第二十三話 隠し事
ソルテが自己紹介をすると教室中から拍手が起こった。
「はいみんなありがとう。ソルテくんはお母さんの病気の治療のために日本にやってきました。今は訳あって朝日奈くんの家で暮らしています。慣れないことも多いと思うので色々と助けてあげてね。それじゃあ席はあそこ、朝日奈くんの隣ね」
(これがはかせの言ってたやつかぁ)
吸血鬼であることを隠すために、治療という点では真っ赤な嘘というわけでは無いが、取ってつけたような嘘の設定を話す先生とそれがバレてしまわないか気になってクラスメイトの様子を窺う啓。
いまだに緊張のほぐれないソルテはぎこちない動きで啓の隣の席へと移動する。歩いていると自分を見てくる周囲の視線が気になって仕方がなかった。
「頑張ったね、名前も上手に書けてるよ」
「うん……」
隣に座ったソルテに啓が労いの言葉をかける。するとソルテの前の席の女の子が振り向いて話しかけてきた。
「ねぇ、どこの国から来たの?」
「え?あ、えーっと……」
ソルテは突然の質問にどう答えればよいのかわからず詰まってしまう。
「アメリカだよ?ね?」
「う、うん、そうだよ」
「なんであんたが答えるのよ」
助けたつもりが更に追求されるはめになって慌てる啓とソルテ。
「ほ、ほら、まだこっちに慣れてないし、うちに住んでるから、ね?」
むしろ怪しくなるような言い訳を並べ立ててソルテに話を振る啓だがソルテが対応できるわけもなくしどろもどろになってしまう。
「なんで自分が住んでた国がわかんないわけ。ていうか、なんで朝日奈と一緒に住んでるのよ、親戚でもないでしょ」
「いや、そのー、色々あって……」
「おい、お前ら、先生こっち見てるぞ」
喋る度にぼろが出てくるこの状況、助けてくれたのは啓の一番の友達、俊太だった。
「はいそこー気になるのはわかるけど喋ってないで先生の話聞きなさーい」
「あとでちゃんと聞かせてもらうわよ、私は金村夕香。よろしくね」
「よろ、しく……」
初対面でこれだけグイグイ来るこの子はちょっと苦手かもしれない、そう思ったソルテであった。
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1時間目の授業が終わるとソルテは質問攻めにあっていた。
「ねぇねぇ、どっから来たの?」
「ドッジボールやったことあるか?次の休み時間一緒にやろーぜ!」
「ねぇ、どうして……朝日奈くんちに住んでるの……?」
「わ、わ、えっと、それは、啓……」
純粋な好奇心や遊びの誘い、対応しきれなくなったソルテが啓に助けを求めて視線を送る。
(なんではかせはこの辺りのこと説明してないの……『僕じゃなきゃできないことはやっといたからあとはよろしくー』じゃないよ……)
心の中ではかせに対する怒りと呆れが止まらない啓だったがそれはさておきソルテを手助けするために席を立つ。
「みんな、次、理科室に移動だから。ソルテ、案内するよ、行こ?」
啓が教科書やノートと一緒にソルテの手を掴んで廊下へと連れ出す。そこには同じく教科書やノートを持った俊太が待ち構えていた。
「しゅ、俊太。……何?」
「理科室、行くぞ」
ちょっとむすっとした顔で立っていた俊太はぶっきらぼうに言うとそのまま歩き始めた。その道中、人が少なくなったところで俊太が話を切り出した。
「なぁお前、こないだ啓と啓の兄ちゃんと一緒にいただろ。それがなんで急に転校することになってんだよ」
「えーっとその、色々、あって」
「色々じゃわかんねぇだろ」
またもやごまかそうとするソルテに対して俊太は少し語気を強める。
「みんなには言えないけど俊太には後でちゃんと説明するから、ね?今はちょっと……」
啓が後ろを振り返るとソルテを取り囲んでいたクラスメイトたちが教室を出て足早にこちらへと向かってきているのが見えた。啓は自分の魔法のことを知っている俊太なら知っていた方がよいのではないかと考えて説明することを約束する。
「わーったよ。啓のことだからまた何か巻き込まれたんだろ。ごまかすのは協力してやる、その代わり今日はお前んち行くからな」
「わかった。そこでちゃんと話すよ……でもなんでそんなに怒ってるの」
「別に怒ってるわけじゃ……先週休んだのもどうせこいつ絡みだろ、教えてくれてもよかったのに」
どうやら俊太は休んだ理由もソルテが来ることも内緒にされていたことが気に食わなかったようだった。
「だって……また心配かけちゃうし……」
「はぁ、むしろ何も教えてくれない方が心配だっての。嘘つくの下手なんだからあんまり隠し事するなよな」
俊太はそう言って理科室の扉を開けた。
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その後、俊太の協力もあって何とかクラスメイトの追求から逃げ切った啓とソルテは帰路に着いていた。
「結局……どういう設定になっちまったんだ」
あーだこーだとごまかし続けた結果、自分たちでも何をしゃべったか覚えていない状況に俊太が改めて確認する。
「えーっと……アメリカ出身で、母親の病気の治療のために日本に来てて、たまたまお医者さんがはかせの知り合いだったからうちに住んでる……っていったのは覚えてるんだけど……」
「はぁー、他はまぁいいとしてもお前んちにいる理由なんて、適当すぎるよなぁ」
「二人ともありがとう……特に前の席の金村さんは凄かった……」
ソルテは休み時間、給食、掃除の時間と隙あらば情報を聞き出そうとしてくる金村さんに完全に苦手意識を持ってしまったようだった。
「あいつ、別に悪いやつじゃないんだけど強引なとこあるから……」
「そうだね、まさかお風呂とか寝る部屋まで聞いてくるとは思わなかったよ……」
「そりゃあいつは啓のこと……ってやっぱこの話はやめとこ」
つい口に出してしまったが結局言わなかった俊太に啓とソルテはきょとんとした顔で聞き返す。
「え?どういうこと?」
「いいから聞かなかったことにしてくれ。お前はそのままでいい」
俊太は明後日の方向を見ながら切実そうに言う。
「そうだな、今日はこのまま直接啓の家行くわ。ランドセル置いてくるのもめんどいし」
これ以上疑問に思われないために俊太は話題を変えた。
「大丈夫?俊太のお母さん心配しない?」
「へーきへーき今日は夜の七時くらいまで帰ってこないって言ってたし」
「それなら……いいか。お菓子用意してくれてるから楽しみにしててね」
「へーさっき言ってたソルテのメイドのお菓子か、いいな」
うまく話題を逸らすことができて啓が深く考えるタイプではなくてよかったと安心する俊太だった。
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その日の夜、ぽつぽつと雨が降っていた。月は雲に覆われ、街灯だけがぼんやりとあたりを照らしている。もう既に外を出歩く人はおらず、雨の音だけが静かな夜の町を通っていく。
(腹、減った……食い物……探さなきゃ……)
雨が少しずつ本降りに近づいていく中、雨に打たれながらぼろぼろになった羽織を着て、体のところどころに傷や痣をつけた小さな人影があった。しかし傷よりも目を引くのは頭の横、両耳の上あたりに生えている大きな角が人ではない、鬼であることを物語っていた。
(絶対に助けてやる……待っててくれ……)
傷を手で押さえたままふらふらとした足取りで歩く鬼の子はそのまま夜の闇へと消えていった。




