第3話 ミウの仇、ガウディという男
「で? 具体的にオレは何をしたらいいんだ?」
カイルはミウに尋ねる。
「はい。私の家を、ガウディから取り返して欲しいんです。両親の死後、家を奪い取ったアイツから……」
ギリッと歯を食いしばりながらミウが答える。相当強い怒りがあるようだ。
「奪い取った……? 何があったんだ? いや、その前にミウと両親、そしてガウディについて教えてくれないか?」
まずは状況を把握し、情報を集める必要がある。カイルは、事の経緯をミウから聞き出すことにした。
「えっと……私の両親は、この町でミネルヴァという商会を営んでいました。父はこの街で生まれ育った人間で、母は獣人族でした。……ミネルヴァ商会は、両親が二人で一生懸命育て上げた商会だったんです」
――ミネルヴァ商会。この街、ウェストミンストを代表する会社だ。傘下の商店は100以上に及び、政財界へのつながりも強い。そう言えば1年前、ミネルヴァ商会の代表が急死したというニュースがあった。その際、獣人族が取り仕切る会社ということで、ゴタゴタしたという話を聞いたことがある。
「1年前、父と母が亡くなった直後のことでした。ガウディが、父の遺書を持っていたんです。ミネルヴァ商会の全てをガウディに相続する、と言う内容の」
「ガウディはただの部下なんだろ? そんな内容の遺書、本物であるはずが……」
「もちろん! あんなものはデタラメです! ……筆跡は父のものではなかったですし、立合人のサインもありませんでした」
カイルの声を遮り、興奮した様子でミウは言う。よほど、悔しかったのだろう。カイルは腕を組みながら、さらに疑問を口にする。
「そんな遺書、認められるはずないだろう?なんで……まさか!!」
「わたしが獣人族のハーフ……だったからだと思います。遺書は、認められてしまいました」
カイルは絶句する。ミウの不幸は、自分にも責任の一端があるとカイルは思ったからだ。
獣人族と人間は、長らく友好的な関係を築いていた。互いに差別もなく、獣人と人との結婚も珍しくなかったほどだ。……ほんの20年前までは。
きっかけは、人間と魔王との闘いで、獣人族の一部が魔王側についた事だった。それ以来、獣人と人との仲に亀裂が入った。そして、カイルが魔王を倒したことで、その亀裂は決定的なものになった。
獣人族は裏切り者と罵られ、しばしば迫害・差別の対象になってしまった。もちろん、カイルがこんなことを望んだわけでは決してない。だが、自分の行動が、獣人族の迫害という悲劇を生んでしまった。このことを、カイルはずっと悔やんでいた。
ミウの父親は人間だ。だから、彼がミネルヴァ商会の会長である間は問題なかったのだろう。だが、一年前に彼が急死すると、状況は一変した。このままでは『獣人族』がミネルヴァ商会を牛耳ってしまう。それを恐れた人々が、ガウディの狂言にのってしまった、ということだろう。カイルはそう推測した。
瞳に涙をため、うつむいているミウ。その頭を、そっとカイルは撫でる。涙をぬぐった後、ミウは力強いまなざしでカイルを見ながら、強い口調で言う。
「でも、一番許せないのは、ガウディのその後の振る舞いでした。傘下の商店からは暴利で売り上げを巻き上げ始め、自分は贅沢三昧。最近ではみかじめ料まがいの上納金まで取っていて、やりたい放題なんです。……ミネルヴァ商会は、父と母の子供みたいなもの。いわば私の姉なんです。商会も、傘下の商人も、私にとっては家族です。家族が食い物にされているなんて、とてもじゃないけど見過ごせません!」
自分の境遇よりも、家族が食い物にされることが許せない、そんなミウの優しさにカイルは心を打たれた。ミウは強く、優しい子だ。絶対にガウディから商会を取り戻して見せる。彼女を助けるためなら、喜んで詐欺師スキルだって使おう。カイルは心の中で、そう誓った。
「よし、分かった。必ずガウディからミネルヴァ商会を取り返してあげよう。約束だ」
カイルはミウを真っすぐ見つめ、微笑む。カイルが小指を差し出すと、ミウがパァッと笑顔を見せた。指切りげんまん。ミウも小指を絡めてくる。とても小さな手。この約束は絶対破るわけにはいかないな、とカイルは思った。
「そうだな。まずはガウディに関する情報収集を……」
カイルがそう言いかけた瞬間、広場に猛烈な勢いで馬車が駆けてくる。人通りの多い街道を、我が物顔で走っていく。乗っているヤツは、さぞ傲慢な性格なんだろうな、と思いながら、カイルは馬車を眺めていた。
ふと隣を見ると、ミウが震えている。恐怖でも、寒さでもないようだ。おそらく、怒り。その証拠に、フサフサした尻尾をブンブンと振っている。ネコが怒りを表す時のしぐさだ。
「ガウディの馬車か。なるほど、随分な性格をしていそうだな」
カイルが両手を広げながら言う。ミウがコクンと頷く。
噴水のベンチに腰かけているカイルたちの前で、不意に馬車が止まる。ガチャッとドアが開き、一人の男が出てくる。
馬車から出てきた男は、灰色のスーツを着て、黒い革靴を履いている。どちらも上等な代物のようだ。少し白髪の交じった金髪はオールバックで固めており、両手にはジャラジャラと巨大な宝石がついた指輪をいくつもつけている。
カイルの頭には、『成金』の二文字が浮かんでいた。人を見た目で判断するのは良くないが、コイツがガウディに違いない。カイルはそう確信していた。
スーツ姿のイヤミな男は、ミウに向かってまっすぐ歩いてくる。どうやら、ミウに用事があるようだ。今、カイルがガウディと接点を持つのは得策ではない。
カイルはベンチから離れ、ミウから少し距離を取る。ミウとのやり取りに聞き耳を立てつつ、他人としてやり過ごすためだ。
「いよーーう、ミウお嬢様! 相変わらず、落ちぶれてますかぁ? ガハハハハ!」
ガウディはミウに絡んでくる。『お嬢様』を強調し、明らかにバカにした様子の物言い。
(なんだコイツは。人を苛つかせる天才か?)
カイルは心の中で目の前の無礼な男に悪態をつく。一方、ミウはキッとガウディを睨みつけていた。
「……よく、私の前に姿を現せますね。周りの人を騙して、私から全てを奪い取っておきながら」
低く、そして強い口調でミウが言う。冷静な言葉の裏側にある、強い怒り。それを逆なでするかのように、ガウディは言葉を続ける。
「はっ!! オレは正当なやり方で商会を相続したんだ! オレをうらやむのは筋違いってもんだぜ! 恨むなら、娘よりオレを選んだお父上を恨むんだなぁ!」
ゲラゲラと下品な笑い声をあげるガウディ。ミウは怒りに顔を真っ赤にし、全身の毛を逆立てる。
「な! あの遺言書はあなたが作ったニセモノでしょう!?」
「そんな証拠はねえさ。それに遺言書がホンモノかニセモノかなんて関係ないのさ。あの紙切れ一枚でお前が全てを失い、オレが全てを手に入れた。それが事実だ」
ガウディを睨みつつ、目に涙を溜めるミウ。悔しさ、理不尽さ、怒り。様々な感情が彼女を駆け巡っているのだろう。ミウは何も言えず、ただ立ち尽くしている。
「……オレに復讐なんて、考えない方が身のためだぜ。オレは領主や軍とも金でつながっている。オレは正義で、お前は悪だ。オレに何かすれば、お前は反逆者として処刑されるのがオチだぜ?」
ガウディはミウにくぎを刺す。どうやら、わざわざ馬車を降りてミウの前まで現れたのは、これが目的だったようだ。
ガウディは復讐を恐れている。野心深く、傲慢で小心者。カイルはガウディの本質をそう捉えた。
「じゃあな、お嬢様! もう会うこともないと思うが」
ミウに背を向け、右手をヒラヒラと振りながら、ガウディは馬車へと乗り込んでいく。ガウディの馬車が見えなくなるのを確認して、カイルはミウの隣へと戻っていく。
「とんでもなくムカつく奴だな、ガウディは。どうせなら、盛大に復讐してやろう。ミウに土下座して謝りたくなるほどの地獄を見せてやるさ」
そう言いながらカイルは、ニヤッと口元をゆがめる。その笑顔は、とても元勇者とは思えない。まるで、悪だくみをする悪党のような笑みであった。
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