第6話 ガウディ「ざまぁ」計画~始動~
作戦会議から3日後、ついに作戦は始動する。
「スキンエリクシルは、私に任せてください! 必ず、ヒット商品にして見せますよ!」
早朝、カイルの家のリビングルーム。朝食を終えたミウは、カイルの前で、そう宣言する。その背後には、100本のスキンエリクシルがズラッとならぶ。
カイルが3日間《錬金術》で作ったお金は、ほぼ材料費に消えていた。
「ほう……頼もしいな」
カイルはニヤっと笑いながら言う。その目は、ミウへの信頼感に満ち溢れていた。
「私も商人の端くれですから! 3日間、部屋で販売戦略を練りに練りました! かなりの自信作ですよ♪」
ちなみに、ミウはカイルと出会った日から、カイルの家に同居している。幸い、カイルの家には両親が使っていた部屋が余っていたため、そこをミウの部屋にあてがった。
「ああ。頼りにしてるよ。――じゃあ、出かけようか」
カイルとミウは、100本のスキンエリクシルとともに、街の中心部の広場へと向かっていった。
「それで、どうやって商品を売っていく?」
目的の場所に着き、カイルがミウに語り掛ける。カイルの目は、ワクワクとした好奇心で満ち溢れていた。ミウがどんな販売戦略を立てたのか、カイルはずっと楽しみだった。
「はい。まずはこの100本のスキンエリクシルを……無料で配ります!」
「な……そ、それは斬新だな……」
カイルが驚くのも無理はない。タダで商品を配るなんて、聞いたことがないからだ。ミウの戦略の意図を図りかねている。
カイルの様子を見たミウは、チッチッと右手の人差し指を横に振りながら、得意気に解説を始める。
「まず前提として、この街で肌に悩みを抱えている人はあまり多くないんです。肌を気にしているのは裕福な貴族の奥様くらいで、一般の女性は肌のツヤなんて気にしません」
ほうほう、とカイルはうなずく。
「つまり、『肌のツヤが戻りますよ』と宣伝しても、貴族婦人くらいにしか売れないでしょう。それじゃあ、つまらないですよね?」
ミウが楽しげにニコニコしながら解説する。完全に商人の顔だ。
「だから、タダで商品を配るんです。そうすれば、今まで肌なんて気にしていなかった女性も、スキンエリクシルの効果にビックリするでしょう! 『こんなに肌がきれいになるんだ!』って」
「なるほど! 潜在顧客を発掘するわけか!」
カイルはポンッと手をたたく。肌に悩む女性が少ない、つまり需要が薄いのがスキンエリクシルの課題だ。ふつうに商品を売れば、貴族婦人に少量売れるだけ。ならば、肌に悩んでいる人を増やせばいい。ミウの販売戦略は、まさに逆転の発想だった。
「肌が驚くほどきれいになった女性は、どうするでしょうか? その肌を維持したくなるに決まっています! 元のハリのない肌に戻るのが怖いですからね。そうなれば、スキンエリクシルを使い続けるしかないわけです。例えそれが、多少高価な商品でも」
ミウが両手を大きく広げながら熱弁する。心底、楽しそうだ。
「『損して得取れ』と言うわけか。よく考えたな、ミウ」
誇らしげに胸をはるミウを見ながら、本当にたいしたものだ、とカイルは思う。商品の魅力を数倍に引き上げる商いのセンス。顧客心理を逆手にとる販売戦略。商人としてのスキルだけでも一級品だ。それに加えて、《鑑定眼》スキルまで持つのだから末恐ろしい。なぜ、ガウディはこんなバケモノを敵に回したのだろうか。全くもって理解できないカイルであった。
「さあ! 始めますよ~!」
腕まくりしながら、気合十分のミウ。本当に商売が好きなのだろう。家から持ってきた折り畳み机を広げ、その上にスキンエリクシルを並べていく。路上販売のスタイルだ。
ミウは、道行く人に元気よく声をかけ、スキンエリクシルを紹介していく。断られるも、まるでめげない。
すると、噴水前を歩いている女性がミウに近づいてきた。
「あら、ミウちゃん、こんにちは」
「あ! こんにちは、ソラおばさん。 実は商売を始めたんです。肌がつやつやになる、スキンエリクシル。一本500ゴールドですが、今なら特別サービスでタダで配ってるんですよ! いかがですか?」
「いいの? それじゃあ、ありがたく頂いちゃおうかしら。またお店に顔出してね」
女性はミウと世間話をした後、スキンエリクシルをもらい、その場を離れていく。
「知り合いか?」
カイルはミウに尋ねる。
「はい。家を追い出された後、とってもお世話になったおばさんなんです。町のはずれでレストランを経営していて、何度もご飯をごちそうになってるんです。お礼に、接客をしたりお店のアドバイスをしたりしてるんです」
ミウは相当顔が広く、人気者のようだ。その後も、途絶えることなくミウの周りには人だかりができていた。みんなミウの知り合いらしい。スキンエリクシルの紹介をすると、みんな興味津々だ。『ミウちゃんが紹介するなら』と、無料サンプルがどんどん消えていく。あっという間に100本が完売した。
「人気者なんだな」
カイルは感心しつつ、スキンエリクシルを配り終えたミウに話しかける。
「信頼と人脈は商売の要ですから!」
力強く答えるミウ。スキルや能力だけでなく、性格までも根っからの商人のようだ。
***
一週間後、再びカイルとミウは中心部の広場に立っていた。一週間で作ったスキンエリクシルは200本。今回も、無料で配る予定だ。
前回のようにテーブルを広げると、すぐに人だかりができる。どうやら、スキンエリクシルは口コミでかなり広まっているようだ。先週スキンエリクシルを貰っていったミウの知り合いが、友人に紹介でもしたのだろう。
ぜひスキンエリクシルを試してみたいという人たちが集まり、ドンドン小瓶が減っていく。配り始めて1時間もしない間に、200本すべてを配り終える。
思った以上の好評ぶりに、手ごたえを感じるカイルとミウだった。
***
さらに一週間後、テーブルの上にスキンエリクシルを並べるや否や、ものすごい勢いで瓶がなくなっていく。ものの10分で用意した200本は消えていった。
「想定以上の人気だな」
先ほど設置したばかりのテーブルを見ながらカイルは言う。ほんの10分前は小瓶が山積みにされていたはずであるが、今はその形跡はまるでない。
「はい。順調すぎるくらいです。……勝負は、来週ですね」
無料で配布したスキンエリクシルは、計500本。今日で無料配布は終了だ。来週からは、1瓶500ゴールドで販売する。本当の勝負はこれからだ。
「種は巻き終えました。ちゃんと花が咲いてくれればいいんですが」
そう言いながら、ミウは不適に笑う。その瞳は、自信と確信に満ち溢れていた。
***
スキンエリクシルを無料で配り始めてから、3週間。カイルとミウはいつもの広場に来ていた。
今日が勝負の日だ。
そろそろ、リピート客が表れる頃あい。1本500ゴールドのスキンエリクシルは、果たして何本売れるのだろうか。売れ行きが悪ければ、計画の大幅な見直しが必要になる。カイルは少なからず緊張していた。
隣で商品の最終チェックをしているミウに目をやる。ミウも緊張した面持ち……では全くなかった。のんきに鼻歌なんか歌っている。
「だーいじょうぶですって! こんないい商品、売れないはずがないですよ!」
テーブルを組み立て、その上に小瓶を積み重ねていく。作業が終わり、いざ販売開始と言う時に、一人の女性が声をかけてきた。
「おはよう、ミウちゃん」
「あ!ソラおばさん!いらっしゃいませ!」
ミウが元気よく挨拶する。既に商人の顔だ。
「前貰った化粧品、すっごい良かったわよ! 見て! 肌がツヤッツヤ! もうすぐ瓶が空になりそうだから、一本頂こうかしら」
「ありがとうございます!スキンエリクシル、すっごい人気で、生産が追い付かないくらいなんですよ! 今なら在庫がありますけど、何本か買っておきます?」
ミウは商売モード全開だ。
「そうねぇ……ずーっと使うものだし、売り切れになったら困るわねぇ。やっぱりまとめ買いしておこうかしら。それじゃ、3本くださいな」
「まいどあり!」
……いきなり3本も売れた。カイルが驚くや否や、リピーター達がこぞってやってきて、飛ぶようにスキンエリクシルが売れていく。口コミを聞いた新規顧客で、3本まとめ買いしていく強者もいた。信じられない光景がカイルの目の前に広がる。
3時間もしないうちに、用意した200本のスキンエリクシルは、全て売り終えてしまった。手元には10万ゴールドもの大金。あっけに取られながら、カイルが言う。
「こ……これが商売と言うものなのか」
前世で冒険者稼業をしていた元勇者、カイルにとって、10万ゴールドはものすごい大金であった。Aランクモンスターでも、報酬はよくて1万ゴールドほど。10万ゴールドなんて大金、一朝一夕で稼げる金額ではない。
「なに惚けているんですか、カイルさん。私たちは、資産数億ゴールドのミネルヴァ商会を奪い取ろうとしてるんですよ? 大事の前の小事ってやつです」
ミウは事も無げに言う。だが、実際その通りだ。スキンエリクシルは、ミネルヴァ商会という大物を釣るための餌にすぎない。
「そうだったな。計画は順調。あとは、ヤツが餌に食いつくまで、じっくり待つだけだ」
カイルがそう言うと、二人は不敵に笑うのだった。
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