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照弘、彼が目覚めた後

 時には逃げ回り、時には追い払い。それは紫苑が退院し、大学に行くことができるようになっても変わらない。紫苑にインターネットにつなげる環境がなかったのは、一つの僥倖(ぎょうこう)だと思っていた。

 だが、それまでの俺の拒絶を隠そうともしない行動が、そもそも周囲の飽きをもたらしていたのかもしれない。だから、新しいきっかけで、容易く元に戻る。

 紫苑が対応できないのは、間違いなく俺が過保護だったせいだった。

 

「紫苑、こっちだ!」

 

 退院して初めての学校。マスコミは案の定、どこにでも湧いて出ていた。あいつらは面倒だぞ、と教えれば、分かってると言わんばかりに紫苑は頷いてくれた。

 学校で、友人が興味を隠そうともせずに近づいてきた時は、多少強引ではあったが、手を引いて連れ出してうやむやにできた。

 でも、これはダメだ。

 校門の前には、校門の口から入り切れないほどのマスコミがマイクとカメラを手に押し入ろうとしている。それを止めようとしている警備員は、苛立ちの声を隠そうともしないで対応し、まさに一触即発の状況だった。

 そこに、のこのこと出てきてしまった俺たちが引き金となり、半分暴動のように襲い掛かってくるマスコミたち。

 それを呆然と見る紫苑は、どう考えても状況の判断がしきれてなかった。ように見える。

 俺は、そんな彼の手を引いてその場を逃げ出した。病院を経由して、マスコミを撒(ま)いた。なんとか、追ってから逃れて、彼を家へと送り届けることができた。

 病院の先生は、ニュースで学校の件を知っており、メンタルケアのために登校は控えるように、と言った。紫苑は無言で頷き、それから音沙汰が無くなった。

 様子が知りたくて、と返事の返ってこないメールを出し続けてその一か月後。俺の元に、紫苑から連絡がきた。

 

『外出たくない』

 

 たったその一文だけのメール。

 それだけで、俺は失敗したのだと理解した。

 

 *--

 

 それでも、俺は連絡を取り続けた。紫苑と、おばさん(紫苑のお母さん)と。その甲斐あって、紫苑とは少しずつ――本当に少しずつだけど、連絡が取れるようになっていった。

 外に遊びに移行だとか、気分転換にどうしようか、とか。そんな話はせずに。ただ、俺が紫苑の助けを必要として、紫苑が助けてくれる。

 そんな関係に、少しずつ戻りつつあった。

 その中でも、周囲との軋轢(あつれき)は続く。何時の間にか、紫苑を使って暴れまわる活動家――面子が、俺を祭り上げた団体とほとんど一緒だった――が出てきたり、その活動家が俺にコンタクトを取ってきたりした。

 あんな終わり方をして、良く協力すると思ったものだ、とその図太い神経に辟易(へきえき)したのはよく覚えている。

 協力を断ってから、向こうは敵として判断でもしたのだろう。様々な迷惑行為を繰り広げてきたが、俺もただ涙を呑んで耐えるつもりはなかった。

 誹謗(ひぼう)中傷(ちゅうしょう)されればその都度(つど)対処し、脅されればその都度通報し、付きまとわれればその都度追い払った。

 それはまるで、一年前の、一年前のような忙しい時間。

 それでも、紫苑が生きていて、目覚めて、連絡が取れるということが、俺の支えになっていた。

 俺が守っているという自覚はあるが、唯一の違いは、俺を支えてくれる人がいるという、俺があの頃と違って折れずにいられることだった。

 だから、どんなに忙しくても耐えられた。

 そんな中、おばさんから連絡が来た。おじさん(紫苑のお父さん)――あの事件で周囲からの影響を分散するために離婚した、紫苑のお父さんだ――が仕事をクビになったのだとか。

 離れた所に居ても、気持ちのすれ違いや何かしらの問題もなく――問題と言えば問題だが――、紫苑を守るために離婚という手段を取ったので、未だに連絡を取り合っていたのだ。

 そんなおばさん経由で聞くところによると、その原因は件の元訴訟団だったそうだ。政府へのデモ活動のため、おじさんに協力を求め、すげなく突っ返されても引っ込まず、遂にはおじさんの職場に連日突撃を繰り返したのだとか。

 当然、その会社は迷惑行為で訴えるものの、当事者がおじさんであり、会社自体への行動ではないため、明確に敵対行動をとっていないという理由で消極的な対処しかできなかった。

 結果その会社は、やむなくおじさんを退職させることで、職場の平穏を取り戻そうとしたのだ。

 ……おじさんには悪いが、その会社の対応は仕方がない処置だったのだろうと思う。実際、おじさんにたいして悪いことをしたという自覚はあったようで、アフターケアに関してはかなり親身になってくれたらしい。

 しかし、このまま件の団体を放置していては、たとえ今後どれだけ転職しても同じ結末なのは目に見えていた。そこで、おじさんは対抗手段として弁護士と共に対策を取ることにしたのだそうだ。

 これで、ひとまずは何とかなるんじゃないか。

 おばさんの今後の対応のスケジュールを聞いた俺は、そう思ってあの日の前日は、いつも通りの呑気な会話を、紫苑と楽しんでいた。

 いつだって、トラブルが突然起こるのは、知っていたはずなのに。そのきっかけは、いつもと違う行動をとった時に起こりやすい。

 その日の昼、昼食を取っていると、父さんから驚きの声が上がった。

 

「おい、照弘。紫苑くんのところがテレビに出てるぞ」

 

 まさか、と俺は昼食の蕎麦を口から半分ぶら下げて、テレビに注意を向けた。

 驚いた。父さんの言う通り、画面のワイプに映っているのは間違うことなく紫苑の家だったのだ。

 一時期の強硬手段に打って出たパパラッチがいたおかげで、紫苑の家の近くには警備会社が立ち入りを禁止していたはずなのに。その画面の中では、マスコミが何故か紫苑の家の前で、一社と言わず大量に屯(たむろ)っていたのだ。

 ワイプの外では、信用ならない―― 一年前からそう思っている――自称有識者たちが、好き勝手に当事者抜きで思い思いを、まるで事実のように話している。

 カッ、とこみ上げる怒りを抑えて、まずはニュースバラエティの伝える内容を吟味する。

 それによると、明日の昼から紫苑の一家が家族総出で記者会見を行うとのことだ。どういった心境の変化があったのか、と家の前に押しかけているらしい。

 そんな馬鹿な話があるか。

 今の紫苑が、そんな場に引っ張り出されたら、今度はどこまでショックを受けるか。ひょっとしたら、家族とも顔を合わせなくなるかもしれない。おばさんも、おじさんも、それはわかっているはずだ。

 しかも、マスコミの周りでわめいているのは件の団体だ。しかしマスコミは、なぜか―― 一年前もそうだが――その団体のメンバーにマイクを向けることはない。つまり、二つの団体が協力して紫苑の家に押しかけている状況だ。

 あからさまに怪しい。何かがあった。何か、盛大なすれ違いか、陰謀がある。一年前の経験から、俺はそう判断した。

 

「照弘!?」

「お昼は後で!紫苑んちに行ってくる!」

 

 俺は母さんに、目的もそこそこに着の身着のまま、昼食を切り上げてジャージで家を飛び出した。紫苑の家までは徒歩で15分、今の時間ならバスを待つより、走った方が早い!

 待ってろ、紫苑!

 ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。

 時間軸が合流しました。次は、あの瞬間から、紫苑くん編です。

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