第11話 タネ明かし②
「あ、あのう、カイルさん。実は私も、まだよく分かってないんです」
ミウがとても言いづらそうに語り始める。
「何がだ?」
カイルが答える。
「えーっと、この、契約書の裏側に書いていた内容です」
ミウは契約書の裏面を指さしている。そこに書いてあるのは、ガウディに隠していた、第5の契約項目だ。
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支払いが滞った場合、ガウディの所有するミネルヴァ商会に関する一切の権利・資産をそのまま、ミウに譲渡することとする。
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ミウは首をかしげながら、続ける。
「あの、なんでこの契約内容にしたんでしょうか……ガウディにとっては、そんなにキツくない条件に思えちゃうんです。ずーっと考えてたんですけど、やっぱり分からないんです」
頭の回転の速いミウだが、どうやら契約関連については得意ではないらしい。商売において非凡な才能を持つミウの、意外な弱点。
「ガウディの言うように、ミネルヴァ商会は多額の資産を保有しています。不動産も多く持ってますし、換金性の高い資産がたくさんあるんです。最悪、直営の商店を売却することもできます」
ふむふむ、とカイルは聞き入っている。ミウは続ける。
「ガウディが支払わなければならない金額は、毎月540万ゴールド。確かに、莫大な金額ですが、ミネルヴァ商会に支払えない金額とは言えません。……私はこう考えたのですが、いかがでしょうか?」
ミウはチラッとカイルを見て、教えを乞うように言う。
「ふむ。そうだな。オレの解答は、『契約書をよく読め!』だ」
ガーン、とミウはショックを受けている。まさかガウディと同じことを言われるなんて、屈辱だとでも言わんばかりの顔だ。だが、素直にカイルの言うことを聞き、契約書を再度読み始める。
「えーっと、最後の契約書の一文は――『支払いが滞った場合、ガウディの所有するミネルヴァ商会に関する一切の権利・資産をそのまま、ミウに譲渡することとする』――あれ?」
ミウが何かに気づいたようだ。
「権利・資産をそのまま? あ!!」
「気づいたようだな。ガウディはミネルヴァ商会の権利と資産をそのまま――つまり契約当時の状態でミウに譲渡する必要がある」
カイルがニヤッと笑う。そう。これこそが、契約書の一番重要な部分だ。
「ということは、ガウディは勝手にミネルヴァ商会の資産を売れないってことになりますね。勝手に売っちゃったら、契約不履行があったときに、資産をそのまま譲渡できなくなる――」
例えば、スキンエリクシルの支払いのために不動産を一つ売ったとする。すると、ミネルヴァ商会の資産は売った不動産の分だけ目減りしてしまう。すると、いざ支払いが滞ったとき、ミウに譲渡できるのは、資産が目減りしたミネルヴァ商会だけだ。これでは、契約を履行できない。
『契約内容に反した行動ができない』という詐欺師の契約書のスキル効果により、ガウディはミネルヴァ商会の資産を勝手に売ることができないわけだ。
カイルは続ける。
「その通りだ。ガウディは、毎月540万ゴールドもの大金を、ヤツの『私財』で支払う必要があるわけだ。ミネルヴァ商会の力を借りることは許されない。これは、オレとガウディの契約なんだ。オレとミネルヴァ商会の契約じゃない」
カイルの言葉を聞いたあと、ミウがポンッと手を鳴らす。
「なるほど!『そのまま』の4文字が、この契約書のポイントだったんですね!」
納得した様子で、うんうんとクビを縦に振るミウ。不意に、その首の動きが止まる。
「あれ?でも、なんであんな回りくどい契約内容にしたんですか? もっとシンプルに、『サインすると、ミネルヴァ商会の全てを無条件で譲渡する』って内容を契約書の裏に書けばよかったんじゃ……」
ミウが素朴な疑問を口にする。
「その内容じゃあ、ガウディはかたくなにサインしないだろうな。《詐欺師の契約書》は契約内容の負担に応じて、ハードルが上がるからな」
「あ!確かにそうですね。『スキンエリクシルを仕入れできる代わりに財産を全て失う』なんて契約、だれもサインしません! 私だってイヤです!」
「だから、『支払いが滞れば』という条件付きにしたんだ。『支払いが滞るなんてありえない』って思っているヤツにとっては、そこまで抵抗感のある契約じゃない」
「うーん、確かに、ガウディは契約内容を全部知った後でも、啖呵を切ってたくらいですしね。今でも、『支払いが滞るはずがない』って思っているはずです」
「ヤツは、まだ『ミネルヴァ商会の資産を売れない』って条件に気づいてないからな。そもそも、契約時点では、ヤツにとっては儲け話だったんだ。500ゴールドでバカ売れする商品を300ゴールドで仕入れるという、な」
「なるほど! カイルさんは、ガウディを『だまして言いくるめた』わけですね。《詐欺師の契約書》って、こうやって使うスキルなんですねえ」
カイルの口元がニヤッと緩む。
「実際、今回の一件は、かなり凝った作戦を立てたからな。『金欠』と『ミウの復讐への警戒感』という二つの弱点を攻め、ガウディの金銭欲と焦りを煽る。その上、契約書はミウですら騙し通すくらいに凝った内容だ。当事者のガウディは、未だに契約内容の恐ろしさに気づいていない。正直、《詐欺師の契約書》をここまで使いこなせるのは、世界中でもオレくらいのものだろうな」
「カイルさん……」
ミウは、珍しく熱弁するカイルを見ながら、少し冷めた様子でつぶやくように言う。構わず、カイルは続ける。
「これからのガウディは見ものだぞ。いつ、自分が抜けられない罠にハマったことに気づくのか、非常に楽しみだ。全てを手に入れた男が、あっという間にすべてを失っていく。そんなB級ドラマを、間近で見ることができるんだからな。盛大に悪あがきをして、その後絶望のどん底に落ちるさまをさらしてもらいたいものだな」
カイルは目をつぶり、ガウディが没落していく様子を想像する。その表情は、大事を成し遂げた達成感というよりも、ガウディの不幸を心底楽しみにしているように見える。
「カイルさんって……結構性格悪いですよね?」
ミウはジト目でカイルを見ながら、そんなことをつぶやくのだった。
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