世界の真実
「……どうだい?驚いたろ」
途切れ、ノイズしか映らないモニターを前に、茫然としている俺に、ゼロゴはそう言い放った。
俺は……言葉も出なかった。
だって、それは、つまり。
「この世界は、地球だ。異世界からの侵略者と戦い、人間――いや、地球人かな?が敗れた世界。遥か未来の、地球だ!」
両手を広げ、確信をもった事実を突きつけてくるゼロゴ。
でも、だって。だったら、何故。
「じゃあ、ステータスは……?ARグラスは……?」
「動画で言っていたろ?俺たちの知識では理解の及ばない超科学と、宇宙からやって来た物質のテクノロジーの融合だ。原理も何もわからない科学は、魔法だ。それが事実だよ」
「だとしたら……なんでRBDなんだ。なんで、知っているゲームの設定なんだよ」
「それは、こいつが原因さ。さっき言ってたろ。生き残った機材を使うってな」
ゼロゴがそう言って指した先にあるのは、コンクリートの壁……?いや、金属だ。ペンキが剥げたり錆びたりしているが、それは金属の板だった。
そして、模様だと思っていたそれは、意味のある文字として目に移った。
「……『RBD-00-JMS』……RBDの日本サーバー……」
「そうだ。こいつがせっせと演算して【マナ】を操作していたんだ。こいつ自身に蓄積されたデータは、こいつが操作する【マナ】に大きく影響したに違いない。
それで、この世界の進化がRBDの世界観に"寄った"んだ」
「そんな……そんな馬鹿な」
「いい加減に認めなよ」
ゼロゴは、嬉しそうな笑みを浮かべては近づいてきた。俺は、怖くなって後ずさりするも、机が邪魔で逃げられない。机を背にした俺を、追い詰めるようにして、こいつは。
「戻る世界なんて、どこにもないんだ。ここが、地球なんだから」
そう言って、俺の顔を覗き込もうとしてきた。しかし俺が反射的に顔を背けると、それ以上近づくこともしないで、すっと体を引いてくれたのは、助かった。
さっき俺が話した、PTSDのことを思い出してくれたのだろうか。俺は、ゼロゴから顔をそむけたまま、考える。彼の言うことを否定する要素を。だって、そうしないと、俺がこの世界に『助けに来た』意味が、ない。
しかし続けて放たれた言葉で、俺は再び驚くことになる。
「だって、そうじゃないか。何で、異世界に来てまで日本語が通じるんだい?」
「……は?」
日本語?
いやいや。それはないだろ。確かに俺はこの世界の人間と、どんな種族とでも話せはする。しかし、この世界に共通語なんて存在しない設定だ。
もちろん、プレイヤーが聞こえる話し言葉はゲーム上必要なご都合主義として補正されるだろう。だが、そもそもが異世界からの遺物である俺たちは、【言語理解】のアビリティがないと、文字は読むことが――。
あ。
気付いた。……気付いてしまった。
俺は、ギルドの依頼書や文字は、【言語理解】があるから日本語に変換されているのだと思っていた。だから、違和感を持っていなかった。
RBDのシナリオでも、元々の内容が複数の種族でまたがった話が普通に展開されていた。当然、種族ごとに同じ言葉をしゃべっているが、それが俺の耳にはアビリティの効果で日本語で聞こえるようになっている。だから、そのことに違和感を感じていなかった。
じゃあ、テルヒロは?
あいつには、最低限のアビリティしか持たせていない。【言語理解】のうち、話し言葉"だけ"は必須だと思ってアビリティの分岐をコンプリートさせず、基礎的な【言語理解:口語知識】だけを取得しておかせたのだ。そうすればとりあえず会話が通じないことはないのだから。
そしてアビリティがないと"読めない"書類関連のアイテムは俺が読むことで、アビリティに使うポイントと経験値を節約して浮かせようとしていたのだ。
しかし、この世界であいつは、フォウニーで普通に書面を読んでいた。それだけじゃなくて内容も理解していた。
そうだよ。あれは、おかしい。行動するうえで、【アビリティ】が絶対のこのゲームで、【アビリティ】無しで、書面は読めないはずなのに。
一方の俺は、言語系のアビリティはコンプリートしていた。それは、「そうしないとゲーム上で支障があった」からだ。アビリティを持っているから、自動的に日本度に翻訳されて見えているのだと思っていた。
テルヒロもわからない言語があれば聞いてくるはずだ。そんな気持ちでいたから、詳しい内容を尋ねられてこともなげに答えていた。
しかし、テルヒロが何が書いているかわからない、と尋ねてきたことはなかった。
しかし、ゼロゴが言うにはそうではないのだと。
そりゃそうだ。母国語だもんよ。
しかし、あまりに自然で気付かなかった。話せるから読めるものだと思ってしまっていた。
「この地域は、旧地球でいうところの日本なんだ。
知ってるかい?他の大陸のギルドとこの大陸のギルドでは、言語体系が全く違うそうだ。なんでも、『26の記号』で言語を表現するらしいよ。どういう言語だろうね」
……それは。『英語』ということか?
俺の中に、じわじわと絶望が侵食してくる。それを見て取ったのか、ゼロゴはにっこりと、それはそれは嬉しそうに笑った。
「理解してくれたかい?
すでに地球に立っている僕たちが、果たしてどこに帰るというんだ、ということに」
ふ、と。体から力が抜けた。
腰を落とした俺は、さび付いて車輪が回らなくなったキャスター付きの椅子に座ることになった。ぎしり、と音を立てたその椅子には、今となっては懐かしい合成皮の触感がした。
「シオさん。あなたの知識と応用力は素晴らしいと考えている。できれば、僕たちの手を取ってほしい。
もちろん、こわいというのならせめて保護させてくれ。この世界で、僕たちは異物だ。
それでも、僕たちはワールドイーヴィルを目覚めさせて、祖先の仇を取らなくてはいけない。それだけが、真実を知る僕たちの使命なんだ。
この世界に呼ばれた、理由なんだ」
ゼロゴは、そう言って俺に手を差し伸べてきた。
……ワールドイーヴィルを。
「……フォウニーで、元の世界に戻るためにWEクエストを進めていた、って言ってなかったか」
ゼロゴは、俺の質問に困ったように笑みを浮かべて後頭部を掻いた。
「あの時は、まだ下っ端だったからね。だけどあの事件で生き残ったことで、僕もこの部屋に足を踏み入れる資格を得た。
今思えば、あの時の召喚者のプレイヤーがアイネトを呼び出したのは確信犯だったんだと思う。すべてを知っていて、それで命を懸けてアイネトを召喚したんだ。
今ならわかるよ。もし元の世界に戻れる期待を持ちすぎていたら、この事実は耐えられない。あの事件で、元の世界に帰れないと理解していたから、僕はまだ正気を保っていられる。この教団で活動できるんだ」
じゃあなんで俺に見せたんだこの野郎。俺は――。
「君も、うすうす感じていたんじゃないのかい?元の世界に、本当に帰れるのか、と。
あの、王国に所属する、理想を捨てきれていないプレイヤーたちを見たときに」
悪態をつこうとした俺を制するように、ゼロゴはそう言った。俺は、その言葉に喉を詰まらせた。
俺とテルヒロよりも、前から舞台は動いていた。当然、実力派のプレイヤーもいる。彼らが、何も手をこまねいているわけがない。
それでもなお、元の世界に戻る手がかり一つ手に入れてなかった。その時、俺は……俺は、確かに落胆していたんだ。
まだ、俺の最初の目標が達成されていないことに安堵してなお、ほかに方法が全く見つかっていない事実に。そして、俺の作戦に、わずかも保証を与える情報がないことに。
そして、今。それは決定的な事実として突き付けられた。
でもそうならば。俺は――。俺は、何のために。
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この話の通り、今章はシオ君を主軸にした話と並行して、この世界の真相を明らかにする章となります。




