ブルーベリーの転がる先
間違いなどを編集して、ちょっとお話を追加してみました。
まだ粗削りかもしれませんが、良かったら読んでいただけると嬉しいです。
今日、約三年続いた彼と別れた。彼と別れたのはこれで二回目。
一回目はケンカ別れ。『もういい!』そう言って私は一方的に連絡を断った。
それから半年間は地獄のような日々だった。
心に穴が空いたようだとよく言うが、まさにその通りだった。
友人との楽しいランチも、楽しみにしていた恋愛ドラマを観ても、その穴は埋まることはなくて、真っ暗くて深くて大きいそれは、彼の存在の大きさを示すのにちょうど良かった。
でも、意地っ張りな私は、自分から連絡を取ろうとはしなかった。
月日が流れ春の陽射しがこぼれる頃、彼からLINEがきた。
『誕生日おめでとう』
私は胸をざわつかせた。
なぜ、どうして今更彼が連絡をくれたかが全くわからなかったからだ。
私はどう返事を返していいかもわからず、ありさわりのない返事を返した。
『ありがとう』
それからというもの、彼から毎日LINEがくるようになった。
まるでこの半年間何もなかったかのように。
そして久しぶりに2人で会うことになった。彼はカフェのコーヒーをすすりながら、おどけた顔で言った。
『俺、別れるなんて一言も言ってないけど?』
私のフォークに乗っかっていたブルーベリーが口に入る前に転がり落ちた。
それがきっかけになり、私達はまたよりを戻す(?)事となった。
夏には海に行き、秋には紅葉狩りにドライブに行った。
クリスマスも一緒に過ごしてこのままずっとこういう時間が流れると思っていた。
けど、バレンタインデーの日だった。彼の仕事を終わりに、夜景がキレイなレストランに行く約束をしていた。
見慣れた車が私の前に滑り込んでくる。私は彼の車に乗り込んだ。
すると、ドアを開けた瞬間にほのかに甘い匂いが鼻をかすった。
シートベルトを閉める時、カツンっと足に何かが当たった。
座席下何かが置いてある?これを【女の勘】というものだろうか。
嫌な予感がした私は迷わず座席下に手を突っ込んだ。
出てきたのは小さな紙袋だった。中にはHAPPYバレンタインのシールが貼られた、チョコレートの空箱が入っていた。
『誰にもらったの?』
彼は一瞬目を見開いたが、車を発進させながら、すぐに笑顔を取り戻し答えた。
『会社の事務のおばさんにもらったんだよ。義理チョコだけど、お返しは期待してるってさ。』
彼は大した事ではないとでも言うような素振りで車を走らせていた。
けど、彼が嘘をついているという事を私はすでにわかっていた。
『へぇ~。これGO◯IVAの新作チョコレートだよ。私の手の平サイズの箱の大きさだけど、これだけで3000円以上するんだよね。こんなの普通。よっぽどお世話になった人か、【本命】にしか送らないけどね』
『えっ?』
彼の顔はどんどん青くなっていった。ハンドルを持つ手も小刻みに震え始めた。その後も何か言っていたが、しどろもどろになり、もはや言い訳も言い訳に聞こえないぐらい焦っていた。
私は彼がチョコに疎い事を初めて良かったと思った。
『止めて!!』
私はうさを晴らすように大声で言った。
彼はその声に肩を跳ね上げ、彼は急いで路肩に車を止めた。
『待って!ちゃんと話すから!レストランだってもう予定してるんだし!』
彼の言葉が聞こえないかのように、私は無言でシートベルトを外し車から出た。
『じゃあ、その【事務のおばさん】と行けば?さぞ喜ぶでしょうよ!!』
勢いよくドアを閉めて、私はつかつかとその場を離れた。
事務のおばさん!?冗談じゃないわ!!しかも、バレないように車で食べて、座席下に隠すなんて!!
私は自分が渡そうとしていたチョコレートを公園のゴミ箱に投げつけた。新作のGO◯IVAのチョコレートを。
その翌日、昨日の夜から私のスマホを鳴らし続ける主から長文のLINEが何通もきた。
あのチョコをくれたのは事務のおばさんじゃなく、今年入ってきた新入社員の子で、自分が教育係を任された同じ部署の子。
一緒に仕事をしている間にお互い意識し始めていい感じになっていたらしい。
それが連絡を取ってなかった期間とたまたま重なってしまって、私にもそのいい感じの子にも、うまく伝えられないままここまできてしまった。
それで、昨日改めて告白されたらしい。でも、その子とはまだ付き合ってないし、私が嫌なら、告白も断る。
というものだった。
いや、それただ私が相手しなくなったから、他の子に乗り換えようとしてただけじゃない?
まだ付き合ってないって何?
私が嫌なら断るって、私が何も言わなかったら付き合うつもりだったの!?
そう思うと、今までの彼の言動を思い出し、私はぞっとした。
そして一週間後に私は彼と会う約束をした。
嬉しそうにピコピコと連続してなるLINE通知を冷ややかな気持ちで眺めていた。
紙袋に、思い出の品を詰めながら。
一週間後。私達はいつものカフェで待ち合わせした。
彼は会うやいなや、私を持ち上げる。
『今日も可愛いね』『会えて嬉しい』『会えなくて寂しかった』
謝罪の言葉は一言もなし。より戻った時はそんな事一言も言わなかったのに……。
そりゃそうだよね。私より7つも年下の子と楽しく恋愛ごっこの真っ最中だったもんね。
恋愛ごっこ……。
それをしていたのは私なのかもしれない。ただ彼といることが楽しくて、本質まで見抜けなかった。
勝手に好きになって、ケンカして、勝手に落ち込んで、連絡がきたらまた浮かれて。
自分は一体何をしていたのだろう……。
必死に盛り上げようとする彼を見て、ただただ心に虚無感だけか広がった。
私は持っていた紙袋をテーブルの上に置いた。
『これは?』
プレゼントか何かだと思ったのだろうか、半ば嬉しそうに彼は躊躇なく袋の中身を覗いた。そしてそのまま固まった。
『返すね。もういらないから。』
『もう一度やり直せるでしょ?だって、今までうまくやってきたじゃないか?』
『今まではね…。でも、知ってしまったらもう無理だって事に気付かないの?私はあなたに2股かけられてたようなもんなのよ。』
『だから、彼女とはまだ付き合ってないって言ってるだろ!?』
私はその言葉に深いため息をついた。この男はきっと何を言ってもダメなんだ。
『もう2度と連絡してこないで。さようなら。』
私は彼を残して店を出た。
本当に終わったんだ。これでいいんだ。清々した。そう思っているのに、なぜだか、涙が次から次へとこぼれ落ちた。
3年近くの月日は私にとって長すぎたようだ。
こんなにも呆気なく終わりを迎えるなんて、全くの予想外で味気のないものだった。
冷たい北風は、痛すぎるぐらいに濡れた顔に刺さった。
一年後、私はいつものカフェで紅茶を楽しんでいた。
そこにいつもよりブルーベリーが多くのったカップケーキがお皿に乗って運ばれてきた。
『今、農園から産地直送で届いたブルーベリー。サービスね♪』
店長のお姉さんは嬉しそうに、テーブルに皿を置いた。
ブルーベリーはカップケーキに乗り切れず、お皿にもちりばめられていた。
『うちの子よろしくね♪あの子、いい子だから。』
30半ばであろう店長は目配せをして、自慢の美髪のポニーテールを揺らしながら、ご機嫌にキッチンへ戻っていった。
そう、私は1年ぶりのデートをする。相手はこの店に2年前から働いている大学生の男の子。くしくも私より7つ年下。
実は、店長や長く働いてるスタッフは、私の元彼が若い女の子と度々この店に来店しているのを目撃していたらしい。
そして、私と元彼との最後様子を見て、別れたと確信し、私に一目惚れをしてしまっていたという大学生(通称バイト君)を、皆が後押しし、数週間後には、連絡先を聞かれ、数ヶ月後には毎日連絡を取るようになっていた。
半年を過ぎたら頃には、彼の勤務時間に、店へ遊びに行くようになっていた。
そしてついに今日、彼がお店が休みだというので、一緒にお茶を飲むことにした。
カランカランー。っとお店の来客の音がした。
私は待ち人が来たかと思って振り替えると、そこには、若い女性と元カレが姿を現したのだ。
何と間の悪い。しかも思いっきり振り返ったせいか、目が合ってしまった。そして私は【ある物】に釘付けになり、フリーズしていた。
『あちらの席へどうぞ』
気付いた店長がすかずフォロー。私の座っている席の一番離れたの席へと2人を案内した。
そうこうしているうちに、また来店の音がした。
今度は本当の待ち人がやってきたのだ。
バイト君は私を見るなり、走って駆け寄ってきた。
まるで、ご主人様の帰りを待っていた愛犬のようだ。
『遅くなってすみません!電車が少し遅れてしまって!会えてとても嬉しいです。』
何とキラキラした目だろう。
『どうかされました?顔色が良くないみたいですけど……』
『いやっ、あの~……。』
そこへ再び、店長がバイト君分の紅茶を運んできて、こそっとバイト君に耳打ちをし素早く立ち去った。
はっとした表情をしたバイト君の視線の先には、にこやかにお茶を楽しむ2人が見えているのだろう。
『すぐ出ましょう。あなたばかりがそんなに嫌な思いばかりしなくていい。』
『待って!私なら大丈夫。せっかく店長さんがブルーベリーサービスしてくれたの。良かったら一緒に食べない?』
『いいんですか?』
『ええ』
私は笑顔で頷いた。
私達は小さなカップケーキを半分に切って食べた。何でもない雑談に笑い合いながら、楽しんだ。そして最後のブルーベリーを口に運ぼうとした時だった。
『付き合ってもらえませんか?』
唐突な言葉にブルーベリーはフォークから転がり落ち、バイト君の紅茶のソーサーにうまく乗っかってしまった。
それを見たバイト君は自分のフォークで転がったブルーベリーを突き刺して、私の口の中に入れた。
私は反射的に口を閉じてブルーベリーを食べてしまった。
『美味しい?』
妙に艶っぽく聞いてくるバイト君に戸惑いながら、縦に首を振った。
『間接キス』
といい、バイト君は自分のフォークをちらつかせた。
今度はイタズラっぽい笑顔でにんまり笑っていた。
『!?!?』
もうアラサーと言われる年齢になったというのに、がらにもなく私は顔が熱くなるのを感じた。
『ビックリしました?』
『うん…』
『すみません、食べてる姿が可愛くてつい。今度から気をつけますね』
『うっ、うん……』
『ここの農園のブルーベリー美味しいですよね』
『うん。』
『ここで働いている僕のことも好きですか?』
『うん……え!?』
『すみません、またイタズラしちゃいました…』
イタズラした割には、バイト君、耳真っ赤だけど……。
その姿になぜか微笑ましくて笑ってしまった。
『場所変えましょうか。』
そう言って私は店を出た。
その時、後を追いかけるように、元カレ達も出てきた。
『久しぶりだね』
元カレは何を思ったか、私に話しかけてきた。
『2度とお会いする事はないと思ってたけど。そちらも仲良くやってるみたいで良かったですね。事務のおばさんも元気?』
私は白々しく返した。元カレの隣にいるのはどう見ても、【あの女】だ。
『あっ、ああ……。そちらは……』
元カレはバイト君へ目線をやった。
『この人?私の彼氏。さっき告白されたわ。』
『『えっ?』』
元カレとバイト君の声はハモったが、二人の表情は対照的な物だった。
彼はまさかと顔を引きづらせ、バイト君は顔を喜びに輝かせていた。
『まさか?こんなガキっぽいのと?』
『確かに彼は、私よりだいぶ年下だけど……前の彼女の付けてたネックレスを新しい彼女にプレゼントするような、無神経な事はしないわ』
元カレはぎょっとした顔をした。
『あなたの首元で光っているものは私の誕生日石なの。あなたが私と同じ4月生まれなら話は別だけど』
『9月です……』
女は怒りに満ちた震える声で答えた。
そしてネックレスを引きちぎり、別れの言葉と一緒に投げつけてその場を去っていった。
『さっ、行きましょうか』
私はバイト君を促した。
『待ってくれ!そんな男ただの遊びだろ?俺だって、あいつとは本気じゃなかっんた!ずっとお前が好きだったんだ!!そんな男やめて、またやり直そう!!』
元カレは必死に訴えた。何と都合の良い言い訳わけだ。
『忘れたの?2度と連絡しないでね。と言ったはずだけど。それは2度と会いたくないって事よ。やり直す気なんて、さらさらないし、この人と別れる気もさらさらないから!!』
私が息を荒く、肩を上下に揺らしていると、そっと肩に温かい手が置かれた。
『僕もあなたが、彼女がいるのに若い子をお店に連れてきてる事は知ってました。別れていだいてありがとうございます。今度は僕が、あなたよりも何倍も彼女を幸せにしますから。だから安心して、彼女の事はもう忘れてください。』
バイト君は元カレに軽く会釈すると、私を落ち着かせるように背中をポンポンと撫でた後、腰に手を回して私の身体の向きを変えさせた。
少し照れながらも、嬉しそうに見つめ合いながら歩いていく二人を元カレは茫然と立ち尽くしたま見つめていた。
あの日以来、私はとても穏やかな日々を過ごしている。
元カレは、彼が働くカフェにピタリと来なくなったらしい。
私も時々カフェには行くが、姿を見ることはなかった。
そして今日も私は、もう店内に一人、二人しかいない閉店間際の時間にカフェの席に座り、紅茶を飲んでいた。彼の仕事が終わるを待って食事を一緒にする約束をしていたからだ。
『今日誕生日何だって?これサービスね♪』
そう言って店長は小さな籠の中にカフェで売られている、クッキーやカップケーキを詰めてくれていた。透明なラッピングに包まれ可愛いリボンがくるくると回って上で結ばれていた。
『こんなにたくさんいいんですか?』
『ええ。もちろん。多分、あの子も何かしら用意してるだろうから、それを楽しんで。私のは日保ちのするものだから』
『ありがとうございます』
私が礼を告げると、どこか嬉しそうに髪の毛を揺らし店長は戻って行った。
すると、入れ違いにスタッフ専用出入口から、足早にバイト君…いや、彼が出てきた。私を見つけると、相変わらず愛犬のように近付いてくる。
『お待たせしました!』
『まだ早くない?まだお店閉まってないし、片付けだって終わってないでしょ?』
『大事な日に女を一人で待たせるな!って。店長がはやく上がらせてくれたんです』
そう言われて、店長を探すと、最後の客の会計をしている店長は、チラッとこちらを見て目配せをした。
そして、会計を済まる時に改めて二人でお礼を言い、店を出た。
おしゃれなお店で楽しくディナーをしていると、いきなり店内の照明が暗くなった。そしてロウソクの火が揺れるケーキが私の前に運ばれて来た。店内にはハッピーバースデーの曲が鳴り響き、見知らぬ客たちも歌い手拍子が始まった。私は一瞬、これは店長の入れ知恵かな?とも思ったが、ロウソクの火越しの彼が、あまりに優しい眼差しで見つめるものだから、私は少し恥ずかしがりながらも、目の前で揺れている火をそっと消した。辺りは明るくなり、拍手が巻き起こった。こんなに嬉しい誕生日は久しぶりだ。
食事を済ませた後、二人は夜桜が舞う公園を歩いていた。
『今日はありがとう。あんなに賑やかな誕生日は久しぶりよ』
『嫌じゃなかった?』
『確かに、少しは恥ずかしかったけど、嫌なんかじゃなかったわ。料理もケーキも美味しかったし。何より楽しかった』
『良かった』
彼は安堵して肩を撫で下ろした。彼は私の手をそっとでも強く握りしめた。そして私の目を真っ直ぐ見つめた。
『ちゃんと言っておきたくて……。
僕はあなたの事が大好きです。年下だし、学生だし、頼りないと思われる事もあるかもしれないけど。それでも、大好きです』
彼の真っ直ぐな視線と言葉が胸を締め付けられる。
私は気が付いたら彼を抱き締めていた。
『私も、ちゃんと言ってなくてごめんね。
私もあなたが大好きよ。歳も歳だし、仕事でもしっかりしなきゃとか思うときもあるけど、あなたと一緒にいるといつも自然な私でいられるの。あなたの真っ直ぐな所や広くて深い優しさに何度も私は助けられてる』
『嬉しい……』
そう言った彼の瞳は潤っていた。
どれぐらい私の事が好きなのかその一言でさえも伝わってくる。
私は我慢できずにそっと彼の目尻にキスを落とした。
『!?!?』
彼の顔がみるみるうちに桜色に変わる。
『そっ……そういう事されると、僕も男なんで色々我慢が出来なくなるんですけど……』
『いいよ?』
そう言った瞬間、何かが弾けたように、彼の唇が触れてきた。
たった数秒だったが、すごく長くて幸せな時間だった。
触れた場所が離れても、余韻に浸りたくて。二人は見つめあったまま動けずにいた。
その時、祝福するように、風が二人を通りすぎ、桜の花びらを柔らかく撒き散らした。
『夜の風はまだ少し冷たいですね。僕の家で温かい紅茶飲んでいきませんか?僕淹れます』
『そうね。店長さんに頂いたお菓子もあるし、ティータイムにしましょうか』
二人はまた手を繋ぎ公園を後にした。
風は優しく暖かったが、それはもはや私にはどうでもいい事だった。
読んでいただいてありがとうございました。
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