彼が来て、時は動き出す
俺が狂信者の塔で目覚めて一週間が経った。俺が目覚めたのは攫われた当日の内だったので、俺がテルヒロと別れて一週間ということになる。
この世界で、ここまでの期間離れ離れになったのは初めてだ。少し心細いのは、自覚できる。
しかし、もし俺の知っているテルヒロなら――きっと。
俺は、鉄格子の入った窓から外を見下ろしながら、ぼーっとしていた。
……いつもは昼飯をどうするか、と昼時前に訪ねてくるゼロゴが、今日は遅い。俺は、彼を待っているのか、それとも待っていないのか。
益体もない手元は動かず、訓練はやっていない。ただただ、呆と意味もなく光景を映している。
「やぁ、お待たせ。少し用事が入っちゃってね、遅くなっちゃったよ。
今日のお昼はどうしようか」
しばらく待っているうちに。ガチャリとドアノブの回る音とともにゼロゴが部屋に入ってきた。……遅かったじゃないか。
つまり、そういうことなんだろう。
俺は、ゆっくりと振り返った。
「助けが来たんだろう?」
俺の言葉に、ゼロゴの表情がひきつった。図星だったか。
「……なぜ、そう思うんだい」
「『いけにえの石像』のイベントは、王国近辺の森の中でランダムで発生する。とはいえ、タイミングよく狙える場所はフォウニーの街との直線距離にある森だ。
と、なるとイベントが発生したのは途中経路の……あー、名前は忘れた。王都との分岐点で、ヤイタイ側の村にいく分岐点の森。あそこだ。
もし、そこからこの塔まで直行するなら、遅くて一週間くらいだろう。早ければ5日くらいだろうけど、まぁテルヒロじゃあスムーズに進むこともないだろうしな」
「……そんな馬鹿な。キミだってこの塔のことは知っているだろう?塔に入るためには、他のイベントが必要になる。
そんな直行で来るはずが」
……そうだな。普通なら、しない。俺だってそうだし、誰だってそうだ。でも、相手はテルヒロなんだよな。
あいつは、そんなコト知らないだろう。知らなくて、進んでくるはずだ。あいつは、そういうやつだから。
――俺は、どんな表情をしていたのだろう。ゼロゴは、そんな俺が気にくわなかったのか激高して声を荒げた。
「……来たから、なんだっていうんだ!何も変わらない!なんだって、君は誰かが塔にたどり着いただけでそんな顔をするんだ!
君はここにいて、あいつらは入ってこれない!君は――!」
俺は、手を挙げてゼロゴの言葉を遮った。
「……保護してもらったのはありがたかったけど、ここで足踏みしているわけにもいかないんだ。
元の世界に戻らないといけないからね」
正直、感謝はしている。ゼロゴが居なければ、俺は下手すれば死んでいたのだから。
でも、俺はただ守られて、経過を待つなんてできないんだ。
「この世界は、地球じゃない。よしんば地球の慣れの果てだとしても、俺たちが居た地球なんかじゃ絶対にない」
「何を根拠に……!」
ゼロゴの反論に、俺は目を閉じて、自分の考えを整理する。
「一つは、絶対のルールが存在することだ」
「ルール……?」
「そう。あまりにもゲーム然としたルール。
ステータスで見える数値は、俺たちの身体能力を表すだけじゃない。ステータスにポイントを割り振ることで、身体能力を強くすることも、それまでできなかったことができようにもなる。
たとえ物理法則に則った行為だったとしても、『【アビリティ】がない』というだけで不可能になる制約がある。これは【マナ】とやらによる制約や制限じゃない。明らかに過程をすっ飛ばした結果しか出ない現象。
人も、魔物も、俺たち以外のすべてが何かしらの誘導に従って、ゲームシステムを無視する行動もだ。この世界は、決められた法則が存在する。あまりにも、自然じゃないんだ」
「……しかし、記録があるんだぞ。僕たちの祖先が、あるいは子孫が残したメッセージが!」
「それは、失われた情報の一端に過ぎない。俺たちが、ゲームをやっていたころに知らなった事実だったからインパクトあったけど、実際には没イベントだったりすでにあったシナリオかもしれない。
ゼロゴ。お前の言うそれは、それ自体がこの世界がゲームじゃない理由になるかもしれないけど、それがRBDで用意されているシナリオじゃない証拠にはならないんだ」
「だから君は、君の信じたい方を信じるというのか!?事実から目を背けて!」
……そうだな。俺は、俺がテルヒロを地球に返したいから、そう動いて、自分の考えを信じているだけかもしれない。俺が、ゼロゴ達、邪教団の考えを否定しきる根拠としては弱いのかもしれない。
結局のところ、俺もゼロゴも、よそから持ってきた、事実とは程遠い考察をぶつけ合っているだけに過ぎない。
……俺は、なぜこんなに取り繕っているのか。その理由は、分かっている。
俺だって、人並みに感謝の気持ちがあるんだ。助けてもらったから、助けたい。彼が、帰れないと思っているのなら、それは違うと。家に帰れるんだ、と教えたいのだ。
そのためには、彼のコネクションが必要なんだ。俺は、彼をこちら側に引き込みたいのだ。
さて、どうするか――。
悲痛な声で叫んだゼロゴは、自分が大声を出したことに気づくと、一つ、深呼吸をした。
「……君は、まだわからないのか。この世界が、僕たちがいるべき世界だ。僕たちは、そのために"喚ばれて"きたんだ」
「……"喚ばれた"?」
俺は、聞き捨てならない単語を聞いて、思わず聞き返した。食いついたと思ったのか、ゼロゴが笑みを浮かべて語りだす。
「そうだとも!僕たちは喚ばれた!この世界を救うために!
だから、この世界の道理を知る僕たちが、はるかな時を超えて選ばれたんだ!」
ゼロゴの論舌に、俺は歯車がガッチリとハマったような音を聞いた。
そう。俺は、ここにきてようやく。俺とゼロゴの――邪教団の方針との根底的な違いを理解したのだ。
「そうか……そこか。そこからなのか」
「うん?何がだい?」
「この世界に"喚ばれた"という認識だよ。認識の入口が違うんだ。
そうだな、たしかに"喚ばれた"のであればこの世界は現実なんだろうさ。
でも、違うんだ。お前たち『先行組』とは、前提の認識が違う」
「……『先行組』?」
ゼロゴは、俺の言葉に訝しげに眉をひそめながら単語を繰り返した。
「そもそもの発端は、お前たちがOpenEyesウィルスの被害に遭ってRBDサーバーに意識を転送されたことなんだよ。
だからこの世界は、ゲームの世界……サーバーの中にあるデータに過ぎない。それが、俺の考えの、一番根底にある事実だ」
ゼロゴは、俺の言葉に目を見開いて驚いていた。
そうだ。俺は、彼らの言う事実の根拠に驚き、この世界の中で彼らの根拠を否定しようとしていた。でも、そもそも俺は彼らとは違う。
俺は、望んで、自分の行動でこの世界に来た。この世界は、RBDサーバーの中の世界であることは疑いようもない。
その前提を全員が共有しているはずという思い込みが意識のズレを生み、混乱してきたんだ。
自分で飛び込んだという自負。それが、俺の中の間違いない、この世界を否定する根拠だ。
そして入口があれば、必ず出口はあるはずだ。一方方向であってたまるか。
「俺は、お前たちを助けるために、自力でこの世界に飛び込んだ『後発組』だ。
元の世界、地球からやってきたことが、この世界が本来いるべき世界ではないという根拠だよ」
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気が付けば100,000PVを突破していました。ご覧いただいてくださり、誠にありがとうございます。
必ず満足のいく形で完結させる所存ですので、お付き合いいただければ幸いです。