第1話 勇者カイル、詐欺師として転生する
「それでは、スキル『錬金術』とともに転生する、ということで良いですね?勇者様」
転生の女神。そう呼ばれる女性が勇者カイルに語り掛ける。女神は、長い金髪をなびかせながら微笑んでいる。端正の取れた顔。凛とした声。その姿はとても神々しく、カイルは少し圧倒される。
しかし、その微笑みはどこか幼げで可愛らしく、人懐こい親しみも感じられる。何とも不思議な雰囲気だ。
カイルは、女神を真っ直ぐ見つめながらうなずく。
「ああ。それで構わない」
今まさにこれから、勇者は転生するのだ。全くの別人として新たな人生を始めるために。
――勇者転生の盟約。この世界には、そう呼ばれるシステムがある。
勇者とは、魔王を倒したものに与えられる称号。世界に平和をもたらした功労者だ。その労をねぎらい、勇者には女神より転生の機会が与えられる。
これは、古より定められた約束事であり、歴代勇者全てに与えられた報酬である。魔王を倒し、激動の人生を終えたカイルも例外ではない。
カイルは、闘いに明け暮れた前世に疲れ果てていた。魔王を倒すために満身創痍の闘いを続け、多くの仲間を失った。だから、転生後の人生は人々の役に立ちながら、平和に暮らしたいと心から願っていた。
『錬金術師』として転生し、人々を喜ばせるアイテムや装備を作りたい。そして、自らが勝ち取った平和を満喫したい。カイルの心は、新たな人生への期待と希望で満ち溢れていた。
勇者が深くうなずいたのを確認し、女神は手元のウィンドウを操作し始める。女神の手元には、グラフやらボタンやらがたくさん表示されたウィンドウが空中に浮いている。どうやら、女神は勇者転生の手続きを始めたようだ。鼻歌交じりで、パネルを優雅にかつ軽快に指で叩いている。
「次の勇者様の人生、とっても素敵なものになるといいですね」
指を動かしながら、視線をチラッとカイルに向けて、女神は話しかける。
「ああ、とても楽しみだ。錬金術師って職業にはちょっとした憧れがあったんだ。アイテム合成とか、すごく楽しそうだしな」
カイルは口元を緩めながら、転生後の人生への期待を口にする。
「えっ!??」
女神は軽快に動く指を止め、あっけにとられた様子で勇者を見つめる。そして、困惑した表情で話し始める。
「えっと……勇者様が選んだスキルは『錬金術』ですよね!? 錬金術スキルをもつ職業は【詐欺師】ですよ!? 勇者様は詐欺師として転生されますけど」
「えっ!????」
勇者と女神がキョトンと目を合わせる。どうやら、お互いの認識に齟齬があったようだ。それも、致命的な。
「れ、錬金術って、アレだよな。ホラ。アイテムとか装備とかを錬成する…」
カイルは明らかに動揺した口調で女神に確認する。
「あぁ!! そっちの錬金術かと思ってたんですかぁ! そっちじゃないですよ。錬金術ってのは、『お金を殖やす』詐欺の手口のことです」
あっけらかんと女神が言う。その言葉を聞き、勇者の顔からサーっと血の気が引いていく。呆然とするカイル。
数秒後に正気に戻ると、まくしたてるように女神に抗議する。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 詐欺師って、そんな職業選ぶわけないだろう!! やっぱり、錬金術じゃなくて他のスキルで転生する!」
「た、大変申し上げにくいのですが……もう、手続き終わっちゃいました。今さら変更するのはちょっと……」
とても言いづらそうに女神が言う。視線は宙をさまよい、勇者の目を直視できない。どうやら、最早手遅れのようだ。
「そ、そんな……! お、オレのライフプランが……」
「すすすすみません! オマケでもうひとつスキルを付けますから、なんとかご勘弁を……」
女神がそう言うや否や、楕円形の空間の裂け目がカイルの目の前に現れる。それは、まるで空中に現れたトンネルのようで、中は漆黒で何も見えない。どうやら転生の儀式が始まったようだ。
「い、イヤだぁぁぁぁ! やり直しを要求するーーー!」
カイルの叫びも届かず、身体はトンネルの中へと吸い込まれてゆく。カイルの身体が漆黒へと消えると、円形のトンネルはみるみる小さくなり、空間の裂け目はピッタリと閉じてしまう。そしてカイルは、まるで濁流に呑み込まれるかのように漆黒の空間の中を流されていった。
――目が覚めると、カイルは白いベッドの上に横たわっていた。ゆっくりと上半身を起こし、周りを見回す。古い、木造の部屋。ところどころ汚れてはいるが、きれいに手入れされているようだ。
壁に立てかけてある姿見を見る。そこに映るカイルは、転生前よりも明らかに若々しい姿だった。
頭の中の靄が晴れていくかのように、カイルの記憶・意識がはっきりしていく。今この瞬間まで、転生後のカイルは、転生前の記憶を失っていた。18歳の誕生日を迎えた今日、転生スキルとともに、前世のカイルの記憶と意識が解放されたようだ。
同時に、『詐欺師として転生する』という女神の恐ろしい言葉が頭に浮かぶ。恐怖に凍りつくカイル。だが、確認しない訳にはいかない。意を決したように、あの言葉を口にする。
「ステータスオープン」
カイルの目の前に、黒いウィンドウが突如として現れる。
―――― ステータス ――――
名前: カイル
職業: 詐欺師(レベル1)
HP: 10
MP: 10
攻撃力: 1
防御力: 1
スキル: 錬金術(初級)
詐欺師の契約書
―――――――――――――――
ウィンドウに書かれた白い文字を確認すると、カイルは「はぁ…」と大きなため息をつく。
「職業、バッチリ詐欺師って書いてあるのか……昨日までは『無職』だったはずなのになぁ」
「スキルが2個……2つ目は、女神のサービスってやつか。名前からして、ろくでもないスキルにしか見えない……」
震える指で黒いウィンドウの『スキル』欄に触れる。すると、それぞれのスキルの詳細説明が表示される。
《錬金術(初級)》:貨幣を生成する。100ゴールドあたりMPを1消費。
「貨幣の生成。確かに錬金術だな」
そう口にした後、一つの疑問がカイルの頭に浮かぶ。
「……まさか偽札じゃないよな」
一抹の不安があるも、カイルは深く考えないことにした。錬金術は詐欺の手口、とあの女神は言っていた気がするが、多分気のせいだろう。
はぁ、ともう一度ため息をついた後、カイルはもうひとつのスキルの説明に目をやる。
《詐欺師の契約書》:このスキルで生成された契約書にサインすると、サインした人物は契約内容に反した行動が一切出来なくなる。相手がスキルの効果や契約内容を正しく認識していなくても契約は有効である。しかし、契約の負担に応じてサインのハードルは上がり、契約内容を後から変えることはできない。
「長いな……」
カイルはそう言いつつも、丁寧に説明を読み解いていく。
「どうやら、契約内容を強制的に守らせるスキルのようだな。このスキルで生成した契約書にサインすると、その契約を反故にできないってことか。……凄まじいスキルだな」
カイルは、すぐに《詐欺師の契約書》の威力を理解した。例えば、『国をよこせ』という契約書を国王にサインさせれば、国をのっとることもできる。使い方次第で、とてつもない威力を発揮する、凄まじいスキルだとカイルは即座に見抜いた。
「スキルの効果や契約内容を認識していなくても契約は有効、か。つまり、相手を騙すことができるわけだ。確かに、『詐欺師の』契約書だな」
カイルは、様々なケースを思案する。例えば、見えないほど小さい文字で契約内容を記載しても良い訳だ。相手がその文字に気づかなくても、契約は有効だ。他にも、敢えて誤認させるようにあいまいな文章を作ったりしてもよい。
「最後の一文は、スキルの制約のようだな。契約の縛りがキツすぎると、相手はなかなかサインしなくなるのか。契約を後から書き換えることもできない。……と言うことは、相手を『言いくるめる』必要があるな」
例えば、『道端の石ころをあげるから、1000ゴールドをよこせ』という契約を見えない文字で書いたとしても、相手は頑なにサインしたがらないだろう。相手は契約内容が分からなくても、スキルの効果によりサインのハードルが上がる。いかに相手を説得し、言いくるめて契約書にサインさせるかが問われる。まさに詐欺師の実力が問われるスキルだ。
「さて、どうしたものかな」
ステータスウィンドウを閉じ、カイルは三度ため息をつく。スキルの性能に関しては、はっきり言って申し分ない。使い方によっては、世界をひっくり返すほどの威力を持つスキルだ。
さらに、カイルとスキルの相性もよい。前世のカイルは、『知略の勇者』『七色の戦術使い』の異名を取った頭脳派勇者だったからだ。
しかし、どうにもイメージが悪い。カイルのスキルは、相手を騙すことで効果を発揮する。正直、悪党にこそ似合う、犯罪まがいのスキルだという印象がある。
前世で勇者たる自分には似合わない。出来ればこんな詐欺紛いの能力に頼らず生きていきたい。そんな思いをカイルは抱いていた。
とはいえ、金を稼がなければ生活はできない。転生後のカイルのステータスは、はっきり言ってゴミクズである。以前のように冒険者として生計をたてるのは無理だ。いや、冒険者どころか、あらゆる職業に適性がない。両親を亡くしてから5年、色々な職業にチャレンジしたが、どれも一か月も経たずにクビになっている。
両親が残してくれた財産も、もうすぐ底をつく。どうやって今日から生きていこうか。目覚めたばかりなのに頭が痛いカイルであった。
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