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新しい火種

「とりあえず装備を整えよう。ここから王都までは大体、直近の街二つ分の距離だけど、野良モンスターの強さが元々行こうとしてた街とは段違いだからな。

 流石に、視察団から予備の装備を貰えるかわからないから、できるだけ用意しておこうぜ」

「そうだな。どこへ行く?」

「そりゃ、武具屋だ」


 そういうことになった。

 俺たちは二人連れだって宿を出て、フォウニーのギルドへと向かった。目的の武具屋は、ギルドと併設されているからだ。

 というのも、武具屋のみならず街の各所に点在してあった各々の店舗は、アイネトの被害でのきなみ全壊している。今は、生き残った商品をよりあって、ギルド併設の仮設店舗でまとめて販売している状況なのだ。

 通り道の大通りもまた、未だにアイネトの暴れた傷跡が残ってはいるものの、そこを行き交う人たちの活気はすっかりと騒がしいものになっていた。

 人々は、自分の仕事に集中しているのか、せわしなく動いて俺達が通っても気にも留めない。この街ではもはや数少ない冒険者ではあるが、みんながみんなそれどころではないんだろう。

 その行動原理がまたある意味、生きている人間とは一線を画して――機械的な(NPCの)ものに見えて、この世界の空虚感が増して見えた。

 もはや会うことができないラルドさん達もまた、生きていれば今も機械的に動いていたのだろうか。

 そんな取り留めのないことを考えている内に、ギルドの入り口までやってきた。

 

「店はどこかにまとまってる、って聞いたんだけど」

「えーと、どこだろな。ギルドで聞いてみるか?」

「あー……それが早「テルヒロくん!」い……?」

 

 ギルド併設の仮店舗とやらがどこにあるのか、と相談していると、ふいに聞き覚えのない声がテルヒロの名前を呼んだ。

 二人で声のする方向を向いてみれば、今正に、ギルドの制服を着た女性がテルヒロに飛びついてきたところだった。

 

「うっ……と」

「む……」


 軽く(うめ)き声を上げつつも、そのギルド職員を受け止めたテルヒロは、改めてその女性を目に止めた。

 

「あ、サクラちゃんか」


 んんー?テルヒロの知り合い?ってことはプレイヤーか?俺の知らないところで生き残りと合流していたのか。

 それにしても、桜?はて、どこかで最近聞いたような。

 

「いらっしゃいテルヒロくん!何の御用かしら!」

「あ、ああ。装備を整えたくて。この辺りに、武器を売ってるお店があるって聞いたんだけど」

「え?あ、ああー、そっか。テルヒロくん、冒険者だもんね。

 うん、こっちよ。選んであげる」

「え?あ……」

 

 俺がもやもやした気持ちを振り払うように、とりあえずそのギルド職員が何者かを思い出そうとしていると、ふたりでズイズイと話が進んでいった。

 そしてそのギルド職員のプレイヤーは、テルヒロの手を取って武具屋のあるらしき方向へ連れて行こうとしたのだった。

 思わず声を上げた所で、テルヒロが彼女の手をやんわりとほどいた。

 

「ああ、ごめん。場所だけ教えてもらえたらいいから。ちょっと時間も立て込んでるから、他にも回る場所があるんだ」

「そうなの?場所なら案内してあげられるし、何だったら一緒に選んであげるけど」

「うーん、俺が良し悪しが判らないからね。それに、選んでもらうのはもう頼んであるから」

 

 そうやって話を振ってもらったところで、彼女はようやく俺の存在に気付いたようだった。

 テルヒロの体に隠れるように立ちすくんでいた俺の姿を肩越しに見つけて目を見開いたのだ。

 

「誰……?」

「俺のクランのサブマスターのシオだよ。装備を選んだり、準備は全部任せてる。

 シオがいなかったら、俺はこの街にたどり着くこともできなかったくらいだよ。恩人なんだ」

「……ふーん」

 

 テルヒロが俺のことを説明している間、彼女は俺から一時も目を話すことはなかった。話が進むにつれ、段々とその目が睨んだような感じになってきた気がして、俺は思わず背を震わせて軽く会釈(えしゃく)をすることしかできなかった。

 

「ごめんね。街を出る準備をしないといけないから、ちょっと急いでるんだ。

 店はあっちの方だね。シオ、行こう」

「お、おぅ……」

 

 テルヒロが話を切り上げて、俺の手を引いてその場を離れたことで、俺はようやくその娘の前から立ち去ることができた。

 それでも、俺は武具屋に入るまでは背中に(ねば)ついた視線を感じ続けていた。

 

 *--

 

 武具店について、俺はようやくテルヒロからあのサクラというプレイヤーについて、話を聞くことができた。

 彼女は、テルヒロがこの世界に来ることになった原因――RBDというゲームを始めるきっかけ――になった人間だった。

 つながりとしては大学の先輩の妹さんとのことで、その先輩から誘われて断り切れなかった合コンの中で知り合ったらしい。話の流れで、彼女が始めようとしているゲームを、一緒にプレイしようと誘われたのだ。

 人のコネというのは侮れないらしく。ゲームを始めることも断り切れなかったところ、手助けを求める先で白羽の矢が立ったのが、誰であろう俺だったわけだが。

 彼女がフォウニーまでたどり着けていることに関しては、疑問がある。RBDを始める所だった、と言うことは知識量はテルヒロとどっこいどっこいか、それ以下か。一方で、彼女がゲーマーであることを前提とすれば、知識だけはある頭でっかちである可能性はある。

 とはいえ何にしろ、一昔前に話題になった程度のこのゲームを新規に始めようとするのは中々に酔狂(すいきょう)な試みに思う。

 

「これとこれ、あとはこれ」

「そんなに買うのか?」

「テルヒロの分だけじゃないけどね」

 

 俺は、話をしつつも店に残った装備を吟味にしていく。とりあえず、今の内のメンバーは、俺以外は武器も防具もボロボロだ。もう少し余裕があれば、修理や強化もできるのだけど、今はとにかく時間がない。

 アイネト戦より一つ劣る性能ではあるけど、なるべく高品質な物を買いそろえていく。アイネト戦の報酬のおかげで、今の『帰還の標』の懐は温かい。

 特に苦も無く、装備を整えることができた。

 

「国王に会うとなると礼服とかって要らないのか?」

「冒険者は着の身着のままだよ。それに、今のこの街にはちゃんとした礼服を作る余裕がないさ。そういうのは王都で買うか、王城で借りよう」

「あー、それもそうか」


 ほいほいと購入しては、クランで借りているギルド倉庫に放り込んでもらう。明日、出発前の集合場所はギルド入り口だ。出かける前に取り出せば問題がない。

 

「次は食料だな。王都までは一週間かかるから、食料は3~4日分。あとは道中で(まかな)うことになると思う」

「その間に食料が取れなかったら?」

「さすがに王都の騎士団に同行するし、全然助けてくれないなんてことはないだろ。多分。

 万が一の時は、クランバインさんに頼んでくれ」

「それもそうか。わかった」

 

 道中でのトラブルなどを想定しつつ、買い物を進めていく。

 その中で、俺はテルヒロに一つ疑問を投げかけた。

 

「……テルヒロは、サクラをクランに入れたいか?」

 

 正直、聞きたくないことではあったが、一方でどうしても気になる部分ではあった。

『帰還の標』は、元の世界に帰るための戦力強化を第一目標にしている。生き残っているプレイヤーは、可能な限り回収するつもりだ、とテルヒロには伝えていた。

 まして彼女は、テルヒロがRBDを始めようとしたきっかけになった人間だ。助けざるを得ない、だろう。

 一方で、俺はどうにも彼女の俺を見る目に、背筋が凍りつくような感覚を覚えていた。まるで、あの時――あの包丁で襲われた時の、あの女のような。

 それは、間違いなく敵意だと考えていた。

 何せ、彼女にとってみれば俺はお邪魔虫だろう。

 懇意にしようとした相手の隣にいる女――中身は男だが――であり、テルヒロの信頼を寄せられている女――中身は男だが。

 どう考えても恋敵認定されているよなぁ。だとすると、クランに誘ったところで、俺は常に針の(むしろ)に居るような状況になるわけだ。

 これはどうにも避けたいところだが……。

 と、悩んでいると。

 

「え、サクラちゃんクランに入れるのか?」

 

 当のテルヒロからは、本当に驚いたと言わんばかりに目を丸くして聞き返された。

 え、お前……でもそれはないんじゃないか?


「いや、だってお前が元々RBDを一緒にプレイする相手だったんだろうが」

「ん?……あー……まぁ、それは確かにそうだけど」

 

 テルヒロは、俺のツッコミに首を捻り、うーむ、と唸りだした。

 

「いや、だって彼女、冒険者を引退してるって話だし。それに、あの()はギルドにいて安全な場所にいるんだから、無理に戦闘に引っ張り出すこともないだろ」

「あ?ああ、まぁそれは確かに」


 筋の通った話が飛び出してきて、思わず鼻白む俺。言われてみれば確かにそうだ。『帰還の標』に入れるのは、所在地を判明させる事――つまり、保護の目的が強い。

 ギルドなら、別にクランに登録しなくても安全な場所には違いない。おとなしくしてもらって、元の世界に帰れるようになってから合流すればいいわけだ。

 

「……あと」


 なるほど、と納得していると、続けてテルヒロが口を開いた。何事か、と顔を向けると、テルヒロは顔を背けて、何やら鼻頭を掻いていた。


「サクラちゃんいると、シオ、やりにくいだろ」

「……」

 

 ……なんだよ、こいつ。

 

「……はぁ」

「ん?」

「いいや、なんでもない。とりあえず買い物終わらせようぜ」

「おう」

 

 なんとなく、残りの足取りは、少なくともギルドに到着してすぐの時よりも、軽くなった気がした。

 ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。

 シオくんめっちゃニヤニヤしてそうだって!?

 

 そうです。

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