第二十二話 転校生がやってきた!
第二章 「鬼の章」始まりです
奏が部屋に入るなり待っていたのはルナメルの謝罪の言葉だった。
「説明よりも先に、今回はあなたたちに多大な迷惑をかけました。当主に代わって謝罪させていただきます。誠に申し訳ございませんでした」
いきなり頭を下げて謝罪するルナメルに面食らった奏は返す言葉が見つからずとりあえず「あ、あぁ……」とだけ返した。
「その……ボクからもごめんなさい!かなり怪我させちゃったし服もダメにしちゃったし……なんて言ったらいいか……」
続けてソルテも奏に謝罪して頭を下げる。
「俺は怪我とかその辺は気にしてないし服は……はかせに買ってもらうからいいよ。実質あいつの依頼手伝った訳だし手間賃ってことでいいだろ。それに……結局悪かったのはクラミル一人だろ?お前らが謝る必要はねーんじゃねぇの」
とそこまで言ったところで奏は突然思い出したように付け加えた。
「あぁでも俺だけじゃなく啓を巻き込んだのはいただけないが、まぁいつものことと言えばいつものことか。なかったことにしといてやるよ」
やっぱり超が付くほどのブラコンだなと苦笑いするソルテを見てひとまず安全だと判断した奏は自分も着席する。
「そこはいいとしてだ、吸血鬼とそのメイドがなんでうちにいるのか説明してもらおうか」
奏は二人に問いかける。
「それは……」
「それはね、僕がソルテのお屋敷を壊しちゃったからだよ」
ソルテが説明しようとしたとき啓がお盆を持って部屋に入ってきた。
「啓、どういうことだ」
奏が厳しい口調で啓に問うと啓はお盆を置いて話始めた。
「えっと、兄ちゃんが僕を連れてルナメルから逃げたときがあったでしょ?」
啓に言われて自分の記憶を確かめてみる奏。たしかにそんなこともあったかと思い返したあたりで啓が話を続ける。
「あのとき兄ちゃんが倒れちゃって、僕がなんとかしなきゃって魔法使ったんだけど……その時後先考えずに全力であの魔法を……」
「えぇそれはすさまじい破壊力でした。屋敷が半分がれきの山に変わってしまう程には」
「啓、腕見せてみろ」
もうすぐ夏になるのに長袖を着ている啓の腕をつかんで奏はやっぱりな、と呟く。
啓の右腕には包帯が巻かれていたがその下には火傷のような痕が腕全体に広がっていた。
「なぁ、いくら自分や俺を守るためって言ってもその魔法は一歩間違えたら命に関わるから使うなって言われただろ」
「うん、わかってる。わかってるけど……」
言葉を詰まらせる啓に奏は震えるその手を握って窘める。
「お前が人一倍優しいのは知ってるし自分のことを犠牲にしてでも誰かを助けようとするようなやつなのも知ってる。でもな、その魔法は下手したら自分も、相手も死ぬかもしれないんだ。俺はお前が死ぬのも人殺しになるのも絶対に嫌だ。だから、もうその魔法は絶対に使うな、約束できるか?」
奏が啓の目を見つめると一瞬の逡巡の後、啓は奏の手を握り返して答えた。
「……約束する、もう使わない」
「俺がお前にその魔法使わせないようにもっと強くなるからさ」
(((今でも十分なのにこれ以上強くなる気なんだ……)))
と三人全員が思っていたが誰も口に出すことはなかった。
「啓が屋敷ぶっ壊したからうちにいるってのはわかったよ。吸血鬼なんかその辺に野放しにできないしな。で、これからどうすんだよ」
「それについてははかせが今色々とやってくれてるみたい。部屋もそんないっぱい余ってるわけじゃないから、全員うちに入れてあげるわけにもいかなくて屋敷にまだいるらしいし」
啓は僕も起きたら家にいたから詳しいことは知らないんだけどねと付け加えた。スマホに『やること色々あるから奏とソルテとルナメルのことよろしくー』とやたら軽いノリのメッセージが届いていたようだ。
「あぁそういや吸血鬼もいろんなやつがいたな。いきなりナイフで斬りかかってくるやつとか、二人がかりで襲ってきたやつとか……物騒なやつばっかりだな」
「彼らもまた全員クラミルの支配下にあったのだ。言えた立場ではないが許してほしい」
「……ん?じゃあなんでソルテはなんともなかったんだよ」
ルナメルの説明を聞いた奏の疑問にソルテが答える。
「これは推測でしかないんだけど……お母さんが守ってくれてたんじゃないかなって」
「どういうことだよ」
ソルテは奏に合わせて説明を続ける。曰く、ソルテ自身がそうだったように体を乗っ取られてからもしばらく意識は残っていて、啓を殺されそうになったときのように感情が昂ったときであれば主導権を取り返せたのだ。
クラミルがソルテの母親、エクルミアを乗っ取ってから最初にやったことが屋敷の全員を始祖の力で支配する魔法だったのだが、そのときにはまだエクルミアの意識が残っていてソルテを対象から外したのではないかということだった。
「あくまで仮説でしかないんだけどね。そうだったらいいな……って」
「なるほどね。ま、そういうことにしとくか」
奏が納得していると啓が大きな声を上げた。
「あーっ!もう三分経っちゃってる!」
そう言って啓は慌ててお盆の上に乗った四人分のカップ麺を渡す。
「ごめんね、今うちにろくな食べ物残ってなくて……今日だけははかせの買いだめしてたカップ麺で我慢してね」
啓が申し訳なさそうにカップ麺に続けて奏には箸を、ソルテとルナメルにフォークを渡した。
「食べ物がいただけるだけで感謝です」
「ありがとう、啓」
「正直なとこ啓のご飯食べたかったんだけど……仕方ないか」
各々箸やフォークを手に取ると手を合わせて
「「「「いたただきます」」」」
と言って食べ始めた。
当然使い慣れている箸で麺を啜る奏と、それを見て何とかフォークで真似して啜るソルテ、髪がカップに入らないよう押さえながら上品に食べるルナメル。
「坊ちゃま、スープがはねていますよ。もう少し気を使って食べてください」
そう言ってルナメルがソルテの口周りや服にはねたカップ麺のスープを拭きとる。
「ありがと……昔の優しいルナメルに戻ってくれてよかった……」
「私を元に戻してくれたのは坊ちゃまですよ。こちらこそありがとうございます」
「ふーん、なんだ、操られてた時と違って元の性格はまともなんだな」
「ちょっと兄ちゃん言い方!」
「啓様、メイドともあろうものが坊ちゃまを傷つけていたのは事実、これに関しては私から言うことはありません」
そんな会話をしながら全員がカップ麺を食べ終え、片付けも終わったところで、カチャリと玄関の鍵が開く音がした。
「ただいまーっと」
「はかせだ!」
ただいまの声で帰ってきたのがはかせだとわかると啓は出迎えるために飛び出していった。
「はかせおかえり!……え?先生⁉なんで?」
出迎えた啓の前に居たのははかせともう一人、屋敷で出会った啓の担任の先生築紫明美だった。
「こんばんは、朝日奈くん。こんな時間にごめんなさい」
「僕も兄ちゃんも無事だけど……どうしたの?」
驚異的な回復力でほとんど治りかけている奏はまだしも、魔法の後遺症で痕が残っている啓が無事だという表現が正しいのかはさておき、啓は先生の突然の来訪に驚きと疑問を持っていた。
「そう……よかった……あの時あなた達を置いて行ったのは間違いだったんじゃないか、一緒に逃げるべきだったんじゃないかってずっと考えてたから……」
「神様が助けに来てくれて、僕たちが帰ってこれたのは築紫先生のおかげだよ。ありがとう」
まっすぐな目で感謝を述べてペコリと頭を下げる啓。
「ほんっとによかった……朝日奈くんに何かあったらって考えたら……」
先生の目にはうっすら涙が浮かび、声も少し震えていた。啓たちを置いて一人で逃げてしまったのではないかという不安と後悔、そしてそれが杞憂だったとわかった安堵、感情が一気に溢れ出し涙がとまらない。
「わ、今ティッシュ持ってくるから!」
それを見て慌てた啓が先生に持ってきたティッシュを渡す。
「あ、ありがとう……」
先生は涙を拭っているとはかせが話を切り出した。
「おっし感動の再会はこの辺で……」
「ちょっとは空気読めよ」と後ろでこっそり奏が突っ込むがそんな声は聞こえておらず話を続けるはかせ。
「本題に入りたいんだが」
「えぇ……私に頼みたいことがあるって連れてこられたけど……」
気を取り直してはかせの話を聞く三人。
「結論から言うとだな、ソルテ……吸血鬼の子なんだけど、学校通わせてやってくれねぇかな。本人も行ってみたいって言ってるし」
「「「え?」」」
はかせの提案に啓、奏、先生の三人は全く同じリアクションをする。
「いやーなんとか元の世界に帰せないかと色々と調べたんだが……どうやってこっちに来たのか、全くわからなかったんだよ」
「神のやつはなんか知らなかったのかよ」
「いろいろ後片付けした後に聞いてみたんだけどこういうのは管轄外だとバッサリ切られちゃった。あんまりこっちに長居すると後が面倒だーって、二人を家に送ってさっさと帰っちゃったんだよ。『奏はついでじゃからな!』と念押ししてたけど」
「あんにゃろ偉そうに……」
奏が神に対する怒りを露わにするのを啓がなだめている横ではかせは更に続けた。
「ってな訳で吸血鬼をこっちで住まわせる必要があるんだ。屋敷は再建してもらえることになったんだけどそれにも時間がかかるしな。ソルテにはこっちの世界を楽しんでもらおうと思ってな」
「ボク学校って行ったことなくて……啓も一緒だって言うから……」
後ろで話を聞いていたソルテがこっそり口を出す。
「なるほどね、巻き込まれてた先生なら事情もわかってるし吸血鬼の生徒でも大丈夫だろってことか」
奏が一人納得していると先生は
「戸籍とか手続きは一体……」
と至極真っ当な疑問を口にした。確かにどうするのだろうと奏や啓が脳内に疑問符を浮かべる。
「あぁそこは心配いらないよ。戸籍も入学手続きも知り合いに頼んで何とかしてもらうから」
はかせはきっぱりと言い切った。
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「今日からこのクラスに新しいメンバーが加わることになりました」
啓がソルテと出会ってから一週間が過ぎたころ、さらなる夏の到来を控えたすっきりと晴れ渡った日、啓のクラスに転校生がやってきた。
黒板の前で話す築紫先生に「えー?」「男?女?どっちだろ」「どんな子かなー」とざわめく教室。
「はいはい、静かにー。ほら、入ってきて」
がららっ
教室の引き戸を開けて緊張した面持ちで入ってきたのは、少し長めのサラサラの金髪、日焼けしていない白く美しい肌、透き通った紅の瞳を持つ少年だった。少年は緊張でぎこちない足取りになっていたが黒板中央へと歩いていく。
少年を見るなり「外国の子?」「金髪だ……」「きれい……」などとさらに教室は騒がしくなっていく。
「はい、それじゃあ自己紹介、よろしくね」
黒板の前に立った少年は白チョークを手に取って名前を大きく書くと勢いよくお辞儀をした。
「ソ、ソルテ・シュトラフェルンですっ。これから、よろしくお願いします!」
ソルテの緊張で少し震えた声が教室に響き渡った。




