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照弘、彼が目覚めるまで

 それから半年近くの出来事は、よく覚えていない。とにかく忙しかったのだけが、強く印象に残っていた。

 事件の原因は、なぜか大学に責任が押し付けられ、国を相手取った裁判が始まったりしていたり。

 その裁判に、被害者代表として出ることになり、テレビの前で台本を読んだり。

 大学は休校状態から回復して、批判の的になりつつも授業を再開したのに、俺は一度も通うこともなくマスコミの前で、長々と台本を読み上げたり。

 いや、一度だけ行ったか。しかし、その時には当時付き合いが浅かったとはいえ友人だと思っていたやつから、撮影の邪魔をしたせいで人気を取り損ねた、と愚痴られたのだった。

 それから、登校していない。

 それでも、俺は訳もわからないまま、やっていた。一生懸命だったと思う。それが、正しいことだと思い込んでいたと思う。なぜこうなっているのか、訳の分からない怒りに背中を押されて。

 ――そんな合間合間で未だ目覚めない紫苑のお見舞いに行っていた。今思えば、あの病室、何も進展のない無の空間が、俺が唯一すべてを忘れて心配できる時間だったのかもしれない。

 外には俺と紫苑のツーショットを狙ったマスコミなどもいるが、完全防音のVIPICU(集中治療室)に居れば内外の音が遮断される。俺は、ふと、ぽろりと、弱音を吐いた。

 

「俺、何してるんだろうな」


 そうすると、記憶の中で紫苑が答えてくれた気がした。


『お前はチャラチャラしてるのに責任感強いからな』


 何時だったろうか。高校時代、友人がバカをして助けを求めて。5対2――助けを求めてきた奴はすぐに戦線離脱したから実質5対1のケンカになったことだった。

 当時は既に知り合ってしばらくたっていた紫苑は、苦笑しながら俺の怪我の手当てをしていた。

 もし、最初の頃だったら、当時の金髪に染めていた俺の見た目も相まって、付き合いなんてなくなっていたんじゃないか。

 あの頃は……気楽だった。


「……お前がいたら、助けてくれるのかな、俺の事」

『お前のおかげだよ、照弘』


 弱音を吐くたびに、記憶の中の紫苑が答えてくれている気がした。

 紫苑が、まだ俺と知り合ってすぐの頃。俺は下手なりにゲームが好きだった。ゲームセンターで遊んでいて、全勝した紫苑を、当時の俺の友人が囲んでしまったのが出会いだったか。

 それからいきり立つ友人たちを押さえて、俺の特訓に付き合ってもらうことになって……いつしか、友達になっていったんだ。

 それまで、ほとんどの時間を一人で過ごしていた紫苑は、ふと俺の誕生日プレゼントと一緒に、そんなことを言っていた。

 ずっと、一緒に遊べる友人が欲しかった、と。

 俺は、今でもお前の友人なのか。お前のために、頑張っていれているのかな。俺には、今自分がやっている事の根幹が、自分で信用できなくなっていたんだ。

 それでも、周囲の環境は動く。俺は、足を取られるように進んでいくしかなかった。当時の俺は、間違いなくそう思っていた。

 その日は、半年の準備をかけて始まった、国と訴訟団の裁判の開始日だった。士気を高めるためという名目で訴訟団に連れられ、俺は3か月ぶりに、事故の日から変わらない姿の――少しやせたかもしれない――紫苑の見舞いに来ていた。

 事件の時よりも痩せて、病的な姿に――それでも眼だけがぎらついた姿が鏡に映っていたことだけは覚えている。

 紫苑は……変わらないな。目を閉じれば、ゲームが下手な俺の隣で、笑いながら手助けしてくれていた姿が思い浮かぶ。


「紫苑、俺は、どうしたらいいんだ」

『まーた厄介ごとに巻き込まれてんな』

「紫苑、俺は――」

『はぁー……しょうがないにゃぁ。ちょっと貸してみ』

 

 ドアがノックされた。時間だ。

 

「行ってくるよ、紫苑」

 

 これが終われば、再来週には時間が取れる。そうしたまた来よう。そういえば、両親とも久しく会ってないな……。

 そんなことを思いながら、ICUを出た俺に、驚愕の事態が告げられた。

 

「大変だ!スポンサーが強制捜査受けた!裁判は中止だ!」

「え……?」

 

 俺は引きずられるまま集会所へ行き、ニュースを見た。

 訴訟団のスポンサーは、事故を起こしたそもそもの原因の自動車会社だった。会社は責任逃れのためにあれこれと画策し、最終的には逆に国を提訴する計画をしていたのだという。

 この事件を、濡れ衣だ、国の陰謀だと周りがわめきたてる中、俺はただ「ああ、終わったのか」と、ただそう思っていた。

 土台が崩れたことで、企業が用意していた、裁判で提示するネタも全てが使い物にならなくなった。

 その後、件の自動車会社は、強制捜査の結果、悪だくみから車製造のずさんな管理、会社の体制など、隅々まで調べられた。その中には、驚くべきことに俺の両親を軟禁していたという事実まで出てきた。通りで、これだけ振り回されている中で、一度も両親と会話する機会がなかったわけだ。

 一応開廷したその裁判も、俺と国の和解という形で一瞬で終わった。俺が被害を受けた側であるのは、間違いなかったからだ。その結果に、不正だと(わめ)く連中もいたが、俺はもう付き合いきれなかった。好きにしろ、もう協力しない、と三下り半を突きつけ、一抜けた。

 それだけのことをされたのは明白で。一部の過激派以外は、俺の動向を見守るだけで、スルーしていた。

 この誘拐事件を経て、国を提訴するはずの訴訟団からも「裏切られた」などといった声があがり、分裂。内ゲバの末に互いに、あるいはくだんの企業を逆に提訴して、遂には会社は倒産した。

 こうして、企業が責任逃れのためだけに約一年をかけた準備は、たった一つの出来事で一瞬で瓦解したのだった。

 訴訟団が瓦解したことで、両親が人道にもとる被害を受けていたこともあり、俺は怒りに我を忘れて国に喧嘩を売った愚か者ではなく、加害者に踊らされた被害者として認知された。

 留年は確定したものの、単位取得のために大学に行けば、同情の目で見られつつも友人も増やすことができた。

 復帰した最初は、やはり撮影を邪魔して人気者になるチャンスを潰した、などと言いがかりをつけられていたものだが、そう言った輩はいつしかみんな大学からいなくなっていた。

 

「……紫苑、お前のおかげなのか?」

『――な?こんなもんよ』

 

 大学二年目が始まる前の長期休暇。俺は紫苑をお見舞いに行った時に、出来すぎている事態に思わずつぶやいた。

 

 *--

 

 それから。

 紫苑が目を覚ました時は、久しぶりに涙を流して喜んだ。包帯でぐるぐる巻きだった中から、変わり果てた顔で出てきた時はさすがに驚いたが、それでも日に日によくなってくる紫苑の姿に、心底ほっとしたのを今でも覚えている。

 しかし。

 学校の帰り、俺の家の近くに見知った顔がうろついているのを、幸いにも先に見かける事ができて、思わず顔をしかめて姿を隠した。

 マスコミの人間は、どうやってか紫苑の目覚めを知り、俺に――事件の関係者にコンタクトを取ってきていたのだ。俺の両親は、当時の一番の被害者でもあり、自分たちを誘拐した企業側に着いていたマスコミに、嫌悪感を露わにしていた。

 俺もまた、当時のイメージでインタビューしているつもりだろうが、俺はもう同じ失敗をしないように、上げ足を取られないよう口を噤み、逃げ回り、一切答えないようにしていた。

 俺のそんな態度が、紫苑の家族にしわ寄せが行っていたことを知るのは、おじさんとおばさんが離婚した後だったのだが。

 その時、おじさんからも、おばさんからも、紫苑には詳しいことを話さないように頼まれた。ただでさえ、自分のことで精いっぱいなところに、余計な負担をかけたくないのは俺も同じだ。

 俺は、二つ返事で了承した。

 俺達で、紫苑を守らねばならない。そう、決意したのだ。

 

 ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。

 照弘くんも割と依存じみた感情は持っています。今では割と市民権を得た単語になりましたが、俗にいう共依存というものですね。

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