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野木の気の記 (下)

「野木は知ってたのかよ。キングとシノが元セフレだって事……」


「何それ……」

 いきなり問題発言をした黛の顔が今にも泣きそうに歪んだ。

「さっきシノが自分で言ったんだ。アツキにレポート返された時『元セフレだった分ちょっとは多めにみてよ』って……」

 黛はキングの事、名前で呼び捨て出来んだ。すげーな。

 俺が呼び捨てしたら、バイトのクビと数学の単位が同時に吹っ飛ぶんだろうな……。 

 いや、そんな事どうでもいい。

 何言ってんだ、シノ。

 どうしたら熱々のカップル目の前にしてそんな事が言えるんだろう。

 お前キングに殺されるつもりなのか。


 すると向こうの理科準備室のドアがもう一度開き、中から今まさに話題沸騰中の色男が出てきた。

 すっきりとした表情でネクタイなんぞを締めなおしながら、こちらをチラッと見た後、ドアに鍵を閉めて何も無かったように向こうへ歩いていった。

「で、シノのせいでキングと修羅場ってきたわけ?」

「シノのやつ……普通ああいう事、思ってても俺の前で言う?」

 随分とご立腹だ。この表情だとキングとの交渉決裂とみた。

 本当は恋人として俺が謝るべきなのか。絶対無理だけど。

 シノがそういう奴だとは分かっていたが、キング相手となると結構イライラくる。その事を特に後悔してないあたりも。


「キングとは仲直り失敗……?」

 黛の顔が更に赤く染まった。こうやって見たら完全に女だ。

「……失敗って訳じゃないけど……。話したくないって言ったのに引っ張って行かれて、じゃあ許さなくていいから、とか言って無理やり……」

 最悪だ……。

 黛の火照った身体と、キングのさっぱりした表情の理由が線で繋がって、かなり引いた。

 だからか、ストッキングに派手に伝線がいってるの。足首から太腿にかけて大きく裂けていなければ、服装に無頓着な俺が素肌の様に薄いストッキングの存在に気付くはずがない。

 何考えてるんだ。あの変態教師。

 黛が女で俺が事情を知らない奴だったら、今すぐに警察に電話してる。

 そんな事されても仲直り失敗と言い切らないところが黛らしい。恋人同士ってのは何でも許されるから恐ろしい。

「合意の上だ」って言い張るんだろうな。キングの野郎も。

 みんなそう言うんだよ。強姦犯は。

 昼は隣のクラスの優しい副担任で、夜は恐れ多いキング。羊の皮をかぶった狼だと思っていたら、狼の皮をかぶった狼で、ただの狼だった。せめて日の照る内は羊の皮を着用しろ。

 俺の気持ちがグッと遠退いた事に気づいた黛が「あ、何も無い。忘れて……」と走り去った。

 そこまで気付かされて、忘れられるか。


 視聴覚室に入ると、シノが走り寄って来て、腕にまとわりついた。

 黛とは違い女子用の制服を着ている。身体が小さいからサイズがピッタリなんだろう。

 甘えた目線で見上げながら、身体を密着させてくる。

 人目を気にせずこういう恥ずかしい事をしてくるが、元々学校ではこういうキャラで通っているので誰も不審に思わない。

 何か話し掛けようとシノの口が開いたが、横から同じクラスの実行委員の女子のイライラした声が先に飛んできた。

「野木君、黛君見なかった? も――、踊りの練習始めたいのに――。まだ椎名先生との話終わらないのかな……」

「ああ、さっき廊下で会ったけど……」

 廊下で会ったけど……、すぐには来れないと思います。踊りの練習する前に、既に一汗流していたので。

 お前のせいでな……シノ。

 そう思いながらシノを見下ろすと「ユーキに会ったの!? なっ? やっぱり僕の方が可愛いだろ?」と無邪気にじゃれている。

「あの二人ほんと仲悪いよね――」

 隣のクラスの女子が登場した。

 長くなるぞ。この手の話を女子がしだすと。

「そうなの?」

「うん。だって黛君、椎名先生の授業全然聞いてないもん。問題あてられても真っ赤な顔して答えないし……。よっぽど椎名先生の事嫌いなんじゃない?」

「だから無理やり引っ張って行かれたんだ!? え――、でも意外! 黛君て頭も良いし、もっと真面目な子だと思ってた――」

 俺もそう思っていたかったよ。

「椎名先生も、わざと黛君にしつこく問題振ったりして結構怖いのよね――」

「あ――! わかる――! あの先生って優しいのに、たまに殺し屋みたいな目する時あるよね――」

 本性バレてんじゃん。すごいな女子の眼力。

「でも――、うちのノリちゃんは――そういう謎めいた所に惹かれちゃったってわけ!」

「きゃ――! 牧内先生本気なんだ――!?」

「ユミの話聞いた? この前ユミが放課後職員室に行ったらさ――」

 開始二分で噂話にリンクしていったので、放っておいて教室の隅にシノを引っ張って行った。


「ねえ――ひろとぉ――。なっ? なっ? 僕の方が可愛い?」

 目の縁を火照らせながら俺の腕に両手をまわして見上げてくる。

 可愛い。黛より遥かに。今ここで押し倒したいくらいに。

 そう本心を言ってやったら喜ぶだろうな。


「キングと元セフレなんだって?」


 もちろん本心は出さず、シノを見下ろす。

「あっ……。ユーキが言ってたの……?」

 無邪気な笑顔が急に曇り、気まずそうに俯きながら俺の顔をチラチラ覗く。

「まあシノの事なんて俺には関係無い事だから、どうでもいい」

 そう冷たく笑って背を向けた。

「ひろとぉ……」

 シノが呼び止めるのも聞かずに、視聴覚室を出た。


 理科準備室を通りかかった時に携帯が鳴った。

 シノからのメールだ。

『今日帰りに部屋寄ってもいい?』

 まあそう言ってくるだろうとは思っていた。

 ダメだって言っても、シノは絶対来る。

『その格好でならいいよ』

『じゃあ夜になるけど、練習終わったら寄るね』

 最後の文に絵文字を入れてきたあたりが、切り替えの早いシノらしいと思った。

 俺が返信した事に喜んでいるのが丸分かり。

 案外俺が簡単に許すとでも思っているのかもしれない。

 今晩来たらどういう事になるのか分かってんだろな、こいつ。

 絶対自分に歯止めがきかない自信がある。

 こんな部屋で一度押し倒したくらいじゃ許せない……そう思いながら消えかけた理科準備室のプレートを見上げて、携帯を閉じた。


 部活中もシノの事で頭が一杯になり、今日俺が放った矢は一本も的に当たらなかった。 

 

 

 

「シノ……好きだ。愛してる……」

 柔らかい癖毛を指で梳かしながら、ずっと言えなかった本音を可愛い耳に呟く。

 ただしシノの反応は無く、後ろから熱い脇腹に指を這わせると、返事の代わりにぐったりとしていた敏感な身体がピクリと痙攣した。


 さっきまで悲鳴のような喘ぎ声のリズムに乗って壁で踊り狂っていた影絵が、今はシノのすぐ隣に横たわり二人分の影を重ねてより深い闇を作っている。

 この影のように自分の身体もシノの身体も溶けて、渦を巻いて混和した後一滴の濃い液体になって落ちた。


「好きだ……シノ……シノ……愛してる……」

 相手の意識がある時には我慢してしまう言葉を、ここぞとばかりに吐き出す。

 

 こんなんじゃダメだ。

 シノを傷つけてばかりいる。

 五年も忍耐強く我慢したくせに、いざ手に入ってしまうと自分の性格を疑うほど嫉妬深く、我慢がきかない。

 


 あの夜、あんなに酔わなきゃよかった。

 黛をマンションまで送った帰りのタクシーで、シノがヤクザの組長を落したと得意げに自慢し始めた。

 いつもの事だった。

 軽く笑って聞き流していればいい。

 何年もそうやってきた。

 なのに、どういう訳か、最悪なことに……。本当に最悪なことに……初めて魔が差してしまった。

 シノが挑発に乗りやすい事ぐらい分かってたのに、いらない事を口にしたのだ。

 それから後の事はコマ送りの様にしか覚えていないが、思い出したくも無いくらい本能にまかせて、シノにひどい事をした。

 

 次顔を合わせた時には、明らかにシノの様子がギクシャクしていた。

 当然だろう。友達だと思っていたやつにレイプ紛いの事されたら。

 ずっと友達として隣にいようと決めていたのに、それも無理だと諦めるしかなくなった。

 ところが、俺の顔もろくに真正面から見れないくせに、やけに勉強を教えてくれだの相談があるだの言って、シノが俺のアパートに上がりこむようになる。

 特に何を話すでも無いのに、部屋に来てずっと俺の隣に座り込んでテレビを見ている。

 俺が崩した友情を修復しようとしてくれているのかと思っていた。だから何年か振りに部屋に泊まりたいと言い出したシノを泊めることにした。

「ヒロト……」

 ベッドから降りたシノが、床で寝ている俺の布団に背後から入って来て、初めて俺を下の名前で呼んだ。

 俺の腰に細い腕をゆっくりと回しながら、耳元で静かに囁く。

「ねえ……ヒロトは、エッチしたくなった時どうしてるの? ……一人でしてるの?」

 変な事を言い出したシノに後ろから抱きつかれて、身体が固まる。

「この前みたいに身体、貸してあげようか? 一人でするより、僕の中に出した方がずっと気持ち良かったでしょ?」

 シノが何をしたいのか初めて理解し、一瞬極度の緊張に陥り吐き気がした。

 背中の後ろにいるのは五年前から知っている同級生ではなく、眩暈がするほど艶っぽい声で俺を誘う小さな白い飢えた身体だった。

 こんな風に他の男も誘っているのかと思うと頭が煮え始める。

 でもこんな風にさせた原因は俺だと思うと、自分に一番憤りを感じる。

 シノは俺の身体しか見えていない。

 俺の顔も、目も、心も見ようとしていない。

 俺はその夜、今までで一番シノを遠くに感じた。


 それからの一ヶ月、目まぐるしいスピードで衝撃的な事が立て続けに起きた。

 生まれて今までで、一番苦しい夏だった。

 シノにあんな事をした罰だ。

 

「菅原が屋上から飛び降りた!」

 この言葉を聞いてから、病院でシノの母親に会うまでの記憶が、俺には無い。

 ただ血液が重力に耐えられず、頭から下に流れていく嫌な感覚だけを身体が覚えている。


 あの感覚を思い出すだけで、身震いする。

 それを緩和させるために、目の前の一度失いかけた大切な命を抱き締める。

「シノ……シノ……」

 情痕でまだらになった小さな背中にまた唇を付ける。

 

 俺はまだ罰を受けながら、罪を犯し続けている。

 シノを信じれずに、シノを傷つけてしまう。


「ん――、ひおとぉ――しのも……しのも、つきぃ――」

 あどけない声に口元が緩む。

 そういやシノは昔から寝言が多かったっけ。

 

 いつかお互いの目を見ながら同じ言葉を交わせたら、俺の罪が消えて罰も終わる気がした。


 もうすぐシノの誕生日だ。

 それまでに俺は変われるのか?

 柄にも無くシノを喜ばせる事でも考えてみるか。

 ちゃんと好きだと言って抱きしめてやりたい。


 リモコンでテレビの電源を切ると、消えると思っていた壁に重なった恋人達の影が、カーテンの隙間から差し込む弱い外の光に切り取られる。

 さっきより角度の違う、淡い優しいぼんやりとした影。

 罪深い若い恋人達が消えずに救われたような気がして、少しホッとする。


 今日は一日授業に出ないでシノと部屋でダラダラと過ごそう。

 キングのせいでこんな事になったのだから、授業の出席日数ぐらいどうにでもしてくれるだろう。最悪黛を人質にとってでも、シノの出席日数は守ってやる。


 溜め息をついて、シノに腕枕をしたまま身体をかえして天井を見上げる。

 隣の部屋の腐女子も今晩はご満悦だろう。


 それにしても問題山積みだ。

 

 シノの出席日数。

 シノの誕生日。

 学園祭後にできるであろうシノのファンクラブ。

 可愛すぎる恋人。

 どうしようも無い自分。


 差し込んだ朝日に照らされて小さな塵がキラキラと光ながら、煙草のヤニで汚れた天井に消えていく。


 こういうどうにもならない情況、何て言うんだっけ。


 ………………。


 ああ、思い出した……。



 受難だ…………。





 

                            (完)


という訳で、番外野木編終わりです。

野木とシノの関係が分かったような、分からなかったような、分からなかったような……(゜∀゜ )ノ結局ワカラン!!

一応シノの番外と対に考えていましたので、何箇所か同じフレーズが登場したりしてます。

長くなりましたが読んで頂き有難うございました!


次回はちょっとわかりませんが、お盆に入るまでに椎名視点の番外一本とブログの方にイメージ画なんかをアップする予定です。

新連載はお盆明けからになります┏○ペコ

今死ぬ気でプロット組んでますが、これがさっぱりまとまらん……。

では。


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