第二十八話 童子の想い
あれ、俺どうしたんだっけ……
誰だろ、あったかい。
凜姉にちっちゃいときよくおんぶしてもらったっけ。
なんか、ほっとするな……
〜〜〜〜〜
「っ……!」
陽光が少しずつ町に広がる夜明けの頃、雄飛は一人、目を覚ました。ゆっくりと体を起こそうとして体の異変に気がつく。
「俺の……右腕っ……」
自分の記憶を信じたくはないが、右腕がないことがそれを真実だと告げている。刀の少女に何もできなかった。ただ一方的に痛めつけ、凜姫のことを聞き出そうとしてきたのだ。左手で氷漬けになっている肩のあたりを触ると腕がないことを強く実感させられる。
鬼として元々持っている身体能力に加えて得意とする身体強化魔法、自分の全ての力を持ってしてもあの少女には一切通用しなかった。痛みと悔しさと不甲斐なさが胸を締め付ける。
動けなくなった後、右腕を斬られるまでのことは覚えている。しかし、雄飛にはその後の記憶が無かった。
(ここは……どこだ?)
なんとか左腕だけで起き上がった雄飛は辺りを見渡す。どことなく自分が住んでいた家を感じさせる雰囲気に安心してしまう。
そしてふと周囲の魔力を感じ取った雄飛は思わず声をあげてしまう。
「な⁉」
家中からとてつもない量の魔力を感じるのだ。それも一人ではなく複数。その時、部屋の戸が開く。
「あら、お目覚めですか」
「っ!誰だ……」
入ってきたメイド、ルナメルが部屋の電気をつける。
「私、この家でお世話になっているメイドのルナメルと申します。無理しないでくださいね。かなり出血していましたので」
ルナメルは雄飛に巻かれた包帯を手際よく交換していく。されるがまま、雄飛はルナメルに問いかける。
「人間じゃない、だろ」
「えぇ、半分は吸血鬼です。あなたも鬼でしょう?気にしないでください」
「助けてくれた、んだよな。ありがとう」
ルナメルははかせのお札を貼り替えながら雄飛の言葉を訂正した。
「いえ、私はただ世話を任されただけです。お礼ならここまで連れてきてくださった奏様に。今はお休みになっていらっしゃいますので起きてからがよろしいかと」
「奏ってやつが助けてくれたんだな……」
処置を終えたルナメルは雄飛に紅茶の入ったティーポットとカップの準備をする。
「まだ体を動かすのはよくないでしょう。私、朝食の準備をしてまいりますので、それまでお休みください」
カップに紅茶を注いで差し出すとルナメルは一礼して部屋を出ようとした。雄飛は引き戸を開けたルナメルを思わず呼び止める。
「な、なぁ」
「はい、何でしょう?」
(この人達なら……凜姉を助けて……)
そこまで考えて雄飛は首を振って考えを一蹴する。
(違う、頼っちゃダメだ。俺達に関わったらこの人達までアイツに……)
「いや、何でも……ない」
「……そうですか。何かありましたら遠慮なく。失礼します」
何でもないと言う雄飛にルナメルは一瞬思考するもニコリと笑いかけて部屋を立ち去った。
「どうすれば、いいんだ……」
〜〜〜〜〜
そして日は昇り、朝になる。部屋で一人悶々と考え続ける雄飛の耳に近づいてくる足音が聞こえてくる。部屋の前で立ち止まった音の主はそっと部屋の戸を開く。
「起きてる?」
引き戸を少しだけ開けてこちらを覗いた少年は雄飛に問いかけた。
「……ぁ、君は、」
雄飛は少年の、啓の顔を見て言葉を失う。自分が昨日連れ去ろうとした子が心配そうな顔をしてこちらを見ている、雄飛の心は後悔と自責の念で埋め尽くされてしまう。
「ちょっと啓、昨日いきなり襲いかかってきたやつなんだからね」
少し慌てた様子の足音がしたかと思うともう一人の少年が現れた。
「よかったー、すぐご飯持ってくるから、待ってて!」
啓は雄飛が起きていることを確認するとそう言って台所へと向かってしまった。
そしてもう一人、ソルテは簡易的なテーブルを持って部屋に入ってきた。
「ボクは君のこと、許した訳じゃないから。ちゃんと謝って」
開口一番、ソルテは雄飛を責め立てる。
「いきなり襲ったりして悪かった」
「ボクじゃなくて啓にでしょ」
ソルテがそう言うと啓が部屋に入ってきた。ソルテは慌ててテーブルを準備する。
「もーさっきも言ったけど僕は気にしてないってば。ご飯持ってきたから一緒に食べよ?」
啓は自分とソルテ、雄飛の三人分の朝ご飯をそれぞれの前に並べていく。
「その、本当にごめん。あんなことしたのに、助けてもらって飯まで……」
「いいよ。もう既に吸血鬼がいるんだもん。鬼が増えても変わんないってはかせも言ってたし」
「いただきまーす」
中々ご飯に手を付けない雄飛を気にせずソルテは食べ始める。
「口に合うといいんだけど」
「啓とルナメルが作ったのにまずいわけないじゃん」
「いただきます……」
雄飛は左手だけで不器用ながらも食べ始める。
「……っ!」
始めにお味噌汁を飲んだ雄飛はその手を止めてしまった。そしてその目にうっすらと涙が溢れ出す。
「だ、大丈夫⁉」
「ぁ、こんなあったかいご飯食べたの、久しぶりで、それで」
「いっぱいあるから、好きなだけ食べてね」
啓が言うのが早いか、久方ぶりのまともなご飯にありつけた雄飛はものすごい勢いで食べ始めた。
「ほらね、だから言ったじゃん」
「じゃあ僕もいただきます」
そして無心に朝ご飯を食べ、ようやく食べ終わった雄飛に啓は問いかける。
「そういえば名前、聞いてなかったよね。僕は朝日奈啓、普通の小学生です」
「え、自分で普通って言う……?ボクはソルテ、気づいてるだろうけど吸血鬼」
自己紹介する二人に雄飛は少し間をおいてから答える。
「……茨木雄飛」
「茨木くん、よろしくね」
啓がにっこり優しい顔で言うと雄飛は顔を逸らしてしまう。
「ねぇ、僕たちを襲ったのには何か理由があるんでしょ?悪い人……じゃなくて鬼には見えないし」
「そ、それは……」
(言えない、よな。せっかく助けてもらったのにこの家までアイツに……)
啓の問いに雄飛は言葉を詰まらせる。
「何?言えないの?」
ソルテに聞かれた雄飛は俯いて唇を噛みしめる。
「ごめん、やっぱり言えない」
雄飛はそう言って立ち上がった。
窓を開けた雄飛は窓枠に乗ると啓たちを振り返った。
「助けてくれてありがとう。一生忘れない」
「待って!」
制止も聞かず、身体強化を掛けた雄飛はどこかへ去っていく。
「追いかけよ」
「そうなるよね」
「ランドセル持って行こう!」
即断即決、啓とソルテは立ち上がって部屋を出る。二人はあわただしく寝室からランドセルを掴んで廊下を駆ける。
「ごめんルナメル!後片付けお願い!」
玄関でソルテは大声で朝食と雄飛のいた部屋の片づけをルナメルにお願いする。
「あ、あと兄ちゃんもそろそろ起こしてあげて!お願いします!」
「大丈夫ですか?」
慌てる二人は何事かと台所から顔を出したルナメルの質問に答えることもなく家を飛び出した。
「「いってきまーす!!」」
「いってらっしゃいませ、お気をつけて……もう聞こえていませんね」
「奏様、そろそろ起きてください」
「んー、啓……」
「啓様は坊ちゃまと一緒に鬼の子を追いかけて飛び出してしまいました」
「は⁉行ってくる!」




