最終話 詐欺師としての生き方
「わあー! 久しぶりに戻ってきましたねぇ!」
ミウがピョンピョンと跳ねながらはしゃいでいる。
ガウディに引導を渡した翌日、ミウは半年ぶりに自分の家に帰ってきた。お礼をしたいということで、カイルも一緒だ。今、二人はミウの家の玄関前にいる。
「り、立派な門だな……」
カイルは目の前にそびえたつ煌びやかな門に威圧されている。ミウがミネルヴァ商会のお嬢様だと頭では分かってはいたが、これほどの豪邸に住んでいたとは……。自分の小さな家に居候させていたのが申し訳なく感じるカイルであった。
「ただいまー!」
入り口前にいる二人の門番に、ミウが元気よく話しかける。
「こ、これはミウお嬢様! ご無事で何より! みな、大変心配しておりましたぞ!」
二人の門番がミウに駆け寄ってくる。ミウに話かけてきたのは、髭を生やしたダンディな中年男性。もう一人は、20代中盤程度の若い男。二人とも嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「お久しぶりです、ニコラさん! マックスも元気そうで何よりです!」
「さあ、お家へお入りください! 皆さん、ミウ様に会えるのを楽しみにしてますよ」
ニコラというダンディな男が門を開く。
「それじゃ、行きましょうか、カイルさん」
ミウがカイルに話しかける。
「ミウ様、失礼ですが、そちらのお方は?」
若い門番、マックスがミウに尋ねる。
「ああ、紹介が遅くなりましたね。彼はカイルさん。私がとってもお世話になった方です。ぜひ、お礼をしたくて連れてきちゃいました」
「左様でございますか! カイル様、私からも心からお礼申し上げます! ミウお嬢様を助けていただき、本当にありがとうございました!」
マックスとニコラが深々と頭を下げる。
「ささ、ミウ様、カイル様、どうぞ家の中へ!」
ミウとカイルは門番二人に連れられ、家の中へと入っていった。
家に入ると、メイドやら執事やらの使用人が、わらわらとミウに駆け寄ってくる。
「フィリップさん! 変わらずで何よりです!」
ミウは、眼鏡をかけた白髪交じりの執事に話かける。
「お嬢様! 家を追い出された後、何もできずにいた事が大変歯がゆくございました。ご無事に帰ってきていただき、何とうれしい事か……」
「気にしないでください! フィリップさんの援助の申し出を断ったのは私のほうですから。それに、色々な人が助けてくれたので、大丈夫です!」
そう言うと、カイルの方をチラッと見て、ミウはニコッと笑う。
「アンナさんも、お元気そうで! レナにリズも久しぶりですね!」
ミウは、フィリップの後ろに控えているメイドたちに話しかける。30~40代と思しきふくよかな女性がミウに駆け寄り、手を握ってくる。
「ミウ様! また一緒に暮らせる日を、首を長くして待っておりました!」
そういうアンナは、とても嬉しそうにミウの手をギュッと握りしめる。アンナより一回り程若く見える女性2人――レナとリズだろうか――も目に涙を溜めながら、再会を喜んでいる。
使用人たちとあいさつを交わした後、再開のお祝いとカイルへの感謝を兼ねた晩餐会が開かれた。
使用人たちは、とてもいい人たちばかりだった。正直なところ、獣人族のミウを悪く思う輩が何人かいるのではないかとカイルは警戒していたが、全くの取り越し苦労であった。ミウを手助けしたカイルに心からお礼を言う彼等からは、ミウを心から慕う気持ちがカイルにも伝わってきた。
そして何より、彼らもミウにとっては家族のようだ。ミウの彼等への接し方は、主人と使用人という間柄では全くなかった。
晩餐会が終わると、カイルは来客用の寝室でくつろぐことにした。ふかふかのベッドは、前世で王城に招待された時以来だ。その感触を楽しんでいると、コンコン、とドアが鳴る。
「カイルさん、少し、お話いいですか?」
パジャマ姿のミウがカイルの部屋に入ってくる。カイルはふかふかのベッドから起き上がり、絨毯の上に置いてあるクッションにミウと向かい合って座る。
「こうしていると、作戦会議の日を思いだしますね」
ミウがぽつりと話し始める。カイルはうなずきながらそれに応じる。
「ああ。そうだな。もう3か月も前になるのか……」
ミウと出会い、一緒に過ごした3か月間。色々なことがあったが、カイルにはあっという間に感じられた。
「それで……これからどうするんですか?」
ミウが問いかけてくる。どうやら、部屋に来たのはこれが目的のようだ。
「……町を出て、少し旅に出ようと思う。この世界を見て回りたいんだ。――しばらく前から考えていた」
今回の一件で、カイルは色々なことを学んだ。一つは、この世界はそんなに平和ではないということだ。前世のカイルは、魔王さえ倒せば世の中は平和になり、人々はみな幸せになれると信じていた。だが、魔王を倒して20年がたった今でも、ミウみたいに理不尽な目にあっている人々がいる。この世界を見て回り、本当の意味での平和を勝ち取りたい。そんな思いがカイルには芽生えていた。
「そう、ですか」
ミウが少し、寂しそうな顔をしてうつむく。
「カイルさん! 本当に、本当にありがとうございました! カイルさんのおかげで、家を取り戻すことができました!」
「迷子の子をお家に帰してあげるって、約束しただろ? それに、家を取り戻したのはミウ自身だ。おれはその手助けをしただけだ」
カイルは、優しい目でミウを見つめながらそう言う。そして、フッと真顔に戻り、話を続ける。
「いや、礼を言うのはオレの方だ。ミウは、オレに大切なことを教えてくれた」
なぜお礼を言われているのか分からないといった風に、首をかしげるミウ。カイルはまた優しい目に戻り、ミウの頭をなでる。
「分からないなら分からないでいいさ。今までありがとうな、ミウ」
その後、二人のおしゃべりは夜が更けるまで続いた。
***
翌日、ミウに別れを告げて、カイルはウェストミンストの北門前まで来ていた。そびえたつ、重厚な鉄の壁。門に向かって右横には警備兵の詰め所があり、そこで出立の手続きを行う。
手続きが終わり、門が開いていく。不意に、背後を振り返るカイル。その眼前には、18年間過ごしたウェストミンストの街が広がっていた。
カイルの脳裏に浮かび上がるのは、昨日までのたった3か月間の記憶――
目覚めたときは、絶望のどん底だった。詐欺師という、犯罪者紛いの職業とスキル。ステータスの低さ。どんな職業にも適正はない。悪事を働いて生きるしかないのではないかと思ったりもした。
そんな時、ミウに出会った。ミウは、カイルのスキルを知ってなお、カイルを必要としてくれた。……正直、とても嬉しかった。転生して初めて、人から認められた気がした。この子のためなら、喜んで詐欺師スキルを使おう、そう思えた。
その後、スキルを使う抵抗感はすぐに薄れていった。むしろ、詐欺師のスキルが誇らしくなっていく自分に気づく。そして、一緒に復讐計画をたてたり、事業を立ち上げる日々。ミウの才能に驚いたり、ミウの優しさに感心したり。とても楽しかった。
詐欺師の契約書を使い、ガウディからミウの幸せを勝ち取る。その時、思ったんだ。ああ、詐欺師としてのオレの生き方って、こうなんじゃないか――って。
前世のオレは、勇者だった。勇者として魔王を倒し、それで平和を勝ち取ったつもりだった。だが、転生後の世界はとても平和とは呼べなかった。理不尽な力のせいで悲しい思いをしている、ミウみたいな子がまだいる世界だった。
魔王を倒せば、世界は平和になる――もしかしたら、前世のオレは思い上がっていたのかもしれない。『オレ一人が頑張れば世界中をみんな幸せにできる』なんて考えは、勇者としてのエゴだ。オレがどれだけ悪を倒しても、多分、誰にも幸せは訪れない。
結局、みんなが自分自身で幸せを勝ち取らなくちゃダメなんだ。自らガウディに立ち向かい、自分の力で幸せを勝ち取ったミウ。彼女の姿を見て、オレはそう思った。
多分、オレにできるのは、周りの人が幸せを勝ち取る手助けをすることだけだ。そうだとすれば、オレのやるべきことは、《詐欺師》としてのスキルで、人々が平和をつかむ手助けをすることだ。
ミウが幸せを勝ち取れたように、本当の平和を作る手助けをしたい。これが、オレの詐欺師としての生き方だ。
ガタンッ!! 背後で大きな音が鳴る。どうやら、街の外へ出るための門が開いたようだ。
カイルは住み慣れた町に背を向け、門に向かってゆっくりと歩き始める。門の向こうは、広大な平原。その中を一本の道が地平線まで続いている。
門を超え、舗装されてない道を歩き始めたその時だった。聞きなれた声がカイルの耳に響く。
「カイルさん!」
前方の木陰から、ひょこっとミウが顔を出す。驚くカイル。
「ミウ!? どうしたんだ、一体!?」
「えへへ、来ちゃいました! 一緒に連れて行ってくださいな、カイルさん!」
突然の展開に、動揺するカイル。
「な、なに言ってるんだ!? せっかく家を取り戻したのに……」
カイルの質問に、チッチッと人差し指を横に振りながらミウは答える。
「子供が家出をするのなんて、珍しくもないでしょう?」
いや、それは珍しいだろうと心の中で突っ込むカイル。
「それに、帰る家があるのとないのとでは、大違いですよ」
カイルは、ミウと指切りげんまんをしたシーンを思い出す。脳裏には、泣きそうな眼をしていたミウ。一方、目の前のミウは、生き生きとした笑顔を浮かべている。確かに、あの頃とは大違いだ。
フーっとため息をつくカイル。
「ミネルヴァ商会はどうするんだ?」
「フィリップさんに任せてきちゃいました」
「大丈夫なのか? ガウディみたいなことになったらまた家を失うぞ」
「大丈夫です! フィリップさんは信用できますから! それに、万が一また家を失っても、カイルさんが助けてくれます!」
ニコッと笑うミウ。やれやれと手を上げるカイル。
「で、なんでだ? なんでオレについて来ようと思った?」
「恩を受けたら、恩を返す! 商人の基本ですから!」
ミウらしい、明快な理由にカイルの表情が緩む。ミウは続ける。
「――それに、カイルさんと見る世界に興味があるんです。カイルさんと一緒に立ち上げたビジネス、本当に楽しかったです。とても刺激的でした。だから、カイルさんについて世界を回れば、もっとすごいことを成し遂げられる……そんな気がしたんです。これは、商人としてのカンです」
まっすぐとカイルを見つめてくるミウ。その目は、固い決意に満ち溢れていた。カイルは観念したように、微笑を浮かべる。
「……正直、ミウが一緒に来てくれて助かるよ。一人でどうしようかと思ってたんだ」
カイルが、右手を差し出す。
「今後とも、よろしくお願いしますね、カイルさん!」
ミウも右手を差し出す。今度は指切りげんまんではなく、握手を交わす。冒険者たちが、仲間を結成するときの儀式だ。
ギュッと力強く掌が握られた後、パッとカイルが手を放す。
「で、旅をする前に確認しておきたいことがある。ミウ、お前、いくつだ?」
突然のカイルの質問を理解できず、あっけに取られるミウ。数秒の沈黙。カイルの質問の意図を理解したミウは、取り繕うように言葉を発する。
「え!?い、いやー。カイルさん、何を言ってるんですか? いやだなー、もう!」
明らかに動揺しているミウ。カイルが続ける。
「最初から、怪しいと思ってたんだよな。見た目は12~13歳くらいなのに、妙に口調が大人びてるし、頭の回転も速すぎる。商売の知識も豊富だし、まるでベテラン商人のような雰囲気を感じるんだよな。あと、昔のガウディを知っている様子だったし……」
ミウは、ダラダラと汗をかき始める。
「確信したのは、昨日だ。家の使用人たちとの会話を聞いて気づいたんだ。お前、年上には『さん付け』で、年下は呼び捨てにするだろ? ニコラとフィリップ、アンナは『さん付け』。でも、マックスとレナとリズは呼び捨てなんだよな。お前、マックス達より年上だろ?」
はわわわ、と動揺するミウ。どうやら、図星のようだ。だが、不意にミウは落ち着きを取り戻し、まるで仕返しをする子供のような笑みを浮かべる。
「も、もう! レディに年齢を尋ねるなんて、失礼ですよ!? 勇者様」
数秒の沈黙。
「なっ、ゆっ! お前、なんでそれを!!」
カイルが大きな声を張り上げる。勝ち誇ったように、ミウが意地悪な笑みを浮かべている。
「正確には、元勇者様、ですか? もちろん、初めから知ってましたよ? 私の眼をお忘れですか? 鑑定眼に隠し事なんて通じません!」
呆然とするカイル。
「広場でカイルさんを見つけた時は、神様の思し召しだと心底思いましたよ。20年前の勇者様は女子供の頼みごとに弱いって有名でしたからね。子供のフリをしてカイルさんに近づいて、正解でしたね♪」
さ、最初から、ミウの掌の上で踊らされていたわけか! 驚愕の事実に、カイルは呆然とする。
「く……な、なんと老獪な!」
「ろっ!! さ、さすがに、『ろうかい』なんていわれる年齢じゃありません!!」
ミウが尻尾をブンブン振りながら怒っている。
「オレをここまで翻弄できるなんて、かなりの人生経験を積んでいるに違いないからな。40を超えていても不思議はない」
「さ、さすがにそこまで年取ってないですよ!」
「そうか? いや待てよ。さっきお前、自分のことを『レディ』って言ってたよな。ってことは、最低でも20以上。下手すりゃ30……ブッ!!」
カイルの顔にミウのネコパンチが直撃する。その後も、ギャアギャアとじゃれあう二人。こういうのを、『平和』って言うのかな。子供みたいな言い争いをしながら、カイルはそんなことを考えていた。
不意に、ヒュウッと強い風が二人の間を抜けていく。カイルとミウはピタッとじゃれあいをやめる。どうやら、旅立ちの時間が来たようだ。
「それじゃあ、行こうか」
「はい、カイルさん!」
詐欺師と商人。奇妙な組み合わせの二人は、ゆっくりと道を歩き始める。周りにあるのは、広い広い平原。道はどこまでも続いてゆく。
そんな彼らの頭上には、一点の曇りもない青い空が広がっていた。
お付き合いいただき、ありがとうございました!
これにて完結です。
最後に、★評価をしていただけると、とても嬉しいです!
(下側にある【☆☆☆☆☆】をタップかクリックすれば評価できます)
お時間があれば、感想・レビューを書いていただけるとモチベーションが上がります!
もし、少しで面白かった!と思った方は【ブクマ】していただけると嬉しいです!
どうかよろしくお願いします!
次回作も頑張って執筆しますので、そちらもよろしくお願いします。