を瓢箪いっぱいに入れて俺は外に出た。
改めて凜姉のいる方角を感じ取ってみる。さっきと同じ方にまだいる。急がなきゃ。
~~~~~
「海裂き・翠ッ!」
ギィンッ!
近い、もうすぐそこだ。音も大きくなってきたし、ぶつかりあう衝撃が体に響く。倒れている木の数も増えている。もう真夜中なのにまだ決着はついていないんだ。
「すぅ……んぐっ」
瓢箪を開けて一度深呼吸をしてから鬼酒を一口飲む。
あ……こ、れ、ヤバい!喉焼ける!
全身の血が煮えたぎるように熱くなっていく。でも、それと同時に体中に魔力が巡っていく。
身体強化をもっと強くかけて凜姉の元に駆ける。足元がふらつくけど、これくらいどうとでもなる。
いた!凜姉はもうボロボロになってる。
「いたっ!剛天・雄」
「なっ、雄飛、どうして⁉」
俺は凜姉と少女の間に割って入ると拳に魔力を乗せる。
「食らえっ!」
拳に纏わせる魔力の量も質も格段に上がっている。これならいける!
少女も疲れているうえに、不意打ちだ、避けられるはずがない。触れる瞬間、さらに魔力を上乗せさせる。
「爆ぜろ!」
ドン!
爆発音とともに少女が吹っ飛ぶ。これを食らって立っていられるわけがない。
「なんで来たんだ……」
「俺は凜姉の護衛だぞ……俺が、守ってやる。俺だけ残してアイツと刺し違えようなんて絶対許さないからな」
凜姉の顔が赤い気がするけど、鬼酒のせいかな。
「帰ろう……もう俺たちしかいなくなっちゃったけど」
俺は座り込んでいる凜姉に手を伸ばす。凜姉が俺の手を取ろうとしたときだった。
「追いかける手間が省けた」
土煙の中から少女が歩いて来た。凜姉と戦って消耗していたところに俺の攻撃が直撃したはずだ、なのになんで、まだ動けるんだ。
「お前、まだ立てるのか」
「こちらの台詞だ。鬼の頑丈さは知っていたつもりだが、ここまでとはなっ」
刀をこちらに向けて少女は斬りかかってきた。凜姉と俺は二手に分かれる。
「ここまで来たらやるしかない、雄飛、やれるな⁉」
「っ!もちろん!」
俺は少女に接近戦をしかける。全身を巡る魔力が、俺の反射神経と身体能力を上げてくれている。さっきまでは見えなかった太刀筋が見えるし避けられる。
「剛天・凜」
凜姉は手に金棒を持つと、空中へと跳び上がった。そして一回、二回と金棒を軽く振る度にどんどん金棒が大きくなっていく。きっとあの一撃で終わらせる気だ。
「まだ、足りない。もっとだ……もっと……!」
凜姉が瓢箪を取り出して中の鬼酒を全部飲み干した……って俺の腰にぶらさげてたやつをいつの間に⁉凜姉の魔力はただでさえ膨れ上がっていたのにさらに大きく強くなった。しかもそれを全部金棒につぎこんでる。
ただ、こっちも限界だ。俺が斬撃を避けられるようにはなったけど、こっちの攻撃も当たらない。けど、凜姉が力を溜めている間は俺が時間を稼がないと。
「すばしっこいな」
「くぅっ!」
右斜め上からの斬撃を咄嗟に右腕で受けてしまう。強化していたから切り落とされることはなかったけど、次斬られて無事かはわからない。できるかぎり避けるようにしないと。
「どりゃっ!」
「なっ」
刀を持つ手を蹴り上げて隙ができた。さらに俺はその隙をついて足払いで少女の体勢を崩した。
今ならいける。俺は頭上の凜姉の方を見て叫びながら後ろへと跳んだ。
「今だっ!」
「月砕き・朧ッ!」
凜姉が巨大化させた金棒を振り下ろした。
体の芯にまで響く轟音と共に、いつの日か見たお城と同じくらいの大きさまで巨大化した金棒は地面に叩きつけられた。
身体強化をかけて踏ん張っているのに吹き飛ばされそうだ。衝撃波と轟音、土煙で俺は身動きが取れなかった。
「凜姉!!」
力を使い果たした凜姉が空中で倒れていくのが見えた。急いで助けに行かなきゃ。俺は落ちてくる凜姉を空中で抱きかかえて着地する。
「大丈夫か⁉」
俺が聞いても返事がない。もう意識が飛んでいるし、魔力はすっからかんだ。凜姉の分に加えて鬼酒の分まで、あんなにあった魔力を全部使い切るなんて……急いでなんとかしなきゃ凜姉の命が危ない。
「走るぞ、ちょっと揺れるけど我慢してくれよ」
俺は凜姉を背負って集落の方へと走り出した。俺が助けてみせる、凜姉は、俺のたった一人の……姫様で……姉ちゃんなんだから。
歩き続けて気が付いた時にはもう朝日が昇っていた。無心で山を下りて、燃えてしまった集落を通りすぎて、人里まで降りてきた。
「あら、昨日の鬼の子?こんな朝早くにどうしたの?それに背中の子は……」
昨日立ち寄った茶屋の前を通り過ぎたとき、ちょうど店の前を掃除していた茶屋のおばちゃんに話しかけられた。どこまで本当のことを言っていいんだろうか。
「……」
俺が黙りこくっているとおばちゃんは暖簾を上げて俺たちを手招きした。
「色々事情がありそうね。中に入って。あなたもお姉さんもボロボロじゃない」
俺は言われるがまま、茶屋の中に入った。
「お茶入れてくるから、座って待ってて」
凜姉を長椅子に寝かせて、座って待っていると段々眠たくなってきた。そういえば昨日から一睡もしていない。あぁ、ご飯も食べていないなぁ、お腹、空いた……
~~~~~
「茨木くん、ご飯できたよー」
雄飛は啓の声で目を覚ました。
「うーん……いま、起きる……」
「ねぇ大丈夫?うなされてたけど」
目をこすりながら体を起こした雄飛に啓が話しかける。そういえば夢を見ていた気がする。そう思った雄飛だったがうまく言葉にできなかった。
「ん……だい、じょうぶ。そうだ!凜姉は⁉」
凜姫のことを思い出した雄飛は慌てて飛び起きる。
「お姉さんならまだ寝てるよ。でも安心して。昨日より呼吸も安定してるし、顔色もよくなってる気がする。じゃあ、ご飯持ってくるね」
凜姫の様子を見た雄飛は啓の言う通り、容体がよくなっていることに安堵して胸をなでおろした。魔力もわずかだが、全く感じられなくなっていた昨日までと比べれば回復している。雄飛の目から落ちた涙が一滴、また一滴と布団のシーツに染みを作っていた。
「よかった、よかった……」




