第三十三話 力の使い方
「ってことがあったんだよね」
「神様ナチュラルに誘拐してんじゃん」
「そりゃ神様じゃからな」
胸を張って開き直った神様を全員が呆れた目で見る。俊太はみかんの皮を剥きながら言った。
「……それで、啓の何が重要なんだ?」
「それは今ここでは言えんのぉ。その時になったら、な。普通の子として扱ってくれというのが母親の意向らしい」
「普通、ねぇ……まぁ啓がどっか遠いとこに行かないならそれでいいか」
「なんかそういうこと面と向かって言われると恥ずかしいな」
もう既に普通じゃないけど、と思った俊太だったが今更そんなこと気にしちゃダメかと思いなおしてみかんを頬張る。ソルテはコップを両手で持ったままストローでジュースを飲み干した。
「その時、っていうのが何かわかんないけど、啓にはボクも奏もはかせもいるんだから、大丈夫だよ」
「うん、頼りにしてるよ」
啓はえへへと笑うと神様は何かを思いついて立ち上がる。
「そうじゃ、啓、魔法教えてやろうか?吸血鬼に鬼も出てきたようだし。何かしら対抗できた方がいいじゃろ」
「え?僕にはいらないよ。誰かを傷つけるために魔法を使っちゃダメってお母さん言ってたもん」
神様の提案を啓はすげなく断る。啓が魔法を使うのは家事くらいで、人に向けてはいけないと教えられていた。実際は、俊太へのちょっとした悪ふざけに使ったこともあるのだが。
「そうか、啓は優しいのぉ。じゃが身を守る魔法くらいは覚えてくれた方が儂も安心なんじゃが。天護理、これは物理、魔法、精神、あらゆる干渉を一切遮断する魔法じゃ。これなら誰も傷つくことはないぞ」
「魔法よくわかんないけどもしかしなくてもめっちゃ強い魔法でしょ」
「世界の理で守られるからの。これを壊すということは世界のルールを破るということじゃ。そんなやつが現れたら躊躇なく儂を呼ぶことじゃな」
俊太の言う通り、神の魔法は他の魔法とは一線を画していた。しかし、俊太はさっきの話で奏と戦って神様がボロボロになっていたということを思い出す。
「ん……?じゃあ奏くんが神様と戦えてたのって……」
「そこは、想像に任せるぞ。啓なら扱えるはず、どうじゃ?」
そのことについては触れられたくなかった神様はその話題には触れずに神様は啓に話を戻した。目線を逸らした神様を見て俊太は苦笑いをする。
「それくらいなら……兄ちゃんに心配かけなくて済むし」
「手本を見せてやろう。ちょっと外に出るか。吸血鬼、手伝え」
「あ、はい」
神様はソルテを外に連れ出して向かい合う。啓と俊太は縁側に座って二人の実戦を見守ることにした。
「なんでもいいから適当に攻撃してこい。手加減しなくてよい、本気でいいぞ」
「えっと、じゃあ、サンライトレーザー!」
ソルテは翼を広げて空に飛ぶとレーザーを神様に向けて発射した。
「天護理」
神様はおもむろに右手をかざすと魔法で作られた光の壁が現れてレーザーを受け止めた。
「おおー」
それを見た俊太が何気なく拍手すると神様はえっへんと胸を張って啓のところへやってくる。
「こんなもんじゃな。やってみるか?儂がゆっくり魔法を出すから防いでみるんじゃ」
「どうやってやるの?」
「魔法はイメージ、自分の中の想像力が大事じゃ。お手本をそのまま見よう見まねでやってみるのが一番じゃ。普通は向き不向きはあるから使えない魔法もあるじゃろうが……啓なら吸血鬼なんかの種族特有の魔法でもない限りだいたい使えると思うぞ。ほれ」
神様が作った小さな火の玉はふわふわとゆっくり啓に向かって飛んでくる。
「えーっと、天護理……?」
啓は魔法を唱えて右手をかざす。
が、何度唱えてみても何も起きなかった。神様は火の玉の軌道を啓から逸らすと消滅させた。
「まぁいきなりできるもんじゃないからの、無理せず練習あるのみじゃな」
「うーん、はかせに手伝ってもらってなんとかやってみる」
「あやつも中々魔法の扱いは上手いようじゃ、それがいいじゃろう。魔力の扱いは上手じゃから後は出力の調整じゃな。どんな力も使いようじゃ。あぁ、それと、吸血鬼の屋敷を壊した魔法じゃが」
「あ、あれは、兄ちゃんを守らなきゃって思って……」
啓は自分の手をぎゅっと握りしめた。あの時はただ兄ちゃんを守りたい、その一心で使ってはいけないと言われていた魔法を使ってしまった。後悔はしていない、ただ奏やはかせに心配をかけたことは事実。だからもうあの魔法は使わないと決めていた。
「魔法は想像力、使用者の想いの力がそのまま魔法に影響するんじゃ。奏を守りたい、その想いがあの威力を生み出したんじゃろう。あの魔法はやめておけ、啓の体への負担が大きすぎる」
「それ兄ちゃんにも言われた。もう使わないって決めたよ」
「それでいいが、どうにもならなくなったら使うことじゃな、それも最大出力で。この前の魔法はがれきが残る程度じゃったから無意識で制御していたんじゃろ」
屋敷を半壊させてまだ最大出力ではなかったという神様にその惨状を見ていたソルテは驚きを隠せなかった。
「え……啓、あれで、まだ本気じゃなかったの?」
「僕は本気のつもりだったんだけど……」
啓もソルテも信じられずに顔を見合わせる。神様に曰く、あの魔法は神々すら使えるものは限られていて、本気で使えば触れたものの一切を灰燼に帰し、世界を滅ぼせる威力らしい。
「お前、学校とかでやらかすなよ……」
「わ、わかってるよ!学校じゃそもそも魔法使わないもん!」
「いやそうだけどさ、今後何があるかわかんないじゃん?」
「それは……そうだけど」
もし俊太やソルテ、兄ちゃんに何かあった時、自分の気持ちを制御できるのだろうか、そう考えると啓の顔は暗くなる。
「本当に本当の最終手段じゃ。そう気負わなくてよい」
神様は啓の肩をポンポンと叩く。
「そのための今教えた魔法じゃ。自分と友達くらいは守れるくらいにはなるんじゃな」
「ボクも頑張るから」
「俺は、なんもできないけど……相談くらいは乗るぞ」
「二人ともありがとう……」
「色々口を出してしまったが、啓は今まで通りでいいんじゃ。奏にも言われたが面倒なことは儂がやっておくからの」
神様が手を貸してくれるなら、俊太もソルテもいるからきっと大丈夫と啓は気持ちを切り替える。
「うん、わかった」
「まずは鬼のことじゃな。こっちでも調べてみるから、そろそろ帰ったらどうじゃ?」
神様に言われて時間を確認するともうすでに午後5時を回っていた。
「わ、もうこんな時間、神様今日はありがとう」
「帰るのは神社でいいか?」
「うん、じゃあまたね」
「啓ならいつでも大歓迎じゃ、またの」
啓、俊太、ソルテの三人の体が光に包まれ、その場から姿を消した。
「あの子も大変じゃのう。何もなければよいが、そういう訳にもいかんじゃろうなぁ」
神様は遠い目で啓のことを考えながら神社の中へ戻っていった。
〜〜〜〜〜
啓たちが神様のところへ遊びに行っていた一方、奏は天虎の道場に足を運んでいた。
「ふんっ、おらっ」
道着姿の天虎が奏に向かって下段の蹴り、そして突きを繰り出す。
「っと、結構いい攻撃すんじゃねぇか」
奏は天虎の突きを片手で受け止める。天虎は一度飛び退いて距離を取る。
「だあああああああっ!」
助走をつけた天虎の渾身の飛び蹴り。奏はあえて真正面から同じように蹴りをぶつけた。
結果は当然、奏の勝ち。ルールもないただの手合わせなので勝敗なんてものは本来無いのだが、天虎は完敗と言わんばかりに床に倒れ込んだ。
「くそっ!またダメなのか」
「俺的にはもう十分強いと思うけど……ってて」
奏は右肩を押さえて立ち上がる。朝に戦った刀の少女から受けた傷のほとんどはもう治っていたが最後の一撃だけは未だ傷痕が残り、包帯を巻いていた。
「それ、どうしたんだよ」
「あぁ、朝ちょっと斬られちまってな」
登校中に転んじゃって、くらいのノリで斬られたと言う奏にドン引きする天虎。
「は?普通に事件だろそれ……朝遅刻してきたのはそのせいか」
「まぁな。悪いやつじゃなさそうだったけど……今どこにいるんだか」
「いや奏を斬れるようなやつがその辺ほっつき歩いてんのこえーんだけど!」
自分が今手も足も出なかった奏と戦える人間がこの町にいる。そのことに天虎は驚きと共に少し興味が湧いて来た。
「多分お前は人間だから襲われることはない。安心しろ」
「どういうことだよ」
「あ……いやなんでもない。気にすんな」
しまったと慌てて取り繕う奏だったが天虎は気になって仕方がなかった。
「はぁー?お前が人間やめてるのは知ってるけどさぁ。気になるじゃん」
「探しにいくなよ」
「わーったよ。でもたまたま会っちゃったらしゃーねーよな」
何やら悪いことを考えている天虎に奏は呆れて忠告するのを諦めた。
「お前なぁ、どうなっても知らねぇからな」
「天虎、今日もここにおったか」
「あ、じいちゃん」
「どうも、お邪魔してます」
道場に入ってきたのは天虎の祖父、東条辰郎だった。年を取っていることを感じさせない真っすぐ伸びた背筋とそこから感じさせる人としての強さを奏も尊敬していた。
「ここ最近天虎に付き合ってくれてるようで、孫が世話になってるの」
「いえ、俺もまだまだなので。もっと強くなれたらと」
「ぐ、俺じゃ物足りないだろ。今日もボコボコにされたし」
天虎は不満そうに口をとがらせる。それを見て辰郎は一つ奏に提案する。
「そうだな、奏くん、儂と一つ、手合わせしてみないか?天虎にもがむしゃらに闘うだけじゃなく見て学んでほしいことも多いからの」
「え?その……失礼ですけど体は大丈夫です?」
いくら年を取っているとは思えない体つきをしているとはいえ、奏にも少し抵抗があった。
「おうとも、天虎よりは手ごたえあると思うぞ。ま、奏くんからすれば変わらないかもしれんが」
「じゃあ、お願いします」
道場の中央で奏と辰郎は向かい合う。構えを取らず、ただ立っているだけの辰郎だが、そこには一切隙が無かった。
「来ないのか?ならこっちから行くぞ?」
「っ……!」
どこから攻めるべきかと考えていた奏の元に辰郎が一気に距離を詰めてきていた。正中線を動かさない移動で、奏が接近に直前まで気が付かない速度で移動していた。
「はあっ!」
接近してきた辰郎は奏の腹に一撃、拳を撃ちこんでくる。奏は後ろに飛んで衝撃を和らげようとするがそれでも受けきれなかった。
「奏に一撃入った……!」
それを見た天虎が感嘆の声を上げる。奏は着地して即座にハイキックを繰り出すがそれを読んでいた辰郎は姿勢を低くして蹴りを避ける。無防備になった奏に辰郎の蹴りが叩き込まれる。
「っぐ!」
「こんなもんか?気にせず本気で来い」
「まだまだ!」
奏は体勢を立て直すと目に見えないほどの速さで連続突きを繰り出す。達郎はそれを手で軌道を反らして連撃を捌いていく。奏は更に速度を上げる。
「ぅ、流石の速さ……!」
「だぁっ!」
「何やってんのか全然見えねぇ……」
辰郎が連撃を捌ききれなくなり、少しずつ攻撃が当たり始めた。さらに奏はそのまま大きく跳躍、踵を振り上げる。
ドォン……
奏が振り下ろした踵が道場全体を揺らす。
「っべ、やりすぎた」
「ふぅ、流石に本気で動かれるとついて行くのに精いっぱいか。これくらいにしよう」
辰郎は奏の踵落としを間一髪のところで避けていた。流石にこれ以上続けると自分の体も道場も持たないと考えた辰郎は手合わせをやめるよう言った。
「奏もじいちゃんも強すぎ」
「天虎にはこれくらいにはなってもらわんと困るぞ。それで、奏くんは力をうまく使いこなせていない感じがするな。だが今更小手先の技や型に当てはめるよりはその長所を伸ばしていった方がいい」
それを聞いた奏は自分でも思うところがあるのか黙って辰郎の話に耳を傾ける。
「今は力の使い方に無駄が多いからな、無駄なくコントロールできるようになればもっと強くなれるだろう」
「力任せに殴ったり蹴ったりしてるだけの自覚はある。避けるのも反射神経頼りだし」
「それであの出鱈目な強さしてるんだよなぁ……」
自分は幼い頃からずっと修行してきたのにまだ足元にも及ばないと天虎は力不足を実感する。
「まず奏くんはずっと力が入りっぱなしなんだ。力を籠めるのは当てる一瞬だけでいい。避けるのも反射だけじゃ限界があるだろう、最低限軌道を読めるようになるだけで変わるな」
「意識してみるか」
奏は頭の中で辰郎の言葉を反復する。天虎はいつも適当な奏が真剣に話を聞いているのを見てさらに強くなった奏を想像する。
「……じいちゃんこれ以上奏を強くするなよ、俺が勝てなくなるだろ」
「それよりも天虎には強くなってもらうからの。覚悟しておけ」
「うえーじいちゃんがもっと厳しくなるー」
天虎の嘆きが道場に響き渡った。




