第十九話 乱入
(熱い……!この感覚……陽光の下に出た時と同じ……!)
クラミルを蝕む啓の魔力は全身を焼け焦がしたような感覚をもたらしていた。
「何なのだ、貴様ら兄弟は……!」
クラミルの問いに奏は
「知らねぇ」
とあっさり切り捨てた。
「俺はお前を許さない、絶対にだ。うちの弟傷付けてただで済むと思うなよ」
奏はクラミルを睨みつけた。
(くっ、魔力の制御が効かない……!まずは新しい器だ。こうなってしまった以上生贄よりも先に……)
「グアアアア!」
全身を襲う痛みに苦しむクラミルは奏に突撃してくる。
「不意打ちで啓の血を吸った挙句逆ギレだぁ?ふざけんじゃねぇっ!」
奏の狙い澄ましたカウンターがクラミルを捉える。
クラミル自身の速度と奏の人間離れした腕力、その相乗効果でクラミルの体に致命傷を与えていた。
頑丈な吸血鬼の体もその驚異的な回復力も全身をくまなく巡る血を力の源泉としているから。その血が全て体を蝕む毒となり、魔力の制御を乱している。そんな状態でまともに動けるはずがなかった。
「ここらでおとなしく捕まってくれねぇかな。あ、体だけ返してくれればいいか」
奏が木に寄りかかっているクラミルを冷たい目で見降ろしながら問う。
「ガアッッッ!」
魔力が暴走し始めたクラミルが奏に襲い掛かってくる。奏は軽い身のこなしで避けるがクラミルの狙いは奏ではなかった。
「待てっ!」
翼を広げて地面すれすれを飛行するクラミルは気を失った啓とその隣で横になっているソルテの方へと向かっていく。
「う……力が……」
ソルテは立ち上がろうとするも全身に力が入らない。
「炎箋・煉網」
はかせは冷静に周囲を炎の網で遮断すると更にお札を展開する。クラミルはそれを見るや否や飛び上がって網の無い上部から啓達を狙う。
「雷箋・縛」
上空へと飛んだクラミルを拘束するため鎖が伸びる。しかしクラミルは紅色の光球を作り出して撃ち落としていく。
「あっつ!」
「あれはっ、太陽の……!」
追いかける奏も氷の足場を作って空へと駆け上がるが光球に阻まれて思うように近づけない。更に光球は数を増やし地上を無差別に攻撃し始めた。
「周り見えてんのかあんにゃろ!」
ソルテの使った魔法と同様の太陽の力を宿した光球は次々に着弾して木々を燃やしていく。
「ボクが、止めなきゃ……」
「お、おい、もう限界だろ、あとは奏に……」
残る力を振り絞って槍を杖代わりにして、何とか立ち上がったソルテをはかせが呼び止める。
「あの体は、お母さんのものだ、暴走してるのは啓の魔力のせいだから、ボクが吸収すれば……!」
ソルテの言う通りクラミルの、もといエクルミアの体は既に限界近くまで消耗しきっていた。ソルテは翼を広げふらふらと飛び上がった。
満身創痍の体で空を飛ぶソルテにも容赦なく光球は降りかかり火傷の痕を作る。
それでも、ソルテは少しずつ少しずつ母を救うために、近づいていく。
(熱い……熱い、けど、お母さんは、きっとあの体の中でもっと辛い思いをしてる。だから……ボクが、助ける)
そんなソルテの決意を汲んでくれるはずもなく、近づくほどに光球の密度は高くなり、比例して傷も増えていく。
「吸血鬼ってのはどいつもこいつも無茶苦茶しやがる!」
見かねた奏が助けに入ろうとするがとてつもない量の光球を捌き切れず、追いつくことができない。
ソルテは焼け焦げる自分の身体のことなど意に介さず、手を伸ばした。
「お母さん……っ!」
伸ばしたその手は、誰の手も掴むことはなく、空を掴む。
「天秘光」
夜空に響き渡る声。一筋の光がクラミルの、心臓を貫いていた。さらに複数の光線が全身いたるところを貫く。力無く落下していくクラミルをソルテが追いかける。
「吸血鬼……か」
赤と白の和装に身を包んだ子供が呟いた。
その子供は空中を歩いてくる。
「てっめぇ今更何しにきやがった!」
クラミルからの攻撃が無くなり奏は子供の元へと駆けていく。
「奏、貴様こそ何をしておる。啓にあんな傷を負わせて……!」
「何もしてねぇお前に言われたくねぇよ!」
「ふん、儂は忙しいのじゃ」
何やら言い争いを始めた二人を横目に墜落したクラミルを抱えたソルテがはかせの元へと降りてくる。
「お母さんっしっかりして!」
「そこに横に寝かせろ、一通り処置するから」
「う、うん……」
光線で貫かれたクラミルからは血が少しではあるが流れ出ていた。ソルテが心配そうな表情ではかせの傍にクラミルを寝かせる。
「貫通している割に出血が少ないな。あのレーザーみたいなやつで貫通と同時に焼かれてるのか……」
「大丈夫そう?」
「あぁ、この程度なら死ぬことはないだろ。魔力もかなり使っているからさっきみたいに暴走することもないと思うが……こっからどうするか……」
焼け落ちる周囲の木々を見ながらはかせが言うと、クラミルの傍にいる二人の元に奏と言い争っていた子供がやってくる。
「おい、待てって言ってるだろ!」
子供は冷たい目でクラミルを見下ろす。
「何者だ、あんた。人間じゃないだろ」
はかせの問いにわざとらしく顎に手を当てたり上を向いて考えるそぶりをみせるとケロッとして言い放った。
「そうじゃなぁ……奏と啓もおるしごまかしてもな……まぁ……平たく言えば神様じゃ」
「は⁉」「え⁉」
驚く二人に対して、奏はまた面倒なことになったと内心、頭を抱えていた。
「なんじゃ、何か言いたいことでもあるのか」
「え、えーっとどうしてここに?」
突然のカミングアウトにはかせはひとまず頭に思い浮かんだ疑問を口にする。
「まぁ奏と啓とは色々とあって、な」
「あれはお前が啓を無理矢理……」
少しばつが悪そうにしてお茶を濁した神様にはかせは唖然とする。
(奏のやつ神相手でもお構いなしかよ……)
「それで、おぬしら此奴をどうするつもりじゃ」
奏の話を遮るように神様は話を切り替える。
「この体は乗っ取られているだけなので魂だけ分離できればと思ってその方法を考えて……」
「それは無理じゃろ。さっさと殺した方がええぞ」
「な⁉」
傲岸不遜な物言いに全員絶句してしまう。そんな周囲を気にすることなく神様は話し続ける。
「吸血鬼なんぞ生かしておいてもなんの得にもならんしな。啓を巻き込みおって、やはりあの時滅ぼしておくべきじゃったか……」
そう言いながら神様は手のひらに光を集めてクラミルにぶつけようといていた。
「やめて!」
ソルテが両手を広げて神様とクラミルの間に立ちはだかった。
「この体はボクのお母さんなんだ、だから、お願い……」
「おぬし……そこをどかんと一緒に焼き尽くすぞ」
「ダメ!絶対そんなことさせない!」
一歩も譲らないソルテにしびれを切らした神様がソルテごと殺そうとした瞬間、奏が止めに入った。
「やめろ」
神様の手首をつかんだ奏は少し力を込める。
「子供がこんだけ覚悟決めてんのにお前はそれを無視すんのかよ」
「儂は神様じゃぞ。それに、ここまで魂が定着した以上、自我を乗っ取っているものが自分から出てこない限りどうしようもない」
ふんっ、と鼻を鳴らして神様は手を振って奏の手を引き離す。
「さっさと殺してやった方が肉体の持ち主のためにもいいと思うがな」
「それでも……ボクのお母さんなんだ……だから……」
ソルテの目から涙がしたたり落ちる。膝から崩れ落ちたソルテはぽつり、ぽつりと涙を落として地面にその痕を広げていく。
涙を流すソルテを見て神様がどうするか考えていたとき。
「その甘さが身を滅ぼすのだ」
重く低い声が響き渡ると同時に、背後からソルテの胸に手が伸びていた。
「なっ、まずい!」
はかせが叫ぶが時すでに遅し、ソルテの中に手は侵食し、心臓を鷲掴みにする。
(いたい、あつい、おかあさん……)
最初にクラミルがソルテを乗っ取ろうとしたのは啓の血を吸った直後、つまり太陽の力が体中を満たしていたとき。だからクラミルの干渉にも抵抗することができた。だがもうソルテは戦闘でほとんどの魔力を使い、残ったわずかな太陽の力も涙となって流れ出てしまっていた。
「がアっ!ヤめ、ロ、ボクの頭ノ中に入ッテくルナ……」
「だから早くするべきだったのだ……!」
神様が光線を撃ちこむもソルテは全く意に介さず立ち上がる。
ソルテの苦しみは一瞬のことだった。子供とは思えない邪悪な笑顔とともにクラミル、もといエクルミアの腕を胸から引き抜いた。ソルテは翼を羽ばたかせて暴風を巻き起こして奏たちの動きを止める。
「ついに手に入れたぞ我が器。これで……!」
さらにソルテは啓のもとへ瞬間移動して啓を抱き上げる。
「私の願いが叶うときがきたのだ!」
ソルテは、クラミルに乗っ取られてしまった。ソルテの魂は肉体の主導権を奪われ、クラミルの意思が体を支配していた。
(ボクの体、返して……!!!)
「さぁ、貴様らに吸血鬼の支配する世界を見せてやろう!」
クラミルの宣言が燃え盛る森に響き渡った。