そしてズレは正される
ここがチャンスだ。俺はそう考えた。ここで、ゼロゴの気持ちをこちら寄りにできるような説得ができれば……!
自分が口下手なのは自覚しているが、ゲームの話ならできる。思い込め。ゲームの設定を交えて、仲間に解説しているような感じで――。
「いいか、ゼロゴ。邪教団でどんな話を聞いたかは知らないが、これは実際に起こったことだ。
現実世界で、OpenEyesっていうコンピューターウィルスが猛威を振るったんだ。こいつのせいで、事故当時にRBDをやっていたプレイヤーが意識不明になる事態が発覚したんだ。実際はプレイヤーだけじゃなかったけど。
理屈はわかんないけど、原因不明の昏睡が世界中で起きたってことで大混乱さ。
俺は友達が被害に遭って、それを何とかするためにいろいろ調べた。そうして、昏睡状態になっているのがRDBプレイヤーだったことが分かったんだ。
そして、RBD方面に調査を絞った俺は、この世界にくる方法を発見した。俺は、OE事件の被害者を助けるためにここに来たんだ」
ゼロゴは、驚愕に目を見開きながら、視線をさまよわせた。
「そんな……いや、そんなはずはないんだ。僕たちのいた世界ははるか昔で、僕たちはこの世界を救うために選ばれた存在なんだ……」
俺の言葉に反論をしようとしているが、それでも自分に自信がなくなってきたのか。さっきよりもか細い声で言葉を紡いでいる。
「現実の世界で、本当の体は生きている。一方方向じゃなくて、この世界と意識が連動してるんだ。ひもが途切れていない以上、元の世界に戻る道はあるはずなんだよ、ゼロゴ!」
ゼロゴは片手で頭を押さえ、片頭痛患者のようにふらふらと足元がおぼつかない用だった。そのまま、近くの壁によりかかった。
「……だとしても、この塔には誰も入ることはできない。望みのない手掛かりを探す度よりも、安全なここにいたほうがいい。そのはずなんだ」
……この塔に入れない?そんなはずはない。ギミックこそあれど、ゲームに存在する以上、侵入できないダンジョンがあるはずはない。
「この塔の侵入の仕方は……知ってるね?」
「ああ。入口のパズルを解くことでインスタンスダンジョンの入り口が開く。それは、変わらないだろ?」
「そうだ。柄も何もない、50×50の石のパズル。決められた3か所に、最初のピースをはめて10分以内に正しいピースをはめた後、回答ボタンを押して、正しければダンジョンへの道が開く。
普通なら面倒な条件も、世界各地のイベントをこなすことで、はめる場所と正しいパズルピースが分かるわけだが……3度間違うとパズルの形も正しい場所もリセットされて、ヒントがわかるイベントは翌日にならないと復活しない」
「ああ。入るだけでもクソ面倒なダンジョンだ。……まさかその仕組みを変えたのか?」
ゲーム通りだからこそクリア可能なギミックだったのに、根柢のルールを変えたのか?それは流石に反則が過ぎるんじゃないか!?
そんな俺の心配をよそに、ゼロゴはフ、と笑って口を開いた。
「さすがに仕組みを変えることはできないさ。パズルのリセットもできない。
……でも、僕は好きなタイミングで正解の場所を変更できるんだよ」
「……!?」
このダンジョンのギミックを知っていれば、正解を用意して目的の3ピースをセットした後、回答のボタンを押す。そんな有識者の行動を逆手に取った、最悪の手札だ。ゲームの仕組みを知っていれば、確実に引っかかる裏ワザ。
最悪だ。詐欺みたいなものだ。覚悟の準備をしていてほしい。
そうか。そういうことで、この塔にはプレイヤーが入れないという確信があるのか……なるほどな。
「回答ボタンを押すタイミングで、正解を変えるだけさ。パズルの画面は、この通り」
ゼロゴが空中に手を掲げると、空間がゆがんで別の光景が映った。ゲームでよく見た、パズルの画面だ。
「パズルに誰かが触れれば、僕にはわかるようになっている。あとはこの画面を見ながら好きなタイミングで設定を変えれば――……!?」
自信ありげに言葉を紡いでいたゼロゴだったが、画面がはっきり写って言葉を失った。
確かに。
助けに来たのがゲームのプレイヤーだったりしたら、俺は絶対に助けの手が入らないだろうとは思う。だから、俺も思わず言葉を失ったが、助けに来てくれたのは、あいにくテルヒロだった。
ならば、関係ない。
なぜなら、写った画面の先。テルヒロの手が縦横無尽に動き、パズルが瞬く間に完成していく光景が映っているからだ。
「悪いがテルヒロはこのゲームはど素人でね。あれも、『パズルがあるから組み立てる』程度にしか考えてないだろうな。
でも、おかげで途中から正解の場所が変わっても、完全に出来上がったパズルなら影響はないだろ」
「なんだ……!?なんであんなポンポン簡単にピースがはめられるんだ!?柄も色も、何もないんだぞ!?」
そう、テルヒロはよりによって無地のパズルの中心から着々とパズルの完成形を組み立てているのだ。
「テルヒロは、ゲームになると途端にポンコツだけど、直接体験できるもの……手に取れるものとかだな。現実のものに関してめっぽう強くてね。
昔見せてもらったときは、400ピースのホワイトパズルを2時間で終わらせてたよ。
しかも今のテルヒロはゲームのパラメータが加算されてるからな……。常人のパラメータと比較すれば、今のテルヒロなら2500ピースでも10分のクリアは可能だ」
俺がそういっている間に、見る間に入口のパズルが出来上がり、回答ボタンが押された。完璧なパズルを前に、ゼロゴのチートは使えない。
インスタンスダンジョンの入り口が開き、突入する二人の姿が、ゼロゴの写した画面から分かった。
俺は、呆然とするゼロゴに向き直った。
「もうあきらめろ。邪教団の教えは、俺たちプレイヤーの真実じゃない。この世界の住人の真実だ。
俺たちは帰れるんだよ、ゼロゴ」
俺の言葉にしばし無言を貫いていたゼロゴだったが、泣き笑いのような表情で俺に顔を向けた。
ようやく、話を聞く気になってくれたか……?
「シオさん……この世界と、現実世界でひもがつながっている、ってどうやって分かったんだ?」
俺は、この時一方的に安心してしまっていた。だから、俺は思わずポロリ、と漏らしてしまった。
「実は、現実世界でも死んだ人がいてな。思うに、この世界で生きているなら現実世界でも生きている、みたいなことになっているようなんだ。
だから、この世界の状態と、現実世界の体に何かしらの連動がされていると思うんだ」
その時。
ゼロゴの表情が強張った。
瞬間、俺は自分の失言を察知した。
「……嘘だ」
「ゼロゴ?」
さっきよりも。明らかに狼狽えた表情と震える声。頭を振って、不安を振り払うような。
……待て。思い出せ。クランバインさんと同じように、ゼロゴもまたこの世界の役職についている。狂信者の塔の管理者を自称できているのが証拠だ。
――狂信者の塔の支配者は、誰だ?
ボスモンスターは……『クルーエルマージ』。――アンデッドモンスターだ。
「――シオちゃん」
やべぇ。
さっきよりも冷たく。明らかに殺意がこもった空気を感じる。
体が自然と、戦闘態勢に入ることを自覚する。
「キミも、僕といっしょに、この世界にいてくれ」
そういうゼロゴの体に、黒い靄のようなものがほとばしった。
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ちなみに地球上でいうと、平均的に300ピースで約5時間、2000ピースで約一日といわれています。この作品はフィクションなので、照弘くんの特技はどこぞの金小金井くんのルーピックキューブのようなものと思っていただければと思います。
ちなみにホワイトパズルを中央から作る変態は私の友人です。