第9話 没落へのカウントダウン
ミウは事務所に入ってくるなり、大きな声でカイルに向かって話し出す。
「待ってください! なぜ、ガウディがカイルさんの事務所にいるんですか? 今日は、私とカイルさんの契約更新の日じゃ……」
ミウが慌てた様子でまくしたてる。それを見たガウディがニヤッと笑い、威圧するような声で語りだす。
「よぉーお、カイルの元ビジネスパートナー、ミウお嬢様! アンタの代わりに、オレがカイルと専属契約を結ぼうと思ってなぁ! 今まさに契約ってところなんだよぉ」
天敵を前にすると、虚勢を張るのだろうか。先ほどとは打って変わって、強気な態度でガウディはミウと対峙する。
「な、なんですって!? カイルさん、本当なんですか? なんで……」
ミウが動揺した様子でカイルに話しかける。
「はい。ミウ様にはとてもお世話になっておりますが、ガウディ様はミウ様の3倍の納品契約を結んで頂けるとのことで。ガウディ様と独占販売契約を結んだ方が弊社のメリットが大きいと判断しました。これもビジネスですので……」
「そ、そんな!!」
動揺するミウに、ガウディが畳みかける。
「残念だったなぁ! スキンエリクシルで成り上がろうと画策してたみたいだが、これでぜーんぶ水の泡だ! お前は道端で物乞いをしてるのがお似合いなんだよ!」
キッとガウディを睨みつけるミウ。そして、ガウディが右手に持つ契約書に目をやる。
「その契約書……まだサインしていませんね。カイルさん! 契約はまだ成立していない! そうですよね!」
「は、はい。ガウディ様は一晩慎重に検討したいとのことで……正式契約は、明日以降になると思います」
「そ、そうですか。それなら! 私は今までの4倍の納品契約を結びます! ですので、私と独占契約の更新をしてください!」
「4倍ですか……うーむ……」
ミウの必死の訴えに、カイルの心が揺らぐ。その様子を、不安そうな面持ちでガウディは眺めていた。
「お願いです! あとちょっと……あとちょっとなんです。もう少しで、オースティン商会からの出資を勝ち取れそうなんです! そうすれば、ミネルヴァ商会と肩を並べる資金力を手にできます! オースティン商会と提携できれば、ガウディからミネルヴァ商会を取り戻すことだって……」
ミウの言葉に、ガウディの顔から血の気が引いていく。オースティン商会。ウェストミンスト周辺で最大の都市・ケンジンストを代表する商会だ。ミネルヴァ商会の5倍程度の規模を誇る。もし、ミウとオースティン商会が手を組むのであれば、ガウディにとっては大きな脅威だ。
「オースティン商会! それはまた、目の付け所がいいですね。あそこは武器や防具、食品に強いですが、医薬品に弱みがある。そこへ、スキンエリクシルで売り込みをかけたわけですね。さすが、ミウ様は先見の明がある」
カイルが感嘆の声を上げる。ガウディはまだ、固まっている。
「……なんとか、お願いします。今、スキンエリクシルを失うと、オースティン商会との提携の話も破談になってしまう……あと少し。あと少しなんです……」
消え入りそうな声で、ミウはカイルに懇願する。
「ミウ様……」
そう言いながら、カイルはミウにゆっくりと近づいてゆく。
――舞台は、整った。カイルはガウディに背を向けて歩きながら、心の中でつぶやく。
金欠のガウディの目の前には、金の成る木。金を手に入れたいというガウディの欲望を煽る。そしてミウが、目の前でガウディの契約を阻止しようとしている。ミウを恐れるガウディの焦燥を煽る。
『欲望』と『焦燥』。ガウディの弱点を突いたカイルの戦略。金を手に入れるために。ミウを今一度奈落の底へ落とすために。契約を結ぶ舞台は整った。
さあ、ガウディ! 今こそ契約書にサインするんだ! カイルは心の中で叫ぶ。
「クククッ」
突然部屋の中に響く、笑い声。声の主は、ガウディだった。
「クク、カハハハハハ!! 残念だったな、ミウ!!!」
ガウディが、大きな声で笑いだす。もしや、作戦がバレていたのか? カイルとミウに緊張が走る。
「契約書はもう、オレの手元にあるんだよ! これにサインさえすれば、オレの勝ちだあァァ!!!」
そう言うや否や、机の上に契約書を置き、横に転がっているペンを手に取るガウディ。どうやら、作戦はバレてなどいなかった。いやむしろ、完璧に作戦通り、ガウディは罠にはまっていたようだ。
カッカカ……カッカ……
シンと静まり返る部屋の中、ガウディがペンを走らせる音だけが響く。その音は、まるでガウディを破滅へと導く秒針のようであった。ガウディの終わりへのカウントダウンが、今まさに刻まれている。
「契約完了……だぜ!! もちろん、契約は有効だよなぁ! カイルさんよぉ!」
ガウディがサインを終えると、ポウッと青白く契約書が光る。《詐欺師の契約書》が成立した証だ。
(よし! これでオレたちの勝ちだ!!)
カイルが勝利を確信し、心の中でガッツポーズを取る。
「ええ。もちろん契約は有効ですよ、ガウディさん」
ニヤっと笑うガウディ。どうやら、ヤツも勝利を確信しているらしい。
「今後ともよろしくなぁ! カイルさんよぉ! 来月分のスキンエリクシルの支払いは、今日中に部下にもってこさせるぜぇ!」
カイルがそう言うと、カイルはニコッと笑う。
「ありがとうございます。納品は、一週間後になりますので、それまで少々お待ちください。ミネルヴァ商会宛てに、郵送でお届けいたしますので」
カイルの返答を聞いた後、ガウディはミウの方を向く。ニヤニヤした顔を浮かべながら、ミウに言い放つ。
「ミウ! これでお前は終わりだ! お前のビジネスも、オースティン商会との提携も、ぜーんぶ!! 水の泡だぁ! お前は俺には、一生勝てねえのさ!! ハーッハッハッハ!!」
ガウディは捨て台詞を吐き、大声で笑いながら事務所を後にする。バタン! と扉が乱暴に閉められ、ガウディの姿は見えなくなった。
「ようやく終わりましたね、カイルさん」
ミウはカイルの目を見つめながら、感慨深そうに語りかける。
「いや、これからが始まりだ。ガウディの終わりの……始まりだ。ヤツが落ちぶれていく様を、最後までじっくり見てやらないとな」
そう言うと、カイルはソファに腰掛け、サイン済みの《詐欺師の契約書》を手に取る。さあ、仕上げに向けてもう一仕事だ。数か月後の未来に思いを馳せるカイル。その瞳には、絶望に打ちひしがれるガウディの姿が映っていた。
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