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裏の裏シノ (上)


 裏口から中に入り、目の前に現れたドアをノックして開ける。

「しつれいしま――す」

 一応部屋に入る断りを取って付けた様に添えるが、ここは職員室ではない。

 しかし部屋の中にいるのは教師だ。

 僕が通う高校の数学教師で、隣のクラスの副担任でもある。


 部屋に入って一瞬固まった。

 ……最悪だ。

 中には教師だけではなく、僕と同じ制服を着た生徒がもう一人いる。

 その生徒は、黒いカウチソファーに足を伸ばしてくつろいでいる教師の首に覆いかぶさる様に抱きつき、こちらを背にして必死に教師の唇を貪っている。

 夏休みも終わってまだ残暑が残る夜半に、この部屋にだけまた違った桃色の熱気が漂う。

 顔を見なくても、隣のクラスの親しい友人だと分かった。


「なんだ、シノか」

 離れようとしない生徒の顔を左手で引き剥がしながら、教師が恥ずかし気もなく邪険に言いはらった。

 キスを中断された生徒の方は「んっ……」ともう一度唇を重ねようと必死に教師の顔を追いかける。

「ちょっとの間だから、いい子にしてろ」と僕に向けた声とは比べ物にならない優しい声で教師がなだめるが「やっ……何で? アツキはユキの事嫌いなの……?」と生徒の方が泣きそうな表情になる。

 その生徒はとろんとした涙目で、僕の来室に気付いているのかいないのか、とにかく目の前にある教師の唇だけを目で追っている。

 目じりから頬にかけて薄桃色に上気しており、「そんなわけないだろ」と教師に触れるだけのキスをされると、少し不満げなまま眠たそうに瞼を半分落とし、教師の肩に頬を預けてぼんやりとし始めた。

 あの雰囲気じゃ相当飲ませたな。

「シーナせんせ――、レポート持って来ました――」

 いかにもダルイですと言わんばかりの声で言った。

「いいか? シノ。いくら締切日でも、そういう物は授業時間内に渡せ!」

「ここ置いときま――す」

「あとお前、何回同じレポート出しゃ気がすむんだよ」

「そっちこそ何回同じレポート出させたら気がすむんですか?」

 入院中の出席分を補うための補習レポートを再提出すること五回。もうすぐ秋だ。

「いい加減勘で答え書くのやめろ!」

「先生こそ、生徒をそんなに酔わせてセクハラするのはやめて下さい。変態。犯罪者。淫魔」

「淫魔って……これは同意の上だ」

「みんなそうやって言うんです。強姦犯は」

「あのな――。お前ちょっとは目の前の事に対して真面目に取り組めよ」

「いや、うるさいよ。それキングにだけは言われたくない」

「ちょっとはユキヤを見習え。なあ?」

 キングが顔の横にある頭を撫でながら覗き込むと、ユーキが嬉しそうに「ん――――っ」と唇を寄せ、また深い口付けが再開した。

 

 ユーキ、僕の存在なんか気付いちゃいないんだろな。

 今の情況を後で知ったら顔から火吹いてその場に崩れ落ちるんだろうな。

 慌てた学年首席を想像してちょっと笑えた。

 勉強は出来るくせに割と鈍感で、周りの人間の変化や思考が全く読み取れない奴だ。

 僕とキングがずっと前から顔見知りだって事も、ちょっと神経を使えば気付きそうなものなのに、今この瞬間も気付いていない。



「俺の前に天使が堕ちてきたんだよ……だから、教師になる」

 一年半ほど前、この部屋に帰って来るなりそう言ったキングを見て「ああ、こいつもついに逝っちゃったな」と思った。

 金に物言わせて、自分の欲しい物を手に入れるためなら手段を選ばない最悪な男だったが、ずっと前にセフレだった腐れ縁から行く末を気にしていた。

 とっかえひっかえ好みの人間を買いあさり、薬中で言動がおかしくなり始めた頃からそろそろやばいと感じていたが、ついに冬の寒い日、また幻覚でも見たのか訳の分からない事を言い出し、教師になると言い残して雪が舞う町に消えて行った。

 ところが、もう会うことも無いだろうと思っていたら、ある日ヨレヨレのスーツを着てDEEP BLUEに帰って来たのだ。

 それも頭のおかしさが逝くところまで逝ったのか、本当に教師になって帰って来た。

 薬中でボロボロだった男からは想像も出来ない程、純粋で貧乏そうなタダの青年に見えたので、初めはキングだと気付かなかった。

 その日はちょうどDEEP BLUEにユーキも来ていて、僕が個室で変な声を出したからトイレで何考えてるんだと怒られた。こんな場所でイチャつくなんて考えられないと憤慨していたが……今のユーキにそのまま返すよ。

 僕とユーキが一緒にいる所を見たらしいキングが、帰って来たその日からユーキの事を根掘り葉掘りと僕に問い質す様になった。

 会うたびにユーキユーキとうるさいので、そんなに知りたければ自分で聞けばいいし、気に入ったなら前みたいに金で買えよと言ってやると「そんな資格、僕には無い。教師として支えてやれるだけでいいんだ」と吐き気のする台詞をキングが呟いたので、もうこの世も末だと悲しんでバーテンの吉野と一晩飲み明かした。

 するとユーキはユーキで椎名が副担任になって早々「あいつはキングの買い物だ」と訳の分からない事を言い出す。いよいよ頭のおかいしな奴らに囲まれた。


 それからしばらくして、僕の入院中にユーキが姿を消したらしく、毎日の様に病室に来てはユーキの居場所を聞かれた。知らないと答えると、キングともあろう者が見た事も無いような暗い表情で落ち込みやがるので、こっちは気持ち悪くて治るものも治らないで迷惑この上なかった。

 ユーキがいなくなってから椎名は元のキングに戻ったように性格が荒れ出した。

 ある日、北川というDEEP BLUEに出入りしていた男を半殺しにしてユーキの居場所を聞き出し、それ以来病室に現れなくなった。


 次にキングに会ったのは、夏休みの登校日に形だけでも「ご迷惑をお掛けしました」と教師に挨拶周りをしていた職員室だった。

「いやほんと、ご迷惑だったよ。あのせいで黛は体調壊しかけたんだからな……。マジで呼吸器のコンセント抜こうと思ったよ」

 他の職員が教室へ向かい姿を消したのをいい事に、数学教師の爽やかな笑顔でそう言い残し、僕の肩をポンポンと叩いて職員室を出て行った。

 冗談ではなく本気に違いない……そういう男だ。

 だから今僕が生きていられるのはユーキのおかげとも言える。

 危うく神様がくれた人生再挑戦のチャンスを空気の読めないキングによって強制終了させられるところだった。

 もう絶対やめよう……自殺なんて……結局他殺されちゃうし。


 ただし椎名に迷惑を掛けたのは事実だった。

 キングとしても教師としても迷惑をかけた。

 僕の軽率な行動のせいで身体を売った男と一悶着あり、キングのコネが無ければ今頃僕は保護観察処分だ。

 


「しつれ――っした――」

 適当に頭を縦に振って部屋を出ようとする。

「おい、シノ! お前この前の小テスト全然だったから、中間本気でがんばれよ――。あと問題分からないからって解答欄に変態って書くのやめとけ。次したら単位無いからな――」

 丸が付いて三点プラスされていたので気付いていないと思っていたら、気付いていたのか。ちゃんと自覚はあるんだな……変態教師。

 だいたい変態に変態って言って何が悪いんだ。ユーキの惚気兼悩み相談を聞く限り、どれだけ良心的に見積もっても変態としか呼びようがない。   

 「あと外から鍵閉めて、裏口の郵便受けに放り込んどいてくれ!」

 声と一緒に小さな金属が背中に飛んできた。

 振り返って足元に落ちた鍵を拾いながら見上げると、高校生の恋人とイチャつくために新調されたカウチソファーで、生徒が教師の舌を絡め取りながらYシャツのボタンを外して脱がしに掛かっていた。

 なんなんだろう……こいつら。

 溜め息交じりに部屋を出て外から鍵を閉め、裏口から身を乗り出して郵便受けに小さな金属音を落とした。

 裏口を閉めると、背中にあるドアから早くも親友の際どい喘ぎ声が漏れていた。


 ユーキがこんなに色っぽい声を出すとは知らなかった。あの時英語の課題じゃなくてやっぱり身体で返してもらえばよかった。

 それにキングがあんなに優しい表情をする事も知らなかった。ユーキの事となると急に余裕が無くなる所も可愛い。セフレ解消しなきゃよかったかな……。

 昔の僕ならきっとそう思ってる。

 残念ながら今の僕はそんな事を考えれる程心にゆとりが無い。

 完全に悪いものに取り憑かれている。病気だ。

 その悪いものからどうやったら逃れる事が出来るかだけをひたすら考えている。


 深く息を吐きながら個室が並ぶ廊下を歩いて行くと、前から僕を悩ませる病原体本人がトレイを持って涼しい顔して歩いてきた。

 




今後のキングの買い物の番外は全てこちらにまとめさせて頂く予定です。

宣言通り一話目はシノ視点でのストーリーをアップさせて頂きました。

時間軸は本編の後(夏休み明け)です。

本編では触れなかった裏側を少し分かっていただけると嬉しいです┏○ペコ

思っていたより長くなりましたので二話に割りました。

二話目の更新は月曜朝になる予定です。

ブログの方では土曜の夜に二話目を予約投稿するので、また一話ブログから遅れます(;´・ω・`)ゞごめんなさい


一度適当に書き上げた後編付きの手直し前のボロボロな文を間違えて投稿してしまいました。

慌てて修正かけましたが……恥ずかしすぎるのでどうか読んでいた方がいませんように(人'д`o)

もしいたとしても、えっ?手直し後とあんまり変わらないけど?って思わないようにお願いします( ゜д゜)……

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