第二話 出会い
「なあ今日うち帰ってから遊べるか?」
啓と俊太は学校が終わって帰路についていた。俊太の誘いに啓は少し申し訳なさそうな顔をする。
「ごめん、今日はちょっと……珍しくはかせが仕事でいないし、はかせの部屋の掃除をしちゃいたいんだよね」
「え、あの年中引きこもってるはかせがいないのか⁉」
はかせがいないと聞いた俊太は驚いて足を止めた。
「いつお前んち行ってもいるからてっきりニートかと思ってた……」
「まぁ、そう思われても仕方ないよね……」
ニートと勘違いされても仕方がないかとはかせの生活を思い返して苦笑いする啓。
(実際仕事してるとこほとんど見たことないしなぁ)
「ゲーム機とかスマホとか壊れたら持ってくとすぐに直してくれるしただのニートじゃないとは思ってたけど……ちゃんと仕事してたんだな」
「一応僕たちの保護者だし、収入も詳しいことはわかんないけど何でも屋以外のやつがあるし……」
話しながら歩いていた二人はいつもの登校するときに合流する分かれ道まで来ていた。
「じゃ、また来週なー。掃除がんばれよー」
「うん、今日はごめんね、またねー」
啓は申し訳なさそうに謝ると、二人は手を振って別れた。
~~~~~
(よーし、はかせの部屋綺麗にするぞ!)
そう意気込んで家に到着した啓は驚いて足を止めてしまう。
「……え?ちょっと大丈夫⁉」
到着した啓の目に映ったのは玄関の前に倒れ伏す金髪の少年だった。
啓は起こそうとしてゆすってみるが返事はない。
(暑そうな服着てるし熱中症?にしては時期が早い気が……とりあえず救急車を呼ばないと)
啓がスマホを取り出して119番通報しようとすると、ぴくっと少年が少し動いた気がした。
「ぅ、うーん」
「あっ、気が付いた?大丈夫?」
「血を……」
啓は少年の顔を覗き込む。すると少年はふらふらと立ち上がって突然啓に抱きつくと首に噛みついた。
「うあ、や、め……」
啓は引き離そうとするが、少年は啓の血を吸い、体に力が入らなくなっていく。少しずつ血の気が引いていき顔色が青くなる。啓が意識を失って倒れ込みそうになった時だった。
「な⁉啓!おい、やめろ!」
たまたま帰ってきた奏が啓の血を夢中で吸っている少年を無理矢理引きはがして躊躇なく、思いきり蹴り飛ばした。
「ぐはっ」
少年は苦悶の声を上げて家の壁に激突するとそのまま気を失ってしまった。
「啓!大丈夫か⁉」
力が抜けて座り込んでしまった啓。奏は啓の前にしゃがんで無事を確かめる。
「にぃ、ちゃん……ありがと……」
「ほら、家に入るぞ、立てるか?」
「力、入らないかも……」
血を吸われてふにゃりとした顔になった啓が甘えて手を伸ばす。
「おぶってやるから、ほら」
奏は啓に背中を向けた。奏におんぶされた啓の目に気絶している少年が映った。
「にいちゃん、あの子……」
「あぁ、思いっきりぶっ飛ばしたからな、しばらく起きてこないんじゃないか?」
「そうじゃなくて……あの子うちの前で倒れてたんだ……あのままじゃかわいそうだしあの子も家に入れてあげてよ」
「突然噛みついてきた奴なんて明らかにおかしいだろ、お前に噛みつくなんて許せない」
少年を助けてあげたい啓と放置しておこうとする奏。啓は自分のことよりもあの少年のことが気になるようだった。
「それなら余計にうちに入れてあげないと。また別の人に噛みついたら…それに兄ちゃんが怪我させました、なんて他の人に言えないでしょ」
啓に言われて自分のやったことを振り返る奏。やりすぎたかもという自覚はあったようでしぶしぶ奏は啓に従うことにした。
「ったく、仕方ないなあ、わかったよ。はぁ、啓は優しすぎるんだ。とりあえずお前中に入れるぞ。あいつはその後だ」
「ありがと、でも兄ちゃんはもっと僕以外にも優しくしてあげていいと思うけど」
「……善処する」
~~~~~
啓は家に入ると椅子に座らされて、奏は「ちょっと待ってな」と言って少年と荷物を取りに行ってしまった。
(まだ頭ボーっとするなぁ。あの子の布団用意しとかないと……これじゃ今日ははかせの部屋の掃除できそうにないや)
少しづつ体に力が入るようになってきた啓は立ち上がって布団を敷きはじめた。
「おーい啓ーこいつどこに寝かせるんだー?」
少年と啓のランドセル、自分の鞄を持って戻ってきた奏の声が聞こえる。
「今布団敷いてるから僕たちの部屋に……うぁ」
布団を敷き終えた啓が立ち上がって部屋から顔を出そうとすると、立ちくらみがして転びかける。
「啓、お前じっとしてろよな、それくらい俺がやったのに」
奏は少年を背負ったまま啓に手を差し伸べた。啓は手を掴んで立ち上がる。
「もう大丈夫だと思ったんだけど……その子ここに寝かせてあげて」
「あんま無理すんなよ……お前首から血が」
奏が少年を寝かせながら言う。啓は椅子に座って首に手を当てる。その手を見ると赤い血がべっとり付いていた。
「見ろよ、こいつの歯とがってて長いだろ。吸血鬼とか?人間じゃなさそうだけど」
啓が噛まれたところには二つ傷口ができていた。そこから血が流れてTシャツの襟に染みついていた。啓は首に手を当てて初めて気が付いた。
「ほんとだ。全然痛くないから気づかなかった」
「今絆創膏持ってくるから、待ってな」
「うん」
奏は消毒液と絆創膏を持ってくると、傷口に消毒液を吹き付けて、絆創膏を貼った。
「結構深そうな傷だけど大丈夫か?」
「消毒液が染みるけどそれ以外は全然。僕たち怪我の治り速いし、兄ちゃんなんて怪我しても一日あれば治っちゃうじゃん。心配しすぎだよ」
噛まれて出血していてもあっけらかんとした啓に、奏は押し黙ってしまった。啓はそんなことより少年が吸血鬼だということに興味があるようで、少年のそばにしゃがんで少年の体を観察し始めた。
「この子歯だけじゃなくて爪もとがってるし、肌は真っ白だね。んーこのマント邪魔だなぁ脱がせちゃっていいかなぁ」
そう言って少年が羽織っていたマントを勝手に脱がせた啓に、奏は注意する。
「また急に噛まれるかもしれんぞ、そのくらいにしとけよ」
「今は兄ちゃんがいるから大丈夫」
信頼されている嬉しさ半分、啓の警戒心のなさに呆れ半分の奏。
「ま、それくらいにして着替えろよ、早く洗濯しないと血落ちなくなるぞ」
奏に言われた啓は血のついたTシャツを脱ぐとタンスから新しいTシャツを出して着替えた。
「じゃあ洗ってくるから兄ちゃんその子見ててね」
啓はそう言うと洗濯をしに部屋を出ていった。部屋を出て行く啓を見た奏は一人呟く。
「はぁ、啓はもうちょっと警戒心というか危機感持ってほしいなぁ」
奏がしばらく待っていると洗濯を終えた啓がお盆にお茶とお菓子を載せて戻ってきた。
「はいこれ、兄ちゃんの分」
「ありがとな。やっぱやりすぎたかな、なんも考えずに蹴り飛ばしちまった。全然目覚めないんだけど」
「やりすぎたって自覚あるなら最初からあんな派手にやらなきゃいいのに……パリッ」
啓がお煎餅をかじりながら言う。奏もお煎餅を手に取り食べ始める。
「バリッ……でもお前が襲われてて、そんな手加減できるわけないだろ」
やりすぎた自覚はあっても反省する気配のない兄を啓はお茶を啜ってスルーすることにした。
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日が暮れ始めたころ、奏と啓が話をしているとようやく少年は目を覚ました。
「ぃててっ……」
少年は奏に蹴られたお腹を抑えて起き上がった。啓が少年の元へ駆け寄る。
「あっやっと気が付いたんだね。よかったー」
「ここは……?」
「僕たちの家だよ、君家の前で倒れてたでしょ」
啓がそう言うと少年はまるで意味がわからないといった感じで聞き返してきた。
「え、僕が倒れてた?なんで?」
「いや、それはこっちのセリフだろ」
逆に質問をされた奏と啓は顔を見合わせてまさか、と一つの可能性を考える。
「ね、ねぇ君、名前は?」
「僕は……あれ、名前……名前……?」
「おい、お前まさか」
「えーっと……僕は、誰だ?」
目を覚ました少年は記憶を失っていた。