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裏の裏シノ (下)

 

 深く息を吐きながら個室が並ぶ廊下を歩いて行くと、前から俺を悩ませる病原体本人がトレイを持ちながら涼しい顔して歩いてきた。


 相手の反応を伺いながら近くまで歩いていくと、僕に気付いたのか一瞬顔をしかめて冷たい目で見下ろした後、視線を廊下の先に戻して無言で横を通り過ぎようとする。

「えっ!ちょっ……ヒロト……?」

 白いシャツに隠れているたくましい二の腕を掴む。

「こんな所で何してんだよ。また男あさりに来たのか?」

 見下した目で冷たく言い放った。

「そっ、そんなことする訳無いだろ! どうしてそういう事言うんだよ……キングにレポート渡しに来ただけ」

 本当はバイト中の恋人を覗いて一緒に帰ろうかと思っていたのに……浮かれた気分が急降下した。


 最悪だ。

 何でこの僕がヒロトなんかに溺れなきゃいけないんだ。

 この僕がだぞ? 

 半年前までは何百万もするを時計を言葉一つで買ってもらって、クルーズ船のウォーターベッドの上で眺めていた、この僕がだ。



 野木宏人(のぎ ひろと)は中学時代からの数少ない、本性を曝け出して喋れる親友の一人だった。

 二ヶ月程前までは。


「しかし、シノもさ――そんなおっさん相手によく満足できるよな――」

 そんな挑発に乗るんじゃなかった。

 泥酔したユーキをマンションまで送った帰り、タクシーの中で僕の客の話になった。

 その時僕はヤクザの組長の愛人になり調子に乗っていた上に、酒も入っていたのでそんな言葉に耳を貸してしまった。

「俺だったら……、俺だったら、そんなおっさんよりずっと満足させる自信あるけど」

 珍しく酔っ払っているのか、真面目な野木がそんな事を言い出したので、「じゃあ満足させてもらいましょうか」と酔った勢いに任せて挑発に乗り、そのまま野木のアパートにふわふわと浮く身体を引っ張り込まれた。

 

 人を惹き付けるためには、テクニックも経験も時間も、何よりお金が必要なんだよ。

 部活一筋の青春野郎に、僕の気が引けるわけが無いと高を括っていた。

 それが大きな間違いだったんだ。

 

 玄関に入るなり、真っ暗な廊下で押し倒された。

 野木はさっぱりとした性格なので、一度関係を持ったからといって今までの友情をギクシャクさせるような男じゃない。

 だから大丈夫だ。と思っていたら、最悪なことに――、本当に最悪な事に……自分の方が堕ちてしまった。

 若いってすごい。

 一度の過ちで、野木の身体が忘れられなくなるくらい一気に溺れた。それ以降まともに顔すら見れなくなった。

 全国大会出場を何回も果す弓道部のホープの実力を教えられた。

 テクニックの無さを感じさせない程の体力と、行為の荒さに身体が虜になった。

 

 何とか一度深くなった関係を保たせたいと必死になったが、金の関係じゃない野木の気を引くためには、まず自分が本気で相手を好きになる事が必要だと気付く。

 やっと野木が振り向いてくれたと思った時には、もう野木のためなら死んでもいいと思えるほど深い泥沼に自分がはまり込んでいた。

 生まれて初めて自分の身体が汚いと感じた。今まで身体を売って来た事を心底後悔した。

 どうにかして野木の事を忘れようと手当たり次第遊んで、組の若頭なんぞを本気にさせたものだから、自分のせいでヤクザの組が一つ内乱で消えそうになった。おかげでキングの手を煩わせる破目になる。

 その時に僕にとっては衝撃的な事件が何度か野木の目の前で起き、もう全てどうでも良くなって学校の屋上の手すりに足を掛けた。



「そんなの信じると思ってんのか? 今日の放課後も三年の奴と教室でイチャついてたくせに」

「違う! あいつは学園祭の実行委員会の奴で……パクパクに出演してくれって言われたから、断ってただけ……」

 うちの高校の学園祭ではパクパクというくだらない催しが開かれる。

 ステージでアイドルに扮した男子生徒が口パクで踊るという悪趣味なイベントだ。その馬鹿みたいなイベントが学園祭のメインで、これが何故だか刺激を求める高校生に大受けする。

 学内の人気投票で選ばれた生徒が女装するだけあって、その辺のニューハーフよりは高いクオリティーを博しており、学園祭後には他の学校でもファンクラブが立ち上がったりする。

 去年も出演してくれと要請があったが、高校生みたいな金の無い連中にモテモテになっても無意味なので今年も丁重にお断りした。

「なんだ、パクパク断ったのか……。まあ今年は黛が出るからシノが出てもな――あいつ可愛いから、絶対女装似合うし。俺練習見に行こ――」

「な、なんだよそれ……」

 なんでそんな不安にさせるような事言うんだよ……。

 ちゃんと付き合ってくれるって話じゃなかったのかよ。

 ユーキなんかより僕の方が絶対可愛いに決まってるのに。

 

 ニヤニヤと悪戯に笑うヒロトと睨み上げる。

 本当にムカつく。

 なんなんだよ、こいつ。

 ヒロトといると全然自分のペースが掴めない。

 僕がどれだけお前の事で悩んで泣いてボロボロになったと思ってるんだよ。

 もっと金持ってて、僕の我侭何でも聞いてくれる優しい奴が好きだったはずなのに。

 何でこんな奴に溺れたんだ。どうしたら忘れられるんだ。


「お前さ――、マジでいい加減、調子乗んなよ……」

 また僕の前から立ち去ろうとするヒロトの背中に、我慢できなくなって低い声で呟いた。もう限界だ。

 

 振り返ったヒロトは無表情で目を細め、いきなり僕の胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。

 背中に衝撃と痛みが走り、顔を歪める。さすがに弓道部員の腕力はすごい。

 壁に背中を押し付けられ、至近距離にヒロトの見下した冷たい目がある。


 そんな視線くらいで怯んじゃダメだ。

 今日こそはっきり言ってやる。

 ちゃんと付き合おうって言い出だしたのはそっちなのに、どういうつもりだって。

 あの時好きだって言ってくれたのは嘘だったのか?

 どうしてそんなに僕の事不安にさすような事ばかり言ったり、したりするんだよ。

 本当に言ってやる。

 そっちがその気なら、別れてもいいんだぞって……。


「何か、言ったか?」

 ゆっくりと挑発するように、ヒロトの唇が間隔十センチに迫る。


「別に……。……せっかくヒロトと一緒に帰ろうと思ったのに……」


 畜生。

 目の前で見つめられると、言いたいこと一つ言葉にならない。

 唇を突き出して拗ねたガキみたいにヒロトを睨む。


「もしかして、そのためにここ寄ったの?」

 ニヤつく顔がまたむかつく。

「悪いかよ……一応僕達付き合ってんだろ?」

「一応……ねえ……」

 一応という言葉に気を悪くしたのか、元の怖い顔のヒロトに戻った。


「ご、ごめん……。好きだから、一緒に帰って下さい……」

 瞳を伏せて、耳朶が熱くなるのを感じながら、小声で呟いた。

 

 もう嫌だ。

 なんで僕がこんな台詞吐かなきゃいけないんだ。

 ちょっと前までは組長相手に、ヤクザの若頭相手に同じ台詞吐かせる立場だったのに。

 どうして自分のペースに持っていけないんだ。

 悔しくて涙が込上げて来た。


「しゃあないな――シノは。じゃあ先アパート帰ってろよ」

 ヒロトの手がズボンに触れて、ポケットの中にガシャリと重たい物が落ちた。

「風呂入って一眠りしてろよ。……今夜は寝かさないと思うし――」

 そう耳元で囁いて、薄く開いた口の隙間から舌を滑り込ませてきた。

 掻き混ぜられる口内でペアの舌ピアスが昼休みの屋上以来に鈍い音でこすれ合う。

 学校では頼り甲斐があって、テキパキ後輩をまとめる堅くて真面目そうなヒロトの身体の内側で、自分とお揃いのバーベルが舌を貫いているという事実だけで脳が痺れる。

「んっ……」

 のぼせて鼻呼吸を忘れていたので、苦しくなって泡立った涎と一緒に、声が口の端から漏れ出す。

 こんな場所でキスして誰かに見られたらどうするんだよ……バカヒロト。

 チュッとわざと音を立てながら唇を離して、ヒロトが余裕の表情で笑う。

 キス一つで顔面の血液が沸騰している自分が情けない。


 今夜もあの汚くて狭いボロアパートの安いパイプベッドの上で喘がされると思うと、気は重くなるのに、身体はヒロトの肌を思い出してゾクリと鳥肌立つ。

 プレミアムスイートの天蓋付きキングベッドが恋しい。

 それにあんな薄そうな壁じゃ声が筒抜けだ。

 隣に住んでるのが腐女子だから大丈夫とか、そういう問題じゃねえんだよ。

 

 ダメだ。ちゃんと言おう。

 言う事ならいくらでもあるんだ。

 ベッドで、もっと僕の身体を気遣えとか。

 我慢してるのにわざと喘がすような事するなとか。

 恥ずかしい事言わせて泣かせるなとか。

 変なことさせてニヤニヤ眺めてんじゃねえとか。

 好きだとか愛してるとか、そういう事はこっちが気失う前に言えとか。


 堅く決心して、厨房に引き返そうとするヒロトの手を掴む。

「おい! ヒロト……」


 振り向きざまの一瞬無防備な顔が格好良すぎる。


「何だよ」


 そう動く唇の隙間から弱いシルバーの光がチラつく。


「いや……あのさ――。……は、早く帰って来てよね。たぶん……眠れずに、待ってるから……」




 十字路の角をヒロトのアパートの方へ曲がって足を止める。

 ポケットに突っ込んだ指先でアパートの鍵に触れながら、大して星も見えない多角形の夜空を見上げて紫雲を吐き出す。

 



 ……………………。



 受難だ……。

 

 



  

 

 


とりあえずシノ視点の番外終わりです♪


あっ!ちなみに無理な設定に思われがちのパクパクイベント(口パクで踊るからこのネーミング?)ですが、実際存在しました。Σ(ノ)゜Д゜(ヾ)マジデカ!? 16が在籍していた高校の学園祭で。BL好きにはかっこうの餌食なのでたまに小説に登場します……

いや〜一緒に見ながら踊ったもんです、モー娘。下手なアイドルより全然可愛い……そしてステージ前に群がって色めきだつ男子達。もう手の届かないアイドルより目の前の同性なんだろな……。そんな景色を涎垂らしながら変態さながら見つめておりました。あぁ青春だったよね……あの頃。


次回の更新は明日かな〜と思っております。

野木視点か椎名視点。どちらになるかは未定です。

ちょっと最近忙しいため見直し・手直しが疎かになっております(´゜∀゜`;)

なのでちょこちょこ修正入るかも……・゜・(PД`q。)・゜・ゴメンナサイ。

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