ショートカット
我が意を得たりとばかりに声を出して高笑いするクランバインを、俺は驚愕の目で見ていた。
だって……そうだろう!?ありえない!プレイヤーがNPCの立ち位置を乗っ取るなんて!?
「……シオ、どういうことなんだ?なにかその、ヤバいのか?」
「やばいなんてもんじゃない。シナリオとか……システムの崩壊レベルだ」
つまり、シナリオをプレイヤーの思うがままに操れるのだ。邪教団に紛れ込んだプレイヤーなんて目じゃない。邪教団の奴らは、あくまでクエストを起こして、クエスト用のNPCに紛れていた。
でも、彼は違う。クエストの起点になる依頼を発行する側だ。つまり、王都、もしくは騎士団関連の依頼を受けるも受けさせないも、それどころか、発生させるのも自由自在ということだ。
彼がNPCの制約なんかも受けてればいいんだけど……。
あー、しかしこの人の目の前でどう詳しく説明すればいいんだ?下手なこと言うと敵対されちゃうんじゃ?
そんな感じで悩んでいると、クランバインのほうから話しかけてきた。
「ふふ、お嬢さんの心配ももっともだろう。私が、王国の依頼を好きに操れる、と思っているだろう?
そして、NPCでもない。シオ嬢。貴方の懸念は正しい」
「えっと、つまり、この人は運営ってことか?」
……うん?いや、まてよ。そういうことなのか?
俺の不安をズバリと当てたクランバインの言葉にギクリ、と内心で冷や汗をかいていると、唐突にテルヒロがそんなことを言った。
確かに。やってることはチートレベルなだけに焦りに焦っていたが、確かに運営アカウントだと考えれば納得がいく。
しかし、クランバインはそんな一縷の望みも首を振って答えた。
「私は1プレイヤーだ。しかし信じてほしいのは、この世界で私の手に入れた権力を好きに振るうつもりはない。
そもそも、今この場も、決して君たちに害を成しに来たわけでもない」
……信じていいのだろうか。
わざわざこの場を用意して、俺の考える、思いつく不安をわざわざ口にして。
――俺は、テルヒロの袖を引いた。彼は、俺をチラリ、と見た。意図は、分かる。
(警戒しなくていいんだな?)
ああ。まずは話を聞こう。
俺たちの警戒が下がったのが判ったか、クランバインは背もたれに体を預けて息を吐いた。
「信用してもらえたようで何よりだ。では、まず仕事を片付けよう。
――ワールドイーヴィル。君たちの知る経緯を教えてほしい」
かくかくしかじかまるまるうまうま。
俺たち――というか、テルヒロ経由でいろいろと情報を共有した。それでも、テルヒロの知らない情報は流石に俺自らなんとか説明することになった。しどろもどろになりながらも、なんとか言葉をつぐむ俺の話の内容は、驚きながらもまとめてくれたテルヒロの翻訳のおかげで、無事にクランバインさんに伝えることができた。
クランバインさんは、一通り俺たちの話を聞き終えた後、片手で目を抑えて天井を仰いだ。背中に体重がかかり、椅子の背もたれがギシリ、と音を立てる。
「邪教団にプレイヤー……そうだな。私がこうしてNPC専門の職に就いているのだ。
エネミー側にプレイヤーが紛れ込む可能性はあった。なるほど……」
彼は、そうつぶやいてしばらく動かないでいた。どうしたものか、と俺たちは顔を見合わせてリアクションを待つしかなかった。
やがて、クランバインさんは体を戻して腕を組み、俺たちに向き直った。
「……考えていくのは、おいおいにして、私の用を終わらせよう。
詳しい話は終わった。私は王国へ戻り、この話をクラン、騎士団、そして国王に伝えるつもりだ。君たちには同行してもらい、証人として何度か話をしてもらいたい」
ま、そうなるよな。了承しようとすると、テルヒロが手を挙げて俺の口を遮った。
「待ってください。シオは、あまり人の多いところに出るとパニックを起こしてしまいます。
話すのは、俺だけで十分です」
「ふむ……なるほど。そういうことであれば、なるべく出番は減らそう。
ただ、できれば国王への報告の際には同席していただきたいな」
「それくらいなら……どうだ?」
不安そうに見下ろしてくるテルヒロ。おいおい、さすがに過保護すぎないか?
……とはいえ、気にかけられているのは、素直にうれしい。俺は、テルヒロの言葉に頷いて答えた。
「話はまとまったようだな。急で申し訳ないが、私は今日までしかこの街にいられない。
可能であれば、明日一緒に出発してほしい」
「あ、明日ですか!?」
なんと!王都へ行けるのか!?
クランバインさんの申し出に驚くテルヒロだが、俺としてはこのチャンスを逃すわけにはいかない。
「テルヒロ、これはチャンスだ。
今日中に荷物まとめて、クランバインさんに同行するぞ」
「えっ!?」
驚くテルヒロだったが、俺がこの強行軍に同行するべきだと考えるのには、もちろん理由がある。
いつぞやのプランの説明にもあったが、まず、俺たちの目的はインスタンスダンジョン『闇界の洞窟』だ。そしてここにたどり着くためには、とにもかくにも王都にたどり着く必要があった。
そのためには、いくつかの街を経由し、その度にギルドランクを上げる必要があるのだ。
しかし、この状況は想定外のショートカットになる。クランバインさんについていけば、一足飛びに王都へ向かえそうだ、という訳だ。
途中のレベル上げもショートカットされてしまうが、闇界の洞窟開放のチェーンクエストをやっていれば必然必要な経験値は貯められる……はずだ。家庭に時間がかかるのはエンドコンテンツゆえに、だ。開放までに、実に面倒な手順が必要なのだ。
しかも、洞窟の開放に必要な要素――国王への謁見もうまくいけばフラグ解放できそうな流れだ。そうすれば、大きくプランがショートカットできる。
つまり、早く元の世界に戻ることができるということだ。
……まぁ、今長々と解説するのもなんだから、このあたりの詳しい説明はニュウとネモと合流してからにしよう。
とりあえず、俺はテルヒロに「後で理由は話す」ということを伝えて、無事クランバインさんのオトモとして王都へ向かうことになった。
俺たちは、クランバインさんの元を辞去してあの姉妹の泊まっているほうの宿へと向かった。
*--
宿についたときは、ネモが甲斐甲斐しくニュウの面倒を見ていた。ベッドに横たわるニュウは、すでに全身の火傷も完治しているが、衰弱状態のせいでベッドから起きれていないようだった。
ゲームなら一晩で完治するんだが、ここは現実化の影響ということだろうか?
とりあえず
「え、明日?」
「王都行けるの?マジ?」
やはり二人の反応は真っ二つになった。強行軍のプランに目を剥くニュウと、その理由に表情を明るくするネモ。道中で目的や理由についてテルヒロには伝えていたので、テルヒロももう乗り気だ。ネモは、話一つでその破格の状況が理解できているようだった。
「そんな急に言われても……」
そう言って不安げな表情をテルヒロに向けるニュウ。しかし、テルヒロも申し訳なさそうに苦笑いするしかない。
ネモは、乗り気ではないニュウを説得しにかかった。
「いや、お姉ちゃん。体力は明日には全快してるよ。全然時間はあるって。
今日のうちに用意を済ませちゃえば余裕で間に合うよ」
「えぇ……?急すぎない?」
「それだけ急ぐだけのことってことだよ」
うーん……ニュウを説得するにはちょっと時間がかかるかな。
それは俺だけではなくネモも感じたようで、困ったように眉を下げてこちらを見てきた。
「ごめん、準備は二人に任せてもいいかな」
「ま、そうだね」
ネモの言葉に、俺たちは顔を見合わせて肩をすくめるのだった。
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順調にシオくんがデレを隠さなくなってきますねぇ。
次回は崩壊したフォウニーの街で、デー……ショッピングです。




