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魄星兄弟譚 ~うちの弟は誰にも渡しません!~  作者: 冬佑
第一章 「吸血鬼の章」
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第十四話 好きだから

 



(……に……ゃん……!兄ちゃん!)


 ぁ……啓…………


(……た……けて……!)


 啓が……呼んでる……

 あれ……体が……動かねぇ……クソッ……


(兄ちゃん……!)


 動けよ、何のためにっ、この身体があると思ってんだ……!


(兄ちゃんっ!!!)


 なんだ……体中が熱い……


 心臓がバクバクいってる……


 動ける……力が入る……!


 今行くから、待ってろ、啓






 ~~~~~






「お、らぁ!!!」


 はかせの目の前で槍は打ち砕かれて粉々になった。そこには後ろで倒れていたはずの奏の姿があった。


「奏!お前大丈夫なのか」

「ああ、体中いてぇけど、まぁなんとかなるだろ。んなことより啓だ、あいつが待ってる」


 奏は手を何度か握ったり開いたりして確かめる。


「心配させやがって……ホントに大丈夫なんだな。じゃあちょっと手貸せ」

「それはいいけどあいつバラしても元に戻っちまうぞ?」


 奏の言葉にはかせは信じてくれと言わんばかりにお札を構える。


「勝算はあるんだな?じゃさっさと終わらせて啓のとこ行くぞ」


 はかせはコクンと小さく頷いた。奏も拳を固く握りしめて構えを取る。

 無言のまま二人を見つめていたアストが口を開く。


「これは驚いた。あの状態から立ち上がるだけでなくここまで動けるとは」

「おかげさまで体中痛えけどな。あんたぶっ飛ばすくらいには動けるよっ」


 奏は一足飛びに間合いを詰める。


「っと!」


 奏の連撃はどんどん速度を増していく。突き、蹴り、その一つ一つが必殺の威力を持ち、常人の目では捉えらない速度でアストに襲いかかる。


(見違えるほどの速度、鋭さ!一体この子はなんなんだ……)


「ルビー・リフレクシールド!」


 アストの前に赤く輝く壁が出現する。先の戦闘ではかせが使った魔法を模倣したものだ。

 奏の攻撃が宝石に当たると当たった箇所が爆発する。幾度となく爆発を受けるがそれでも奏は攻撃の手を緩めない。


「こんのやろっ!!!」


 奏は大きく振りかぶった拳を渾身の力を込めて壁に叩きつける。

 一際大きな爆発が起こり奏は倒れてしまう。


「なにっ!」


 ビシッ


 壁に亀裂が入る。亀裂はすぐに全体に広がって崩れ去ってしまった。


「あとは……なんとかしろよ」

「時間稼ぎにしちゃ体張りすぎだ!これで回復しとけ!」


 はかせは奏に向かってお札を飛ばす。


「でもおかげで準備はできた!雷箋・封!」


 はかせが叫ぶと周囲の地面や瓦礫に設置されたお札からアストに向かって雷の鎖が伸びて四肢を拘束する。


「しまった!」

「これで、終わりだっ!魄箋(はくせん)・絶!」


 後ろに回り込んだはかせはアストの背中に刻まれた紋様にお札を押し付けた、はずだった。


「はあああああっ!」


 拘束したはずのアストが解放した魔力で鎖を破壊し、はかせを吹き飛ばす。アストははかせの方へと向き直って槍を構えた。


(後は、頼んだぞ……)


 はかせの手からお札が離れ、意識が遠くなる。その視界には土煙の中を突っ切る人影が見えていた。勝ちを確信したはかせは背中から倒れこんだ。アストが槍を振り下ろそうとしたその時。


「トドメくらい自分でしっかり決めろよ!」


 突っ込んできた奏がアストの背中にお札が貼り付けた。


「なにっ……!」


 その瞬間アストの動きが止まり、槍が地面に落ちる。


「ぐぁ……ぁぁ……」


 アストは胸を押さえて膝から崩れ落ちる。

 奏がはかせに駆け寄って手を伸ばす。はかせは手を取って立ち上がった。


「物体と魂の繋がりを強制的に断ち切るお札だ。僕たちの勝ちだ」


 紋様は輝いていたが徐々にその輝きを失っていく。回復用と言って奏に投げたお札ははかせがアストに使おうとしたものと同じだったのだ。


「たまには気がきくと思ったら、人使いが荒いったらありゃしない」

「悪いな、もしもの時の保険に渡しといたんだが案の定だ。こっちは本物の回復用だ」


 そう言ってはかせは奏にお札を渡す。爆発でボロボロになった腕に貼ると少しずつ傷が治っていく。奏は丁度いい大きさの瓦礫を探してそこに座りこむ。はかせも自分の傷を塞ぐようにお札を貼りつける。


「便利なもん持ってるな。あ、便利屋だったか」

「失礼だな、本業は研究者だよ」

「まぁ助かったし何でもいいか。治ったらすぐ啓のとこ行くぞ」

「そう慌てるな、貴重な情報源があるだろ?」


 はかせは鎧に付いたお札を剥がして奏の元へ持って行った。


「さてと……」

「なんだね」

「うおっ札が喋った」


 アストの魂は鎧からお札へ乗り移っていた。もっとも鎧のように人の形をしているわけではないので動いたり魔法を使ったりすることはできなかったが。


「とりあえず知ってること全部教えてくれ」

「……この体ではなにもできんか」

「そゆこと。あんたと吸血鬼の契約自体はあの鎧の紋様と結びついてるみたいだし、鎧から離れた今、あいつらに好き勝手させられることもない。それに一度は世界を救った勇者さまだ、新しい体……つっても肉体は無理だが用意するぜ?」

「成仏させる気は無いのか……」


 呆れたようにアストが呟く。


「成仏したかったのか?現世に未練タラタラに見えたんだが」

「……そうだな、間違いではない……しかし私が知っていることはもう大体話したつもりだがな」

「吸血鬼の弱点とか、儀式の内容とか知らないのか?」

「奴らも進化しているからな、ほとんど弱点らしいものは残っておらんよ。唯一克服できなかったのが太陽だ」


 二人の話を聞いていた奏がふと口にする。


「ソルテとあのメイドは普通に日中出歩いてたけど」

「あのメイドは人間との混血だから多少は問題無いだろう。日光を浴びると肌荒れが酷くなる程度だ。ただ……ソルテが日光に耐性があるのは私も初耳だ。この屋敷の主、エクルミアの子供ということは純血のはずなんだが……」

「確かにそこは気になる点だな、日光を浴びても問題のない吸血鬼か……」


 しばらく沈黙が続く。


「……こりゃ考えても仕方ないな、奏の怪我も治ったみたいだしそろそろ行くか」


 奏の怪我はもうほとんど傷跡も見えない程に回復していた。それを見たアストが驚きの声を上げる。


「改めて聞くがその体は一体……」

「あー、なんつーか、そういうもんだと思ってくれ」


 奏が言葉を濁すとはかせが間に割って入る。


「預かっている身としてはもうちょっと自分の体大事に扱ってほしいんだけどな」


 奏に貼ったお札を回収しながらはかせがしみじみと言う。はかせの傷もある程度は塞がっているがまだ完治したとは到底言い難い状態だった。


「それは……」

「でもお兄ちゃんは弟のこと大好きだから多少どころかかなりの無茶ができちゃうんだな」

「そうか、そういうものか……」

「ばっ、別に!!!」


 奏は顔を赤くして叫ぶと立ち上がってそのまま駆け出した。はかせはアストを持って奏を追いかけた。




 ~~~~~




 啓とソルテを連れてルナメルは森の中を歩いていく。屋敷の奥から続く道を抜けると湖畔へと辿り着く。

 そこには石畳が敷かれ、いくつもの石柱が立ち並んでいた。奥にある祭壇の前でソルテの母親が待っていた。


「……遅かったな」

「申し訳ございません。少々抵抗されまして。ですがこちらに器の用意はできております。」


 ルナメルは啓とソルテを解放する。


「まぁいい。まずは肉体の交換だ。感謝しろ出来損ない、お前のその身体は私が活用してやる。だが今のままでは乗り移ったところでその肉体が負荷に耐えきれず崩壊してしまうだろう。そのために定期的に血を摂取させて成長を促していたのだが、そこの人間の血は格別だ。一人分も吸えば十分だろう」


 ぶんぶんと首を振って拒否するソルテを守るように啓は間に割って入る。啓は震える声で言った。


「ねぇ……あなたは、ソルテのお母さんなんでしょ、どうして、こんなことするの」

「確かにこの身体はエクルミア……此奴の母親のものだが、私は吸血鬼の始祖クラミル。母親などではない。もともと私は一族の墓の最深部に封印されていたのだがな、どういうわけか封印が解かれていたのだ。そんな折この身体が墓参りに来ていたのでな、頂くことにした。あとは吸血鬼の始祖たる私の魔法でこの家を支配させてもらったよ。しかしなぜかこの子だけはどうにも効きが悪くてな」

「そんな……」


 自分の母親の体を奪っていると告げられたソルテは言葉を失ってしまう。


「ずっと体を乗っ取って母親のふりを……絶対に許せない……」


 ソルテとは反対についさっきまで震えていた啓の声にはかすかに怒りの感情が現れていた。

 啓の中でふつふつと怒りは大きくなっていく。その感情が大きくなるほど、比例して啓から魔力が溢れ出す。


「そうだ、その力だ。それさえあれば私の器は完成する!さあ早く血を吸うのだ」


 クラミルは大きく翼を広げてソルテに命じる。

 ソルテの目にクラミルとその背に浮かぶ湖上の満月が映る。


「あぁ、なんで、忘れていたんだろう……母様(かかさま)……」

「ソルテ?」

「ごめん、啓」


 振り向いた啓の首筋にチクリと痛みが走る。ソルテは後ろから啓に抱きついてその首筋に顔を埋めていた。


「どうして……」


 啓の体から力が抜けていく。家の前で初めてソルテに出会ったときと同じ感覚だった。


「にい、ちゃん……たす、けて……」


 啓の呟きは誰の耳にも届くことはなく、目の前は真っ暗になった。









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