第8話 スキル・詐欺師の契約書
3日後、ガウディがカイルの事務所にやってきた。ガウディは、自分の意志でカイルの事務所に来たと思っているはずだ。だが、それは綿密に仕掛けられたカイルの罠であった。
カイルは、『製造元の住所』が書かれたラベルをスキンエリクシルの瓶に張り付けていた。ガウディは金欠で、どうしてもスキンエリクシルの卸売り契約が欲しいはずだ。瓶に住所を書いておけば、後日ガウディが事務所を訪れる可能性は高かった。
結果、ガウディはまんまとカイルの事務所を訪れたというわけである。
バンッと勢いよくドアが開く。
「邪魔するぜぇ。えーっと、カイルさん、だったっけ?」
いつも通り横柄な態度で、ガウディがずかずかと事務所に入ってくる。
「はい。先日はお世話になりました。それで、どのようなご用件でしょうか?」
カイルはニコっと笑みを浮かべながら答える。何かを期待している、そうガウディに思わせるための意図的な笑みだ。
「ああ。今日はビジネスの話で来たんだ。ミウの奴との契約を取りやめて、オレと取引してくれねーか? アイツの3倍は売ってやることを約束するぜ」
「3倍も? それは……とても魅力的な提案ですね」
カイルは腕を組み、考え込むフリをする。3秒ほどの沈黙のあと、カイルが続ける。
「そうですね。実は2日後がミウ様との独占契約の更新日なんです。その時に、是非とも詳しくお話を聞かせていただきたいですね。前向きに検討させていただきます」
ガウディの口元が緩む。どうやら、カイルの返答に満足したようだ。だが、カイルはさらに畳みかける。
「せっかくご足労頂いたのに、手ぶらでお帰りいただくのは忍びないですね。――スキンエリクシルを200本ほど、お土産にいかがですか? 500ゴールドで飛ぶように売れる商品ですが、特別にタダでお譲りしますよ」
「ほう、いいのか?」
ガウディはニヤッと口元に笑みを浮かべながら答える。
「はい、もちろんでございます。ミネルヴァ商会のガウディ様に、わが社の商品をよく知っていただくチャンスですから。いわば先行投資というやつです。それに、これは『お土産』です。ミウ様との専属契約上も問題ありません」
「話がわかるな。それじゃあ、頂いていくぜ」
ガウディは無遠慮に200本のスキンエリクシルをカバンにつめていく。小瓶を見る目は、まるで獣のような光を帯びている。『200本×500ゴールドは…10万ゴールド!やったぜ!』とでも心の中でつぶやいているのだろう。――ガウディが金に困っているという情報の正しさを確信するカイルであった。
足早に事務所を立ち去るガウディを見送りながら、カイルは言う。
「それでは、2日後までに契約書を用意しておきます。ぜひ、ご一考願います」
ガウディが見えなくなるまで、深々と頭を下げるカイルであった。その後、事務所入り口の扉を閉め、ドカッとソファに座るカイル。
(どうやら、撒き餌は十分のようだ。だいぶ食いつきがよかったな)
(二日後、スキンエリクシルの人気を目の当りにしたガウディは、さらに契約に前のめりになるだろう。あと一押し……あと一押しだ)
勝利間近。不敵な笑みを浮かべるカイルであったが、油断はみじんもない。運命の日に向けて、入念な準備を行っていくカイルであった。
***
2日後。カイルのデスクの上には、一枚の『契約書』が置かれている。それは、《詐欺師の契約書》と呼ばれる特別な契約書。カイルはその紙を手に取り、一字一字、入念にチェックしていく。
「よし、問題ないな」
カイルは机の引き出しの中に契約書をしまう。フーッと息を吐き、カイルの表情が少し緩む。だが、すぐに口元を引き締めなおす。ガウディがこの書類にサインをするまで、一時も気を抜けない。
「あとは、ガウディを待つだけか……」
カイルは机の上に両肘をたてる。口元の前で両手を組み、少し緊張した面持ちで目をつむる。すべての準備は万端。舞台は整った。
不意にガチャッとドアが開く。ガウディが、2日ぶりにカイルの事務所にやってきた。
「邪魔するぜぇー! 2日ぶりだな、カイルぅ」
いつの間にか呼び捨てにされ、少しイラっとしたカイルだったが、気取られないように表情には出さない。
ガウディはそのままドカッと来客用ソファに座りこむ。ガウディの目の前には机があり、その奥にはもう一つのソファがある。カイルは引き出しの中から契約書を取り出し、椅子から立ち上がる。そして、ガウディの目の前のソファへと移動する。
「お久しぶりです、ガウディ様。お土産の方は、いかがでしたか?」
カイルはニコッと笑いながら、早速スキンエリクシルの話をする。
「あぁ! 3時間で売り切ってやったぜぇ! 一日で10万ゴールドも儲けちまった! 昨日は酒場で豪遊だったぜぇ」
……コイツには節制と言う言葉はないのだろうか、カイルは内心あきれ果てていた。だが、顔には出さず、ガウディをさらにヨイショする。
「さすがガウディ様でございます! 3時間で200本も売ってしまうとは! ミウ様より3倍売るというお言葉通りですね」
「ああ。オレ様の才能にかかれば、一日1000本だって売って見せるさ。どうだ?オレの方がミウよりビジネスパートナーとして相応しいだろう?」
ガウディが自信満々に続ける。
「それで……専属契約の件、ぜひ考えちゃくれねえか?」
ガウディが目を光らせながら言う。その目は、まるで極限の飢えの中、目の前に肉の山を置かれたハイエナのようであった。金に困っているガウディの前に置かれた、金の成る木。なんとしても独占契約を勝ち取りたいというガウディの内心はダダ洩れだ。
「弊社としても、ぜひガウディ様と専属契約を結ばせて頂きたいと思っております。ミウ様には大変お世話になりましたが、やはりガウディ様と取引させて頂いた方がメリットが大きいと判断いたしました」
ガウディがニヤっと笑う。
「こちらが――《契約書》になります」
契約書をガウディに見せる。――ついに始まる、勝負の時だ。
契約書の中身を要約すると、次の通りである。
①ガウディは、1日600本のスキンエリクシルを購入する。スキンエリクシルの卸売価格は、1本あたり300ゴールドである
②代金は翌月分を一括で支払う
③カイルは、ガウディ以外にスキンエリクシルを販売できない(独占契約)
④契約期間は6ヶ月間
「一日600本――ミウの3倍の量か。ミネルヴァ商会なら難なく売りさばける量だな。300ゴールドで仕入れて、500ゴールドで販売……一日当たり12万ゴールドの儲けか。悪くない」
ガウディが小声でつぶやく。やはり頭の中は金でいっぱいのようだ。一通り契約書を眺めた後、ガウディは口を開く。
「契約内容は問題ないぜ。よし、サインだ」
ガウディはそう言い、契約書の隣に置いてあるペンをとる。その瞬間、ガウディの表情が一変する。何か怖いものでも見たかのような表情。急にあふれ出る大量の汗。ペンを握りしめたまま、ガウディは黙りこんでしまった。
――《詐欺師の契約書》の効果だ。
ガウディが読んだ契約書の項目は4つ。だが、実は5つ目の項目がこの契約書には隠されている。そして第5の契約項目こそ、カイルが仕掛けた最大の罠であり、ガウディを破滅へと導く一文だ。
ガウディは第5の契約項目を知らない。だが、スキル《詐欺師の契約書》の効果により、サインすることに大きな抵抗感を感じているのだ。目の前にあるのは、自分を破滅へ導く契約書。ガウディは恐らく、言いようのない不安と恐怖に襲われているのだろう。
「どういたしましたか?何か契約書に不備でも?」
カイルは緊張を解こうと、ガウディに話しかける。ここからは、『ガウディを丸め込む』作業だ。詐欺師としての真価が問われる。
「い……いや、契約書に問題はないんだがな。万が一、毎日600本を売れないなんてことがあれば――なんて考えてしまってな」
ガウディはかなり弱気になっているようだ。カイルはガウディの自尊心を刺激することにした。
「何をおっしゃいます! たった3時間で200本ものスキンエリクシルを売り切るという辣腕を振るったばかりではないですか! 1日600本程度、ガウディ様なら片手間で売ってしまうのではないですか?」
この一言。この一言を言うために、カイルは2日前、ガウディに『お土産』を渡したのだ。ガウディは、スキンエリクシルか飛ぶように売れることを知っている。そして、実際に売ったことがある。この自信は、必ず契約書のサインへとガウディを後押しする。
「そ、そうだな。商品と契約個数には問題ないよな。何も、問題ないはずだ」
ガウディは自分を納得させるように、『問題ない』と繰り返す。言いようのない不安と、金銭欲とがぶつかっているのだろう。言葉では納得しているものの、感情面で不安感を払拭出来ないようだ。契約書をにらめながら、黙り込む。
「すまねぇが、一旦持ち帰らせてくれねぇか?一晩じっくり考えたい。じゃあな」
思ったより、ガウディは慎重なようだ。ガウディは契約書をもってソファを立ち上がる。
まさにその時、事務所入り口のドアがバンッッ! と勢いよく開く。
「待ってください! カイルさん!」
事務所に勢いよく入ってきたのは、ミウであった。
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