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災厄を超えた朝

夜が明ければ、それが夢ではなかったことを理解する。

 陽はのぼり、日差しに誘われるように窓を開ければ、昨日の爪痕はしっかりと眼前に広がっている。

 未だ復旧作業は目途がつかず、ひっきりなしに人々が荷物を持って往来している。

 

「おはよう、シオ」


 背後から、ノックと共に声がかかる。俺は、振り返って部屋のドアを開けた。

 

「おはよ、テルヒロ。よく寝れたか?」

「ああ、体調は万全だぜ」

 

 扉をあえて顔をのぞかせているのは、誰であろうテルヒロだ。昨日あの後、俺たちは別々の部屋――用意されていた個室に戻ったのだ。

 ちゃんと!戻ったのだ!

 何か間違いがあっちゃ、いけないからな。うん

 

「今日はどうする?」

「とりあえずネモとニュウの様子を見に行こう。具合によっちゃしばらく足止めだろうし、とりあえずギルドかな。資材集めのクエスト出てるかも」

「なるほど。じゃあそれでいこう」


 俺の考えに、テルヒロは二つ返事で頷いた。

 

「とりあえず飯に行こうぜ。空腹回復しておかないと」

「あ、そうか。そうだった」


 何せ宿を取っての睡眠は、HPの回復速度と満腹度の減少速度が倍になるのだ。そのかわり、宿屋にいる間は【空腹】と【渇水】のデメリットは無効化される。

 とはいえ寝て起きれば、腹ペコ状態待ったなし。腹が減っては戦はできぬとはよく言ったもので、この状態では戦闘なんて危険すぎて話にならない。

 そういうわけで、俺たちは二人連れだって宿の食堂へと足を運んだわけだが。

 

「『帰還の標』のテルヒロとシオ、で間違いないか」

 

 その食堂の入り口には、銀に光る全身鎧の誰かが立ちふさがっていた。

 

「そうですけど、貴方は?」

 

 テルヒロが、俺の間に出てその騎士と俺の視線を遮るように前に立つ。

 

「私は、フォトゥム王国騎士団の者である。この度は、この街にワールドイーヴィルが発生したという連絡を受けて、一足先に駆け付けた次第だ。

 現状、この街のギルドは正常に稼働していないので、直接詳しい話を聞きたい」

「そういうことなら……」

 

 ……なるほど?

 テルヒロが判断に困ったようにこちらを見るので、とりあえず俺は申し出を受けるように頷いた。

 ……この騎士、確かに右肩に王国の紋章をつけている。金の縁に青の下地、赤の紋章は、王国公認の騎士に間違いない。

 問題は、W(ワールド)E(イーヴィル)を討伐したとしても、俺の記憶している限り、こんなイベントは起こらなかったことだ。

 何が起こっている?バージョンアップで、俺の知らないイベントの修正が入っていた?だとすれば、流石の俺でも、触れていないイベントになるわけで、中身はおろか存在は知らないぞ。

 

「うむ、助かる。私は先触れであり、共に来た騎士団長様がギルドにいらっしゃる。手数だが、一緒に来ていただきたい」

「シオ、どうする?」

 

 テルヒロが俺に確認を入れてきた。普段であれば、丁寧に誘ってきた相手に、()()()()受け入れるか悩むなんて、そんな失礼に当たりそうなことは言わないが、俺はその意図を理解している。

 この場で話を聞くのではなく、別の場所に移動しての話だ。つまり――。

 

「ついていこう。飯は、しょうがないから保存食をつまむか、途中の屋台で買おう」

「わかった」

 

 そう。そもそもこの場所へ来た目的は、朝食だ。もし、このままイベント戦闘でもあろうものなら、満足に戦えるかは怪しいのだ。

 道中の食べ歩きは失礼だろうが、こちらも万全を期したい。何とか見逃してくれるとありがたいのだけど。

 そう思っていると、照裕が食べ歩きの許可を求めた所で、騎士の人が「あっ」と思い出したかのように声を上げた。

 

「そうであるな。確かに朝食前から拘束するのは辛いであろう。

 女将、女将はおるか!」

 

 そう声を上げて、あれよあれよという間に俺たちに『朝食セット』が渡された。……えっ、これ持ち歩けるの!?

 俺は、即座に【鑑定眼】を発動した。

 

 【朝食セット】(重量 1 / 消費アイテム:単体)

   作成者:NPC

   品質 :小

   効果 :【空腹】状態を解除、HPを全回復する。

   説明 :宿でのみ使用することができる。日付が変わると使用できなくなる。

      

 ……うおぉ……マジだ。

 おれは、手渡されたお弁当ボックスを手に呆然と立ち尽くす。

 ゲームでは、一部のイベント、しかも宿から持ち出すことができず、これを使用することでイベントが進むというフラグアイテムでしかなかった物体が、今、宿の外で俺の手の中にある。

 

「テルヒロ、俺、これもったいなくて食べれねえ」

「えっ、なんで!?」

 

 すでにバスケットを開いて、もしゃもしゃ食べ歩いていているテルヒロは、俺の漏らした言葉に驚きの声を上げた。

 普通手に入らないレアアイテムが手に入ったんだよ……ゲーマーの性なんだ。

 とはいえ、賞味期限が存在する手前、どうしても食べざるを得なかった。味は、普通においしかった。

 ちくしょう勿体ねぇ……!


 *--


 ――たかが宿のバスケットを悔しそうに食べる俺を奇妙な目で見る二人に見守られながら、たどり着いたのはすっかり平屋にランクダウンした外見の、フォウニー冒険者ギルド。

 

「失礼します、団長」

「入れ」

 

 最奥の扉の前で、騎士が中に伺いを立てれば、中から渋いおじさんをイメージする低い声が響いた。

 了承を得たことで扉を開け、案内されると。思ったよりも手狭な部屋で、書類に囲まれた机の上でせっせと業務に励んでいるおじさんがいた。

 騎士と同じ――いや、騎士よりも派手な装飾の――白銀のフルプレートアーマーを身に着けており、作業の邪魔なのだろう、俺たちを連れてきた騎士と違ってヘルムを身に着けていなかった。

 赤茶の明るい髪をオールバックにして、口元には明らかに整えられたカイゼル髭。

 

「任務、滞りなく完了しました。こちら、『帰還の標』のテルヒロ殿と、シオ嬢になります」

「うむ。戻ってよいぞ」

「は、承知しました」

 

 俺たちに一瞥向けた後は、騎士を遠ざける指示をする。彼が扉を閉じた時点で、目の前のおじさんは「ふぅー」と大きくため息をついて目の前の書類を脇にどけた。

 

「急な召集済まない。私は、王国騎士団の団長のクランバインという。

 今回は、ワールドイーヴィルの戦闘で生き残った者に、詳しい話が聞きたいがため、こうして呼ばせてもらった。

 申し訳ないが、しばらくお付き合いいただきたい」

「は、はい」

 

 権威を振りかざすことなく、渋い声で申し訳なさそうに頼まれればこちらとしても反骨心はこみあげない。現に、テルヒロは思ったより下手に出られて驚いたのか、すんなりとクランバインの言うことに同意した。

 俺は、というと。クランバインがこちらを凝視してくる手前、何とか視線が合わないように苦心しながらも、彼の顔をチラチラと見ては思い返していた。

 ……クランバイン~??明らかに俺の知っている知識とずれている。王国騎士団がワールドイーヴィルのイベントに絡むのは、王国の首都でからむイベントだけだ。

 何よりも、王国の騎士団長はクランバインと言う名前ではなく、シーヴ=メインレッド公爵だったはず。

 しかし、部下から装備から、まごうことなく彼が、王国騎士団団長であるとアピールしてくる。

 どういうわけだ?


「ふむ、なるほど……」

 

 と、何を話すでもなくこちらをじっと見ていたクランバインは、ふとそんなことを言って背もたれに体を預けた。

 

「え、と。何か?」

 

 何を納得されたのかわからない。当然、テルヒロはそれを尋ねる。

 

「なに。クランリーダーはテルヒロ殿のようだが、どうやらクランの糸を引いているのはシオ嬢の様だと思ってな」

「っ!?……それは、何故?」

 

 その言葉に、ふと腰を上げて俺を守ろうと言う体勢に移りかけるテルヒロ。それじゃ、それが正解だと言ってるようなもんだろ。

 まぁ、守ってくれるのはうれしいが。何より、それが判ったからと言ってクランバインがこちらに害をなしてくる存在かは、判断がつかない。俺が警戒しない理由もそこにあった。

 イベントだったとして、NPCが牙をむくなら、それなりの下準備が必要になる――。

 

「簡単なことだ。私の顔に違和感を持ってくれたのがシオ嬢だった、というだけだ」

 

 ……あれ?

 ひょっとして。この人。俺は、思わず考え付いたことを口にしていた。

 

「プレイヤー……?」

「はっは、その通り。改めて名乗ろう。

 私の名はクランバイン=トラヴィス、RBDプレイヤーである」

 ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。

 今回から新章となります。


 なんの進展も、ありませんでした!

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