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異世界の十日目 もしくは一日目

お待たせしました。ようやく合流です。

 危なかった。マジで危なかった。

 目の前でがつがつと飯を()()む照裕――P(プレイヤー)C(キャラクター)名『テルヒロ』を見ながら、やっと自分の中で一区切りついた、と俺は大きな息を吐くことができた。

 

 あの時。ワールドサーバーにアクセスした瞬間。

 正に、(まばた)きの瞬間だったものの、予想通り『ReBuildier DImentions』の世界に取り込まれたようだった。

 目を開ければ、そこにはストーンサークルの柱。俺の新しく作ったキャラは、まだチュートリアルも終わらせてなかったおかげで、どうやら今いるのはゲーム本編が開始直後の時点、チュートリアルが終わった後だ。

 俺は、自分の姿を見下ろしながら体の感覚に意識を集中した。

 ああ、確かにコントローラを握っている感覚はない。あるのは、この片手に持つ初級者ワンドの感覚だけ。周囲は静かで、風と、風に揺られる木々の葉の音だけ。

 ……ではない。微かにガリガリとPCの音がしていた。しかし、それもだんだん耳鳴りが収まるように引いていった。それで、俺は今や地球の自分の部屋から隔絶(かくぜつ)したのだと理解した。

 さて、ここから予定通り照裕を探すわけだが、俺の懸念(けねん)点は大きく分けて三つある。

 懸念点の一つは、ゲーム開始時のサーバーがどこか、という問題。以前やっていた1st(最初の)キャラは、照裕の開始したサーバーとは別の、サービス当初から存在するサーバーだった。果たして、別サーバーのキャラでログインして合流できるのか?そこに不安を感じた俺は、極力安全策を取りたかったので、テルヒロと一緒にプレイするためだけに作った、出来たてのキャラクターを選択してログインした。

 今の体は、まさしく新しく作ったキャラクターの姿だった。強制的にレベルが高い方が選ばれるとか、とにかく1stキャラの体にされなかった。おそらく、この懸念点はクリアされている。

 ……諸事情により、ログインしたら現実と同じ体であってほしかったのだが、仕方がない。

 さて、次の懸念点一つは、ゲーム開始時の場所。このキャラクターは、まだ作ったばかりで最初のログインすらしてなかった。そこで俺は、チュートリアルの空間に飛ばされる可能性を考えた。

 チュートリアルの場所は、実は『ReBuildier DImentions』のどこにも存在しない空間なのだ。チュートリアル専用の空間。ここに飛ばされた場合は、チュートリアルが終わるまでは通常のゲームの空間には戻れない。果たして、チュートリアルを終えただけで出られるかが不透明だったため、照裕との合流が絶望的になりそうだったのだ。これは博打だった。

 今いるのは、チュートリアルを終えた後に出てくるストーンサークルの中。この向こうに、最初の街『ラカーマ』がある。どうやら、俺は博打に勝てたようだ。懸念点クリア。

 最後の一つは持ち物だ。チュートリアルをすっ飛ばしてきた場合、チュートリアルクリアでもらえるアイテムは持っているのか?

 

「ぐっ、ダメか」

 

 インベントリを開いて中身を確認し……期待したアイテムがないことを確認できてしまった所で、思わず悔しさに愚痴が漏れた。ここまでが順調だっただけに、最後の懸念点がクリアできなかったことで、一人で悪態をついてしまったのだ。

 というのも、今、俺が持っているのはキャラ作成時に支給される初心者装備と、装備を整える予算の1000 Gのみ。回復ポーション系は全滅だ。一番痛いのは、version 3.0 から追加された、チュートリアル突破記念で支給される、アクセサリー装備の『初心者の指輪』。こいつが良い値で売れるのだ。

 序盤の補助としては十分な性能だが、俺は念のため、突貫工事で先に進むプランでこの世界の脱出を考えている。この世界に居続けることで、現実世界の体への悪影響はない、とは言い切れないからだ。

 そうなると、初心者救済の低補正アクセサリーは、期待できる金づるだったのだが――。無念。

 しかし、最低限の金と装備があるので、まぁ何とかなるだろう。これがスッポンポンの素寒貧(スカンピン)だったらことが事だったが。しかし、前任者(メールの友人)の残してくれたメッセージにはそんな内容がなかったので、そこまでは心配していなかった。

 それに、こちとらversion 1.152 からやってるのだ。version 5 系列まではちゃんとまだ頭に入っている。なんとか金を作るプランで修正しよう。

 取り急ぎにあたって、方針を決めたところで改めて周囲に目を配る。

 

「……おお」

 

 元のRBDでは俯瞰(ふかん)視点のクォータービュー画面だったが、今は一人称なのが何とも感動的だ。思わず感嘆の声が漏れる。このリアリティはすごい。いや、リアルか。

 森の騒めき、微かに流れる風、土の匂い。森の空気なんて吸ったのはいつぶりだ?

 ……ふと、自分の足元を見る。ジャンプしてみる。うーん、すごい。体が軽いぜ。

 それはともかく照裕だ。遊んでいる場合じゃなかった。いや、遊んでない。これは大事な現状把握だった。

 フレンド登録をしておけば、メールでも送って待ち合わせできるんだが、先に言ったとおりログインすらしていなかったこのキャラクターのフレンド数は0。包み隠さず言えば、()()()だ。

 つまり、まだフレンド登録をしていないからメールも送れないから、この足で探さないといけない。そういうことだ。そもそも、果たしてあいつにメールを投げたとして、一人でメール開けるのか?

 まぁ、そんなことを考えても仕方がない。チャートの全てを自分で(まかな)心持(こころも)ちでいないといけないだろう。

 と言うわけで、メニューを開こう。既に先程からメニューを操作しまくっているが、俺の視界には、RBDの画面に出ていたアイコンがARグラスでプレイしていた時のような感じで浮かんでいる。

 そこからログインしているユーザーの検索ウィンドウを開く。オンラインになっているユーザーを検索して、場所を特定することができる機能だ。デフォルトではこの機能の応答はONになっている。最初のログインで、既に知り合っているプレイヤーを合流させるための機能だった。

 俺は、キャラメイク時点でOFFにしてるけどな。念のため。

 キャラ名は知っている。『テルヒロ』で検索――ヒット!

 よし!よし!

 俺はガッツポーズを取って、ナビゲーション通りに森を駆け抜ける。

 途中で、アクティブモンスターの『フォレストスパイダー』とエンカウントするけど、一目散に逃げきる。すまんの。お前の敏捷度では俺には勝てんのだ。

 森を抜ければ『ラカーマ』の入り口の門が見えた。幸い、門の前に並んでいる待ち人はいなかった。これならすんなり町に入れそうだ。

 しかし。

 

「お、おい、大丈夫か」

 

 俺の様子を見て、厳格そうに見えたその門番は、慌てたように声をかけてきた。あれ?怪しいものじゃないんですけど。

 

「ぜっ、ぜっ、ぜひゅっ、だ、だいじょうぶれふ」

 

 一方の俺は、一目散に走って来たから、俺はもう息も絶え絶えだった。

 ああ、舌も回らない。いや、吃るのは元々だ。

 

「モンスターに襲われたのか?」

 

 そう言って、槍を構えて森を見据える門番その2。

 ――もんすたー。

 ああ、ああ、そうか。森の奥から息切らして走ってくれば、そういう考え方にもなるわな。

 でも、モンスターに襲われたなんて事実ではない嘘を付くメリットはない。それに、変に警戒させても意味がないわけで。

 

「ち、違います。はっ、はっ、ま、待ち合わせに、ふっ、お、遅れそうで」

 

 俺の言い訳に、きょとんとした顔をした兵士たちは、一拍置いて、わはは、と笑った。

 

「なんだ、依頼やってたら時間忘れてたのか。人騒がせだな。

 いいよ、ギルドカード出してくれ」

 

 俺を冒険者だと思ったらしい。でも、チュートリアルも終わっていないクソザコの俺は、まだギルドカードを持っていない。

 

「あ、あの。俺、まだ冒険者じゃなくて、それで、この街にきて。それで、待ち合わせで」

 

 ああ、取り留めなく言葉が出てしまう。体は走るまでの体力があっても、中身が変わらないからコミュニケーション力はガタガタだよ畜生め。しかし、兵士たちは俺の言葉を根気よく理解してくれると、入場料100 Gで中に入れてくれた。

 手持ちの1割。しかしこのお金は、冒険者登録後にこの門を通ることで取り返すことができる。今はケチる必要がない必要経費だ。

 

「手続き終了だ。ようこそ、『ラカーマ』へ。

 ほら、急ぎな。」

 

 簡略的に対応してくれたのか、すぐに通行許可が下りた。ありがたい。……ありがたいが、大丈夫かこの街の警備。とりあえず、今は幸運だと思おう。

 

「あ、ありがとうございまひゅ」

 

 ああ、噛んだ。くそう。これだから話すのは嫌いなんだ。

 兵士たちに笑われながらも、俺は街の中に入った。行きがてら町のMAPを開いてテルヒロを探す。ナビに沿って、走る、走る。

 そして気づいた。

 

「宿じゃ、ない……?ギルドでもない。なんで、道端で動かないんだ?」

 

 嫌な想像が胸の中に宿る。自然と走る速度も上がった。






 路地に駆け込んだそこに転がってるぼろきれを見て。俺は絶句して。

 

 




 嘘だろ。おい。やめてくれ。ここまで来たんだぞ。おばさんたち、泣いてるんだぞ。

 

 

 恐怖に足がすくんでいると、身動き一つしなかった"それ"が、ゆっくり顔を上げて。

  

 

 ――俺を見てくれた。

 

 

 そうしたら、もう力が入らなかった。思わずへたり込んでしまった。

 ああ、ああもう。心配させやがって。でも、よかった。生きてた。

 "そいつ"は俺のことがわからないようだった。キョトンとした顔がなんともマヌケだ。まぁ、しょうがないな。俺はリアルアバターを作るタイプではないからな。見たことない姿じゃ、そうなるか。

 ついでに、今の俺には長々説明する気力も体力もなかった。息も切れて汗だらだら。ログインからこの短時間で【渇水】が付いたのは初めてだ。口が乾いてしゃべれない。これは、きっと疲れたからだ。


 だから、一言だけ伝えた。

 

「見つけた」

ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告、等々ありがとうございます。

今回はじめて感想いただきまして。本当に嬉しいものですね。普通に声が出て、お隣から壁ドンもらいました。


さて、次回はついにTSならではの話が、2つほど続く予定です。

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