第4話 復讐への下準備
1ゴールド=10円くらいの感覚で。
ガウディからミネルヴァ商会を奪回する。そう決めたカイルとミウは、さっそく翌日から動きだした。
何事も、準備が大事だ。まずは情報収集。そして、綿密な計画立案。この二つのステップなくして、大事は成しえない。
前世で【七色の戦略家】の異名をとるカイルは、久々の大仕事に心が弾んでいた。
カイルはまず、ガウディの情報を集めることにした。敵について調べ上げ、その弱点を突いた戦略を立てる。これが、カイルの闘い方だ。
ガウディに関しての情報収集は、思いのほかスムーズに事が進んだ。ミウのおかげで、ミネルヴァ商会傘下の店主たちから聞き込みができたからだ。彼らとミウ一家はとても親しい間柄のようで、ミウが顔を出すと皆喜び、積極的に情報を提供してくれた。ガウディに人望がないことも、情報収集が滞りなく進んだ要因かもしれない。
聞き込みの結果、重要な情報を二つ、カイルは入手できた。
一つ、ガウディは金に困っているらしい。
ガウディがミネルヴァ商会の会長になってから、経営状況は急転直下、実入りはかなり減っているようだ。
後継者問題のゴタゴタが風評被害となり、各商店とも売り上げが減少してしまった。さらに悪いことに、ガウディは自身の収入が減るのを嫌がり、各商店から販売促進料と言う名目でお金を巻き上げるという愚策に出た。当然、傘下の商店の経営は厳しくなり、ガウディに反発した商店が、ミネルヴァ商会から大量に離脱し始めているとのことだ。売り上げ減少と傘下の商店の離脱、ダブルパンチで経営は火の車らしい。
それなのに、彼は毎晩のように遊び歩き、散財しているようだ。酒場に毎日のように入りびたり、湯水のように金を使う様子が多数、目撃されている。
その結果、ガウディは多額の借金をかかえているのではないか、ともっぱらの噂だ。金に困れば、儲け話に飛び付く。金銭欲をつくのは、詐欺師の常套手段だ。『金欠』はガウディの大きな弱点だ。
二つ目の重要な情報。ガウディはミウを恐れているらしい。
これは、昨日のガウディの行動からも想像に難くない。復讐しないようくぎを刺すために、わざわざミウに接触してきたくらいだ。
だが、どうもその恐れようが尋常ではないようだ。傘下の商店に対して、ミウを保護しないよう、わざわざ指示を出すほどだ。ガウディの指示のせいで、ミウが家を追い出された時に店主らは援助できなかったそうだ。
ガウディはミウを恐れている。これはいい情報だ。恐れは焦りを生み出し、焦りは誤った判断を引き起こす。『ミウへの恐れ』もまた、ガウディの大きな弱点だ。
それにしても、ガウディはなぜ、これほどまでにミウを恐れているのだろうか。それは、ミウに人望があるからではないか、とカイルは推測する。
店主たちと話をして分かったが、彼らはみな、ミウを商人として尊敬していた。聞き込みの合間、店主たちは事あるごとに経営のアドバイスをミウに求めていた。そして、ミウは店主たちの質問に、的確に答えていた。ミウへの信頼に満ちた店主たちの目。カイルには、彼らの目が『ミウがミネルヴァ商会の後継者であれば良かったのに』と語っているように見えた。
傲慢な性格のガウディと、みんなから尊敬され、慕われているミウ。いざと言う時、傘下の店主たちがどちらにつくか、答えは明らかだ。ガウディがミウを異様に恐れるのも、当然なのかもしれない。
聞き込みが終わると、時刻は正午を過ぎていた。昼食をとるために、広場へと向かい、パンを買う二人。もちろん、軍資金はカイルが《錬金術》で生成したお金だ。一つ10ゴールドのパンを二つ買い、ベンチに座って仲良く食べることにした。
「ガウディに関する情報は十分だ。作戦も概ね固まった」
パンを食べながら、カイルが切り出す。
「え!? もう!?」
びっくりした様子で答えるミウ。
「ああ。ガウディの弱点は見えたからな。家に帰ったら、詳しい作戦を話そう。だが、その前に一つ、ミウにお願いがある」
「お願い……ですか?」
ミウが目を丸くしている。カイルは続ける。
「コイツを、鑑定して欲しい」
カイルは、ポケットの中から一つの瓶を取り出す。その瓶の中には、透明の液体が入っていた。
ミウの目がポウッと赤くなる。スキル《鑑定眼》を使っているようだ。
「これは、ポーションとスライム液……ですね。80%と20%の割合で混ぜてありますね」
ミウは液体の正体をズバリ言い当てる。だが、その顔はキョトンとしていた。なぜカイルがこれをミウに鑑定させたのか、意図をつかみかねている様子だ。
「正解だ。オレは、コイツを『肌をケアするための薬品』として女性に売ろうと思う。どの程度の価値がつくのか、鑑定できるか?」
鑑定眼は、『モノを見ればその価値が正確に分かる』という性質をもつ。カイルは、右手にもつ小瓶の商品価値がどの程度なのかを見積ろうとしている。
「そういうことですか。……ポーションの回復作用で、お肌を活性化させるという発想ですね。とても面白いです。スライム液を混ぜているのは、肌にポーションが染み込むのを促すためですね。ポーションはさらさらしているので、肌に塗ってもすぐに流れていってしまいますから」
ミウが小瓶の液体を分析していく。いやはや、全く大したものだ。カイルが一晩かけて考えた新商品を、ものの数秒で丸裸にしてしまった。
商人が鑑定スキルを欲しがるはずだ。カイルはコクリと頷きながら、そんなことを考えていた。
ミウの分析は続く。
「貴族の奥様方を中心に、人気が出そうですね。美容は女性の永遠の悩みですから。……一瓶、100ゴールドで売れるでしょう」
「100ゴールドか。それだと少し弱いな……」
カイルはそう言った後、ミウの目をジッと見つめながら、次の言葉を口にする。
「『商人』としてのミウに質問だ。どうすれば、これをもっと高値で売れる?」
ミウは小瓶を見つめながら、顎に手を当てて考え込む。その目付きは、さっき鑑定眼を使っていた時とはまるで違う。商人の目付きだ。真剣な眼差しで小瓶を見つめること約3分。ミウはひとつの答えを出したようだ。
「私なら、ポーションをピンク色に染めますね。もちろん、肌に塗ったときは透明になる程度の、とても淡いピンクに。そして、瓶をもう少し小さくしますね。商品名は……スキンエリクシル。これで500ゴールドで売り出せます」
「ほう……なぜだ?」
カイルは心底興味深そうにミウに尋ねる。
「女性向けの商品ということで、『特別感』は非常に重要な要素です。なので、液体をピンク色にします。ポーションやエーテルをはじめ、巷で手に入る薬品はたいてい無色透明ですからね。色を付けるだけで、商品を特別な存在として演出できます」
「また、瓶を小さくし、値段を上げることで、『希少な薬品』だとお客様に訴えることができます。名前も大衆的な『ポーション』ではなく、最高回復薬の『エリクサー』を連想するスキンエリクシルとすれば、高級感を打ち出せます。高級かつ希少なもの、と言う印象をお客様に持ってもらえば、500ゴールドは決して高くありません」
「……さすがだな。正直、驚いたよ」
思わず拍手したくなるほどの販売戦略に、カイルは脱帽した。ミウは商人としての才能がやはりずば抜けている。鑑定眼もさることながら、商売のセンスがとても良い。購買心理をよく理解しており、商品の価値を最大限にアピールした売り方を的確に提案できる。
「よし。これで作戦は問題なさそうだ。早速、家に帰って作戦会議だ。ついでに、ピンクの染料も買って、スキンエリクシルの試作品も作ってみよう」
ウキウキしているカイルに連れられ、ミウとカイルは楽しそうに家に帰っていった。
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