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第三十四話 童子の記憶

 



「りん、ねえ……」


 雄飛は一人、横たわる凜姫の隣で正座をしてうとうと船を漕いでいた。既に月は高く昇り、一睡もせずに凜姫の傍にいた雄飛は眠気の限界だった。


(俺が……守らなきゃ……)


 凜姫は朝から一日中眠り続けたまま、うぅ、と時折苦しむような声を上げていた。布団の周りにはルナメルが凜姫を介抱するのに使っていた濡れタオル、包帯、お札、そして雄飛の布団が置いてあった。


「茨木くん……?あ、寝るならちゃんと横にならないと……」


 啓がそっと扉を少し開ける。雄飛が凜姫の枕元でうとうとしているのを見かねて足音を立てないよう静かに部屋に入った。

 二人を起こさないように雄飛の布団を敷いていく。


「ぅぅ、待って……行かないで……」

「どしたの?」


 雄飛の小さな寝言に啓が聞き返すがどうやら雄飛には聞こえていないようだ。


「茨木くん、お布団敷いたから、あっちで寝よ?」

「っ!」


 啓が肩をトントン叩くと雄飛は肩をビクッと震わせて飛び起きた。


「ご、ごめん、ビックリさせちゃったかな」

「……ぁ、こっちこそ、悪かった」

「疲れてるでしょ?布団で寝たら?」


 啓が布団を指差すと雄飛は目をこすって首を横に振る。


「俺は、ここで凜姉を守らなきゃダメなんだ」

「でもそれじゃあ茨木くんが倒れちゃうよ。今も寝ちゃってたし」

「ね、寝てない!目を閉じて休憩してただけ……」


 だんだんと言葉が尻すぼみになっていく雄飛を啓は用意した布団の上に連れていく。


「もー、それ寝るって言うんだよ。夜の間はルナメルが起きてるから安心して寝たら?」

「何から何まで押し付けるわけには」


 さらに啓は雄飛を寝かせて掛け布団をかけて言い聞かせる。


「そんな寝不足の体じゃ戦ってもお姉ちゃん守れないよ。大丈夫、あの刀の子、兄ちゃん倒してからじゃないと茨木くん達には手を出さないって言ってたみたい」

「で、も……」

「嘘はついてないと思うって兄ちゃんも言ってたよ。いきなり信じてっていうのも無理かもしれないけど……休んだ方がいいよ。無理しないで、ね?」

「わ、か、った……」


 横になったことで睡魔が一気に襲いかかってきた雄飛はそのまま眠りに落ちてしまった。

 それを見た啓はふふっと小さく笑うと電気を消して部屋を出る。


「おやすみ、茨木くん」




 〜〜〜〜〜




「こら、雄飛、いつまで寝ているつもりだ」


 ん……りん、ねえ……?


 はっ!


 飛び起きて周りを見てみれば見慣れたいつもの俺の部屋だ。あれ?俺はどうしたんだっけ?なんか涙が出てきた。そういえば……


「おい、なんで起きて早々に泣き始めるんだ。怖い夢でも見たのか?」

「それは……」


 腕がなくなってたのも凜姉が死にかけてたのも夢に違いない。うん、きっとそうだ。


「全く、仕方がないな。ほら、大丈夫、大丈夫。いつも強気な癖に私の前では泣き虫なんだから」


 凜姉は俺を抱きしめると優しく背中を撫でてくれる。いつまでも甘えてばかりじゃダメだって頭ではわかっているつもりなんだけど、やっぱり凜姉には敵わないなぁ。


「……っ、泣き虫じゃない」

「なぁ、今日は私と約束していただろう?寝坊とは感心しないな」


 そんな約束した覚えはないぞ……?

 俺が「え?」と返すと凜姉はムスッとした顔で露骨に不機嫌になる。


「う、嘘だって、ちゃんと覚えてるよ!」


 本当は覚えてないんだけどこれじゃあ口を聞いてくれなくなりそうだったから、咄嗟に覚えてると言ってしまった。いつもは優しいんだけど、怒るとほんとに怖いんだよなぁ。


「悪いな、姫様。うちの息子が面倒かけちまって。姫様を守る側だって自覚が足りてねぇんだ」

「と、父ちゃん!」

「ビシバシ鍛えてあげてくださいね。この子、なんだかんだで甘えんぼですから」

「母ちゃんまで!」


 父ちゃんと母ちゃんも俺の部屋に入ってきた。


「もちろん、そのつもりなんですけど……私にとっては弟も同然ですから、つい甘やかしちゃうんですよね」


 あーもう二人がただでさえ厳しいのに凜姉にまで厳しくされたら俺持たないって。


「雄飛、さっさと着替えて、いってらっしゃい。樽は用意してあるから」


 あぁそうか、今日は人里に行く約束してたんだっけ。




 〜〜〜~~




「全く相変わらずお前の食欲は底が知れないな……それに、見習いでも護衛なんだから、いつ何が起きてもいいようにしておけよ」


 俺は凜姉と一緒に山奥にある鬼の集落から人里に下りてきた。ここに来たらまずは茶屋で団子を食べるのが俺の楽しみだ。茶屋の前で長椅子に座って山盛りの団子を頬張る。やっぱりもちもちでおいしい、いくらでも食べられる。

 いつも食べ過ぎだと怒られるけど、家じゃ食べられないんだからしょうがない。ここで食い溜めしておかな、きゃ……ッッ!


「んぐ、ん、んーーー!」

「おいおい、そんなに慌てて食べるな」


 喉に団子をつまらせかけた俺の背中を凜姉はトントン叩く。俺は慌てて湯呑を手に取ってお茶を飲み干す。


「ふー、あぶなかった」

「はぁ、気をつけろよ。しかし今日もいい天気だ。こうも陽気がいいとつい眠くなってしまうな」


 凜姉の言う通り、団子を食べながら感じる春のぽかぽか陽気と時たま吹くそよ風が心地よい。俺が食べ終わったのを見て凜姉は立ち上がった。


「行くぞ、雄飛」

「ごちそうさまでした。今度は俺が樽、持つよ」

「落とすなよ、貴重なんだから」


 俺は全身に身体強化の魔法をかけて茶屋の前に置いた樽を持ち上げた。その樽の中身は鬼の魔力を使って作られたお酒、“鬼酒(きしゅ)”。人里に下りてきたのはそれを売るためだ。

 鬼酒は鬼にしか作れないうえに、その味も特別おいしい……らしい。俺は子供だからまだ飲んだことないけど、結構いい値段で売れるとか。


「ほいっと、じゃあ行こう」




 ~~~~~




「おおきに、また頼むわ」

「えぇ、今後もよろしくお願いしますね」


 俺たちは暖簾をくぐって鬼酒の売り先の酒屋を出た。これで今日のお仕事は終わり、後は好きなだけ食べ歩いて帰るだけ。

 と思っていたら凜姉が遠くを見て声を上げる。


「煙……?あっちは私たちの集落が……」

「え、なんも見えないけど」

「これで見えるか?あっちだ」


 身長が低くて建物で見えない俺を凜姉がひょいっと抱き上げる。言われるがまま、凜姉が見ていた方を見ると俺たちが来た方向、山の中腹あたりから煙が上がっていた。多分あれは俺たちの集落があるところだ。


「なぁ、あれやっぱり俺たちの……」

「そう、だな。急ぐぞ、雄飛」


 凜姉は俺を降ろすと全速力で駆け出した。俺も凜姉についていくため、身体強化を全力でかけて走り出す。人を避けて家屋の上を飛び移っていく凜姉に俺もついて行く。過ぎ去っていく人里の景色に目もくれず、凜姉は煙の方だけを見て走っていく。


「おわっ」


 つまづいて落ちそうになった俺を凜姉はちらりと見ただけでそのまま走っていく。いつもなら手を取ってくれるけど、今はそんなこと言ってられない。団子を食べた茶屋の前を通りすぎて、田んぼ道に入る。煙がさっきよりもさらに高く、多く上がっている。急がなきゃ。


 人里を離れ、集落へと続く山道に入ると凜姉はもっと速くなる。道を無視して集落まで一直線に木々の間をすり抜けて走り抜ける。

 もっと、もっと速くっ!魔力全開で!凜姉は俺よりも焦っているのかついには目の前の木を力任せに薙ぎ倒して進んでいく。


 集落に近づくと煙の臭いがしてきた。お願いだから、無事でいてくれ。

 そして俺たちは集落にたどり着いた。


「そ、んな、どうして……!」


 見慣れた集落のあまりの変わりように俺も凜姉も言葉を失ってしまった。一瞬、呆然と立ち尽くして思考が止まった俺たちだったけど、突然、凜姉は何も言わずに炎の中へと歩き出した。


「待って!危ないって!」

「雄飛、この先は私一人で行ってくるからお前はここで待っていろ」


 そしてそのまま凜姉は集落の奥へと走って行ってしまった。目の前のことに気を取られて気が付かなかったけど奥の方、凜姉の家の方で俺たちの魔力とは違う魔力を感じた。俺も結構ある方だと思うんだけど俺よりも、何なら凜姉よりも魔力が多い気がする。

 凜姉は待っていろと言っていたけど、それにまだ見習いだけど、俺だって戦える。ちょっと迷ったけど集落に入ることにした。


「みんな、無事でいてくれ……!」


 燃え盛る集落に足を踏み入れ、自分の家の前まで瓦礫を避けて走り抜ける。その途中であっちこっちに鬼が倒れているのを見つけた。火傷や斬られた痕が目立つ。もうおそらく息はない、一体誰がこんなことを……

 苦しいけど、今は凜姉と家族のことが最優先だと自分に言い聞かせて家まで走り抜ける。


「な……⁉」


 たどり着いた俺の家は、今まで見てきた家と同じように燃え盛っていた。でも、まだ燃えてから時間が経っていないのかまだ完全に崩壊してはいない。

 ごくり

 息をのんで一歩踏み出す。


「父ちゃん!母ちゃん!無事か⁉」


 声を上げてみるけど返事は無い。裏手に回って入れそうなところを探してみるか……そう思った時、バキッと何かが壊れる音がした。崩れ始めているのかもしれない。急いで音のした方に行ってみる。


「父ちゃん!」


 裏庭には俺の父親が倒れていた。胸から腰にかけて斜めに大きく斬られた上に全身酷い火傷を負っていた。まだ意識はあるみたいだ。俺が肩の下に手を入れて起こすと少し唸って口を開いた。


「ゆう、ひか……姫様は、無事か……?」

「うん、凜姉は大丈夫。母ちゃんは?」

「すまない……守れ、なかった。おれも、もう持たない、だから」


 俺が肩を貸して立たせようとすると首を横に振った。


「置いて行けるわけないだろ!」

「いいから、姫様を連れて、逃げろ……雄飛、強く……なるんだぞ」

「起きろよ。おい、おいってば!」


 俺の、手の中で、父ちゃんが、死んだ。その一瞬は、永遠にも感じられた。でもそれを受け止めるのに時間はかからなかった。父ちゃんの力が入らなくなった手がそのままぽとりとこぼれ落ちる。


「……ぁ、ぁ」


 泣くな、泣くな、俺、強く、ならなきゃ。俺が、凜姉を守らなきゃダメなんだ。

 俺が立ち上がって凜姉の向かった方角へと向かおうとした、その時だった。


「ぐっ、なんて、力だ」

「り、凜姉!」


 空から凜姉が降ってきたかと思うと地面に長い擦り跡を作りながら着地した。


「待っていろと言っただろう!」

「だって心配だろ!」

「っ!来るぞ!」


 とんっと軽い音を立てて煙の中から女の子が現れた。その子は刀を持ってこっちに向かって歩いて来る。


「あいつは……!」


 その少女が纏う魔力はさっき感じた魔力と同じ、凄まじい魔力だった。近くに来ると余計にその凄さに圧倒されてしまう。


「姫以外にも生き残りがいたのか」


 無感情な声の呟きが俺の耳に届いた、その時には少女はもう既に刀を真一文字に振り抜いていた。


剛天(ごうてん)(りん)


 凜姉が魔法で金棒を取り出して斬撃に真っ向から対抗する。俺には刀を振るところが全く見えなかった。きっと凜姉がいなかったら俺はそのまま斬られて他のみんなみたいに倒れていたのだろう。ほんとは俺が凜姉を守らなきゃいけないのに、いつも守られるのは俺の方だ。


「雄飛、逃げろ」


 凜姉にそう言われたけど、凜姉だけ置いていくなんて俺にはできない。こいつは俺たちの家族を、仲間を殺したんだ。凜姉一人に任せる訳にはいかない。


「俺も戦う。こいつがみんなを……!」

「駄目だ」


 凜姉はいつもとは違う、重く冷たい声できっぱりと言い切った。でもここで凜姉を置いて逃げたら、俺は死んでも後悔しきれない。俺だって戦うんだ。


「鬼の姫を殺せとの指令だが、生憎、目の前の妖を逃がすつもりはない。どちらにせよ死んでもらう」


 少女の殺気と魔力がさっきの何倍にも一気に膨れ上がった。




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