第二十五話 消えたコロッケ
啓やソルテが家でアップルパイを食べている頃、奏は友人の天虎と共に帰宅していた。
「奏が手合わせしてほしいなんて、なんか変なものでも食ったのか?」
「ちげぇよ。ただ、もっと強くならなきゃって思っただけだ」
茶化す天虎に奏は力のこもった声で返す。
「えぇ、お前十分つええじゃん」
今まで自分が手合わせしようと持ち掛けてもなんだかんだと理由をつけて何度も逃げられていたので、願ってもないことだとは思いつつも、なぜ突然奏から話を持ち掛けてきたのか理由が気になる天虎。
「もっとだ、こんなんで満足してちゃダメなんだ」
「俺としちゃお前とできるのは嬉しいけどよ、急にどうしたんだよ」
奏はうつむきながら答える。
「まだまだ力不足ってことを痛感しただけだ」
「お前以上のやつがいたってことか?」
「いや、勝てなかったって訳じゃないんだけどな……もっと余裕で勝てるようにならないと啓が……」
そこまで言って奏は慌てて口を閉ざす。
「あーはいはい、弟くん絡みね。その様子じゃまた何か巻き込まれたんだろ?」
「……!」
天虎は奏の反応を見てあらかた何があったのか察した。
「何年お前のこと見てると思ってんだよ、わかるだろ。奏が自分から何かしようってときは全部弟のためだもんな」
「俺のこと何だと思ってるんだ」
天虎のわかったような言い方に少しイラっとした奏はぶっきらぼうに言い返す。
「超ブラコンお兄ちゃん。あと俺より強いやつ」
天虎は一瞬考えると遠慮なく自分の認識を奏に伝える。
「んだよそれ……」
「間違ってないだろ?」
「……そうかもだけど、言い方ってもんがあるだろ」
俗に言うブラコンだという自覚は多少なりともあるので言い返すことができない奏。強さを求める天虎は奏が手こずったという相手が気になっていた。
「それよりもお前が余裕で勝てないってどんなやつだ?」
「あー、やっぱそこ気になる?」
聞かれて当然の質問に奏は目を逸らした。
「めっちゃ気になる。少なくとも俺はお前に余裕で負けるからな」
「言っていいのか……?メイドだよ。なんだかんだで今はうちに居候してる」
「すまん話が見えん。何言ってんだお前」
奏にそこまでの過程を飛ばして結果だけを教えられて天虎は頭に疑問符を浮かべる。
「細かい話は置いといてだな、今うちにいるんだよ、坊ちゃんとそのメイドが」
あからさまに説明するのを面倒くさがっている奏を見てこれ以上聞いても無駄だと悟った天虎は興味をメイドのルナメルに移した。
「ほー、メイドがそんなに、俺も一回……」
「やめとけ、切り刻まれるぞ」
「こっわ、じゃあちなみに坊ちゃんは?」
あっさり切り捨てられ今度はソルテと戦ってみようと聞いてみる天虎。
「強いけど、まぁメイド程では……って勝手に喧嘩売るなよお前」
「はいはいわかってますよーっと」
釘を刺されて天虎は腕を頭の後ろに組んで不服そうに答える。
「いいよなーお前は、強くてその上相手にも困ってないんだから」
「よくないだろ。メーワクしてるんだこっちは。なんでお前はそんなに強さにこだわるんだよ」
奏の問いに天虎は意外そうに聞き返す。
「ん?言ってなかったっけ」
「知らないけど」
特に思い返すそぶりも見せずに奏は即答する。
「俺さぁ、自分で言うのもなんだけど結構強いと思うんだよ。でも全国大会出て俺より強いやつがいるって思い知らされたんだ。おまけに友達はそれ以上に強くてもうやってらんねぇって」
さっきとは打って変わって真剣な顔で話す天虎。
「その友達って誰だよ」
「ぅ、お前だよ、言わせんな」
天虎は奏から目を逸らして答えた。奏は手をひらひら振って話の続きを促す。
「はいはい、それで?」
「結構落ち込んでさ、なんで空手やってんのかなーって。始めたきっかけもうちが道場だからってだけだった。でもよく考えたら空手好きだし、もっと強くなりたいんだよ。奏に勝つ……のは正直できる気がしないけど、今の目標は全国優勝とお前に勝つことだな」
奏を指差して天虎は宣言した。それを聞いた奏は負けるつもりはないけどと内心呟く。
「ふーん、なんだただ血の気が多いだけじゃないんだな」
「あ、どうせ『絶対俺が勝つ』とか思ってんだろ」
「そのやる気、もうちょっと別のことに注いだ方がいいぞ。テストとかテストとか……あとテストとか」
奏が指折り数えながら天虎を煽る。
「お前の方こそ俺を何だと思ってるんだ」
「……いきなり襲ってくるアホ」
「ひっど、そんな風に思われてたなんて」
わざとらしく泣いたフリをする天虎の肩を奏が叩く。
「間違ってないだろ、ほらさっさと行くぞ」
「ぐぬ……」
天虎は走り出した奏を慌てて追いかけた。
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奏は組手を終えて天虎の道場を出た後、真っすぐ家には帰らず商店街に寄り道をしていた。既に日は沈みかけていて空を茜色に染めていた。
(本人に言うと嫌味って言われるから言わないけど、天虎も結構強いと思うんだけどな。アレより強いのがいるってあんま考えたくねぇな……あー腹減った、なんか食って帰るか)
買い食いすると啓に怒られるかもと一瞬考えたものの空腹には勝てず奏は歩いていく。
しばらく歩いて奏はいつも啓と来る肉屋にやってきた。
「あら、奏くん今日は一人?」
「まぁな。おばちゃん、コロッケ二つくれ」
「はいよ。でも大丈夫かい、買い食いして啓くんに怒られない?こないだ一緒に来た時コロッケ買おうとして怒られてたでしょ」
おばちゃんはコロッケを袋につめながら奏に聞く。
「ご飯食べられなくなるでしょって言われるんだけど、コロッケ二個くらいじゃなんともないよ」
奏は小銭入れから500円玉を取り出してトレーの上に置く。
「そうかい。はいコロッケと、お釣りね」
「ありがとな」
受け取った釣銭をポケットへ無造作に突っ込むと奏はコロッケを一口かじった。
「あっつ、でもうま。また啓と来るよ」
「はーいまたね」
奏が外に出た瞬間だった。
ひゅっ
奏の目の前を誰かが横切ったように見えた。その直後、突風が吹き、奏は目を閉じてしまう。そして奏が目を開いたときだった。
「ん……あれ?」
奏が手に持っていたコロッケは忽然と消えてなくなっていた。
周囲を見渡すがコロッケはどこにも見当たらない。
「俺の、コロッケ……」
奏の悲しみに満ちた呟きは風に乗って消えてしまった。
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日も沈み暗くなったころ、家に帰った奏はご飯を食べながら今日あったことを啓たちに話していた。
「……ってことがあったんだよ。結局コロッケ食べ損ねたし、小遣いも今月結構厳しいから……」
そう言ってこの家の生活費を握る啓の方を物欲しそうな目で見る奏。
「お小遣いは増やさないし前借りもダメだよ。帰りが遅いと思ったら、もう」
「あ、いやほら、お前のご飯は別腹だから」
買い食いをしたことを怒られるかと思った奏は言い訳をして啓に空になった茶碗を渡す。啓は奏の茶碗を受け取っておかわりを盛り付ける。
「帰る前にお腹空いてるって言ってくれればおかずももっといっぱい用意したのに」
「そこなんだ……」
ソルテの指摘もなんのその、啓は奏にご飯を渡した。まだまだ食べたりない奏はかきこむ。
「一瞬俺の前を通り過ぎたやつがいた気がするんだよな。そいつに取られたのかなぁ」
「奏の目で見えないって相当なスピードじゃないか」
「目ぇ瞑っちゃったからなぁ。それでも気が付いたときには視界から消えてたってことはそういうことなんだろうな」
奏はまるで他人事のような口調ではかせに同意する。
「なんだ意外と気にしてないんだな」
「確かに、無理矢理にでも見つけ出すのかと思った」
はかせもソルテも奏を意外そうな目で見る。
「そこまでする気力も体力もなかったんだよ」
「兄ちゃんなんでそんなにお腹空いてたの?」
「ちょっと天虎の道場で組手をしてたんだよ。俺がやめるって言わなきゃ無限に続けるはめになるとこだった」
奏ははぁ、と一度ため息をついた。
「道場まで行ってたの?この前毎日仕掛けてきて鬱陶しいって言ってたのに」
「強くなるヒントがないかと思ってな。俺感覚だけでやってるからさ。たまにはあいつに付き合ってみるかと思ったんだけど、今日は収穫無しだな」
今まで奏はこれといった戦い方を教えられたわけでもなく、力任せに殴って蹴る、感覚だけの我流と言えるかどうかも怪しい戦闘スタイルをとっていた。参考になればと思い道場まで行ってみたが現状は思うような収穫はなかったようだ。
「純粋な身体能力だけであれだけ戦えるのなら十分だと思うのですが……」
「はかせの話だとまた変なやつが出てくるかもしれないんだろ?また啓が巻き込まれたらたまらん」
奏は食べながら戦う理由を力説する。
「そんじょそこらのやつらじゃ奏の敵じゃないと思うし、吸血鬼の始祖レベルなんてそうそう現れないだろうけど、もしものときは……いや、そうならないように僕が頑張らないとなぁ」
はかせは吸血鬼の件で戦った相手を振り返ってみる。アスト、ルナメル、クラミルと誰もが常識の範囲外の強さだったから奏の力に頼らざるをえない状況になってしまったが、まだ奏は中学生、基本的に戦わせるべきではないと思いなおした。
(それに、奏は啓が関係してない限り本気出せないか)
「そうだ兄ちゃん、アップルパイあるけど食べる?」
「食べる食べる。いい匂いの正体はアップルパイだったのか」
はかせがそんなことを思っていると既におかわりも食べ終えた奏に啓がルナメルの作ったアップルパイを持ってくる。
「ルナメルが作ってくれたの、とってもおいしいよ」
そして残ったアップルパイを全てたいらげ満足した奏はいつも以上によく眠れたとか。
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奏や啓の暮らす町の近くを流れている川にかかっている橋、その下に角を生やした人影が二つあった。一人は多くの食べ物を抱え、もう一人は捨てられていたボロボロのソファの上に横たわっていた。
「凜姉、飯、持ってきたぞ」
「あぁ雄飛、すまん、こんなことになってしまって」
雄飛と呼ばれた鬼、茨木雄飛は持っていた食べ物をソファの上に置いていく。凜姉と呼ばれた鬼、伊吹凜姫は起き上がって雄飛に謝る。
「怪我はどうだ?」
「まだ動かすのは辛いが何とか。けどな、これは町で奪ってきたものだろ?これじゃ奴の言う通りじゃ……」
ぐーーーっ
凜姫の言葉を遮るように雄飛の腹から大きな音がする。
「だってここのお金持ってないんだからしょうがないだろ!」
そう言って持ってきたコロッケを口にする雄飛。
「いいから食えよ。あと他に欲しいものあるか?」
「背に腹は代えられない、か。欲しいのは魔力、だな。ただ……ここはどうやら元居たところとは別の世界、魔力を含んだ食べ物はなさそうだ。まさかご先祖のように人喰いなどできるわけ……」
深刻な顔で考える凜姫の言葉に雄飛が反応する。
「人喰い……?」
「鬼がもう何百年、下手したら千年以上も前、人里で略奪、人攫いをしていたのは知っているだろ」
「あぁ、アイツもそんなこと言ってたな」
続く凜姫の話をコロッケを食べ終えた雄飛は次に食べるものを物色し始める。
「その攫った人を魔力源にしていた……つまり食べてたらしい」
「な……」
パンの袋を開けようとしていた雄飛の手が止まる。自分たちが鬼といえ、人間と変わらない生活を送っていたため、かつて人喰いだったという事実に言葉がでない雄飛。
「これじゃ退治されても文句は言えないだろ?」
「それは、そう、だろ」
同意を求められて反射でうなずいてしまう雄飛に凜姫はさらに付け加えた。
「退治されて以降、残った鬼はひっそりと山奥や小さな島で暮らし続け、近年になってようやく表に出てきたんだよ。って話がずれたな。魔力補給には魔力を持った人間を食べるのが一番手っ取り早いんだよ。今時そんなことできねーけど」
凜姫の話を聞いて雄飛は「うーん」としばらく頭を悩ませた。そして一つの結論にたどり着く。
「つまり……魔力を持ってるやつを食えば凜姉は元気になるんだな?」
「おいお前ちゃんと私の話聞いてたか⁉なんでそうなるんだよ」
「でもそうしないと次アイツが来たら……すぐ見つけてくる!」
そう言って飛び出した雄飛を止めようと慌てて立ち上がる。
「あっおい待てっ!くっ、いってぇ」
立ち上がった凜姫はまだ治っていない足の怪我のせいで追いかけることができず、その場で座り込む。
雄飛は走った勢いで堤防を一足で跳び越え町へと消えていく。凜姫はその後ろ姿を見てため息をつくことしかできなかった。




