第12話 ガウディの没落
「くっそーーー!! 何で売れねえんだああああ!!!」
――町中に、男の野太い声が響く。
カイルは今日、ミウと街中に買い出しに来ている。と言っても、商売の仕入れなどではなく、食材や日用品の買い出しだ。ガウディとの契約を結んだ今では、カイルとミウは特段すべきこともない。二人は平穏な日々を過ごしており、今日もショッピングを楽しんでいた。
場所は、街で一番大きい不動産業者ウェストミンストステートメントの入り口前。野太い声の正体は、もちろんガウディだった。
ガウディは、大声で叫びながら、入り口の前をウロウロしている。店舗に入ろうとしてはクルリと踵を返し、店舗から離れようとする。そうかと思えば、また戻ってきて、店舗に入ろうとする。その繰り返しだ。とても正常な行動には見えない。
「な……何をしてるんですかね? ガウディは」
ミウが引きつった表情を浮かべながらそう言う。
「ああ。多分スキンエリクシル代を稼ぐため、不動産を売りに来たんだろう。でも、《詐欺師の契約書》の効果で不動産を売ることはできない。その葛藤で、店の前をウロウロしてるんだろう」
カイルが冷静にガウディの現状を分析する。
「な、なるほど――哀れですね……」
ミウが同情の言葉を口にする。しかしカイルは、ズカズカとガウディに近づいていく。意地の悪い笑みを口元に浮かべながら。
「よう、ガウディ。お前、こんなところで何してるんだ?」
カイルはガウディに話しかける。もちろんイヤミである。彼が今、ここで何をしているのか、カイルはよく知っている。おそらく、ガウディよりも。
「お前は……カイル!! うるせー! 見世物じゃねーんだよ!」
ガウディは、いらだちを隠そうともせず、喧嘩腰でそう言う。
カイルは、やれやれと言った表情を浮かべ、ガウディに事情を説明してあげることにした。
「お前、もしかして不動産を売ろうとしてないか? スキンエリクシルの代金を捻出するために。……だとしたら、売れないぞ? それは契約違反だからな」
「へ!?」
ガウディが、またも間抜けな声を上げる。
「何度も言ってるだろ? 契約書をよく読めって」
カイルは、そう言いながら契約書の裏面をガウディに差し出す。ガウディは、またも契約書を食い入るように見ている。
「ほら。ここに『資産をそのまま』ミウに譲渡するって書いてあるだろ? 担保になってる資産を勝手に売るなよな」
カイルが説明すると、ガウディはたまらず驚きの声を上げた。
「な……そ、それじゃあ!!」
「ああ、そうだ。スキンエリクシルは、お前の金で支払うんだな。ミネルヴァ商会の会長として、今まで結構な金をもらってたんだろ? その金はどうした?」
カイルの問いかけに、ガウディは顔をしかめる。
「そんなものねぇよ! クソ! どうすりゃいいんだ!!」
ガウディは地面を拳で叩きながらそう言う。一方、カイルの反応は冷たい。
「自業自得……だな。商人のくせに、後先考えず金を使いまくるからだ。次の支払いは、3週間後だ。支払いを楽しみに待ってるぞ」
カイルはニヤっと笑みを浮かべる。
「クッソ―!! オレはミネルヴァ商会の会長、ガウディ様だぞ! こんなはした金、払えないはずがないんだ!」
「だったら、頑張って金を作るんだな。新しく商売でも始めるか? オレ達みたいに事業を立ち上げて成功できれば、あんな金楽々支払えるぞ?」
カイルは、ガウディを挑発するように言う。もちろん、ガウディが事業で成功できるなんて、毛頭思っていない。
「カイルゥ!! オレをバカにしやがって!! 絶対、後悔させてやるからな!!」
捨て台詞を残して、ガウディは足早に去っていく。それはこっちのセリフだ、とカイルは心の中でつぶやく。
***
3週間後。今日が来月分のスキンエリクシルの支払い期限だ。今日中に540万ゴールドをガウディが支払うことができなければ、カイル達の勝ちだ。
午後11時半を回る。まだ、ガウディは来ない。
「ガウディ、来ませんかねぇ?」
ミウがソファでくつろぎながら、カイルに話しかける。
「まあ、3週間前の時点で、まるで金策の目途は立ってなさそうだったからな。相当なミラクルが起きない限り、無理だろうな」
カイルも黒革張りのオフィスチェアにゆったりと腰掛けながら、リラックスした様子で言う。
その時、ギィッと事務所入り口の扉が開く。現れたのは、ガウディだった。
焦燥しきった顔。今までの覇気はまるでない。心なしか泣きそうな顔をしながら、口を開く。
「す、すまねぇが……支払い、少しだけ待ってくれねぇか……?」
どうやら、ガウディは金を作ることができなかったようだ。
「ダメだ。契約通り、今日中に540万ゴールド作るんだ」
カイルが、ガウディを突き放すように言う。
「さ、300万ゴールドは作ったんだ!だから、あと少し、待ってくれ! いや、待ってください!」
「……あてはあるのか? あるようには思えないが」
カイルがそう言うと、ガウディはキョロキョロと目を左右に動かしている。動揺しているのがバレバレだ。
「そ、それは……な、なあ!! やっぱり、あの契約、なかったことにしてくれないか? この通りだ。お願いします!!」
ガウディが頭を下げ、懇願してくる。
「ダメだ。契約は契約だ」
カイルは再度、突き放す。
「あ、あんたはオレに何の恨みもないだろう? オレの態度が気に障ったんなら、謝る! だから、な? 契約、なかったことにしてくれよ! あんな紙切れ一枚で、オレの人生が台無しになるなんて、あんまりだ! この通り! お願いします!」
ガウディはプライドを捨て、土下座をしてカイルにお願いする。その様子を見たカイルは、フッと口元に笑みを浮かべる。ガウディはその笑みを見るや否や、ニコッと作り笑いをする。もしかしたら、許してもらえるかも。そんな期待をガウディは抱いているのだろう。
「ダメだ」
カイルが冷たく言い放つ。さっきまで微笑していた顔も、いつのまにか凍り付くような表情に変わっている。氷のような眼差しには、カイルの突き刺さるような怒りがにじみ出ていた。
「お前、ミウにしたことを忘れたのか? ニセの遺書をでっち上げ、ミウから全てを奪い取ったのは誰だ? 紙切れ一枚で人生が台無し!? それはお前がミウにしたことだろう」
カイルの口調は冷静だ。だが、その言葉は強い怒気を含んでいる。友達を傷つけたお前を許さない。言外にそう言っているかのような迫力に、ガウディはうつむき、震えていた。
「私も、あなたを許せません。私から家を奪ったこともそうですが、何より家族を傷つけたことが。ミネルヴァ商会と傘下の商店たちを食い物にしたこと、私は一生忘れません。あなたにとっても、私たちは家族だと思っていたのに……」
ミウの言葉に、様々な感情をカイルは感じた。ガウディに対する怒り。そして、ガウディに裏切られた悲しみ。ミウにとっては、ガウディもまた家族だったのであろう。
「くそ!! くそ!!! 何が、何が悪かったんだ!! こんなネコ娘なんかより、俺の方がずっと優れているはずだ!! オレがミネルヴァ商会を引っ張るべきなんだ!! なのに……なんで!!」
「それは違う!」
ガウディの独り言を、カイルが強く否定する。
「スキンエリクシルをここまでの商品に仕立て上げたのは、ミウだ! 商人として、お前より劣っているなんてことは、絶対にない!」
カイルが珍しく感情を高ぶらせながら熱弁する。ミウの才能を誰よりも認めているカイルだからこそ、ミウを否定するガウディの言葉を許せなかった。
「ミウは、スキンエリクシルの魅力を大幅に高め、500ゴールドで売れるようにした。それに、販売戦略も全てミウが一人で考えたんだ。事業を成功させたのはミウだ。ミウがいなければ、今回の作戦は絶対に成功しなかったんだ。ミウが、自分の力でミネルヴァ商会を取り戻したんだ!」
「カイルさん……」
ミウが目に涙を溜めながらカイルを見ている。カイルは続ける。
「それに比べて、お前は何をした!? ミネルヴァ商会会長の椅子にふんぞり返って、暴利をむさぼることしかしなかったんじゃないのか? お前は、事業を一つでも立ち上げたのか? ミネルヴァ商会の売り上げを伸ばしたのか? 商人として、お前は一体何をしたんだ!」
商人としての格の違いを見せつけられたガウディは、呆然としている。両手を地面につけながら、体をガクガクと震わせる。
最後に、カイルがとどめを刺す。
「お前は、紙切れ一枚でミウから全てを奪った。そして、紙切れ一枚で、全てを失う。これは決定事項だ。覆ることはない。――自業自得だ。」
カイルの言葉を聞いた途端、ガウディがバッとうつむいていた顔を上げる。その瞳は、絶望一色に染められていた。ガウディは、カイルを、そしてミウを見る。ガウディの目には二人に対する怒りの感情は既にない。あるのは、後悔。そして、自分自身への怒りであった。
「あ、あああああああああああ!!!!!」
ガウディの声が事務所内に響く。ほぼ同時に、時計から12時を告げる鐘の音が響いていた。
「全て終わりだ。ガウディ、事務所から、そしてミネルヴァ商会から出ていけ」
カイルがそう告げると、ゆっくりとガウディは立ち上がり、うつろな様子で事務所の入り口へと向かっていく。
ギィッと扉が開く。外にはいつの間にか、ザアザアと雨が降っていた。傘もささず、ガウディがフラフラと外へ出る。
「ガウディさん……」
不意に、ミウが口を開く。
「私は、今までのあなたを許せません。でも、やっぱりあなたは私の家族なんです。もう一度、もう一度、這い上がってきてください。あなたは、私よりも優れた商人なんですよね? 私にできたのだから、あなたにもできるでしょう? そして、またいつか、家族として私と再会してください。それまで……さようなら」
ミウは、本当に心の優しい子だ。あんな目にあってなお、ガウディのことを気遣い、ガウディを家族と思っている。
ガウディが、ゆっくりとミウに振り返る。ガウディが、何かをボソッとささやく。カイルには聞き取れない。横を見ると、ミウがコクリとうなずいている。ガウディの言葉は、ミウには届いたようだ。
ガウディの方に再び目をやる。ガウディの目が潤み、濡れているのにカイルは気付く。ただ、それが雨なのか涙なのか、カイルには分からなかった。
ギィッと扉が閉じ、ガウディの姿が見えなくなる。
事務所内に静寂が響く。少し間をおいて、ミウが口を開く。
「ガウディは、昔はとても有望な商人だったんです」
ミウがゆっくりと語り出す。
「そう、だったのか」
ミウの意外な一言に、カイルは少し驚く。
「とても勉強熱心で、志の高い青年でした。父も、彼をとても買ってましたよ。『アイツは大きくなるぞ』って。私もそう思ってました」
ミウが続ける。
「ですので、父の死後、彼が豹変したのはとてもショックでした。その後の彼の振る舞いはさらに……」
ミウの表情が、とても悲しげになる。
「その時、私は思ったんです。人の価値って、すぐに変わっちゃうんだ……って。そして、私はガウディさんのことをあきらめました。もう、あの頃の彼に戻ることはないんだって」
カイルは、うなずきながらミウの話を聞いている。ミウは続ける。
「でも、今は違います。人は、何度だってやり直せる。一度どん底に落ちても、あきらめなければ這い上がれる!! それを教えてくれたのは、カイルさんです!」
ミウはカイルを見ながら、微笑みかけてくる。
「だから、私はガウディさんを信じることにしたんです。いつかきっと、這い上がって、笑顔で私たちの前に現れてくれる。人の価値は、すぐに変わる! 今度は、絶対いい方向に、変わってくれるはずです!」
ミウの目には、明るい未来しか映っていないようだ。カイルは、あふれんばかりの笑みを浮かべるミウの頭を優しくなでる。
「本当に、ミウは優しいな」
嬉しそうに、ミウがカイルの目を見つめてくる。カイルは、ミウの瞳が赤く輝いていることに気づいた。これは、鑑定眼を使ったときの目だ。
「鑑定、したのか」
「はい。彼の去り際に。……どうしても、確かめたかったので」
「どうだった?」
「ふふ、それはナイショです」
――鑑定眼。人やモノの真の価値を見抜く、ミウのスキル。
人の価値は移り変わる。彼女の言葉がカイルの頭の中に響く。打ちのめされ、全てを失い、後悔し、うなだれて事務所を出ていったガウディ。彼は、心を入れ替えたのだろうか。
去り際のガウディの姿は、彼女の瞳にどのように映ったのだろうか。それは彼女しか知らない。
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