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異世界の九日間と十日目の夕暮れ

ちょっと仕事が忙しくて遅くなりました。

 俺は、街の路地裏で(ぼう)、と雲一つない夕空を見上げていた。

 失敗した。俺の頭の中にはそれしかなかった。

 全ては、三日目に受けた依頼がきっかけだったと思う。成功報酬に欲目を出して、受けたのは『ロックワームの討伐』。最低討伐数は5体だった。

 俺は、一日で2体しか倒せなかった。期限が二日だったその依頼を達成できず、違約金を払う羽目になってしまった。設定された報酬半分という違約金と、二日間の報酬0という事実は、俺の懐に痛いダメージを与えた。

 それから、遅れを取り戻すために、それでも無理をしないように依頼を受けたつもりだった。でも、俺はゲームの世界が現実になった弊害をわかっていなかったんだ。

 四日目に受けた依頼はチュートリアルでもやった『リーウルフの討伐』。リーウルフ、というのは街の外の草原に良く出没する狼だ。大きさとしては平均してゴールデンレトリバーの小さい奴くらい。薄緑色の狼で、すごく素早い。

 俺の剣はなかなか当たらない。その上、致命的な事態が起こる。ここで俺は初めてダメージを負ったんだ。

 最初は、何とか敵の攻撃を避けれていた。しかし、気が付くと一対一だったはずが三体に囲まれてしまっていたんだ。背後からの唸り声に気を取られて、俺は目の前のリーウルフから目をそらしてしまった。結果、目の前のそいつからの体当たりを喰らったんだ。

 その時の俺は、定かではないが俺は軽く3mは吹き飛ばされたと思う。地面に叩きつけられ、意識が朦朧としていたんだが、焼けつくような痛みが右腕に走って目が覚めた。

 ハッ、と右腕を見れば、リーウルフが一匹、俺の腕に噛みついていたんだ。

 

「くそ、離せ!」

 

 反射的に持っていた剣で、ガシガシとリーウルフの頭を殴った。刃も立てず、ほとんど鈍器の体で振り回していた。それくらい、俺には余裕がなかった。

 俺の体くらいのサイズの狼が、唸り声を上げながら自分の腕に噛み付いている光景、想像できるか?少なくとも、その時になるまで、俺には想像できなかった。

 だから、多分大声を上げて、喚いて、暴れまわっていたんだと思う。その時のことは、正直あまり記憶がないんだ。

 そうしている内に、俺に食らいついていたそいつは、ようやく口を離してくれた。多勢に無勢を十分身にしみて理解した俺は、すぐにそこから逃げ出した。

 当然、依頼は達成できずに、さらに違約金を払うことになった。チュートリアルの時にもらって以来、温存していた手持ちのポーションで傷は治ったが、恐怖のあまり必要以上に使ってしまったんだろう。

 その日のうちにポーションはストックが無くなってしまった。

 それから、俺は薬草集めに精を出した。

 だって、俺はまだ弱い。だから、安全に金を稼いで時間を稼ごうと思ったんだ。時折森で見かけるモンスターらしい虫を狩っては、細々と小銭を稼いで何とか赤字を減らして生き延びようと思ったんだ。

 しかし、その内にそれすらもできなくなった。なぜなら、薬草採取の依頼が無くなったからだ。

 受付に問い合わせてみると、ここ最近薬草採取の依頼を受ける冒険者が多いらしい。そのせいで、レンジャー隊――この近辺の森の様子を探っている自警団があるらしい――から、野生の薬草が根絶しつつある、と報告があったのだとか。

 ギルドでその話を聞いて、喚いている奴がいた。盛大に泣き叫んで、受付を困らせていた。他の冒険者も対応に困って遠巻きに見ているだけ。

 俺は、そいつも俺と同じ、地球からやって来た冒険者だと思った。だから話しかけようとしたが、そいつは混乱していたのか暴言を吐いてギルドから出て行ってしまった。慌てて追いかけたけど、遂に追いつけなかった。

 ……後日、そいつの死体が森で見つかった。噂では、懲りずに薬草を採取に行って、陽が落ちてしまったところを森の魔物にやられたんだろうということだった。

 俺が外に出なくなったのは、その翌日。死んだそいつが復活していないことを知ったからだ。

 それまで、俺はこの世界を半ばゲームだと思っていたんだと思う。

 だって、街の名前は『ラカーマ』で、タロジーロがいて、ギルドの受付のスナーシャさんは一つ目のサイクロプスのおばちゃんで。だから、プレイヤーは死んでも蘇ると思っていたんだ。思ってしまっていた。

 でも、俺がいる世界はまぎれもなく現実で、現実だから死体は蘇らない。プレイヤーだから神の奇跡が起こるとか、ありはしない。

 そして、俺の手にポーションはなくて、ポーションがあっても討伐任務ができるわけでもなくて。

 俺は、折れてしまった。きっと、あの時ギルドで泣いていたやつも、同じ気持ちだったんだ。


 詰んだ。


 それから、細々とするのはお金の使い方だけになった。宿に泊まらずに食費だけを使うようになった。

 視界にステータスを開く。俺のスタミナは最低値から回復しない。HPは後[5]だ。ステータス異常は、一日の終了と同時に固定ダメージを受ける【空腹】と、HPとスタミナの最大値が一日ごとに半減する【渇水】。手持ち金は1G。もう、食べ物も買えない。

 もう、明日の陽の目は拝めないだろう。元の世界には帰れない。

 

 ――ふと、視界に影が差した。


 雲で太陽が隠れたのかと思ったが、さっき見た空に雲はかかっていなかった。今日は快晴だった。

 なんだ?と顔を上げると、そこには一人の女の子がいた。息を切らせて、こちらを見つめている。

 ホットパンツに長いコート。ベルトが二本交差するように腰で止められている。アイテムポーチかな?二つも装備できたのか。汗を流して息を切らせているが、その顔はとても整っていた。活発な猫のような。青みがかった黒の髪に、一房の赤いラインが走っている。

 見覚えのない顔だ。誰だろう?

 彼女は、はぁー、と大きく息をついて、壁を背に崩れ落ちた。そして、こちらを見て、にかっ、と笑った。

 

「見つけた」

ご拝読・ブックマーク・評価ありがとうございます。

一週間で1000PVは、前回から随分な快挙です。

ご期待に添えるよう、精進してまいりますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。


あと、特に意味はないですが自分は犬が怖い人間です。猫かわいいよ猫。

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[良い点] 現実視点とゲーム内(異世界?)視点、 それぞれの丁寧な掘り下げや緊迫感を経ての邂逅、 これは先が気になる……! 名前やクエストのシチュエーションがゲームっぽいだけに、 実際の出来事のギャッ…
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