友よ、君の名は
狂信者の塔の地下で手に入れることができた情報は、あの動画が全てだった。他の資料は破損しているか、再生できないかのどちらかだったからだ。
あの後の俺は、用意された部屋に戻ってきて、あの動画の内容を反芻していた。ゼロゴは、代わらず食事の差し入れだけをしてくれる。
一日経って思うのは……なるほど。ゼロゴの言う通りだ。今、目に見えている情報が、全て彼――彼らの言う内容と合致している。推測も、正しいように思う。
でも、それでもだ。
それに比べても俺には手に入っていない情報が多すぎる。先入観で目が曇っているのかもしれないが、俺には、どうしてもこの世界が作り物にしか見えないのだ。
それを確かめる方法は……ああ、くそ。らしくない。思えば後悔ばかりだ。何故、俺は試さなかったのか。
……わかっている。テルヒロだ。あいつを助けるために、俺は焦っていた。この世界に来てから――いや、この世界に来る前から、軽率な行動をとっていた。
全ては、"照裕"を元の世界に帰すために。
【アビリティ】なしで、この世界の文書に触れるべきだった。最初に文書系のパッシブアビリティを取らずに、【スキルブック】を手に取るべきだった。この世界のことを検証するべきだった。
……じゃあ、そんな余裕も人員もあったか?答えは、今でも昔でも断じて「No」だ。
確かに俺は軽率な行動をした。脇目も振らず、未知の世界で最短ルートを作ろうとしたのだ。冷静な俺がそれを見れば、無茶、無謀と笑うだろうさ。
それでも、それは必要なことだった。結果、俺はテルヒロを失うことなく王都への道のりを手にしたのだから、間違ってなどいないはずだ。……もっとも、それで今はテルヒロとはぐれた挙句に、狂信者の塔なんぞにいるわけだが。
そんな、事実の検証が可能な状況からほど遠い現状と環境ではあるが、それでも目にしてきたもの、俺が持っている情報が、ゼロゴの言う事実が間違っていると訴えている。
決定的なのは、なんであろう彼らの信奉する【WE】だ。
俺は、フォウニーの街で確かに見た。魔法陣で空いた穴の向こうに並ぶWEの像を。あの神殿のような倉庫のような、データベースの空間の存在。
もし、彼らの言う通り、何か巨大な敵と戦うためにワールドイーヴィルが作られたとするなら、あの場所で全部そろって並んでいるのはどういうわけだ?
なによりも、動画に出てきた"敵"の存在。『位相次元からの侵略者』。
ゲーム時代を思い返せば、ワールドイーヴィルが出現するときの演出は、空間に円状にひびが入って、ガラスを割るように破裂して空いた"穴"から現れる。その演出は、むしろワールドイーヴィルのほうが『位相次元からの侵略者』だ。
俺は、そこまで考えて頭が煮え切っているのを自覚し、ベッドに体を横たえて天井を見た。
それだけで、頭が冷える――べくもない。
「――……はぁ~……」
大きくため息が口から洩れる。
……すべては、確固たる証拠のない、俺の主観だ。確たる証拠もない。俺の印象でしかない。つまりは、被害妄想だ。
今更邪教団と手を組むのも気が乗らない、というだけ。創作の世界ではよくあることじゃないか。敵だと思っていた存在が、本当は正しいことをしていたのだと。世界を守るために戦っていたのだと。
……邪教、か。彼らを邪教を定めたのはいったい誰だったのか。その情報は、失われて久しく、もはや所属する彼らですらも覚えていなかったりするのだろうか。
思い返しても、邪教団の教祖はゲーム内では明らかにされなかった。果たしてどれほどの歴史を持つ集団なのかも、分からない。その不透明感が、俺の芯でモヤモヤするのかもしれない。
ルーツが分からない、彼らの根底がどこにあるのかわからない。
……あぁ~……誰かに相談したい。気兼ねなく話ができる相手が欲しい。
テルヒロ……はこういう話はついてこれない。せめて当時のゲーム仲間がいてくれたら。
とはいえ、この空間は同じインスタンスダンジョンに入っている面子としかチャットができない。現実であればゲーム外でボイスチャットが使えるから、そんな制限も無視して会話できるのだが。
残念ながらRDBにはボイスチャット機能は実装されなかった。まぁ、こんなインスタンスダンジョン実装した後では、通常チャット以外のコミュニケーション機能を付け加えるのにははばかられたのだろう。
俺は、だれにもつながることのないフレンド欄を開いた。
かつて、ゲームがリリースされた当初。顔を合わせては手に入れた情報だけで、公開されていない世界観を考察しては夢想して、話し合った面々を思い出す。徐々に公開されていく情報と照らし合わせて、合っている合っていないを討論したものだった。
あの頃のクセがまだ抜けていなかったのか、と思わず苦笑が漏れた。
久々の考察をしたことで、昔を懐かしく思ってしまったのか。当然だが、昔の知り合いは『アイネル』サーバーでのつきあいしかない。この『フュフネル』サーバーで遊んだ相手ではない。当然『シオ』とはフレンド登録していないので、リストには誰もいない。
数少ない、フレンドリストに並ぶ名前――グレーアウトしているテルヒロたちの名前を一瞥し、検索欄に覚えている名前を入力していく。
<その名前のキャラクターは存在しません>
<その名前のキャラクターは存在しません>
<その名前のキャラクターは存在しません>
<そのキャラクターはログインしていません>
<その名前のキャラクターは存在しません>
<サーバーが違います>
<その名前のキャラクターは存在しません>
<そのキャラクターはログインしていません>
<その名前のキャラクターは存在しません>
<その名前のキャラクターは存在しません>
……ん?
待て。
待て待て待て。
俺はさっき入力したユーザーをもう一度入力する。『大殺界縄文★菩薩★太郎』……『そのキャラクターはログインしていません』……?いやいや、こんな特徴的な名前が複数のサーバーにまたがっててたまるか。
RBDは名前の重複が認められないタイプの形式をとっている。つまり、俺と付き合いのあった『アイネル』のキャラクターと奇跡的に同じ名前のキャラクターが『フュフネル』に存在するということだ。
……可能性はゼロではない。ゼロではないがちょっと考え難い事実だ。
じゃあ、ありえないが、もう一つの可能性を考えてみる。この世界に『アイネルサーバーの大殺界縄文★菩薩★太郎』がいるという可能性だ。
しかし、俺にはそれを事実にできる要素を一つ目の当たりにしている。
So-09――『ソウル・トーカー』だ。俺がこの世界に呼び出した『アイネル』サーバーのキャラクター。つまり、別の……例えばほかのWEクエストの中で呼ばれた可能性……?
いや、ない。断じてない。太郎ちゃんは戦闘用の構成ではない。隠密能力とスタミナに全振りした謎構成は、探索だけに特化した考察班の一番槍だ。いうなれば殺傷能力がない暗殺者だ。
到底、ワールドイーヴィルが召喚されることと天秤にかけて呼び出すようなキャラクターではない。
ごちゃごちゃしてきた。判明している事実だけを並べてみる。
この世界では『ロックリーチ』の出現条件も分かっていない。
この世界では『フォウニーの街のWEクエスト』が終わっていなかった。
この世界で呼ばれるWEは『フュフネル』の予定だった。
だから、この世界は『フュフネル』だと思っていた。
しかし、この世界に呼ばれたWEは『アイネト』だった。それは、召喚主の操作ミス、あるいは意図的な……
――まて。それは仮定だ。ここに事実はない。これが召喚ミスなのだとしたら、わざわざ『アイネト』を呼び出したいとは何だ?
もし。
もしも。『アイネト』が呼ばれたのが、邪教団の召喚主の誤算でも、計画通りでもないとしたら。
もともと、この世界で呼び出されるWEが『アイネト』なのだとしたら。
「この世界は……『フュフネル』サーバーじゃなくて『アイネル』サーバー……?」
いや、そもそも、サーバー名の保証なんてなかった。
あの動画は何と言った?『五体の生体兵器』?つまりこの世界に、五体ともいる?この世界をRBDに告示させたのは?【マナ】を演算しているのは?
RBDの日本"サーバー"だ。
思いつくままに入力する。
『Around Fifty』……『サーバーが違います』。
『PRETTY』……『サーバーが違います』。
『天体ハルジオン』……『そのキャラクターはログインしていません』。
つまり、サーバーが違う、というのは管理している【マナ】を演算しているサーバーということか?アルファベットの名前は海外サーバーに飛ばされている?
だから何だ?……そうじゃない。これは手がかりだ。
頭を切り替えろ。ここはRBDじゃない。『RDBに酷似した』世界だ。あの動画の言っていることと俺の知るRBDに当てはめてしまうと、この世界が地球になる結論になってしまう。
じゃあ、この世界が、俺のいた地球の未来でないと結論付けるなら、まずはこの世界のRBDのルールを見つけるんだ。その差異が、この世界が俺たちのカエル世界ではないというきっかけになるはずだ。
事実を積み重ねろ。真実のみを見ろ。俺の中にくすぶる違和感をすべて理解した時、ゼロゴの嘘が――「この世界が地球だ」なんて、戯言だと分かるはずだ。
元の世界に戻れない、なんて。絶対に認められない。まずは、ここを突き崩す。
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一番難産だったのは太郎ちゃんの名前でした。普通付けないだろって名前が下ネタしか思い浮かばないおじさん脳が悪いんだと思います。