第10話 タネ明かし
「おいコラ! カイル! 一体、どういうことだぁァァ!!」
ガウディとカイルの契約から8日後、ヤクザまがいの大声が事務所に響く。目を血走らせ、怒り心頭のガウディが、早朝からカイルの事務所に乗り込んできたのだ。
「一体、どうされたというんですか? ガウディさん。今月分のスキンエリクシルは先日お届けしたはずですが」
カイルは椅子から立ち上がりもせず、いたって冷静にガウディをいなす。目線は手元の書類を見たまま、ガウディの方を見ようともしない。
「どうもこうもねぇぞ! オレと独占契約を結んだはずだろ! なんで他の商店が『スキンエリクシル』を売ってんだよぉぉぉ!!」
ガウディの怒りは収まらない。一方のカイルは呆れた表情だ。
「ちゃんと契約書、読んだんですか? カイルさんに文句を言うのは筋違いですよ」
見かねて、来客用のソファに座っているミウが突っ込みを入れる。
「なっ!? ミウ!? なんでお前がここに……」
怒りで頭に血が上っていたため、周りが見えていなかったのだろうか。今さらミウの存在に気づくガウディ。
「なんでって……私とカイルさんはビジネスパートナーなんですから、彼の事務所に私が居ても何の不思議もないでしょう?」
ガウディは、事態が呑み込めないといった様子で、ぽかーんと口を開けている。
「もう演技は十分だろう。ガウディ、オレとミウは最初からグルなんだ。お前からミネルヴァ商会を取り戻すために手を組んだ」
ガウディが顔を真っ赤にしている。こぶしを握りしめる手がブルブルと震える。
「オ……オレを、だましたのか!?」
「ああ、そうだ。オレたちの目的は、お前にあの契約書にサインさせることだったからな。もう、オレとミウの関係をお前に隠す意味はない」
カイルはやれやれといった様子で首を横に振りながら、ガウディに真相を暴露する。
「いや待て!! あの契約書は無効だ! スキンエリクシルを他の店舗に売るのは契約違反だ!」
ガウディが大声で契約の無効を主張する。
「お前、ミウの話聞いてたか? 契約書のここをもう一度読んでみろ」
カイルは、ガウディの目の前に契約書を差し出す。そこには、
===
『カイルは、ガウディ以外にスキンエリクシルを販売できない(独占契約)』
===
と書いてある。
「そら見ろ!お前は他の商店にもスキンエリクシルを売ってるだろ! 契約違反だ!」
「ふう、察しが悪いな……オレはスキンエリクシルを他の店に売っていないぞ? 独占契約には違反していない。 ほかの店は、独自にスキンエリクシルを作って売ってるんだ」
カイルの言葉に、ガウディが言葉を詰まらせる。
「な……ど、どういうことだ!?」
まだ、状況を理解していないようだ。ミウと違い、頭の回転が鈍いガウディにカイルは呆れながらも、説明を続ける。
「7日前、お前と契約を結んだ直後だ。ウェストミンスト市内の主な薬品店の店主を集めて、セミナーを開いたんだ。内容は、『スキンエリクシルの製造方法について』」
「な!!」
鈍いガウディも、ようやくカラクリに気づいたようだ。
「スキンエリクシルの製造は簡単だ。ポーションとスライム液、そして染料を混ぜ合わせるだけ。それぞれの分量も店主たちに包み隠さず伝えたよ。そして、わが社公認のスキンエリクシルとして販売してよいという許可も与えた」」
カイルは続ける。ガウディは、衝撃のあまり口をパクパクさせるだけで、言葉が出ない様子だ。
「ライセンス料は無料。その代わり、スキンエリクシルを100ゴールドで販売して欲しいという条件を付けた。店主たちは大喜びだったよ」
実際、スキンエリクシルの適性価格は100ゴールド。ミウの鑑定眼のお墨付きだ。スキンエリクシルの原価は約25ゴールドなので、販売価格を100ゴールドにしても、十分利益は出る。
なぜ、カイルたちはこんなことをしたのか? その目的は、スキンエリクシルの価格を暴落させることだ。ガウディは、一本300ゴールドでカイルたちからスキンエリクシルを買い続ける契約を結んでいる。つまり、1本あたり200ゴールドの赤字になる。これで、ガウディは大損をする、という寸法だ。
「な……製造方法を他の店にばらしただとぉ!? そんなこと、認められるわけねぇだろうがぁ!!」
憤るガウディ。そして、さらにあきれ果てるカイル。
「何度も言わせるな。契約書をちゃんと読んだのか? 『守秘義務』なんてどこにある?」
「へ!?」
ガウディが、間抜けな声を上げる。
「この契約書の、どこに『製造方法の守秘義務』なんて書いてあるんだ?作り方を誰に教えようと、それはオレたちの自由だ」
ガクッとガウディは崩れ落ち、両膝と両手を地面につける。カイルたちの言い分は正当で、論破の余地はないことは明白だった。
ガウディは間抜けにも、一本100ゴールドでしか売れない商品を300ゴールドで仕入れる契約をしてしまったわけだ。しかも、毎日600本も購入する約束で。一日当たり12万ゴールド、一か月で360万ゴールドもの大金を損することが既に確定している。しかもそれを、半年間も続けなければならない。大損では済まされない。
では、なぜカイルたちはガウディに損をさせたいのか?その理由は、契約書の隠された最後の一文にあった。
「ガウディ、何度も言うぞ。お前、契約書をちゃんと読んだのか? ちゃんと、裏面も確認したか?」
「へ!?」
またもや間抜けな声を上げるガウディ。カイルは、契約書の裏面をガウディの目の前に差し出す。そこに書いてあったのは、契約書の5つ目の項目であった。
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支払いが滞った場合、ガウディの所有するミネルヴァ商会に関する一切の権利・資産をそのまま、ミウに譲渡することとする。
==
「な、なんじゃこりゃあ!!」
ガウディは目の前の契約書をカイルから奪い取り、顔を埋めるようにして契約書を凝視している。ガウディの手はブルブルと、いやガクガクと震えている。
実際のところ、ガウディが契約書の裏面に気づかないのもムリはなかった。契約時点では、この文言は見えなかったからだ。裏面の文書は、カイルが特殊なペンで書いたものだ。書いた時点では無色透明だが、一日経つと黒く文字が浮かび上がるというインクが使われている。相当入念に目を凝らさなければ、契約書の裏面に何かが書かれていることに気づくのは不可能だったろう。
「こ……こんなの、オレは知らないぞ! こんな契約書は無効だ! 無効!」
ガウディが納得できないと言った様子で喚き散らす。
「いいや。この契約は……有効だ。お前にも、よく分かっているだろう?」
カイルが低く大きな声で言葉を発すると、それに呼応するかのように《詐欺師の契約書》が青白くポウッと光る。その様子を見ると、ガウディは冷や汗を大量に流しだした。
「あ……う、あ……」
ガウディは声にならない声を上げる。どうやら、本能的に悟ったようだ。
この契約書は有効だ。契約条項は予め既に書かれており、ガウディのサインがある。スキル《詐欺師の契約書》の発動条件は、全て満たされている。例えガウディが一部の契約項目に気づかなくても、だ。
事務所を静寂が支配する。聞こえるのは、ヒューヒューというガウディの呼吸の音だけ。十秒ほど静寂が続く。そして、静寂を破ったのもまた、ガウディであった。
「は、は、は……ハーッハッハッハ!! だからどうしたって言うんだよぉ!! 金を払えばいいんだろ、払えばぁ!」
突然ガウディが大声で笑いだす。
「お前らぁ、オレを誰だと思ってるんだ!! ミネルヴァ商会のガウディ様だぞ! 資産数億ゴールドの商会を仕切るこのオレが、こんなはした金払えねーわけねーじゃねーか!! お前らの作戦なんて、ぜーんぶ幼稚なんだよお!! 金を全部払い終わったあと、てめえらに生き地獄を見せてやるからなあ!! オレに喧嘩売ったこと、後悔しやがれ!!」
バン!!と机を力いっぱい叩いたあと、ガウディはズカズカと事務所を出ていく。
やれやれ、とカイルは腕を組む。ガウディは、まだ何もわかっていない。あの契約書がどれほどガウディにとって致命的で、最早なすすべなどないのだということに。
「どうやらもう一回、アイツに言わなきゃならんみたいだな。『契約書をちゃんと読んだのか?』って」
ちなみに、カイルは街中の医薬品店で100ゴールドのスキンエリクシルを買い、それをガウディに300ゴールドで売っています。
まさに錬金術ですね(笑)
~武井からのお願い~
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