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紫苑の見た光景

 実のところ、今の今まで自分が遭った事故のことについて、俺が調べたことはなかった。と、いうのも、俺は事故の後遺症でARグラスによる入力ができなくなってしまっていたのだ。

 俺は、自分のオンライン環境がゲームからネットサーフィンまで、周囲の機材を可能な限り性能優先で揃えていたのだ。その弊害(へいがい)で、今の俺の体質上、逆にオンライン情報に一切触れることができなくなってしまっていたのだ。

 もちろん代わりの機材――揃えていた機材に比べると大幅に旧式になってしまうのだが――も買いそろえるつもりだった。しかし、何故かタイミングが悪かったのか、オンラインショッピングで目ぼしい物を見つけても、品切れ状態だったのだ。しかも、取り寄せるに一ヶ月かかってしまうと。

 じゃあ、直接品物を置いて有りそうな店に探しに行くか、と思ったところで、そもそも先日まで俺は、たとえ()()()()()()買い物に遠出することが許されていなかったのだ。

 ……だからといって親に買い物を頼むと、どんなものがやってくるかわからない。似たような別物とか偽物(ばったもん)とか。それを実感できる人は多いと思う。

 そんなわけで、大学に行くことを許可された俺は、今日の照弘の授業が終わり次第、買い出しに付き合ってもらうことにしていたのである。

 何が言いたかったのかと言うと、諸々(もろもろ)の理由で俺は、自分が巻き込まれた事故のことについて、何も知らなかったのだ。

 俺と照弘は、照弘の案内で、無事校内にたどり着いたのだった。講義のある教室にたどり着き、席についたところで、俺は声を潜めて照弘に話しかけた。

 

「……なぁ、照弘。なんか、俺、見られてる?」


 そう。道中、校内ですれ違う人すれ違う人、皆から二度見されるのだ。すれ違った後二度見されるだけなら、俺だってほとんど気づかない。

 人によっては、真正面から指差してくる奴も居た。さすがに背後に回ってもコソコソ話されていたら俺だって気づくわけだ。

 照弘は、俺の質問に気まずそうに眉を下げた。

 

「あぁ……うん。ちょっとな……」

「……?」

 

 なんだなんだ?俺は事情が分からず、照弘の歯切れの悪さに首を捻らざるを得なかった。

 正直、教室に入ってから、いや、それ以前からだ。ずっと教室内外から視線を集めているような気がして、すごく気分が悪い。そもそも、俺はそんな目立つことを良しとする人間じゃないのだ。

 ……我慢しよう。もう少しの辛抱だ。今日の講義は、ここだけだし。終わったらとっとと出ていって、買い物して帰ろう。

 俺は、可能な限り顔を落として、誰とも視線が合わないようにしながら講義を一時間、受けることにした。

 

「――つまり、こういう結果となる。……ん、今日はここまで」

 

 ちょうどよく区切りがついたところでチャイムが鳴り、壇上の教員がそう言ったところで、俺もそそくさと帰る準備を始めた。

 正直、もうここに居たくない。

 

「照弘、帰るから付き合ってくれるか」

「ああ」

 

 照弘に付き添いを頼むと、照弘も既に帰る用意を始めていた。なんとも助かる相棒だ。

 と。

 

「なぁ、照弘。そっちの子って」


 不意に、声をかけてくるやつがいた。照弘の友達か?……そりゃ、俺と違って一年は既に大学生活しているわけだし、友達くらいいるわな。

 しかし、友達と話すのかと思ったら照弘は、俺とそいつの間を(さえぎ)るように立つと、

 

「悪い、ちょっと時間ギリギリなんだ。後でメールくれ。

 紫苑、行こう」

「うっ、お」

「あっ、おい!」

 

 と言って、急に俺の手を掴むものだから、思わず驚いた声が漏れてしまった。いいのか?それで。

 思わず声をかけてきたやつを見れば、そいつは俺たちに手を伸ばして、引き留めようとしているところだった。

 ……だが、気づいた。その手には、スマホが握られていて、握る手の位置が下のほう――つまり、カメラが俺に向けられていたことに。

 何だ?何が起こってるんだ?

 話は変わるが、俺は力が弱い。照弘に手を引っ張られえれば、抵抗虚しく引きずられてしまうのだ。俺は、照弘に釣られるままに教室を出て、廊下を歩く羽目になっている。

 

「て、照弘、ちょ、転ぶ……!」

「悪い。でも、正直周りの空気が思った以上だった。俺のときより酷い」

「"お前の時"……?ちょっとまて、それってどういう」

「悪い、話は後。買い物も後で。まずは帰るぞ」

「えぇ……!?」

 

 そうして、来たときと同じく裏口から早足(俺は釣られていくまま)で外に出た。

 

「――出てきたぞ!」

 

 瞬間、男の叫び声がした。その方向に顔を向けると、その光景に俺たちは思わず足を止めた。

 ……は?

 そう、表現せざるを得ない。


「咲森 紫苑さんですね!インタビューを!」「爆発事故で生き残った方ですよね!?」「離れてください!離れてください!」「邪魔だ!どけ!」「学園の敷地に入らないでください!」「押すな押すな!」「すみません、一言!」「これ以上はダメです!」「報道の自由だろ!」


 新聞社かテレビかはわからないが、そんな感じで裏門の入り口にわらわらと人が群がっていた。それを門や人で、学校の警備員が押し留めている状態だ。

 指を刺され、大声で喚いている連中が押し寄せてくることに、俺は思わず背筋を震わせた。

 そんな騒ぎを聞きつけてか、野次馬のように学生も集まってきては俺を見て指を()しては周囲とこそこそ話して、カメラを手に取る。それが向けられるのは、校門の騒ぎじゃなくて、()だ。

 俺は――どういう目で見られているんだ?

 あまりにと言えばあんまりな扱いをされている気がする。わけも分からず、なにかに担ぎ上げられているような不安感に、血の気が引く思いがした。

 

「――……紫苑、こっち!」

 

 我に返ったように、再び照弘が俺の手を取って走り出す。俺は、それに抗う力はなかった。

 学校を抜け、裏道を抜け、俺は実家ではなく病院に向かう一時退避をすることになった。結局その日は、陽が落ちてからようやく実家に戻ることができたのだった。

 もう外に出る気も起きずに、その日は寝た。PCは、オンライン注文して、到着をひたすらに待つことにした。

 

 *--

 

 事故の日の出来事も、あの退院後に唯一大学に行った日の出来事も、その後PCがやってきて、知ることになった。

 まず、俺が巻き込まれた事故は死傷者50人を超える大事故だったこと。

 事故の原因は、大学近くにたまたま停車していた、とある外車の初期不良だった。それにより、エンジンが爆発。俺は、その爆発の近辺にいたのだ。

 本来であれば、車の事故ということで終わっていたはずの事故が、大学側の対応にまで問題が大きく取り上げられたのは、近くに止めてあった大学の搬入トラックが巻き込まれたことだ。

 元々取り扱いに注意するべき薬品などはあったが、それらは当然、適切に扱われていた。日中の搬入も、夜間の搬入でトラブルが起きて盗難される危険性を重視して――前例があったようだ――人目があるところで運んでいたほうが、結果的に安全という判断の元だったらしい(大学発表の会見より)。

 不幸にも、可燃性のある薬品に燃え移ったことで、二次爆発が起き、同時に積んであった危険な薬品がばらまかれることになってしまったのだ。

 こうして不幸にも被害が拡大した事件が、俺が巻き込まれた事件の全容となる。

 法律に則った取り扱いをしていたはずのそれは、全く関係のない外部の事故に巻き込まれたことで、管理の杜撰(ずさん)さとして槍玉に挙げられてしまったのだ。

 そして、照弘は被害を目撃して被害を受けていない数少ない人間としてマスコミに追いかけられることになる。その中で、大学一年の内、実質半年以下しか大学が受けられずに留年することとなってしまったのだ。

 この事実に、照弘の両親がマスコミに訴えを起こしていることも、知りたくもないのに知ってしまった。

 そして、俺は。直接的な被害者の内、生存した中で最初の退院者ということで注目されていたようだ。俺が入院している間にも、既に家族にマスコミの手が伸びており、生活に支障をきたしていたのだとか。

 親父を見かけないと思ったら、その生活の中で、夫婦お互いの負担を分散するために離婚していたことも知った。俺は、入院中に単身赴任が決まってしまった、としか聞いていなかった。

 入院していた俺には、知るよしのなかった情報に触れ。それでも俺に気づかせないように、周りが注意して気遣ってくれていたことを知ってしまった。

 俺の知らないところで、俺を中心に迷惑が広がっていたことを知って。俺は大学に行くことはおろか、家から出ることをやめた。

 特殊な薬品による被害ということで、国立大ということもあり国からの援助金やら、初期不良を起こしていた車の開発元からの賠償金やらで、少なくとも母子家庭一つであればしばらくは不自由ない生活ができる程度にはまかなえていたから。

 俺が、わざわざ外に働きに出ることもない。一家庭程度なら問題なく生活できるのなら、わざわざ苦労することもないだろう。

 ……いや、俺が一番(こた)えたのは、事故の時の動画だ。照弘にも、医者にも調べるなと言われていた事故当時の日付。

 既に動画投稿サイトやニュースからは抹消されていたが、アンダーグラウンドなダークウェブには、当時の動画が残っていて。

 俺はそれを見てしまった。

 今でも、夢に見る。

 

 *--

 

 

 

 

 

 

「……え、何だ?爆発?」

「カメラ、カメラ」

「うわ、二回目!?え、何?なんか飛んで……うわ」

 

 ガシャーン。

 

「え、ええうわ、人?人だ!」

「すげー……生きてるの、これ」

「生きてる!動いてないか?」

「グロ……」

「これ、バズるわ」

「救急車、誰か呼んだ?」

「うわ、死体?」

()()()!見ろ見ろ、すごいぞあれ」

「やだー、キモ」





 *--


 ――皆が、俺を指して、笑っていた。

 ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。

 世の中はひどい人ばかりじゃないとは思っていますが、ひどい人もいるのも間違いないもので。

 紫苑くんは、たまたま親類友人には恵まれましたが、絡むことが不可避の"アカの他人"には恵まれませんでした。

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