第十一話 決意
満身創痍の奏を連れて啓は明かりとして小さな火の玉を浮かべて地下への階段を下りていた。
「はかせが言ってた通り誰もいないし大丈夫そうだね……」
地下の廊下を見渡した啓がそう言ったとき、暗闇の中、目を凝らしていた奏が奥を指差した。
「いや、そこの扉、奥に誰かいるぞ。捕まってるみたいだけど」
奏が指差したのは地下牢の扉だった。
「え?見えてるの?」
「まぁ、うっすらとはな。気配も感じるし」
啓が扉を開けると薄暗いその先にはいくつもの牢が並んでいた。啓は燭台に火をつけながら奥へと進んでいく。
「さっきの人……?」
「うわっ!」
暗がりから聞こえた声に啓は驚いた声を上げる。その人物は蝋燭の明かりの中、啓の顔をまじまじと見つめていた。
「あれ……?もしかして朝日奈くん?」
「なんで僕の名前……って先生⁉」
地下牢に囚われていたのは啓の担任の先生だった。思わぬところで出会って二人はつい大きな声が出てしまう。
「あー、とりあえず一旦降ろしてくれ」
「って酷い怪我!すぐ手当しないと!」
暗がりでもわかるほどに全身傷や火傷だらけだった奏を見た先生は慌てて奏を降ろすように指示する。
「兄ちゃんごめん、えっとここでいい?」
「どこでもいい」
啓は奏を壁にもたれるように座らせてはかせの鞄から治療道具を取り出す。奏の怪我をした場所を魔法で水を出して洗いながら啓は先生に質問する。
「なんで先生はこんなとこに?」
「遠足の下見にこの近くの遊園地に行くつもりだったんだけど、気が付いたらここに……朝日奈くんこそどうして」
「えーっと……話すと結構長くなるんだけど……」
啓は本当のことを話すべきか迷い奏に目で合図を送る。
「話してもいいんじゃねぇの。今更嘘ついたって意味ないだろ」
奏に言われた啓は昨日から今日までに起こったことを話した。
「こんな状況だしきっと全部正しいのよね、それは信じるけど……朝日奈くんあなた火とか水とか出せるのね……」
「え、あ、えーっと、これは、その……これは他の人には秘密でお願いします!!!」
啓が先生に向かって勢いよく頭を下げる。
「えぇ、生徒の個人情報だもの当然秘密にします。しかしさっきの人といい私の常識が壊れていくわ……」
非日常な状況に困惑する先生に手当を終えた奏が聞く。
「なぁそれってはかせのことか?」
「はかせ……そう言われれば、白衣着てたわね。その人も隣に捕まってたんだけど一人で勝手に脱出しちゃったの、ちょっと待っててって言ってたけど……」
「なんだよあいつも捕まってたのかよ」
奏は捕まるようなやつに心配されて、勝手に交代されたことに苛立ちを募らせる。
「はかせって人は知り合い?」
「僕たちが今お世話になってる人です。赤城律って言うんですけど」
「あの人が保護者の赤城さんだったのね!挨拶できてなくて心配してたのよ」
「はかせその辺めんどくさがって何かと理由つけてやらなかったから……」
啓は呆れて苦笑いする。
「これからはちゃんとするように言っときます……」
「朝日奈くんの方がしっかりしてそうね、安心したわ」
「そんな話後にしとけよ、こっからどうすんだ」
「まずはここの鍵を探してほしいわね。これじゃ逃げられないもの」
先生がそう言うと奏は立ち上がって牢の扉に手をかけた。
「ふんっ!」
ガシャン!!!
奏が力任せに壊すと扉は大きな音を立てて開いた。
「ん、これでいいか」
先生は一瞬何が起きたのかわからなかった。
「えーっと、お兄さんも何か魔法を?」
「いや、俺は魔法使えねぇよ、錆びついてたしちょっと力込めたら開いた」
「そ、そうなの……」
奏は啓の鞄に入っていたペットボトルのお茶を飲んで座り込んだ。
「俺は啓と会えたしこれで帰りたいんだが」
「そんなに簡単に帰してくれるとは思わないけど……」
「それにはかせもソルテも心配だよ」
「はかせはともかくソルテってあの子供の吸血鬼だろ?俺らがどうこうする話じゃねぇだろ」
「でも……やっぱりあんな顔してるの見たらほっとけないよ」
啓はソルテの部屋で見た写真とそれを見て涙を流したソルテの顔を思い浮かべた。啓の頭の中はソルテを助けたい、その気持ちでいっぱいだった。
「何とかしてあげたい気持ちはわかるけど、危ないし他の家庭の事情に安易に踏み込むのは……」
「いやお前なぁ……そもそも相手は人間じゃないんだぞ。人間なんてなんとも思ってないような奴らだぞ」
啓の考えに二人は難色を示す。
「わかってる、けど、兄ちゃん……僕は……」
啓は下唇を噛んで下を向いてしまった。
(啓がこーいう顔してるときは何言っても曲げないんだよなぁ)
「はぁ、ったくしゃーないな今回だけだぞ」
「え、ちょっと何か考えでもあるの?」
奏が啓を手伝うことを決めたのを先生が慌てて止めに入る。
「俺は殴るしかできんからな、細かい話は啓に任せる。まぁなにもできないかもしれないけど。そんときは諦めろ」
「あなたたちが普通の子とは違うのはわかったわ、でもね……」
先生の話を遮るように啓は決意を宣言する。
「先生、僕決めたんです。もう一回あの写真みたいにソルテに笑顔になってほしいって」
啓の目は覚悟を決めていた。それを見た先生は説得は無理だと察してしまった。
(朝日奈くん……こんな頑固なとこもあったのね。いつも周りに合わせてる気がしていたけど……)
「お兄さんが折れたのもわかる気がするわ」
「だろ?こいつ決めたら梃子でも動かんからな。世話かかるんだ」
「二人とも……」
奏に頭をゴシゴシと撫でられて啓は思わず涙ぐんでしまった。
「そんな顔すんなって、ちょっと休んだら行くぞ。もう傷はだいたい塞がってきたし」
「これからは怪我しないようにしなさい、特にお兄さんの方。危ないと思ったらすぐ帰ってきなさい」
「ま、そうだな、死なない程度にやってくるわ」
「そうじゃなくて……はぁ」
先生は呆れた様子でため息をついた。そんな先生に啓は自分の鞄につけていた御守りとはかせの鞄から名刺を取って渡す。
「先生、これはかせの連絡先です。あと、ここから出たらこれ持って神社に行って欲しいんです」
「神社って学校の近くの日野古神社?」
「この御守りあそこの神様から直接もらったやつなんです。なにか困ったことあったらこれ見せろって言ってたから。きっとこういうときのために渡してくれたと思うんです」
「神様……神様とも知り合いなのね……わかったわ行ってみる」
啓の突拍子のないお願いに先生は面食らってしまう。
「あぁあいつに貰ったやつか、手ぇ借りるのは癪だが、まぁこんなときくらい役に立つかもな」
「兄ちゃんあれでも一応神様なんだからね」
「知るかよ。人を勝手に攫うような神がいてたまるか。もうちっと休んだら行くぞ」
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しばらく休憩した三人は地下牢を出て階段を上っていた。
奏が扉を少しだけ開けて様子を探る。
「誰もいないな。はかせどこいったんだ?全く気配がないぞ」
「いないなら好都合じゃない、行きましょ」
「まぁそれはそうなんだが……」
奏はあまりにも簡単に脱出できたことに疑問を抱いていた。広間を抜けて玄関から外に出ると既に月明かりに照らされていた。
「うわぁ……きれいな満月……」
空を見上げた啓が呟いた。
「ったくそういうとこのん気だよな……」
奏も空を見上げるとそこでふと足を止めた。
「なぁ、昼でも真っ暗なくらい木や霧に覆われてたのに月が見えるのおかしくねぇか?」
「確かに赤い霧も無くなってるね、どうしたんだろ」
「でもこれなら迷わず山を降りられそうね」
門で別れることにした三人は一度森の安全を確かめることにした。奏は一度木に上に飛び乗ると辺りの気配を探る。
「もう誰もいないみたいだな。大丈夫そうだ」
「あれ?スマホの電波入るようになってる。連れてこられたときは圏外だったのに」
奏をスマホのライトで照らした啓が気がつく。
「あら、GPSも使えるようになってる。これなら一人でも大丈夫そうね。それじゃあ二人とも無理しないでね」
そう言って先生は門を出て行った。二人は先生を見送ると屋敷を振り返った。
「んじゃ行くか。さっさと終わらせて帰るぞ」
「うん、行こう兄ちゃん」
奏と啓は再び屋敷の扉を開いた。
「まずはソルテを探さないとだな。心当たりは?」
「二階のソルテの部屋か、ソルテのお母さんの部屋のどっちかだと思うんだけど……」
「とりあえずソルテの部屋行ってみるか、屋敷に人の気配がしないのが気になるが……」
二人は足音を立てないように階段を上る。奏は部屋の前まで来たとき中から聞こえる呻き声に気がついた。
「ちょっ待っ……」
奏の制止も間に合わず啓はドアを開けてしまう。
「う……ぐ……」
部屋の中は本が散らばり、壁には傷がいくつもついて荒れていた。そんな部屋の中心でソルテは頭を抑えてうずくまっている。
「ソルテ!!大丈夫⁉」
ソルテの様子を見た啓が慌てて近寄ったその時だった。
「っぐ……!ぐわぁ!」
「あぶねぇ!」
啓の目の前に鮮血が散った。